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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
2章

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第15話−1 はじまりの東縁 ― 東に戻る朝、天然が炸裂した

◆ 朝



 目が覚めた瞬間、窓の外を確認する。


 通りは静かで、朝の光が石畳を薄く染めていて、人影はない。昨夜の足音も今朝は聞こえなかった。3日続けてこれをやっていて、気づいたら体が先に動くようになっていた。


ヨーヘイ:「今日も来なかった。それだけ分かれば十分だ」


 声に出すと、少し頭が整理される。今日やることをやる。それだけだ。


 右足に体重をかけてみると、違和感がまったくない。あの足がここまで来た。地面をまっすぐ踏んでいる。



 階下に降りると、サーラが帳場で台帳を開いていた。


 フィンがテーブルに飛び乗り、サーラの真正面に座って金色の目で見上げる。もはや毎朝の定位置だ。


 サーラが台帳から顔を上げないまま、棚から端切れを出してフィンの前に置いた。


ヨーヘイ:(フィンが何もしていないのに、サーラさんの前に座るだけで端切れが出た。ただ座って見上げているだけで端切れが出てくる。や、やるなフィンめ。何なんだこの小動物は)


 フィンがくわえると、尾がぱたぱたと揺れ始めた。


 階段から足音がして、リリアだと分かった。


 今朝は顔色がいい。昨夜あれだけの緊張があったのに、それでも眠れた顔だ。追っ手かと思って扉を開けたら行商の爺さんだったと分かってから何かが抜けたのだろう、昨夜より目の奥が柔らかく表情が軽い。


 テーブルの椅子に座って、水差しに手を伸ばした。コップに水を注ぐ——



 傾けすぎた。



 水がテーブルにこぼれ、木の天板をじわじわと濡らしながら端へ向かって広がっていく。


リリア:「……っ、ごめんなさい」


 あわてて袖で拭こうとしたその肘が、スープの椀に当たった。椀が傾き、中身が縁まで来て——ぎりぎりで止まった。スープがわずかに表面を揺らしながら静止している。


 フィンが椀の行き先を目で追って、首が左へ動き、右へ動き、椀が止まったのを確認してまた左へ動いた。


フィン:「キュッ」


 サーラが帳場から出てきて、無言でぞうきんをリリアの前に置いた。


リリア:「……ありがとうございます。本当に、ごめんなさい」


 リリアがぞうきんでテーブルを拭き始めた。丁寧な手つきで、木目に沿って几帳面に。育ちの良さというのは、こういう場面でも顔を出す。


 ヨーヘイはスープを飲みながら、横目でその様子を見ていた。


ヨーヘイ:(待って待って。あの夜あの扉の前に先に立った人が、コップをこぼしてスープの椀を肘で押した。椀はぎりぎりで止まった。フィンが首を振った。天才と天然って同一人物なのか。44歳が言っていいことかどうかわからないが、本当にそう思う)


 リリアが顔を上げる。


リリア:「……毎朝、やっているわけでは」


 一瞬の静けさがあって、サーラが帳場からゆっくりと顔を上げた。台帳のペンが止まっていて、リリアをまっすぐ見ている。


サーラ(女将):「……毎朝やるんかい」


 声のトーンはいつもと変わっていない。でも確かにツッコミだった。サーラがリリアにツッコんだのを、ヨーヘイは初めて聞いた。


ヨーヘイ:(え。サーラさんがツッコんだ。この人がツッコむのを初めて聞いた)


 リリアの耳が赤くなり、ぞうきんを持ったまま少し俯いている。


 その瞬間、フィンがリリアを見て、次にヨーヘイを見た。


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:(見るな。お前まで見るな。今俺は笑いをこらえているんだ。加担するんじゃない)


 ヨーヘイは前を向いてスープを飲んだ。


 危ない。笑いそうだ。スープで誤魔化す。もう一口。もう一口。熱い。熱いが飲む。飲み続けないと顔が保てない。



 しばらくして、切り出した。


ヨーヘイ:「……ゴホン。えー、今日は東縁に戻ります。ヤキボアを狩りに行きます」


リリア:「……東縁は、大丈夫ですか」


 心配の色が声に出ていた。昨日と同じ場所に追っ手がいるかもしれない、という顔だ。


ヨーヘイ:「3つ理由があります。Fランクへの昇格審査にFグレードの魔石が要る。ヤキボアの肉がもう一度食べたい。それから——北縁を連日使いすぎた。追っ手にルートを読まれる前に変えます」


リリア:「……分かりました」


 返事に迷いがなく、頷き方も一拍置かずに来た。問い返さずに受け取れるようになってきたのが、こういう場面で分かる。


 サーラが何も言わず、テーブルにスープをもう一杯置いた。


ヨーヘイ:(サーラさんはいつも言葉の代わりにスープを出す。気をつけな、の代わりにスープが来る。心配だよ、の代わりにスープが来る。今日は二杯目だ。二杯分の心配がここにある)


ヨーヘイ:「……ありがとうございます」


サーラ(女将):「残すんじゃないよ」


 ヨーヘイは残さず飲んだ。熱さが胃の奥まで落ちていき、今日一日が始まる感じがした。



◆ ラルフ



 道具屋の扉を開けた。


 ラルフが奥から出てきて、ヨーヘイを見て、次にリリアを見て——頬が赤くなった。


 0.3秒。


ヨーヘイ:(4回目だ。4回連続で0.3秒だ。今朝コップをこぼしてスープの椀を押した人が隣にいる。天然だということは今や俺の中で確定している。それを知っていても0.3秒で赤くなるラルフさんはどういうことなんだ。天然込みで好きなのか。いや、そうかもしれない。あとその0.3秒を計測し続けている俺は何をやっているんだ)


ラルフ(道具屋):「いらっしゃいませ。今日は——」


ヨーヘイ:「武器のことで相談があります。今の短剣より上のものを考えていて。あと——リリさんも武器が要るかと思っていて」


 ラルフの目が、静かに光った。カウンターに肘をつく姿勢が変わって少し前傾みになり、声のトーンが変わる。包丁の話を聞いた時と同じ顔だ。


ラルフ(道具屋):「武器ですか。うちは道具屋なので刃物は短剣までしか扱っていないんですが——実は、一人紹介できる方がいて」


ヨーヘイ:「武器屋ですか」


ラルフ(道具屋):「村の外れに構えている方で、長いつきあいがあります。短剣の上位品はもちろん、中剣や長剣も扱っています。他にも槍・斧・弓といった武器種も一通り在庫があると聞いています。武器屋ですから当然といえば当然なんですが」


 リリアの顔が少し動いた。ヨーヘイは横目で確認した。


ヨーヘイ:(リリさんに反応があった。どれかが引っかかったのか。今は聞かないでおこう)


ヨーヘイ:「中剣というのは」


ラルフ(道具屋):「ダガーより長くて、長剣より短い。取り回しがいいので戦闘向きで——今の短剣と解体用の包丁を両方使っておられますよね。中剣なら戦闘での扱いが格段に上がります。包丁は包丁で残しておいて、戦闘は中剣に任せる使い分けができます」


ヨーヘイ:(中剣。短剣と包丁の二刀流みたいなことをやっていたが、戦闘専用の刃物があれば話が変わる。解体は包丁に任せて、戦闘は中剣で——その方が、確かに合理的だ)


ヨーヘイ:「素材は」


ラルフ(道具屋):「その方が扱っているのは蒼魔鉄という素材が中心です。普通の鋼より魔石成分が混ざっていて、魔物への食いつきが違います。見た目も少し青みがかっていて——あ、すみません、また話しすぎていますか」


ヨーヘイ:「続けてください」


 ラルフが少し肩の力を抜いた。リリアが棚を見ながら静かに話を聞いていて、その間にフィンが薬品系の棚に鼻を近づけ——


フィン:「キュッ」


 くしゃみをして飛び退く。


ラルフ(道具屋):「……フィンちゃん、その棚は匂いがきつくて——大丈夫ですか」


 フィンが鼻を振り、何事もなかったように別の棚の探索へ移っていった。


 ラルフがひと通り話し終えて、一息ついた。


ラルフ(道具屋):「……また話しすぎました。すみません。紹介状を書きましょうか。持っていけば、うちの客だと分かってもらえます」


ヨーヘイ:「お願いします。——リリさん、何か気になった武器はありましたか」


 リリアが少し間を置いた。


リリア:「……槍を、少し。子供の頃に習っていたので」


ヨーヘイ:「分かりました。一緒に見に行きましょう。今日じゃなく、手持ちが整ってから」


リリア:「……はい」


 ラルフが紹介状を書いた。几帳面な字だった。折り畳んでヨーヘイに渡す。


 ラルフが少し間を置き、フィンを眺めながら何かを思い出すような顔になった。目線が遠くへ向いてから、また棚に戻ってくる。


ラルフ(道具屋):「……以前は、もう少し大きな町で——武具を中心に扱っていました」


 そこで口が閉じた。店の中に静けさが落ちて、ラルフが自分の言葉に気づいたように視線を台帳へ落とす。


ラルフ(道具屋):「……いえ、関係ない話でした。すみません」


ヨーヘイ:(また止まった。でも今日は「大きな町・武具を扱っていた」まで出た。前に止まった場所より、少し先だ。ラルフさんにも話せない事情がある。俺も「遠いところから来た」としか言えない。いつかそこまで話せる日が来るといいと思っている)


ヨーヘイ:「ありがとうございます。また来ます」


ラルフ(道具屋):「……お気をつけて。本当に、お気をつけて」


 扉を閉める直前、いつもより声が小さかった。本気で心配している人間の声だ。


 通りに出た。朝の光が正面から当たる。


ヨーヘイ:(解析さん。ラルフさんの話、聞いていましたか)


解析の声:「……蒼魔鉄の魔石成分含有率は、確かに——」


 少し間があった。


解析の声:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(一緒に聞いていたんですね)


解析の声:「武器の性能評価は業務上必要です。それだけです」


ヨーヘイ:(「それだけです」が増えました。語彙が豊かになってきた)


解析の声:「……」


 リリアが隣を歩いていて、フィンがヨーヘイの肩に乗ってきた。


ヨーヘイ:(槍か。リリさんが「子供の頃に習っていた」と言った。この人には、まだ知らないことがたくさんある)


 口に出さずに、前を向いた。


 今は東縁に集中する。



◆ 東縁へ



 村を出ると、道が東へ向かって伸びていた。


 北縁への道とは空気が違う。木が少なく視界が利いて、地面が平らだから足音が乾いた音を立て、しばらく北縁ばかり使っていたこともあって、この開けた感じが久しぶりだった。空が広い。


ヨーヘイ:(解析さん、この辺りの反応は)


解析の声:「北東方向に人間の反応が1つ。昨日より遠ざかっています。現在の進行方向への影響は低いと判断します」


ヨーヘイ:(追っ手が北縁側に移動したか。今日が東縁のチャンスだ。ルートを変えておいて正解だった)


 フィンが地面と空中を交互に嗅いでいた。耳と鼻が両方動いていて、食料の匂いと別の何かを同時に追っている顔だ。


 リリアが後方と左右を確認しながら歩いている。声がなくても動きが整っていて、体が先に向いている。最初の頃は「後ろから来ます!」と声を上げてからワンテンポあった。今はもう、声が出た時には体がついている。


ヨーヘイ:(言葉が少なくなってきた。3日同じことを続けると、必要なことしか言わなくなる。それでいい。外資系でも同じだった。慣れたチームは静かになる)


 草の丈が変わってきて、足元の土が湿り気を帯び、踏むたびに少し沈む感触になる。湿った土と草の青さが混ざった、東縁特有の匂いだ。


 フィンの耳が、ぴんと前を向いた。


 その瞬間、リリアがヨーヘイの袖を引いた。声を出さずに、目だけで前方を示す。


ヨーヘイ:(この人、3日でこれができるようになった)


 うなじが少し冷えた。でも、怖くない。


 フィンが低くなる。リリアが半歩後ろに下がって、側面に目を向ける。


 2人と1匹の間に、声がない。


 それでいい。



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【第15話−1 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(15-1終了時点)

Lv:4 HP:135/135 MP:60/60


スキル熟練度:変動なし(街中行動のみ)

・《解析》Lv1 熟練度 63/100

・《収納》Lv1 熟練度 23/100

・《採取》Lv1 熟練度 39/100

・《解体》Lv1 熟練度 25/100

・《料理》Lv1 熟練度 9/100

・《従魔契約》Lv1 熟練度 7/100

・《瞬歩》Lv1 熟練度 1/100


▼ 本話の収支

・変動なし(街中行動のみ)

・手持ち:32枚


▼ 本話の動き

・朝食:リリアがコップ→スープの椀の天然コンボ。サーラが初めてツッコむ。フィンも参戦

・ラルフ:武器屋への紹介状を受け取る。蒼魔鉄・中剣・槍の情報を得た

・リリア:「子供の頃に槍を習っていた」を初めて話す

・解析さん:ラルフ退店後に掛け合い(業務の範囲内×1・沈黙×1)

・索敵:北東に人間の反応1つ・昨日より遠ざかっている

・東縁入り口に到達。フィンの耳がぴんと前を向き、リリアが袖を引く


▼ インベントリ

・短剣×1

・包丁×1

・採取へら×1

・冒険者証(Gランク・探索者)

・ポーション×1

・解毒薬×1

・武器屋への紹介状×1(NEW・ラルフ直筆)


▼ パートナー

・フィン(朝食の天然コンボに「キュッ」で参戦。東縁入り口で耳を立てる)


▼ 依頼達成数:9件(累計) Fランク昇格まであと6件


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 今朝、リリさんがコップをこぼしてスープの椀を押しました。椀はぎりぎりで止まりました。サーラさんが「毎朝やるんかい」とツッコみました。フィンが「キュッ」と鳴いてさらに追い打ちをかけました。笑いをこらえるためにスープを飲み続けました。熱かったです。


 ラルフさんから武器屋を紹介してもらいました。蒼魔鉄という素材が中心らしいです。中剣・長剣・槍・斧・弓と一通り扱っているそうです。紹介状をもらいました。手持ちが整ったら行きます。


 リリさんが「子供の頃に槍を習っていた」と言いました。初めて聞きました。この人には、まだ知らないことがたくさんあります。


 退店後に解析さんに話しかけたら「蒼魔鉄の魔石成分含有率は——」と言いかけて「業務の範囲内です」に変わりました。一緒に聞いていたんですね。「それだけです」も増えました。語彙が豊かになってきています。


 東縁に入りました。リリさんが袖を引いて、目で前方を示しました。声を出さずに。3日でここまで来ました。


 以上、記録終わり。


【第15話-1】はじまりの東縁 ― 東に戻る朝、天然が炸裂した


久しぶりの天然リリアです。


「毎朝やるんかい」というサーラさんのツッコミ——この人がツッコんだのを、ヨーヘイは初めて聞きました。読んでいた方も初めて聞いたはずです。

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