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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
2章

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第14話−2 十二日目の夜、知らない声

◆ 炊事場



 宿に戻ってすぐ、ヨーヘイはサーラに炊事場を借りた。


ヨーヘイ:「レバーとハツを焼かせてもらえますか。鉄板だけ使います」


サーラ(女将):「……また内臓かい」


ヨーヘイ:「また内臓です」


 サーラが少し間を置いてから、「好きにしな」と言って帳場に戻った。5話の時と同じだ。でも今回は「腹壊すよ」がなかった。


ヨーヘイ:(少しずつ、認められてきている。たぶん)


 鉄板を竈に乗せて、薪に火を入れる。ホーンラビットのレバーとハツを布から取り出した。今日のものは色がいい。


 リリアが炊事場の入り口に立っていた。中に入るか迷っている顔だ。


ヨーヘイ:「入ってください。狭いですが」


リリア:「……手伝えることはありますか」


ヨーヘイ:「レバーの血抜きを手伝ってもらえますか。桶に水を張って、この切れ目の部分を水の中で揺らすだけです」


リリア:「……こうですか」


ヨーヘイ:「そうです。赤みが出なくなったら上げてください」


 リリアが丁寧に揺らしている。育ちの良さが出る手つきだ。水が薄く染まって、また透明になっていく。


ヨーヘイ:(あの日サーラさんに一口食べてもらった時は一人だった。今日は隣に人がいる。炊事場がこんなに賑やかに感じたことはなかった)


 鉄板が温まってきた。バラ肉の脂身を端で溶かして馴染ませてから、レバーを置く。


 ジュッ。


 音が炊事場に広がった瞬間、フィンが入り口から首を伸ばした。鼻がひくひくと動いている。


ヨーヘイ:「お前は外で待て」


フィン:「キューン」


ヨーヘイ:(甘えた声を出しても駄目だ。炊事場は狭い。お前が入ってきたら鉄板に近づきすぎる)


 レバーが焼けてくると、独特の香ばしさが炊事場に満ちていく。5話と同じ匂いだ。でも今日は、隣に人がいる。


ヨーヘイ:(解析さん。この匂い、届いていますか)


解析の声:「……届いています。業務上、食材の状態確認は必要なので」


ヨーヘイ:(業務上、ですか)


解析の声:「……レバーの焼き加減は、もう少しです。ハツは先に上げてください」


ヨーヘイ:(助言が細かい。匂いで分かるんですね)


解析の声:「……鑑定の範囲内です」


ヨーヘイ:(「業務」じゃなくて「鑑定」になりましたね。語彙が増えた)


解析の声:「……」


 ハツを先に上げて、次にレバーをひっくり返す。断面が艶やかな茶色をしていた。シーオの実を砕いて振りかけると、塩が脂に溶けて煙が細く増した。


 リリアが血抜きを終えたハツを渡してくれた。小皿に盛って、リリアに差し出す。


リリア:「……いただきます」


 一口。


 リリアがゆっくりと咀嚼した。ヨーヘイは鉄板を見ながら、横目で様子を確認する。


リリア:「……おいしい」


 声が少し驚いている。


ヨーヘイ:(解析さん、聞こえましたか)


解析の声:「……聞こえています。業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(今夜は何回言いますか)


解析の声:「……」


ヨーヘイ:(沈黙も答えですね)


リリア:「……臭みがないんですね。もっと独特な味がすると思っていました」


ヨーヘイ:「うさぎ系は臭みが少ないみたいです。血抜きをちゃんとやれば」


リリア:「……私がやった血抜きで、おいしくなったんですか」


ヨーヘイ:「リリさんがやった血抜きで、おいしくなりました」


 リリアが小皿を見た。それから、また一口食べた。


ヨーヘイ:(サーラさんは「変な人だね」と言った。リリさんは「おいしい」と言った。どちらも、俺の宝物だ)


 フィンが入り口から首を伸ばしたまま、じっとこちらを見ていた。



◆ 夕食のテーブル



 夕食のテーブルに、2人と1匹が揃った。


 サーラがスープと黒パンを置いた。内臓の小皿も一緒にテーブルに出すと、サーラの目が一瞬だけ止まった。


ヨーヘイ:「よかったら」


サーラ(女将):「……いらないよ」


ヨーヘイ:「一口だけ」


 サーラが少し間を置いてから、箸を伸ばした。ハツを一切れ。口に入れた。


 何も言わない。ただ、噛んでいる。


 戻っていこうとして、足が少し止まった。


サーラ(女将):「……悪くないね」


 それだけ言って、帳場に戻る。


ヨーヘイ:(「変な人」から「悪くない」になった。5話からの積み上げが、ここに来た)


リリア:「……サーラさんも食べるんですね」


ヨーヘイ:「最初は『腹壊すよ』って言われましたよ」


リリア:「……ふふ」


 フィンがリリアの膝に乗った。リリアの手がフィンの耳を撫でる。フィンの目が細くなった。


ヨーヘイ:(裏切り者)


 でも今日は、怒る気がしない。こういう夜があっていい。


 窓の外が暗くなっていた。



◆ 接触



 夕食が終わり、サーラが帳場の灯りを落とした頃——


 フィンの耳がぴんと立った。


 鳴かない。膝の上から降りて、玄関の扉の方を向いた。尾が止まっている。


ヨーヘイ:(来た)


 リリアもフィンの動きで気づいていた。目が合う。ヨーヘイが小さく頷く。リリアが頷き返した。昨夜「逃げない」と言った人の顔だ。


 ノックが来た。3回。


 ヨーヘイが立ち上がった。扉に向かう。


 リリアが後ろからついてくる気配がした。止めなかった。


 扉を開けた。


 若い男が2人、立っていた。旅装で、剣を帯びているが抜いていない。12-2の通りで見た顔だ。間近で見ると——20代前半、疲れた顔をしていた。長い間、仕事を続けてきた人間の顔だ。


男1:「リリア・ノクスという方は、こちらにいますか」


ヨーヘイ:「どちら様ですか」


男1:「依頼を受けた者です。お連れするよう言われています」


ヨーヘイ:「依頼主は」


 男1が一拍置いた。


男1:「……お伝えする立場にありません」


ヨーヘイ:(解析さん。この2人の戦闘力は)


解析の声:「Fグレード上位相当と推定されます。現在のヨーヘイさんでは正面戦闘は不利です」


ヨーヘイ:(Lv4になった。《瞬歩》も取った。それでもまだ不利だ。今は戦う場面じゃない)


 ヨーヘイが一歩、扉の前に立った。体で塞ぐ形になる。


ヨーヘイ:「本人の意思を確認させてください」


 男1の眉が少し動いた。想定外だったのか、それとも慣れているのか。


ヨーヘイ:(外資系で会議室のドアを押さえたことがある。相手が入ってくる前に、先に立つ。それだけで交渉の主導権が変わる。今やっているのはそれと同じだ)


 リリアが前に出てきた。


 ヨーヘイが半歩退く。でも横には立ち続けた。退かない。


 リリアが2人の男を見た。空色の瞳が、まっすぐ前を向いている。手が少し震えているのが分かった。それでも、足は止まっていない。


男1:「……ノックスの家名は、まだ生きています。それを、どうするかを決める方がいます」


リリア:「……知っています」


 声が落ち着いていた。震えていない。


リリア:「……行きません」


 男1が黙った。


リリア:「今、私はここにいます。ここで、始めています。……この名前で、始めています」


 ギルドカードを取り出した。鉄板のカードが、扉の外からの灯りを受けて鈍く光った。リリア・ノクス、Gランク、探索者。自分の名前で書いた名前だ。


ヨーヘイ:(ここで始めています。……ギルドカードに名前を書いた日のことだ。あの日、リリさんが羽ペンを持った。俺と同じペンと紙なのに、重さが違うと思った。その重さが今、声になっている)


 男1が、男2と目を合わせた。長い間があった。


男1:「……分かりました。今日のところは」


 2人が下がっていく。足音が遠ざかる。扉を閉めた。


 静寂。


リリア:「……震えています」


 手が、かすかに震えていた。体全体が、細かく揺れている。


ヨーヘイ:「震えても、言えました」


リリア:「……はい」


 声が少し震えている。でも、目は前を向いていた。



◆ サーラ



 帳場から、サーラが歩いてきた。


サーラ(女将):「……聞こえてたよ」


ヨーヘイ:「すみません、宿に——」


サーラ(女将):「謝るんじゃない」


 サーラがリリアを見た。いつもより少し長く、まっすぐ見た。


サーラ(女将):「……うちは冒険者の宿だ。面倒な客が来るのは、最初から織り込み済みだよ」


 それだけ言って、帳場に戻る。


ヨーヘイ:(サーラさんが「うちの客だ」と言った。言葉にはしなかったが、それだけで十分だ)


 フィンがリリアの足元に来た。膝ではなく足元に、体を寄せている。リリアの手がフィンの頭に触れた。フィンが鳴かない。ただ、そこにいる。


リリア:「……また来ますね」


ヨーヘイ:「来ます。でも今夜じゃない。今夜は終わりました」


リリア:「……はい」


 リリアが少し息を吐いた。長い息だった。ずっと詰めていたものが、ゆっくり出ていく音だった。



◆ 夜・一人



 リリアが2階に上がった。フィンが後を追って階段を上っていく。尾が角を曲がるまで揺れていた。


 ヨーヘイは一人、テーブルに座った。水を一杯注いで飲む。


ヨーヘイ:「Lv4になった。《瞬歩》も取った。それでも正面戦闘は不利だと言われた。……まだ足りない」


 声に出すと、少し整理される。


ヨーヘイ:「Fランク。そこまで行けば、選択肢が増える。もっと遠くに行ける。もっとリリさんを守れる。……守れるかどうかは分からないが、今日みたいに扉の前に立ち続けることはできる」


 外資系にいた頃、交渉で負けたことがある。準備が足りなかったわけじゃない。相手の方が経験と場数を持っていた。でもその時、上司に言われた言葉がある。「お前はちゃんと立っていた。それが次につながる」。


 今日、扉の前に立った。


ヨーヘイ:「蓮。パパ、今日また扉の前に立ったぞ。会議室じゃなくて本物の扉だけど。……やってることは同じだった」


ヨーヘイ:「美咲。リリさんが『行きません』って言えたよ。震えながら。カードを出して。……きれいだったよ、その顔が」


 言ってから、少し笑ってしまった。


ヨーヘイ:「44歳が何を言ってるんだか。でも本当のことだからしょうがない」


 窓の外が暗い。通りに人影はなかった。


 男たちはまた来る。「今日のところは」という言葉が、そういう意味だということは分かっている。でも今夜は、ここに2人と1匹がいた。それだけで、今夜は十分だ。



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【第14話−2 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(14-2終了時点)

Lv:4 HP:135/135 MP:60/60


スキル熟練度:変動なし(戦闘・採取なし)

・《従魔契約》Lv1 熟練度 6/100(+1)★接触場面でのフィンとの連携


▼ 本話の収支

・変動なし(手持ち27枚継続)


▼ 新情報

・追っ手:若い男2人・Fグレード上位相当・「依頼を受けた者」・依頼主名は非開示

・「ノックスの家名はまだ生きている」→依頼主がいることが示唆された

・リリアの返答:「行きません。ここで始めています」

・追っ手:「今日のところは」と引き下がる→再来を示唆

・サーラ:「うちは冒険者の宿だ」→暗黙の庇護宣言

・リリアが内臓料理を食べた:「おいしい」

・解析さん:炊事場の匂いに反応(「鑑定の範囲内です」)→業務の範囲内×1+沈黙


▼ ヨーヘイの考察(解析さんへ)


 解析さん、記録します。


 来ました。若い男が2人。「依頼を受けた者」と言いました。依頼主の名前は教えてもらえませんでした。「ノックスの家名はまだ生きている」と言いました。リリさんが怖がると思っていたかもしれませんが、リリさんは「行きません」と言いました。震えながら、カードを出して。


 解析さんに「正面戦闘は不利」と言われました。Lv4になっても、まだ足りない。Fランクに上がります。装備も更新します。次に来た時には、もう少し選択肢が増えているはずです。


 今夜、リリさんとハツとレバーを食べました。「おいしい」と言ってもらえました。サーラさんも「悪くないね」と言いました。解析さんも「鑑定の範囲内」と言いながら来ていましたね。炊事場の匂いが届いていたんでしょう。業務の範囲内、が何回出るか毎回楽しみにしています。


 以上、記録終わり。

【第14話-2】十二日目の夜、知らない声


追っ手との最初の接触です。


「行きません。ここで始めています」——リリアのこの一言が、この話で一番書きたかったことです。

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