第13話−4 はじまりの火 ― その名前を、知っている
◆ 夕食のテーブル
サーラが夕食を運んできた。いつものスープと黒パンに加えて、今日は焼いた野菜が一皿ついている。
サーラ(女将):「北縁まで行ったんだろ。少しいいものにしてやった」
ヨーヘイ:「ありがとうございます。助かります」
サーラ(女将):「……礼儀だけは一人前だね、あんたは」
ヨーヘイ:(褒め言葉として受け取っておきます)
リリアが横でくすっと笑った。声を出さない笑い方だ。でも確かに笑っていた。
ヨーヘイ:(今日は、リリさんがそんな顔をした)
2人と1匹で夕食のテーブルにつく。フィンがリリアの膝の上に乗った。昨日と同じ場所だ。
ヨーヘイ:(裏切り者め)
リリア:「……今日は、よかったです」
ヨーヘイ:「何がですか」
リリア:「……北縁。フィンが、たくさん見つけてくれて」
ヨーヘイ:(この人は、人の頑張りをちゃんと見ている)
ヨーヘイ:(今から言う。この人がこんな顔をしているうちに、言う)
ヨーヘイ:(でも、言わなければいけない)
サーラが帳場に戻った。テーブルに二人と一匹が残った。
◆ 話す
ヨーヘイ:「リリさん。一つ、話があります」
声を変える。ヨーヘイが意識して変えた。
リリア:「……はい」
リリアがヨーヘイを見た。何かを察した顔だ。
ヨーヘイ:「今日、ギルドでミナさんから聞きました。今朝、ギルドにリリア・ノクスという名前の冒険者について問い合わせがあったそうです」
リリアの顔から、表情が薄くなっていく。
ヨーヘイ:「ミナさんは教えなかった。ギルドのルールで、登録者の情報を第三者に渡すことはできないので。ただ、俺たちには知らせるべきだと判断して、教えてくれました」
ヨーヘイ:「問い合わせた人物は冒険者証を出さなかった。村の外から来た人物だったそうです」
長い沈黙。
リリアがテーブルの上のギルドカードを見た。指でそっと触れた。
リリア:「……ごめんなさい」
ヨーヘイ:「謝らなくていいです」
リリア:「でも、私がここにいることで——」
ヨーヘイ:「リリさん」
リリア:「……」
ヨーヘイ:「本名を書いたのは正しかった。嘘の名前で始めたら、いつまでも嘘の中にいることになる。リリさんにはそれは合わない」
リリア:「……でも」
ヨーヘイ:「明日は東縁じゃなく北縁に変えます。それだけで今日は対応できる。一歩ずつです」
リリアが口を閉じた。
ヨーヘイ:「俺は、逃げる準備はしています。でも今すぐ逃げる必要はない。どこに向かうか、二人で考えましょう」
外資系にいた頃、上司に言われた言葉がある。「出口を知っている人間だけが、腰を落ち着けられる」。逃げ道を持っていることと、今ここに留まることは矛盾しない。
ヨーヘイ:(そういうことだ。準備は、恐怖じゃなくて余裕だ)
◆ リリアの答え
しばらく、リリアは何も言わない。
フィンがリリアの膝の上で、体を丸めた。12-3の夜と同じ場所。でも今回は、少し違う。体全体を使って、丸く縮んでいる。リリアを包んでいるみたいな体の形だ。
ヨーヘイ:(こいつ、分かってる)
リリアの目が少し潤んだ。堪えている。でも、少し出てしまっている。
ヨーヘイは何も言わなかった。
ヨーヘイ:(ここが、泣いていい場所だと伝わっていればいい)
しばらく経って——
リリア:「……逃げません」
声が落ち着いていた。決めてから言った声だ。
リリア:「また、逃げたくない。次は——自分で、選びたいんです」
ヨーヘイ:(また、という言葉が出た。この人は、逃げてきた。逃げるしかなかった。それが「また」という一言の重さだ)
ヨーヘイは頷いた。
リリア:「……一つ、聞いてもいいですか」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「なぜ——私のために、そこまでしてくださるんですか」
ヨーヘイ:「……」
少し間。
ヨーヘイ:「娘が、いるんです」
リリア:「……え」
ヨーヘイ:「あなたより少し小さいですが。……向こうにいます」
向こう、というのは日本のことだ。リリアにはうまく説明できないが、とにかく遠い場所にいる。
ヨーヘイ:「逃げなくていい場所を、作りたい。ただ、それだけです」
リリアがヨーヘイを見た。長い間、見ていた。
リリア:「……ありがとうございます」
声が少し震えている。
◆ 夜の底
夜が深くなる。
サーラが帳場の灯りを落とした。宿の中が暗くなる。
リリア:「……一つ、お話してもいいですか」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「ノックスの盾、という名前をご存知ですか」
ヨーヘイ:「いいえ」
リリア:「……父が持っていたものです。天使の翼の紋章が入った、小型の盾で。父が死んだとき、持っていかれました」
リリアが手をテーブルの上に置いた。何もない手だ。
リリア:「……それを、取り戻したい。それが、私がここにいる理由です」
ヨーヘイ:「分かりました」
短く答えた。長い言葉はいらない。
ヨーヘイ:「まず、ここを生き延びましょう。その先に、盾がある」
リリア:「……はい」
フィンが耳を立てた。
鼻が動く。ゆっくりと、窓の方を向いていく。
ヨーヘイ:(……?)
窓際の布が揺れた。風か——いや。
ヨーヘイ:(風にしては、方向がおかしい)
体の奥が静かになった。外資系にいた頃、交渉の場でたまにあった感覚だ。空気が変わる瞬間。何かが動き始める直前の、息を詰めた感じ。
解析の声:「……業務の範囲内です」
低い声。いつもより、静かな声だった。
ヨーヘイ:(今のは、何の業務だ)
フィンが鳴かない。
耳を立てたまま、動かない。目が窓を向いたまま、尾も止まっている。
路地に、足音がする。
一歩。二歩。
そして——消える。
沈黙。
リリア:「……レンさん?」
ヨーヘイ:「何でもないです。風の音です」
フィンの耳が、ゆっくりと戻った。
尾は、動かない。
ヨーヘイ:(今夜は、まだだ。——でも、来る)
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【第13話−4 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(13-4終了時点)
Lv:3 HP:105/118 MP:52/52
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 58/100
・《収納》Lv1 熟練度 21/100
・《採取》Lv1 熟練度 31/100
・《解体》Lv1 熟練度 17/100
・《料理》Lv1 熟練度 7/100
・《従魔契約》Lv1 熟練度 3/100(+1)★フィンの気配察知で上昇
▼ 本話の収支
・収支変動なし(13-3で換金・返済完了済み)
・手持ち:46枚
・宿代:完済
・解毒薬:未購入
▼ 新情報・状態変化
・ノックスの盾:リリアが初めて言及(天使の翼の紋章入り小型盾・父の遺品・奪われた)
・リリアの決断:「逃げない。次は自分で選ぶ」
・追っ手:夜に路地を通過(足音のみ。直接接触なし)
・明日の活動エリア:北縁継続
・ヨーヘイがリリアに娘の存在を初めて明かす
▼ パートナー
・フィン(追っ手の気配を察知。鳴かずに耳を立てる。リリアを守るように丸まる)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
リリさんに話しました。追っ手がギルドに問い合わせたことを。リリさんは謝りました。俺は謝らなくていいと言いました。本名を書いたのは正しかった。
リリさんが「逃げない、次は自分で選びたい」と言いました。「また」という言葉が出た。この人は逃げてきた。でも次は逃げないと、自分で決めた。
娘のことを話しました。リリさんが「なぜそこまで」と聞いてくれたので。向こうにいる、と言うだけでよかった。それだけで伝わった気がした。
ノックスの盾というものを知りました。天使の翼の紋章入り・小型盾・父の遺品・奪われた。リリさんが目指しているものが、少し見えました。
夜、フィンが耳を立てた。窓際の布が動いた。足音がした。解析さんが「業務の範囲内です」と言った。いつもより静かな声で。
今夜は動かなかった。でも明日は北縁に行く。
以上、記録終わり。
【第13話-4】はじまりの火 ― その名前を、知っている
「その名前を、知っている」——誰の名前か、読んでいただければ分かります。
リリアがある決断をする回です。この人は大事な場面では、いつも引きません。




