第13話−2 はじまりの火 ― ミナさんの、小さな声
◆ 掲示板
昼過ぎ、ヨーヘイはギルドへ向かう。
フィンが肩に乗っている。炭火の煙が少し毛に移っているのか、香ばしい匂いがする。
ヨーヘイ:「お前、いい匂いがするな」
フィンが「キュッ」と鳴いた。
ヨーヘイ:(自覚があるのかないのか分からない顔だ)
リリアは宿で休んでいる。一昨日の初依頼の疲れがまだ残っているのだろう。今日の午前は炭火で体を使わせてしまった。ヨーヘイ一人での依頼受注だ。
ギルドの扉を開けると、掲示板にいつもの依頼用紙が並んでいる。
白い紙がほとんどだ。ホーンラビット討伐・薬草採取・荷物運搬。Gランク帯のラインナップ。
その中に1枚、灰色の用紙がある。
ヨーヘイは足を止めた。
ヨーヘイ:「……灰色」
手を伸ばして端を読む。
『ダンジョン踏査補助(Fランク以上):南ダンジョン第一層の魔物出現状況の記録。Gランク同行者1名まで可』
ヨーヘイ:(ダンジョン。南に、ダンジョンがあるのか)
解析の声:「南ダンジョンはこの村から徒歩2時間ほどの距離にある中規模施設です。第一層はFグレードの魔物が主で、Gランクの単独攻略は非推奨です」
ヨーヘイ:「Fランク以上……まだ俺はGランクだ。でも同行者として入れる」
解析の声:「条件上は可能です。ただし踏査補助の依頼ですので、主目的は情報収集です」
ヨーヘイ:(そうか。ダンジョン、か。——いずれ、行くことになるんだろうな)
ヨーヘイ:(外資系にいた頃、上司が言っていた。「3年後の自分から逆算して、今日何をするかを決めろ」。今日できることをやる。その積み上げの先に、ダンジョンがある。いつか焼肉屋を開きたいという夢がある。そして——帰れる日が、きっと来る)
灰色の用紙を戻す。今ではない。でも、目に焼きついた。
いつものG依頼を2枚取った。ホーンラビット討伐と薬草採取。今日の午後、リリアと合流して出られる内容だ。
◆ ミナさんの声
カウンターに依頼書を出した。ミナが受け取って、台帳を確認する。手際がいつもと変わらない。
処理が終わった後、ミナが少し間を置く。
ヨーヘイが気づいた。
ヨーヘイ:(いつもならここで「以上です」が来る。今日はない)
ミナ(受付):「レンさん、少しだけよろしいですか」
声のトーンが違った。受付業務の声じゃない。
ヨーヘイ:「はい」
ミナ(受付):「こちらへ」
奥の小部屋に通される。椅子が2脚、小さなテーブルがある。ミナが扉を閉めた。
窓が一つ、小さくある。外の音が少し遠くなった。
ミナが椅子に座らず、テーブルの横に立った。台帳も持っていない。受付業務の時間じゃないということだ。
ヨーヘイ:(ミナさんがこういう場を作るのは初めてだ。何かある)
ミナ(受付):「今日の午前中、ギルドに問い合わせがありました」
ヨーヘイ:「……はい」
ミナ(受付):「リリア・ノクスという名前の冒険者について、登録状況と活動状況の確認でした」
ヨーヘイ:(……来た)
フィンが肩の上で、じっとしていた。耳が少し動いた。
ミナ(受付):「ギルドのルールとして、登録者の所在や活動状況を第三者にお伝えすることはできません。お伝えしませんでした」
ヨーヘイ:「……」
ミナ(受付):「ただ——ご本人側にお知らせすることが、正しいと判断しました」
短い沈黙。
ヨーヘイ:「問い合わせた人物は」
ミナ(受付):「冒険者証の提示はありませんでした。素性は確認できていません。村の外から来た方のようでした」
ヨーヘイ:「冒険者ではない、ということですか」
ミナ(受付):「断言はできません。ただ……通常、ギルドへの問い合わせは冒険者証を出した上で行うものです」
ミナがヨーヘイを見た。まっすぐな目だった。
ミナ(受付):「私にできることは、ここまでです」
ヨーヘイ:「……ありがとうございます。教えていただいて」
ミナが小さく頭を下げた。それはプロとしての礼だった。できることをした、という礼だった。
ヨーヘイはその礼の意味を、静かに受け取った。
ヨーヘイ:(ミナさんは俺たちの事情を知らない。でも「知らせるべきだ」と判断した。ギルドのルールを守りながら、ルールの範囲内で最大限動いた。それがこの人のやり方だ)
ヨーヘイ:(外資系にいた頃、こういう人がいた。会社のルールは破らないが、その中で最善を尽くす人。信頼できる人というのは、そういう人だ)
ミナ(受付):「依頼、明日も受けに来てください」
普通の一言だ。事務的な声だった。
でもその一言に、「ここに来ていい」という意味がある。ヨーヘイにはそれが分かる。
ヨーヘイ:「はい。来ます」
ミナ(受付):「……どうか、お気をつけて」
◆ 村の外縁
ギルドを出て、村の外縁の石段に座る。
空が広い。夕方に向かう時間帯で、光の色が少し傾いている。遠くに木立が見えて、その向こうが東縁だ。
ヨーヘイ:「……やっぱり本名だったか」
声に出して確かめる。誰もいない。ソロだ。
ヨーヘイ:「でも、本名を書いたのは正しかった。嘘の名前で始めたら、いつまでも嘘の中にいる。それはリリさんには合わない」
外資系にいた頃、海外拠点との交渉で偽りの数字を使う同僚がいた。短期的には通っても、必ずどこかで綻びた。リリアが本名を書いた理由が何であれ、ヨーヘイはその選択を正しいと思っている。嘘の上に根は張れない。
解析さんに問いかける。
ヨーヘイ:「解析さん。追っ手がギルドの情報から活動パターンを推測できる可能性はあるか」
解析の声:「ギルドは第三者への情報提供を行いません。ただし、冒険者の活動エリアを直接観察することは防げません。東縁を連日使用しているとすれば、翌日の活動を推定される可能性はあります」
ヨーヘイ:(東縁は使えない。明日は北縁に変える)
解析の声:「北縁はホーンラビットの出現域は同等ですが、地形が入り組んでいます。カイフクソウの群生地も複数あります」
ヨーヘイ:(問題ない。むしろ地形が複雑な方がいい場合もある)
少し間。
ヨーヘイ:「解析さん。追っ手の目的について、推測を聞かせてほしい。殺害か、連行か」
解析の声:「リリアさんが生きていることに価値がある立場であれば、連行の可能性が高いと思われます。ただし確定ではありません」
ヨーヘイ:(連行。生かして連れ戻したい誰かがいる。それがリリさんの「追われている理由」の核だ)
ヨーヘイ:「リリさんに言う必要がある」
ヨーヘイ:「隠す理由がない。一緒にいる意味が、なくなる」
44歳まで生きてきて、情報を隠すことが相手を守ることになると思っていた時期があった。でも違う。隠した情報は、隠した側にしか見えない。見えない危険に、人は備えられない。
ヨーヘイ:「全部話す。その上で、一緒に考える。それしかない」
石段の上に、重みのある静けさがある。
そこにフィンが来る。
ヨーヘイの膝の横に座って、顔を見上げてくる。金色の目。鼻が動いている。
ヨーヘイ:「……待ってたのか」
フィン:「キュッ」
ヨーヘイ:(こいつ、どこまで分かってるんだろうな。匂いで何かを感じているのか、それとも俺が戻ってこないから来ただけなのか)
ヨーヘイがフィンを肩に乗せた。
ヨーヘイ:「行くぞ。リリさんに話す」
フィンが耳を立てた。
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【第13話−2 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(13-2終了時点)
Lv:3 HP:110/118 MP:52/52
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 57/100(+1)
・《収納》Lv1 熟練度 20/100
・《採取》Lv1 熟練度 29/100
・《解体》Lv1 熟練度 14/100
・《料理》Lv1 熟練度 7/100
・《従魔契約》Lv1 熟練度 1/100
▼ 本話の収支
・収支変動なし(依頼受注のみ・換金は翌日)
・手持ち:0枚
・宿代60枚:ツケ継続
▼ 明日の方針(13-2終了時点)
・活動エリア:北縁に変更(東縁回避)
・依頼:ホーンラビット討伐+薬草採取(G)
・リリアへの告知:未実施
▼ 新情報
・南ダンジョンの存在を確認(灰色の依頼用紙)
・追っ手がギルドへ問い合わせ(冒険者証なし・村外の人物)
・ミナの判断:第三者には教えない・本人側には知らせる
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
ミナさんから聞きました。追っ手がギルドに問い合わせた。冒険者証なし、村外の人物。リリさんのことを探している。
ミナさんは教えなかった。でも俺に知らせてくれた。「依頼、明日も受けに来てください」という一言に、全部が込めてあった。分かる人には分かる言い方だった。
東縁は使えない。明日は北縁に変える。リリさんに今夜話す。隠さない。隠したら、一緒にいる意味がなくなる。
南ダンジョンの存在も確認した。いずれ行くことになるだろう。今は、まだ。
以上、記録終わり。
【第13話-2】はじまりの火 ― ミナさんの、小さな声
ミナさんが少しだけ、仕事の顔を外す瞬間の話です。
プロフェッショナルな人が、ほんの一瞬だけ見せる別の顔——それが書きたかった回です。




