第12話−3 はじまりの名前 ― はじめて、稼いだ日
◆ 出発
朝、リリアがポケットからカードを出して見ていた。テーブルの上に戻して、スープに手を伸ばして、また取り出して見る。
ヨーヘイ:(3回目だ。分かるよ、その気持ち。消えてないか不安になるんだ。俺もギルドカードをもらった日、夜に3回確かめた。刻んであるんだから消えるわけないのに、触らないと信じられないんだよな)
フィンがテーブルの上でサーラに向かって座っている。金色の目で見上げる。3日目の定番だ。
サーラ(女将):「……もう分かったよ」
端切れを出すと、フィンがすかさずくわえた。尾がぱたぱたと揺れ始める。
サーラ(女将):「この子の分の食費、そのうちツケに乗せるからね」
ヨーヘイ:「すみません……」
サーラ(女将):「謝るんじゃなくて稼いでおいで」
リリアが立ち上がった。カードをポケットに入れる。顔つきが少し変わっていた。柔らかさの奥に、一本の線が通っている。
ヨーヘイ:「行きましょうか」
リリア:「……はい」
ギルドで依頼を受けた。ホーンラビット討伐3体と薬草採取のセット。堅実な内容だ。
ミナ(受付):「リリアさん、初依頼ですね」
ミナがリリアの冒険者証を確認しながら、少しだけ声の調子を変えた。
ミナ(受付):「……お気をつけて。お二人とも」
ヨーヘイはカウンターの横で登録料30枚の差し引き手続きを済ませた。ミナがペンで台帳に書き込む。手際がいい。
ギルドの扉を出た瞬間、フィンが肩から飛び降りた。地面に着地して、東の方角をまっすぐ見ている。鼻がひくひくと動き始めた。
ヨーヘイ:「おい、まだ方角も言ってないぞ」
フィンはもう歩き出していた。尾が揺れている。
ヨーヘイ:(こいつ、匂いで採取ポイントの方向が分かるらしい。前回と同じだ。鼻が地図代わりだ)
リリア:「……フィンは、いつもこんな感じですか」
ヨーヘイ:「昨日からずっとこうです」
◆ 東縁
草地に出ると、朝の風が吹いていた。草が波のように揺れている。空が広い。
解析の声:「ホーンラビットの反応が3つ。北東90メートル、東110メートル、東南東130メートルです」
ヨーヘイ:(リリさんがいる。声に出せない。自分の言葉にする)
ヨーヘイ:「リリさん。この辺りにホーンラビットが3体います。1体ずつ片づけます」
リリア:「……私は、何をすればいいですか」
硬い声だった。武器もなければ魔法も使えない。何ができるか分からない不安が、その一言に全部にじんでいる。
ヨーヘイ:(解析さん。リリさんに今の状態でできる役割は)
解析の声:「観察と報告です。ヨーヘイさんが前方に集中している間、背後と側面の安全確認を担当できます。視野を広げる役割です」
ヨーヘイ:「リリさんは後ろを見ていてください」
リリア:「……後ろ」
ヨーヘイ:「俺が前を向いている間、背中が空きます。そこをお願いします。戦う必要はないです。見ていてくれるだけでいい」
リリアが少し目を見開いた。「見ていてくれるだけでいい」という言葉が、予想していなかったのだろう。断られると思っていた顔だ。
リリア:「……分かりました」
声に、さっきより少し余裕がある。
1体目は草地の窪みにいた。
フィンが横を走る。ホーンラビットの注意が逸れた瞬間に、踏み込んだ。首の後ろ、延髄の左。一撃で倒れた。
リリア:「……速い」
ヨーヘイ:(今のは綺麗に入った。でも調子に乗るな。次)
2体目に向かう。東110メートル。
草が高い。視界が悪い。ヨーヘイが草を分けて前に出た時、後ろからリリアの声がした。
リリア:「レンさん、後ろから来ます!」
振り返った。草の向こうに、もう1体が走ってきていた。角が光っている。
ヨーヘイ:(2体目じゃない。3体目だ。東南東のやつが動いた)
横に跳んだ瞬間、角が空を裂いた。着地の勢いのまま踏み込み、首の付け根に刃を滑らせる。一撃。
ヨーヘイ:「……ありがとう。リリさんが声を出してくれなかったら、背中から来てた」
リリア:「……見てただけです」
ヨーヘイ:「それが助かったんですよ」
リリアの肩が、ほんの少しだけ下がった。力が抜けたのだ。自分が役に立ったということを、体が先に理解したのかもしれない。
2体目はあっさり片がついた。フィンが突進の予備動作を察知して「キュウッ!」と鳴き、ヨーヘイが左に回避して背面から仕留める。
解析の声:「3体討伐完了。依頼達成条件を満たしています」
◆ 包丁
解体の時間だ。
収納から包丁を出した。布を解いて、刃を光に当てた。
ヨーヘイ:「さあ、初めてだ。相棒、頼むぞ」
後脚の付け根に刃を当てた。
すっと——入る。
力を入れていない。角度を合わせただけだ。関節の際をなぞるように刃を滑らせると、肉が離れていく。短剣では力が要った動きが、包丁なら角度だけで済む。
ヨーヘイ:「これだ。これだよ。ボルドさんが最初に教えてくれた『角度の問題だ』が、今やっと分かった。短剣では分からなかった。包丁でやって、初めて手が覚えた」
内臓に移り、ナイフの背でそっと押しながら、レバーを取り出した。
ヨーヘイ:「……きれいに取れた。初めて解体した時は、こんなに丁寧にできなかった。潰しかけて、血が混じって、もったいないと思いながら捨てるしかなかった。今は包丁一本で、形を崩さずに取れる」
ハツも取り出した。小さいが、形がしっかりしていて鮮度もいい。
ヨーヘイ:「蓮が見たら喜ぶだろうな。あいつ、焼き鳥のハツは好きだったから。……ここのハツは焼き鳥じゃないけどな」
リリアが少し離れた場所に立っていた。解体の手元を見ている。目が少し丸い。
ヨーヘイ:(あ、引いてる。そうだよな。普通の感覚だ。内臓を嬉々として取り出す44歳のおじさんを見て引かない方がおかしい。俺の方が麻痺してるんだ)
ヨーヘイ:「すみません、グロいですよね」
リリア:「……いえ。その……手つきが、すごく丁寧なんだなって思って」
ヨーヘイ:(褒められた。内臓の取り出し方を褒められたのは人生初だ)
薬草採取ではフィンが先導して、カイフクソウの群生ポイントに鼻で案内してくれた。リリアも採取を手伝ってくれたのだが、根ごと丁寧に掘り起こす手つきが妙に整っている。
ヨーヘイ:(丁寧だな。力の入れ方が均一だ。育ちの良さが出てる。……どこで育ったんだろう。聞かないけど、この手つきを見ていれば分かってしまう)
解析の声:「《採取》熟練度が29/100に上昇しました」
◆ 光
帰り道の途中、開けた草地で足を止める。
ヨーヘイ:「リリさん。ここで少し、練習してみませんか」
リリアが振り返った。目が少し揺れた。期待と不安が混じっている。
リリア:「……はい」
ヨーヘイ:「昨日リリさんが言ってた、何かに届かせようとした感覚——あれをもう一度、意識してみてください。届かせる先は、決めなくていいです」
ヨーヘイ:(俺は魔法のコーチとしては完全に素人だ。でもマネジメントなら10年やった。相手の力が出る場を作ることならできる。……会議室と草原は全然違うけど、やることは同じだ。邪魔をしない、焦らせない、結果を決めつけない)
リリアが右手を前に出した。手のひらを上にして、目を閉じる。
5秒、10秒——
何も起きない。
15秒——
指先に、白い光が滲んだ。
薄い。でも、確かにある。指の先から1センチほど、空気が白く光っている。
フィンの耳がぴんと立った。体が低くなって、光に向かって——飛びついた。
前足が空を切った。光はもう消えている。
フィンが着地して、首を傾げた。「あれ?」という顔だ。
ヨーヘイ:(フィン、お前な……)
リリア:「……出た。出ましたよね?」
ヨーヘイ:「出ました。確かに見ました」
リリア:「……もう一回」
2回目。手のひらを見つめて力を込めている。眉間に皺が寄った。
何も起きない。
3回目。目を閉じて、息を整えて。
出なかった。
リリアの手が下がる。唇を噛んでいる。
ヨーヘイ:「今日はここまでにしましょう」
リリア:「……でも」
ヨーヘイ:「1回出ました。それが大事です。1回出たなら、2回目も出る。急がなくていい」
リリアがヨーヘイを見た。空色の瞳が揺れていた。悔しさか、嬉しさか。
リリア:「……ありがとうございます」
たぶん両方だ。
◆ 帰村
ギルドに戻った。魔石と薬草をカウンターに並べる。
ミナ(受付):「ホーンラビットG魔石×3で27枚、カイフクソウ5束で10枚。合計37枚。手数料と登録料30枚を差し引いて——お手取りは4枚になります」
ヨーヘイ:(4枚。ラルフさんのツケ3枚を返して、残り1枚。……相変わらず薄い)
ヨーヘイ:「ありがとうございます」
リリアが横で、ミナの手元を見ていた。銅貨が並ぶのを見ている。
リリア:「……これが、報酬ですか」
ヨーヘイ:「はい。俺たちで稼いだ分です」
リリア:「……俺たち」
小さく繰り返した。噛みしめるように。
ヨーヘイ:(「一緒に稼ぎましょう」。あの日言った言葉が、銅貨4枚になった。少ないけど、ゼロじゃない。言葉が現実になった最初の日だ)
◆ 夜
宿の夕飯のテーブルに、2人と1匹がいた。
スープと黒パンを食べながら、ヨーヘイは収納の中身を思い出していた。レバーとハツが、鮮度を保ったまま眠っている。
ヨーヘイ:「明日、スペアリブを焼こう。ボルドさんが炭を使えって言ってた。炊事場じゃ炭は無理だから、外でやろう。レバーとハツも一緒に」
フィンの耳がぴんと立った。
リリア:「……私も、手伝います」
ヨーヘイ:「ありがとう。頼みますよ」
リリアがテーブルの上のギルドカードを手に取った。指でなぞっている。
ヨーヘイ:(朝から何度見ただろう。でも分かる。俺もそうだった)
リリア:「……何度見ても、ちゃんとあるか確かめてしまいます」
ヨーヘイ:「俺もそうでした」
フィンがリリアの膝の上に乗っていた。ヨーヘイの膝ではない。リリアの膝だ。
ヨーヘイ:(裏切り者)
でも嬉しそうな顔をしているフィンを見ていると、怒る気にもならない。リリアの手がフィンの耳を撫でている。フィンの目が細い。
サーラが帳場から声をかけた。
サーラ(女将):「今日の宿代、払えるのかい」
ヨーヘイ:「明日の換金で。すみません、また」
サーラ(女将):「……あんたは謝り方だけは上手いね」
ヨーヘイ:(褒められたのか怒られたのか分からない。でもサーラさんはそういう人だ。怒っている風で、でも部屋は用意してくれている。言葉と行動が逆なのは、この人の照れ方なんだと思う)
窓の外が暗い。通りは静かだった。
追っ手は、まだ村を離れていない。
その存在が、静かに底に沈んでいた。
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【第12話−3 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(12-3終了時点)
Lv:3 HP:102/118(自然回復+歩行による負荷回復) MP:52/52
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 55/100(+2)
・《収納》Lv1 熟練度 19/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 29/100(+1)
・《解体》Lv1 熟練度 14/100(+3)★包丁使用で効率UP
・《料理》Lv1 熟練度 3/100
・《従魔契約》Lv1 熟練度 1/100
▼ 本話の収支
・依頼報酬:37枚(G魔石×3+カイフクソウ5束)
・登録料差し引き:▲30枚
・手数料差し引き後手取り:4枚
・ラルフ未払い返済:▲3枚
・手持ち:1枚
・ヤキボア・スペアリブ相当:保持(明日調理予定)
・宿代60枚:ツケ(明日返済予定)
▼ 収納アイテム
・短剣×1
・包丁×1(初使用済み)
・採取へら×1
・冒険者証(Gランク・探索者)
・ポーション×1(未使用)
・ヤキボア・スペアリブ相当(保持)
・ホーンラビットのレバー×3(鮮度保持中)
・ホーンラビットのハツ×3(鮮度保持中)
▼ パートナー
・フィン(リリアの膝で就寝。裏切り者)
▼ 戦闘記録
・ホーンラビット(G)×3 フィン連携+リリア後方支援で討伐
- リリアの「後ろから来ます!」で3体目の接近を回避
- フィンが突進予備動作を察知、鳴き声で警告
▼ リリアの状態
・初依頼達成。後方支援で貢献
・魔法練習:白い光が一瞬発現(0.5秒程度)→消失→2回目以降は出ず
・ギルドカードを何度も確認している
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、報告します。
2人と1匹で行きました。
リリさんに「後ろを見ていてくれ」と頼みました。戦う必要はない、見ているだけでいいと。リリさんが「後ろから来ます!」って声を出してくれた時、背中を守ってもらえるってこういうことかと思いました。外資系の時、チームの後方支援が一番大事だと学んだんですが、異世界でも同じでした。
包丁を使いました。角度だけで切れるんです。ボルドさんが教えてくれた「角度の問題だ」が、今日やっと手で分かりました。レバーもハツも、形を崩さずに取れた。嬉しかったです。
リリさんの手から光が出ました。一瞬だけ。指先に白い光が滲んで、すぐ消えた。フィンが飛びついて空振りしてました。あいつ何でも飛びつくな。2回目以降は出なかった。でも、出た。俺が見てた。1回出たなら、2回目も出る。急がなくていい。
手持ち1枚です。宿代がツケです。明日も稼ぎます。明日はスペアリブを焼きます。
以上、記録終わり。
【第12話-3】はじまりの名前 ― 初めての三人
三人で初めての依頼に行く話です。
「一緒に稼ぎましょう」と言ったヨーヘイが、本当に一緒に稼いでいる。あの時の言葉が現実になった日です。




