第11話−4 はじまりの仲間 ― 見慣れない顔が、来た
◆ サーラの宿
宿の扉を開ける。
帳場にサーラがいた。台帳を閉じて、こちらを見る。その目が一瞬だけ、ヨーヘイの右足に落ちた。すぐに顔に戻ったが、見ていたのは分かった。
サーラ(女将):「おかえり」
ヨーヘイ:「ただいま。——サーラさん、これ」
カウンターに銅貨を置いた。
ヨーヘイ:「ツケの60枚と、朝食2人分。足りますか」
サーラ(女将):「朝食は8枚。2人で16枚だ。合わせて76枚」
ヨーヘイ:「76枚。——はい、確かに」
銅貨を数えて渡した。サーラが受け取って、台帳に書き込む。ペンの音がしばらく続いた。
サーラ(女将):「きっちり返すんだね、あんたは」
ヨーヘイ:「借りたものは返すものなので」
サーラ(女将):「……そうだね」
口元が、ほんの少し緩んだ。でもすぐに戻った。サーラは笑顔を見せない人だ。見せないけど、隠しきれない時がある。
フィンが肩から降りて、カウンターの上に飛び乗る。サーラの真正面に座って、金色の目で見上げている。
サーラ(女将):「……なんだい、この子は」
ヨーヘイ:「フィンです。今日から一緒です」
サーラ(女将):「ふぅん」
サーラがフィンを見ている。フィンがサーラを見ている。どちらも動かない。
5秒。10秒。
サーラが先に折れた。台帳の裏から何かを出す。干し肉の端切れだ。フィンの前に置いた。
サーラ(女将):「宿に動物を入れるんなら、粗相しないように躾けときな」
ヨーヘイ:「……ありがとうございます」
サーラ(女将):「礼を言うことじゃないよ。残り物だ」
フィンが干し肉を嗅いで、一口でくわえる。それから——サーラをまっすぐ見上げた。目が細くなっている。
サーラ(女将):「……」
台帳をめくる手が、一瞬だけ止まった。
ヨーヘイ:(フィン、今のはお礼だったな。……この子は本当に賢い。賢すぎる)
階段から足音がした。
リリアだ。
階段の途中で足が止まった。ヨーヘイの顔を見ている。一段目に立ったまま、動かない。
リリア:「……おかえりなさい」
初めて聞いた。リリアの口から「おかえりなさい」が出てきたのは、初めてだ。
ヨーヘイ:「ただいま。——心配かけましたか」
リリア:「……少し」
ヨーヘイ:(少しじゃない顔をしてるんだが)
リリアが階段を降りてきた。テーブルの椅子に座る。ヨーヘイも座った。右足を椅子の下に投げ出す。
リリアの目が、右足に落ちた。
リリア:「……足、怪我してませんか」
ヨーヘイ:「少しやりました。でも歩けます。ポーションで大体治ってます」
リリア:「……大体、ですか」
ヨーヘイ:(鋭い。ごまかせないな)
フィンがテーブルの上に飛び乗る。リリアの前に座って、金色の目で見上げている。さっきサーラにやったのと同じだ。この子は、人の前に座って見上げるのが好きらしい。
リリア:「……この子は」
ヨーヘイ:「フィン。今日助けてもらいました。色々あって——仲間です」
リリアがフィンに手を伸ばす。フィンが鼻をリリアの指先に近づける。匂いを嗅いでいる。
リリアの指が、フィンの耳の根元に触れた。フィンが目を細める。
リリア:「……あたたかい」
それだけ言って、指先で耳の裏を撫でた。フィンの目がさらに細くなる。尾が揺れている。
しばらく、テーブルを囲んで座っていた。二人と一匹だ。サーラが夕飯のスープを運んでくる。湯気が立つ。
食べている最中に、リリアが箸を止めた。
リリア:「……レンさん」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「……少し、話したいことがあるんです」
ヨーヘイはスープを置いた。
リリア:「……今日、レンさんが出かけている間に。手が……光ったんです」
ヨーヘイ:「光った? 手が?」
リリア:「……前にも一度ありました。でも今日は——違ったんです。もっと強くて、でもすぐ消えて。何かに届かせようとしたみたいに、手が動いて……でも、何に届かせようとしたのか、自分でも分からなくて」
リリアが自分の右手を見ている。何もない。普通の手だ。
リリア:「……怖くはなかったです。でも、何なのか知りたいんです」
リリアが右手を持ち上げた。テーブルの上に、掌を上にして差し出す。
リリア:「……見せたいんです。でも、今は——」
指先に力を入れている。手が、わずかに震えている。目を閉じて、何かを引き出そうとしている。
何も起きない。
5秒。10秒。リリアの眉が寄った。力を入れている。でも手のひらは普通の手のひらのままだ。光は、出てこない。
リリア:「……出ない」
声が小さかった。悔しさなのか、恥ずかしさなのか。目を開けた時、空色の瞳が少し揺れていた。
リリア:「……すみません。嘘みたいですよね。自分でもそう思います」
ヨーヘイ:「嘘じゃないです。出せなくたっていい。リリさんが出そうとしたこと、俺は信じます」
リリアの目が、ヨーヘイに向いた。何かを確かめるような目だ。信じていいのか、と問うている。
ヨーヘイ:「ちょっと待ってください。調べてみます」
ヨーヘイはスープの椀に視線を落とした。リリアから見れば、考え込んでいるように見えるはずだ。
ヨーヘイ:(解析さん。手が光る現象って何ですか)
解析の声:「光の発現パターンから、覚醒型魔法の兆候と推定されます。覚醒型は発動コストがゼロですが、意志で制御できるようになるには訓練が必要です。今出せないのは、むしろ正常です」
ヨーヘイ:(覚醒型。訓練で制御できる。今出せないのは正常。……ありがとうございます)
顔を上げた。
ヨーヘイ:「リリさん。俺のスキルで調べてみました。手が光るのは、魔法の兆候らしいです。覚醒型というタイプで、今は出せなくて当然みたいです」
リリア:「……当然、ですか」
ヨーヘイ:「出せなかったのはリリさんのせいじゃない。訓練すれば、意志で使えるようになります」
リリアがテーブルの自分の手を見ていた。何もない手。でもさっきまで、そこから光を出そうとしていた。その手が、ゆっくりと握られる。
リリア:「……練習すれば、本当に使えますか」
ヨーヘイ:「解析さんがそう言ってます。俺は解析さんを信じてます」
一拍の間があった。
リリア:「……一緒に、やってもらえますか」
ヨーヘイ:「もちろんです」
リリアが少しの間、握った手を見ていた。それから顔を上げて、頷いた。小さく、でもはっきりと。
リリア:「……お願いします」
ヨーヘイ:(魔法が使えるようになったら——リリさんの選択肢が増える。俺の守れる範囲も増える。今日の一言が、たぶん大事な一歩だ)
フィンがテーブルの上で丸くなっていた。満腹なのか、目が半分閉じている。耳だけが、二人の会話に合わせてぴくぴく動いている。
◆ 夜
宿が静かになった。
ヨーヘイは1階のテーブルで水を飲んでいた。フィンが膝の上で丸まっている。リリアはもう2階に上がっていた。
窓の外を見た。暗い通りに、人影はない。
サーラが帳場から出てくる。水差しをテーブルに置いて——いつもならそのまま戻るのに、今日は椅子に腰を下ろした。
サーラ(女将):「今日ね、見慣れない顔が来たよ」
声が低い。帳場から客に話しかける時の声とは違う。
ヨーヘイ:「……見慣れない」
サーラ(女将):「ファスト村の人間じゃない。若い男が二人。宿を探してるって言ってたけど、うちじゃなくて東の宿に行った」
サーラが水差しの水を自分のコップに注いでいる。視線は手元だ。ヨーヘイの方を見ていない。
サーラ(女将):「途中でちょっと聞いてきたんだよ。最近、若い女の旅人が来なかったかって」
ヨーヘイの手が止まった。
サーラ(女将):「何も知らないよって言っておいた。実際、うちには旅人なんていないからね。いるのは冒険者と、その連れだけだ」
ヨーヘイ:(……サーラさんは、分かっている。リリアのことも、追っ手のことも。分かった上で、知らないと答えた)
サーラ(女将):「気をつけな。あんただけじゃなく、あの子のことも」
それだけ言って、コップを持って帳場に戻った。
ヨーヘイはテーブルに視線を落とす。フィンが膝の上で耳を立てている。空気が変わったのを感じたのか、金色の目がヨーヘイの顔を見上げている。
ヨーヘイ:(追われてる人の顔——サーラが前に言っていた。あの時より、状況は近くなっている)
窓の外を、もう一度見た。
通りには、誰もいない。
でも空気が、少しだけ変わっていた。
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【第11話−4 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(11話−4終了時点)
Lv:3 HP:62/118(右足負傷継続・出血なし) MP:52/52
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 53/100(+1)
・《収納》Lv1 熟練度 18/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 28/100
・《解体》Lv1 熟練度 11/100
・《料理》Lv1 熟練度 3/100
・《従魔契約》Lv1 熟練度 1/100
▼ 本話の収支
・変動なし(42枚継続)
▼ 新情報
・リリアの光(第二兆候):ヨーヘイ不在時に発現。より強く、「何かに届かせようとした」。制御不能
・覚醒型魔法の訓練を開始することで合意
・追っ手の気配:若い男2人がファスト村に到着。若い女の旅人について聞いている。サーラが「知らない」と対応済み
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、報告します。
サーラさんから聞きました。若い男が二人、村に来て、若い女の旅人を探しているそうです。リリさんのことでしょう。サーラさんは知らないと答えてくれました。「いるのは冒険者と、その連れだけだ」。あの人は、ああいう人です。
追っ手が、近い。
でも今日は、これ以上考えないことにします。フィンが膝の上で寝てしまったので、動けません。
以上、記録終わり。
【第11話-4】はじまりの仲間 ― 見慣れない顔が、来た
「いるのは冒険者と、その連れだけだ」
サーラさんに台詞を書く時、少ない言葉で全部言わせようとしています。この一言に、リリアへの理解と、ヨーヘイへの信頼と、この人のやり方が入っていました。
追っ手が動き始めています。




