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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
1章

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第10話−2(特別回) あの子が、走っている

◆ リリアさんを発見した日のこと



女神:「リリアさんを発見した日のことも話しますよ。ヨーヘイさんが林の奥に入っていく時、わたくし、マイクがOFFのままだったんですよ」


ミカエラ:「知っています。ずっとひとり言をおっしゃっていましたね」


女神:「あの時の独り言、全部OFFのまま喋ってたんですよ。『危ないですってば、反応がまだ遠いだけで、いつ動くか分からないんですよ、もう少し慎重になってもいいと思いますよヨーヘイさん、何かあってからじゃ遅いんで』ってずーっと言ってたんですけど、ヨーヘイさんには一文字も届いてなかった。気づいた時には、思わず声に出てしまいました。『あ』って」


ミカエラ:「それで、定期的にスイッチを確認するメモをデスクに貼ったんですよね」


女神:「貼りました! 次の日に!」


ミカエラ:「今日も確認できていませんでしたよ」


女神:「……メモが見えにくい位置だったんですよ。マグカップの後ろに隠れてて」


ミカエラ:「マグカップを動かせばいいだけだと思いますが」


女神:「……後でそうします」


 それはそれとして、と思いながら。


女神:「リリアさんを発見した時の、ヨーヘイさんの心の声——管理上の都合で聞こえるんですよね、わたくし——『見るな! 見るな見るな見るな! 俺は44歳だ、娘でもおかしくない年齢だ』ってやつ」


ミカエラ:「……はい」


女神:「あの時モニターを、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ目を細めて見ました。業務として」


ミカエラ:「業務として、とのことですね」


女神:「業務の範囲内です(小声)」


ミカエラ:「……(コメントしないことにします)」



◆ 帰村の日のことと、電話のこと



女神:「村に戻ってきて、ラルフさんのところで短剣を新調して、サーラさんの宿にツケてもらった日のことですよ。リリアさんが『返せるくらい、稼ぎます』って言って、ヨーヘイさんが『じゃあ、一緒に稼ぎましょう』って返した場面——あれ、自動翻訳だとそのまま通るんですけどね。リリアさんの原語、もう少しニュアンスがあったんですよ」


ミカエラ:「……どういう意味だったんですか」


女神:「『あなたと共に、この先も』っていう言い回しで。稼ぐ、だけじゃなくて、もう少し広い意味が含まれてたんです」


ミカエラ:「……それを、ヨーヘイさんには」


女神:「言ってません。業務として必要な情報のみを提供するのがマニュアルの原則なので。それに、ヨーヘイさんが『一緒に稼ぎましょう』って自分で言った後、解析の声として復唱したんですけど——あの時ヨーヘイさん、聞き返してこなかったんですよ。本人も薄々分かってたんじゃないかなって。分かってたうえでそこには触れないで、ちゃんとリリアさんと一緒にやっていくことに集中しようとしてたんじゃないかって」


ミカエラ:「……主様は、ヨーヘイさんのことを、本当によく見ているんですね」


女神:「業務です」


ミカエラ:「……そうですね、きっとそうだと思います」


 その時でした。



 プルルル……プルルル……。



 管理局の内線に、着信が入りました。


 わたくしとミカエラは、ほぼ同時にその音を聞きました。


 ミカエラが、申し訳なさそうな顔をします。


ミカエラ:「主様、大主神様からお電話です」


女神:「——最悪のタイミング!!」


ミカエラ:「毎回最悪のタイミングとおっしゃっていますが、そろそろ適切なタイミングというものがあれば教えていただきたいところです」


女神:「ヨーヘイさんのHPが120あって、魔物の反応が500メートル以遠にある時! そういう時に電話してほしい!」


ミカエラ:「……お伝えできる立場にありませんので、出てください」


 はい、分かりました。


女神:「はい、お電話いただきありがとうございます——え、あ、はい。報告書ですね。ヨーヘイさんが来た日からの管理報告書——はい。提出期限、3日前——あ、はい、そうですね、はい——」


 モニターから目が離せない。ちらちら見てしまう。あの子が走っている。


女神:「え? ヨーヘイ・レンの件ですか? あ、それは、ええと、業務上の都合がありまして、いくつか確認中の事項が——い、いえ、特定の個人に肩入れしているわけでは——ウィンドウの最大化は、監視の精度を上げるための——え、他の管理対象はどうしているのかって——それはもちろん監視していますよ、ちゃんと、最小化はしてますけど——最小化してる時点でおかしいですか?——……はい。はい。……はい(小声)」


 電話を切りました。


 管理局に静寂が戻ります。


ミカエラ:「……いかがでしたか」


女神:「報告書を今日中に出せって言われました(ぺしゃんこ)」


ミカエラ:「3日前から申し上げていました」


女神:「あと、特定の被管理者への過度な関与は規定違反だって」


ミカエラ:「……(コメントを控えます)」


女神:「わたくし、過度じゃないと思うんですよ? ちゃんと他の冒険者も管理してますよ、最小化してるだけで——ヨーヘイさんのウィンドウを最大化してるのは、事案の特殊性があるからで、邪悪なる者の調査が進むまでは優先的なモニタリングが必要で、これは業務として完全に正当な——」


 その時、モニターのアラームが鳴りました。


 あの小さな子が、ヨーヘイさんの方に向かって走り出していました。


女神:「——っ!」


 わたくし、報告書のことはもう忘れていましたね。


ミカエラ:「……報告書は後でいいです(タオルを持って、静かに立ちます)」



◆ 今朝のこと



 あの子の動きをモニターで追いながら、今朝のことを思い出します。


女神:「ヨーヘイさんが掲示板でEランク依頼を取ろうとした朝——ミカ、わたくしなんて言ったと思います? 心の中で」


ミカエラ:「ご自身でずっとおっしゃっていましたので、分かっています」


女神:「『Eランク依頼、Gランクが受けていい案件じゃないですよ? ヨーヘイさん、ちょっと、ちょっと待って——あ、もう依頼票、取った。取っちゃった』ってなってました。で、ヨーヘイさんがカウンターに向かうのを見ながらデータを出したんですよ。生存確率の試算を」


ミカエラ:「……それで、読み上げなかった」


女神:「読み上げられなかった、が正確です。あの数字をヨーヘイさんに言えば、足が止まる。足が止まれば、ミナさんへの説明が増えて、メンタルへの影響が出て、次の判断が鈍る。それより——採取完了までの時間と魔物の接近速度を計算して、ルートの地形を確認して、逃走経路の優先順位を出したら、行ける、ギリギリだけど行けるって出たので、だから——マイクをONにしなかった。でも、データは手元に置いたままにしておきました。ずっと」


 マグカップを両手で持ちます。


女神:「……正直言うと、あの時、心臓に悪かったです。ちょっと手が震えてたかもしれない」


ミカエラ:「震えていました」


女神:「見てたんですか」


ミカエラ:「いつも見ています」


 ミカエラはそれだけ言って、それ以上は何も言いませんでした。


 わたくしはマグカップをひとくち飲んで、続きを思い出します。


女神:「採取が始まって、順調に進んでいる時は、まあよかったんですよ。でも6束を過ぎたあたりから、北東に反応が出てきて——ヨーヘイさんに撤退を進言したんですけど、聞いてもらえなかったんですよね。『あと4束です』って言われて、まあ気持ちは分かるんですよ、110枚の依頼だし、ツケも返したいし、リリアさんの登録料も必要だし、計算が頭から離れないのは分かる。でもGランクのヨーヘイさんに、Eランク向けの奥域で、あと4束を取らせるのは——わたくしには止められないんですよ。業務として、最終判断はヨーヘイさんのものだから」


ミカエラ:「技術的に、止める手段はないんですか」


女神:「……あることはあります。マイクを通じてかなり強引に誘導することは、できなくはない」


ミカエラ:「でも、結果的にはしなかったんですよね」


女神:「本人の意志で動いてほしい、って言ったじゃないですか。それは今でも変わってないので。だから、9束目を取りに行くのも止められなかった。でも——」


 少し、間が入ります。


女神:「ずっと地形を見てました。斜面の湿度変化、土質のデータ、根の張り方——採取ルートの全ポイントを確認しながら、何かあったらすぐ動けるように。マイクOFFのままぼやきながら」



◆ 転落の瞬間



 ここから先の話をするのは、ちょっとだけ、つらいです。


 でも、話します。


女神:「9束目を取った瞬間のことですよ。わたくし、マイクOFFのままぼやいてたんです。『ヨーヘイさーん、もう9束ですよー。あと1束なんですけどー。でも12メートルなんですよー。どうするんですか本当に——』ってやりながら、データを流し見してて」


ミカエラ:「……」


女神:「斜面の地形データが動いたのが見えたのが、0.2秒前でした」


 そこから先は、ほとんど記憶がないんです。


 正確には、記憶はある。でも感情として思い出すのが難しい。


女神:「マイクをONにして、『左——岩の窪みに!』とだけ言いました。今必要なのは方向と場所だけで、なぜかとか、何があるかとか、危険度はとか、全部いらない、体が動ける情報だけ入れる、って頭の中でそれだけ考えていて」


 ヨーヘイさんの体が捻れるのが、モニターに映りました。


女神:「間に合ったかどうかは、次の0.3秒で分かった。音がしました。大きな音が。斜面を転がる映像が映って、データが流れてきました。骨折判定保留・出血判定確定・意識レベル低下中」


 一つ一つ、確認しました。右足の状態、内部損傷の有無、周囲の魔物の距離、収納のポーション残数、逃走経路、あの子の位置、気温、感染リスク——全部、流れるように頭の中を通っていきました。


女神:「全部計算して、全部並べて——やれることは、全部やった、って思いました」


ミカエラ:「……はい」


女神:「その上で、マイクをONにするかどうかを考えました。声をかけたら——彼は最後の力をわたくしの声に向けるかもしれない。戦うべき相手ではなく。それは、したくなかった。だから——」


 少し、間があります。


女神:「マイクから手を離しました。このまま見ています、って思って」


 でも、ヨーヘイさんの声が来た時。


女神:「『解析さん。俺、ちょっと——限界かもしれない』って言われた時に、マイクを見たんですよ。もう一回。ONにするべきかどうか、考えて——何を言うかを考えました。大丈夫です、って言えるか。帰れます、って言えるか。何か言葉をかけられるか——全部、今のヨーヘイさんに必要な言葉じゃなかった。分析的な言葉でも、励ましでも、約束でもない。でも何も言わないのも、違う気がして」


ミカエラ:「それで、ONにして、何も言わなかった」


女神:「……それだけが、その時のわたくしにできる、正直なことでした」


 少し、長い間があります。


女神:「あの沈黙のこと、ヨーヘイさんが『一番怖い』って言ってたの、聞こえてました。そうだよな、って思いました。ごめんなさい、とも思いました」


ミカエラ:「……主様」


女神:「業務として対応できていたかどうか、今でもよく分からないです。マニュアルに載ってないんですよ、ああいうシーンの対応が。後でどこかに書いておこうと思うんですけど、何を書けばいいか——『何も言えない時は、そのままでいい』? でもそれ、業務マニュアルに載せる文章じゃないですよね」


ミカエラ:「……主様が経験として持っていれば、それで十分だと思います。マニュアルに書かなくても、次に同じ場面が来た時に、主様の体が覚えているはずですから」


 ミカエラが、静かにそう言いました。


 手帳を閉じて、ミカエラはモニターに目を戻します。


 さっきまでぼやいていた人と、同じ人には見えません。データを並べ替えて、優先順位を組み直して、やれることを全部やった上で——声を出せなかった。それを「業務として対応できていたか分からない」と言う人の横顔を、ミカエラはずっと見ていました。


ミカエラ:「……やっぱり、主様はすごい方なんです」


 小さな声でした。女神には届いていません。



◆ あの子が来る



 モニターに映っているあの小さな子が、ヨーヘイさんの方に向かっています。


 後ろ足を引きずりながら、それでも走っています。


女神:「……えらい。えらいですよ、あの子。頼んでもいないのに」


 あの子がヨーヘイさんの顔を見ます。倒れているヨーヘイさんを見て、周囲の魔物の位置を確認して、また前を向いて、収納の匂いを嗅ぎ始めました。


女神:「何かを探してる——あの匂い、ツキシロソウです。甘い匂いが収納から漏れてる。あの子が気づいたんだ」


ミカエラ:「どこにあるんですか」


女神:「奥域の岩の窪み付近——あの子が落ちた場所の近く。怪我した時に、鼻に入ったんでしょうね。で、今ヨーヘイさんのそばに生えていることに気づいた」


 あの子が草の間に鼻を突っ込んでいます。


女神:「……頼んでないのに。本当に、頼んでないのに」


 思わず、前に乗り出します。


 マグカップが、また倒れます。今は気にしません。


女神:「いける、いけます、ツキシロソウを葉ごと——そう、そう! そのまま持ってきてください!」


 マイクがOFFなので、聞こえていません。


 でも、あの子は葉を口にくわえて、ヨーヘイさんの方に向かって走り出しました。


ミカエラ:「主様、マイクがOFFになっています」


女神:「OFFですね、知ってます」


ミカエラ:「……応援は届いていると思いますよ、たぶん」


女神:「そうだといいですよね」


 あの子がヨーヘイさんの右足に葉を当てています。


 出血が、止まっていきます。


 傷が塞がっていきます。スタミナは戻っていないけど、出血は止まった。それだけで、今は十分です。


女神:「……ありがとう。ありがとうございます。わたくしの——」


 言いかけて、止まります。


女神:「業務として——」


 言いかけて、止まります。


 しばらく、何も言いません。


 モニターの中で、あの子がヨーヘイさんの顔のそばに丸まっています。


 ヨーヘイさんは、意識がないまま、でも呼吸は続いています。


女神:「……ヨーヘイさん」


 わたくしは。


 マグカップを持ちます。中身は全部こぼれています。


 それに今気づきます。


女神:「……あ。なんにもなかった」


ミカエラ:「新しいものを持ってきますね(静かに席を立ちます)」


女神:「……ミカ」


ミカエラ:「はい、なんですか」


女神:「報告書、今日中に書きます」


ミカエラ:「……本当ですか」


女神:「本当です。最初の日から全部書きます。ちゃんと書きます」


ミカエラ:「……ありがとうございます、主様。楽しみにしています」


 しばらく、二人でモニターを見ていました。


 あの子がヨーヘイさんのそばで丸まっています。


 どこかで鳥が鳴いていました。



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【第10話−2(特別回) リザルト】

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▼ この話について

・女神視点の特別回(後編)。ヨーヘイ視点なし

・7話−2〜9話−2までの「解析さんの裏側」を描写

・初登場:大主神(上司・声なし・電話のみ)


▼ 女神の状態(10話−2終了時点)

・マグカップ:こぼした回数(今週)7回

・報告書:未提出(今日中に書くと約束)

・管理ログ:最初から未記入(ミカエラに指摘済み)

・ヨーヘイ専用ウィンドウ:常時最大化(大主神に注意を受けた)

・特定被管理者への過度な関与:規定違反の可能性あり(大主神から警告)


▼ 判明した裏設定(後編)

・リリア発見時のマイクOFF:独り言が全部届いていなかった

・「業務の範囲内です(小声)」:リリア発見時のモニター目視について

・「一緒に稼ぎましょう」の場面:リリアの原語は「あなたと共に、この先も」。女神は気づいていたが伝えなかった

・「……」の沈黙(9話−1):生存確率の数値が出てきて読み上げられなかった

・「左——岩の窪みに!」(9話−2):0.2秒前に地形変化を検知して反射で叫んだ

・最後の沈黙(9話−2末尾):ONにして何も言わなかった。それが正直なことだった


▼ 次話への引き

・あの小さな子がツキシロソウでヨーヘイの出血を止めた

・ヨーヘイは意識喪失中・呼吸は継続

・ポーション1本が地面に転落中

・カゲダケ残り1束

・女神は報告書を書くと約束した(実際に書けるかは不明)


▼ ミカエラの考察


 わたしから補足します。


 主様の管理ログが1話から未記入なのは事実です。口頭での補記は今回が初めてでした。記録としての正確性には課題がありますが、主様の記憶は細部まで正確でした。レバーの匂いの件も含めて。


 マグカップの被害報告です。今週の合計は7回。うち本日が4回。床のタオル消費は9枚。主様が自分で拾ったのは0枚です。業務への支障は出ていません。出ていませんが、備品申請は来週出します。


 大主神様からの電話の件。報告書の提出期限超過と、特定被管理者への過度な関与について警告を受けました。主様は「業務として正当」と主張されていますが、ウィンドウの最大化と他の管理対象の最小化については、わたしからも説明が難しい状況です。


 転落シーンの対応について。


 主様は「業務として対応できていたか分からない」とおっしゃっていましたが、わたしが見ていた限り、判断は的確でした。0.2秒前の地形変化検知、方向と場所だけの一言、マイクを離す判断——全て、あの瞬間にできる最善だったと思います。


 最後にマイクをONにして何も言わなかったことも含めて。


 主様は、あの方のことが——


 ……以上です。補記を終わります。


【第10話-2】(特別回)あの子が、走っている


フィンがヨーヘイのもとに走るシーンを、女神視点から見た話です。


「あの子が走っている」——これを書きたくて、特別回を2話使いました。次話から通常のヨーヘイ視点に戻ります。

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