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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
1章 「腹が、減っている。」

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第10話−1(特別回) わたくし、絶対にバレていないと思っていたのですが

視点が変わります。女神視点の特別回です。

◆ アラーム



 ピピピピピッ。


 管理局の警告音が鳴ったのは、わたくしがちょうどマグカップに手を伸ばした瞬間のことでした。


 タイミングが悪すぎる。


女神:「——っ!? え、えっ、HP20!? なんで!? さっきまで43あったのに、どういうことですかこれ、ちょっと待って待って——転落? 転落ですか? 斜面から落ちた? あー! だから言ったんですよ12メートルって! 12メートルって言ったじゃないですか! そこで9束目を取りに行かなくていいんですよヨーヘイさん、Gランクが単独でEランク依頼を受けている時点でもう十分無謀なのに、なんで欲張るんですか、なんで!!」


 思わず、モニターを叩く勢いで身を乗り出したところで、わたくしの肘がマグカップに当たってしまいました。机の端から滑り落ちたマグカップが、床に盛大にこぼれました。


女神:「あ゙あ゙ぁ——! こぼれた! 床がぁあああ! あとで!あとで!!」


 わたくしはタオルを引っ掴んで、濡れた床に向かって放り投げました。落ちたタオルは後で拾えばいい——今はそれどころじゃなかったんです。


 管理局のメインモニターは、壁一面に広がる巨大なパネルです。異世界全域の地図、魔物の反応、冒険者のレベル数値——ありとあらゆる情報が流れています。その右下の一角に、わたくしが常時最大化しているウィンドウがあります。ヨーヘイさん専用の監視画面です。他の管理対象のウィンドウはほぼ最小化してあるのですが、それはまあ、業務上の優先順位というものがありますので。


 そのウィンドウを、いま食い入るように見つめています。


 斜面の下に倒れているヨーヘイさんが映っています。右足に赤いものが広がっています。意識レベルを示す数値が、じりじりと落ちていっています。


 あの小さな子は——


 慌てて別ウィンドウを開こうとして、クリックが一回余分に入り、見当違いのウィンドウが開きました。閉じて、もう一回。今度は合いました。


女神:「あの子どこ、どこどこ——あ、いた、岩の窪み、怪我してる、でも動ける、よかった——」


 わたくしは少しだけ、息を吐きました。


 動けるなら、なんとかなります。たぶん。たぶんですけど。


 そこへ、ミカエラがタオルをもう一枚持って近づいてきました。床に静かに置きながら、モニターをちらりと確認します。


ミカエラ:「主様、床が大変なことになっていますので、あとで一緒に拭きましょうね。ヨーヘイさんのHP、今は安定しています。出血は続いていますが、致死レベルには達していません。あの子が近くにいますし、わたしもここにいますから、少し落ち着いてください」


女神:「……ミカ、なんで今日に限ってそんなにしっかりしてるんですか」


ミカエラ:「いつもしっかりしています。しっかりしていない方が隣にいるので目立たないだけです」


女神:「……それ今言わなくていい言葉だと思うんですけど」


 でも、それでわたくしは少し落ち着きました。


 椅子に座り直して、モニターを正面から見ます。


 ヨーヘイさんは、動けない状態で、2体の魔物に挟まれています。ポーションが手から滑り落ちています。あの小さな子が窪みの奥で体勢を立て直しています。


 大丈夫です。たぶん。


 わたくしは、なんでこうなったんだっけ、と——そういえば今朝からずっとひやひやしていたんですよね——と思いながら、8日前のことを思い出し始めました。



◆ 8日前のこと



女神:「そもそも何が原因かって言うと、8日前に遡るんですよ、ミカ。あの朝ね、モニターに見慣れない反応が出たんです。ほら、わたくしのモニター、見ます? ここに出たんですよ、こんな感じで」


ミカエラ:「見ています」


女神:「『薄い場所』。異世界と現代の境目が薄くなっているポイントが、ヨーヘイさんのご自宅のクローゼット付近に出てたんですけど——これ、わたくしが作った記憶、ないんですよ。全然ない。確認のために業務マニュアル開いたんです。『薄い場所の発生原因』のページを」


 わたくしは机の端から業務マニュアルを引っ張り出しました。分厚い冊子で、ほぼ読んでいないやつです。パラパラとページを繰っていくと、該当の項目が出てきました。


女神:「『薄い場所の発生原因……外的要因……邪悪なる者の介入の可能性……』」


 一文を読んだところで、わたくしの手が止まりました。


 もう少し先を読もうと、さらにページを繰りました。


女神:「……あー。やっぱりそういうことですか。はい、まあ……そうですよね……」


ミカエラ:「主様、そのページ、担当者向けの対応マニュアルが続きにあるはずなのですが、読んでいますか」


女神:「……(マニュアルをゆっくり閉じます)」


ミカエラ:「主様、まだ続きがありますが」


女神:「あとで読みます」


ミカエラ:「8日前から申し上げています」


女神:「……分かってます! 分かってますけど、続きを読む前にヨーヘイさんが踏み込んできてしまったんで、そっちに対応するので精一杯で——」


 それがそもそもの始まりでした。


 誰かが——何かが——作ったその場所に、ヨーヘイさんが入ってきてしまったんです。


 わたくしは本当に、何も、していないんですよ。最初から。


 それだけは言いたい。


女神:「ヨーヘイさんが踏み込んできた瞬間、わたくし、マイクのスイッチを探してたんですよ。え、え、え、人が来た、人来ちゃった、スイッチどこ、どこどこどこって——あった! って思って、パチン、ってやったんですよ」


ミカエラ:「それで出てきた第一声が」


女神:「『え、あ、ちょっと待って。ちょっとだけ待ってください』になりました」


ミカエラ:「……」


女神:「管理者として最悪の出だしでしたよね、分かってます、分かってますよ、でもしょうがないじゃないですか緊急だったんで! 本来なら毅然とした態度で『ようこそいらっしゃいました、ここは——』ってやるはずだったんですけど、完全に後手に回って。でも、その後はちゃんとしましたよ? 指を折りながら対応マニュアルを頭の中で確認して、1・名前確認、2・世界説明、3・帰還条件の説明、4・スキル付与、5・道具支給、全部こなしましたから」


ミカエラ:「ヨーヘイさんの名前確認、できていましたか」


女神:「……2番の世界説明で間接的に確認しました」


ミカエラ:「ステータス画面に名前欄が空白のまま表示されていましたが、それは間接確認の結果として適切だったのでしょうか」


女神:「それは——1番の確認が、厳密には——」


ミカエラ:「後で訂正票を出しましょうね」


女神:「……はい」


 まあ、短剣も渡せましたし、スキルも付与できましたし。


 問題は、帰還条件の説明だったんですよ。



◆ 「帰れますか」の一言



女神:「ヨーヘイさんの最初の質問が『家に帰れますか』だったんですね。真っ先に、それを聞いてきたんです。自分のことより先に、ご家族の時間が止まるかどうかも確認してきて——なんというか、その、ちゃんとした方なんだなって、最初から思ったんですよ」


 少し、間があります。


女神:「でもその質問に、正確には答えられなかった。接続の修復が必要なのは本当で、嘘はついていないんですけど——本当のことを全部は言えなかった」


ミカエラ:「帰せない理由が、接続の問題だけじゃないからですよね」


女神:「……そうなんですよ。この世界に何かが来ようとしている。まだ輪郭が見えない。でも確かに動いている何かがあって——ヨーヘイさんがここに来たのが、本当に偶然だったのかどうか、それが分からないうちに帰していいのかどうか、判断できなくて」


ミカエラ:「それを、ヨーヘイさんに言えなかった」


女神:「言ったら、あの人は『役割のために利用されたのか』って思うかもしれないじゃないですか。そう思わせたくなかった。本人の意志で動いてほしかった。だからあの場では——今はまだお話できない、って言うしかなくて」


 ヨーヘイさんが「分かりました。行きます」と言った時の顔を思い出します。


 モニターの中で、白い空間がゆっくり薄れていって、ヨーヘイさんが異世界の地面に落ちていって。


 「行けるはずがない。分かってる」って思っていたはずなのに、それでも足が前に向いていた人の背中を見ながら。


女神:「……正直言えば、ずっとそれが怖いんですよ。判断できない自分が、ダメな管理者だって分かってるから。判断できないまま、8日間ずっと見ていて——でも、だからといって何かできるかって言うと、できないこともたくさんあって」


 ちょっと間があります。


女神:「——ま! 業務の範囲内ですよ!」


ミカエラ:「(小さくため息をついて)……はい」



◆ 日々の業務の実態について



女神:「ここからが、わたくしの8日間の業務記録になるんですけど、ミカ聞きます?」


ミカエラ:「管理ログが未記入ですので、聞かせていただければ補記できます」


女神:「書いてます! 頭の中に!」


ミカエラ:「頭の中では記録になりません。何度も申し上げています」


女神:「……後で書きます。今は口頭で補足します」


 まず、川のほとりでのことです。


女神:「あの小川に最初に着いた時、ヨーヘイさんが水を確認したんですよね。水質は大丈夫かどうかって。あれ、データベースで検索したら0.3秒で出たんですよ。『川の水・異世界・安全基準』で一発。もうすっごく簡単な確認で、全然難しくなかったんですけど——なんか、こう、颯爽と答えられた感じがして、少し満足したんですよね。業務マニュアルに『自信を持って答えること』って書いてあったので、それは実践できたと思います」


ミカエラ:「その後、シーオの実の件がありましたよね」


女神:「そう! そうなんですよ、ミカ分かる? あのシーオの実を教えたのは業務として正しい判断でしたよ。確かに。でもヨーヘイさんがその実を砕いて焼いた肉にまぶした時に——匂いが届いたんですよ。管理局まで。なんか、こう、すっごくいい匂いが」


ミカエラ:「それで、どうなったんですか」


女神:「……業務として確認していました。食材の鑑定は業務の範囲内なので、モニター越しに匂いが伝わってくることもありますし、それは別に普通のことというか——よだれは出ていません」


ミカエラ:「主様、自分で『よだれは出ていません』と言い始めた時点で、すでに説得力が残っていないことにお気づきではないですか」


女神:「でてなかったんですよ!! 本当に!」


ミカエラ:「……炊事場の件も聞かせてもらえますか。あれは特に」


女神:「あー……あれ、思い出すたびに、ちょっと恥ずかしいんですよね」


 マグカップを持ちます。中身がないのに気づきます。ミカエラが新しいものを静かに持ってきてくれます。


女神:「サーラさんの炊事場で、ヨーヘイさんがレバーとハツを焼いてたんですよ。鉄板の上で、いい感じに焼き色がついてきてて——モニター越しにあの音と匂いが届いてきて、思わず身を乗り出したんですけど。その時に肘が——マイクのボタンに当たってしまって」


ミカエラ:「スイッチがONになりましたね」


女神:「『……そろそろ焼きあがりそうです』って、独り言が全部ヨーヘイさんに届いてしまいました」


ミカエラ:「それでフォローに入ったわけですが」


女神:「『その、火加減なのですが——』って言いかけたんですけど、火加減じゃないんですよ全然。食欲なんですよ。でもそれは言えないから『すみません、何でもないです』って引っ込めて、完璧な収拾だ!って思ってたら、ヨーヘイさんに『釣られてますよね?』って言われてしまって」


ミカエラ:「……」


女神:「全力で否定しましたよ。『言いかけていません』って言いましたし、『業務として対応していました』って言いましたし。でもあの時の否定、我ながら弱かったと思います。声が若干上ずってたんですよね、モニター越しで伝わってたかどうかは分からないんですけど」


ミカエラ:「伝わっていたと思います」


女神:「……そうですか」


 マグカップに口をつけます。


女神:「あのレバーの匂い、まだ覚えてるんですよね。業務の記録として。仕事熱心なだけです」


ミカエラ:「……はい。よく分かりました」


 ミカエラは何も言わないことにしたようでした。


女神:「それと、経験値がだんだん減っていく件なんですけど——同じ場所で同じ採取を繰り返すと獲得経験値が急激に下がるやつ、あれ、実際に教えたのはだいぶ後のことになってしまったんですけど、実は採取が始まってすぐの時点で気づいてたんです」


ミカエラ:「なぜ教えなかったんですか」


女神:「ヨーヘイさんが嬉しそうに採取してたから——って言ったら怒られますか?」


ミカエラ:「……怒りはしません。でも管理者として適切かどうかは別の話ですね」


女神:「マニュアルには『情報は適切なタイミングで提供すること』って書いてあります。あの時点は適切なタイミングじゃなかった、ということで——」


ミカエラ:「では後で、どのタイミングが適切だったのかを教えてください。参考にしますので」


女神:「……聞かれたタイミングが一番適切だったと思います」


ミカエラ:「つまり、聞かれるまで教えるつもりがなかったということになりますね」


女神:「言い訳にしては完璧だったと思っています!」



◆ ダークボアの夜のこと



 ここから、少し、真剣な話になります。


女神:「ダークボアが初めて近くに来た時のこと、話しますよ。ヨーヘイさんがホーンラビット相手に結構いい感じで立ち回ってた日です。採取もうまくなってきてて、こちらとの連携も慣れてきてて。わたくしもなんか、こう、『この調子でいけますよ』って気持ちで見てたんですけど——モニターの一点が、変わったんですよ」


 少し、間が入ります。


女神:「Fグレード。ダークボア。北東130メートル、移動速度上昇中」


 その瞬間のことを思い出すと、今でも体がひやっとします。


 わたくしはマグカップを置こうとしたんですけど、手が滑って倒れてしまいました。気にしませんでした、その時は。


 マイクのスイッチを入れました。


 頭の中で優先順位が並び替わりました。0.1秒で。種別・脅威度・行動パターン・回避条件。余計なことは言わない。今ヨーヘイさんに必要な情報だけ。感情は後で。


解析の声:「ダークボアです。Fグレード。突進特化型。牙で木の幹を砕きます。今の装備では、正面からの衝突は避けてください」


 ヨーヘイさんが「分かりました」と答えて、撤退を始めてくれました。


 スイッチをOFFに戻しました。


女神:「……床に飲み物が広がってたの、その時初めて気づきました。マグカップ倒れてたんですよ」


ミカエラ:「その日3回目でした」


女神:「……数えてたんですか」


ミカエラ:「数えるのをやめた方がいいのか、まだ迷っているところです」


 あのダークボアが近づいてきていたら、正直どうなっていたか——今でもちょっと怖いんですよ。


 でも、その心配はしなくてよかった。


女神:「ヨーヘイさんが賢かったから。わたくしが言う前に、自分で限界を判断して撤退してくれたから、よかったんです。あの人、ちゃんと自分の頭で動けるんですよ。わたくしが一から十まで言わなくても、状況を読める。それが——ずっと助かってます、実は」


 マグカップに口をつけます。今度は、こぼしていません。


 ——でも今、モニターの右下に映っている数字は、20です。


 あの人は今、倒れています。あの子が走っています。まだ間に合うかどうか、分からない。


 もう少しだけ、話させてください。



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【第10話−1(特別回) リザルト】

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▼ この話について

・女神視点の特別回(前編)。ヨーヘイ視点なし

・1話〜7話までの「解析さんの裏側」を女神の独り言と回想で描写

・新登場:ミカエラ(天使秘書・女神付き第一秘書)


▼ 女神の状態(10話−1終了時点)

・マグカップ:こぼした回数(本話中)3回

・報告書:未提出

・管理ログ:最初から未記入(ミカエラに指摘済み)

・ヨーヘイ専用ウィンドウ:常時最大化


▼ 判明した裏設定(前編)

・「どうぞ」(川の水確認時):データ検索が一発で終わって間が持たなかった

・「そろそろ焼きあがりそうです」(炊事場):肘でマイクのボタンを押した事故

・経験値の目減り(採取開始すぐに気づいていた):実は最初から知っていた

・ダークボアのスイッチON:0.1秒で優先順位を並べ替え、必要な情報だけ伝えた


▼ 女神の考察


 業務記録、口頭版です。ミカ、補記よろしくお願いします。


 まず確認事項から。マグカップの件は、今回で3回こぼしています。業務上の支障は出ていないと判断しています。タオルの消費が増えていますが、それは管理局の備品管理の範囲で対応可能です。


 次に、対応品質について。ヨーヘイさんへの情報提供は概ね適切だったと考えています。シーオの実の件、水質確認の件、いずれもマニュアルの範囲内で処理できました。経験値の目減りを伝えるタイミングが遅れた件は——はい、認めます。認めますが、あの時のヨーヘイさんの嬉しそうな顔は覚えています。業務の記録として。


 ダークボアの件は、対応として問題なかったと自己評価しています。0.1秒で情報を整理して、必要な一言だけ伝えられた。あの時はちゃんとできていた——と思います。


 それから、炊事場の件ですが。


 あの。


 レバーの匂いがまだ記憶に残っているのは、食材鑑定の精度を上げるためです。仕事熱心なだけです。釣られていたとかそういうことではないです。


 ……伝わってた、って、ミカに言われましたけど。


 まあ。


 業務の範囲内です。

【第10話-1】(特別回)わたくし、絶対にバレていないと思っていたのですが


視点が変わります。女神視点の特別回です。


普段は「解析さん」としてしか現れない彼女が、実は何を考えていたのか。業務の範囲内と言いながら、ずっと見ていた。


次の話も女神視点です。

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