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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
7章「里に、火を入れる。」

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第98話 人の、形を、した。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

 白い霧の奥に、それは立っていた。


 二本の足で、まっすぐに。人の、輪郭だった。肩があり、腕があり、細い首の上に頭が乗っている。だが、人ではなかった。


 肌が、白い。血の気ではなく、あの綿のようなもの――胞子だ。それが皮膚の代わりに全身を覆い、ゆっくりと呼吸するように、表面が波打っている。顔があるはずの場所に、目も、鼻も、口もない。ただ、のっぺりと白い面が、こちらを向いていた。向いている、と、なぜか分かった。見られている、と、背筋が告げていた。


 甘く腐った匂いが、さっきまでの何倍も濃い。霧そのものが、あれの吐く息なのだと、俺は理解した。


 それは、動かなかった。風もないのに、纏った白い綿だけが、生き物の毛のように、ゆらゆらと揺れている。腕の長さも、首の傾きも、どこか人の寸法から、わずかにずれていた。近いのに、遠い。人の形をなぞりながら、人の中身を、きれいに抜き取ったような、そんな立ち姿だった。


 斜面の途中で、俺たちは、一歩も動けずにいた。ルカは、コハクを助け起こそうと駆け下りた、その足を、途中で凍らせたまま。リリアは、俺の半歩前で、胸の前に手を組んでいる。里長の家に蓮を預けてきたことだけが、今は、救いだった。あの子に、これを見せずに済んでいる。


 足元のフィンが、低く、長く、唸っていた。喉の奥から絞り出される、震える音。腹に響く、獣の警告だ。


 俺は、この従魔のこんな声を、初めて聞いた。ゴブリンにも、オークにも、鉱山の主にも、こいつはこんな声を出さなかった。前足を踏ん張り、牙をむき出しにして、後ろ足に力を溜めている。丸い体のどこにこんな重さがあったのかと思うほど、低く、鋭く、構えていた。


 俺の膝が触れているフィンの背中は、熱かった。怒りの熱だった。


 この従魔は、いつも、丸い。エルフの子の膝の上でも、リリアの腕の中でも、腹を見せて眠るような、そういう生き物だ。人に牙をむいたことなど、一度もなかった。その丸いはずの背が、今、針のように尖って、あの白い人型ひとつだけを、まっすぐに睨んでいる。何を見ているのか、俺には分からない。だが、こいつには、はっきりと見えている。あれが、何なのか。あれが、どれだけ、許せないものなのか。


解析:「……ヨーヘイさん」


 いつもの声だ。だが、いつもの速さが、ない。


解析:「照合、できません」


ヨーヘイ:(照合できない……?)


解析:「魔物の名も、危険度も、弱点も、表示できません。……これは、私の登録の外にあります。私の、管轄の外です」


 俺は、息を呑んだ。


 この声は、深層のダンジョンでも、鉱山の主を前にしても、一度も詰まらなかった。魔物なら、どんな相手でも、名前と数字を即座に並べてくれた。その相棒が、今、届かない、と言っている。手が届かない場所に、あれは立っている。


ルカ:「……なんやの、あれ」


 隣で、ルカの声が掠れた。狐の耳が、ぺたりと寝て、それきり動かない。


ルカ:「里を、こんなにしたんは……あいつなん?」


 白い面が、ゆっくりと傾いた。首をかしげる、人間のような仕草で。そして、口のない場所から、声が漏れた。空気が擦れるような、性別も年齢もない、平たい声だった。


人型:「……騒がしい」


 俺は、ぞっとした。言葉が、通じる。


人型:「まだ、下ごしらえの、途中だ。魔力の、実りが、浅い。……もう少し、寝かせておきたかった」


ルカ:「下ごしらえ……?」


人型:「この里は、畑だ。人も、獣も、樹も。魔力を、実らせるための。……病、と、お前たちは呼ぶらしいな。私には、水やりに過ぎない」


 その声には、怒りも、喜びも、なかった。畑の話をする農夫の声。天気の話でもするような、平たさ。だからこそ、こいつの言葉は、腹の底に、ぬるりと沈んだ。憎しみをぶつけられるほうが、まだ、ましだった。こいつは、俺たちを、憎んでさえいない。俵に積む米粒を、いちいち憎まないのと、同じことだ。


 俺は、この男が、どこまで喋るのか、じっと見ていた。名前も、目的も、口にしない。ただ、この里で、何をしているかだけを、隠しもしない。隠す必要が、ないのだ。畑に、麦が話しかけてきたところで、農夫は困りはしない。


ルカ:「うちの、里やぞ……! みんな、うちの、家族やぞ! それを、畑て……!」


 ルカの喉から、言葉にならない音が漏れた。掴みかかろうとした細い肩を、俺は腕で押さえた。押さえながら、俺の中でも、腹の底が焼けていた。


 畑。下ごしらえ。この男は――男かどうかも分からないが――里の人間を、食材の下処理くらいにしか見ていない。コハクの、力なく寝た耳を思い出した。喉を通る一皿を、やっとの思いで口にした里の子の、痩せた顔を思い出した。あれを、水やりだと言った。


ヨーヘイ:(ふざけるな)


 声に出さなかったのは、出せば、背中の剣を抜いていたからだ。抜いたところで、こいつに届かないことは、解析の沈黙が教えていた。


 リリアが、前に出た。


リリア:「……下がって、ください。ヨーヘイさん、ルカさん」


 いつもの、間延びした柔らかさが、声から消えていた。手のひらを前にかざす。指先に、淡い光が灯った。あたたかい、白に近い金の光。教会で見た、あの浄めの光だ。


 リリアが、膝をつき、足元の胞子に、その光を、そっと触れさせた。息を詰め、眉根を寄せ、指先の光を、消えないように、両手で支えている。汗が、こめかみを伝った。この人が、こんなに必死に魔法を使うのを、俺は、そう何度も見ていない。


 ――白が、薄れた。


 光の触れた一点だけ、綿のようなものが色を失い、ほろりと崩れて、下から黒く湿った土が覗いた。ほんの、手のひらほどの範囲。それでも、確かに、白が退いた。


リリア:「……効き、ます。……これ、聖属性が」


 人型の白い面が、初めて、リリアのほうへ向いた。傾いだ首が、まっすぐに戻った。


人型:「……それは、少し、目障りだ」


 平たい声に、初めて、温度のようなものが混じった。嫌悪、と呼ぶには薄すぎる、けれど確かな、拒絶。リリアの光を、こいつは嫌がっている。


 俺は、それを、頭の隅に刻んだ。効く手が、ある。聖の光が、効く。ならば、他にも、あるはずだ。


 俺は、周りを見た。戦えない。剣は届かない。魔法もない。俺にあるのは、この背中の荷物と、料理の道具だけだ。――だが、それが、何かの役に立たないとは、まだ決まっていない。


 考えるより先に、体が動いていた。俺はしゃがんで、腰袋から塩の包みを取り出す。足元には、崩れた胞子が、うっすらと積もっている。そこへ、ひとつまみ、白い綿の上に撒いた。


 塩の乗った場所だけ、胞子が、じり、と後じさった。乗らない。塩の粒を避けるように、白い綿が、そこだけ薄く割れて、下の土が覗く。塩を、避けている。生き物みたいに。


ヨーヘイ:(塩を、嫌う……)


 偶然かもしれない。もう一度、確かめた。今度は、線を引くように、足元に塩をひと筋、撒いてみる。白い綿は、その線を、越えてこなかった。塩の一本の線が、胞子にとっての、壁になっている。


 もうひとつ、試した。収納から魔石七輪を出して、いつも通り、火を入れる。炭が熾り、煙が細く立ちのぼる。魔物を焼き、里の子に一皿を出すための、いつもの火だ。その煙が流れた先、白い霧が、す、と、道を空けた。煙の筋の分だけ、胞子が寄ってこない。火の熱が届く半径の内側には、綿の一片も、入ってこない。


ヨーヘイ:(煙も、火も……嫌う。塩と、火と、煙)


 背筋を、熱いものが走った。恐怖ではなかった。俺が、この場で、無力ではないという、確かな手応えだった。剣は抜けない。魔法も、使えない。だが、俺の炭は、俺の塩は、こいつの畑を、拒む。厨房の道具が、そのまま、里を守る武器になる。いつか、どこかに焼肉屋の暖簾を出す――そのために磨いてきたこの火が、今、ここで、人の側に立っている。


リリア:「ヨーヘイさん、それ……」


ルカ:「……塩と、火。厨の、あんたの、道具や」


 二人の目が、俺の七輪に集まる。フィンだけは、まだ、あの白い人型から、目を離さない。


 白い面が、俺の七輪を、じっと見ていた。


人型:「……お前たちは、少し、面倒だ」


 そして、人型が、片手を上げた。


 こちらではなく、その背後――白い霧の、さらに奥へ。里の中心のほうへ。


 奥で、何かが、脈を打った。


 どく、と、地面を通して、腹の底まで届く鼓動だった。足の裏から、膝、腹へと、こもった振動が上ってくる。二度、三度。打つたびに、霧が濃くなる。あの綿のようなものが、奥から、こんこんと湧き出してくる。里の中心――解析が「根」と呼んだ、その方角から。


 人型は、もう、俺たちを見ていなかった。片手を上げたまま、白い面を、里へ向けている。畑に、水をやる。ただ、それだけの仕草で。


解析:「……ヨーヘイさん、あれは、根です。里の奥に、根が。……胞子の、供給源。今、それが」


 言い終わる前だった。


 白い壁が、膨れ上がった。


 里の中心から、胞子が、津波のように盛り上がり、こちらへ――いや、こちらを越えて、里の家々へ、預けてきた里長の家へ、押し寄せてくる。あの家に、蓮がいる。パパといる、と離れたがったのを、すぐ戻ると額を合わせて、置いてきた、あの子がいる。


 白い波が、家々の屋根を、飲もうとしていた。


ヨーヘイ:(間に合え――!)



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【第98話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(本話は戦闘の決着に至らず) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・なし(据え置き。《料理》Lv3・熟練度5を維持)


▼ 本話の収支

・異世界通貨20,581枚に増減なし(里での売買なし)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・変動なし(エリクサーは前話で消費し残り0本/現代の調味料・食材を継続保持)


▼ 本話の出来事

・97末の続き=白い霧の奥の人型と対峙。フィンが生まれて初めての明確な敵意(低い唸り・牙・沈めた姿勢)を見せる

・《解析》が人型を照合できない=「私の管轄の外」。いつも即答の相棒が届かない不穏

・人型は里の奥に「根」を育てる者。胞子も病も「下ごしらえ/水やり」に過ぎないと語る(里=魔力を実らせる畑)

・リリアの聖属性が胞子に触れた一点で白が薄れる=聖が効く兆し。人型が「目障りだ」と初めて温度を見せる

・ヨーヘイが塩・火・煙が胞子を退けることに気づく=戦えない料理人にできる一手の発見

・末尾=人型が奥へ片手を上げる→奥の「根」が脈打ち、胞子が津波のように里(蓮を預けた里長の家の方角)へ膨れ上がる


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん。あなたが、詰まった。名前も、数字も、出せないと。……あなたが届かない場所に、あれは、立っている。それが、どれだけ、怖いことか。


 畑だと、あいつは言った。この里を、下ごしらえだと。コハクの寝た耳も、痩せた子の顔も、水やりの途中だと。……腹の底が、まだ、焼けている。


 だが、分かったこともある。聖が効く。塩が効く。火が、煙が、効く。剣は抜けなくても、俺の炭は、こいつの畑を拒んだ。無力じゃ、ない。


 ――蓮。あの家に、いるんだよな。すぐ戻るって、言ったよな。あの白い波が、お前のほうへ、向かっている。間に合え。頼むから、間に合ってくれ。


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最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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