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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
7章「里に、火を入れる。」

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第97話 里が、白い。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

 あの、甘く腐った匂いの中を、俺たちは進んでいた。


 白い森だった。木々の幹にも枝にも、綿のようなものがびっしりと張りついて、生きた緑をひとつ残らず覆い隠している。踏みしめる下草は色を失い、足を置くたびに、ぷつ、と乾いた音を立てて崩れた。息を吸うと、熟れすぎた果実のような、甘ったるい腐臭が喉の奥に絡む。


解析:「……これは、病気では、ありません。生態が、書き換えられて、います」


ヨーヘイ:(書き換え……?)


 病なら、まだ、治る筋がある。だが、書き換えられたものは、どうすれば、元に戻る。その答えを、俺は、まだ持っていなかった。


 俺は蓮を抱え直した。腕の中の小さな体は、まだ細かく震えている。裸足の足の裏が冷えきっていて、俺は片手でその足を包んだ。


ヨーヘイ:「もう少しだ。パパから離れるなよ」


蓮:「……うん」


 蓮の声は小さかった。ゆうべ一人で夜通し歩いてきたこの子は、ここまで泣かずに来た。俺の胸元のシャツを、両手できつく握っている。


 里へ急ぐと決めた、あの朝。ルカは、蓮の前に、しゃがんで、言った。里にな、うちの、ともだちが、おんねん。びょうきで、ぎょうさん、ねとんねん。せやから、いそぐで、ごめんな、と。蓮は、こくんと、うなずいた。それから、この子は、揺れる荷台の上でも、一度も、ぐずらなかった。


 ――あの時、ひとつだけ、引っかかったことが、あった。ルカの言葉が、蓮に、通じていた。俺には、《異世界言語》がある。最初の日に、もらったものだ。だから、この世界の誰とでも、話せる。だが、蓮は、何も、もらっていないはずだ。なのに、あの子は、ルカの声に、こくんと、うなずいた。リリアの、囁きにも。……偶然か。声の調子で、察しただけか。そう思おうとして、思いきれない何かが、喉の奥に、小骨みたいに、残った。考えるのは、後だ。今は、里へ、急ぐ。俺は、その小骨を、いったん、飲み込んだ。


 前を行くルカの足が、速い。速すぎるくらいだ。狐の尾が、いつものように感情を隠せずに、ぴんと張って揺れていない。ただ、まっすぐ垂れている。


ルカ:「……こっちや。木の切れ目、抜けたら、里が見える」


 その声から、いつもの軽さが抜け落ちていた。


解析:「……北の谷筋を、越えました。ここから、さらに西。ルカさんの、里の方角です」


 あの夜、弔いの火が灯って見えたのは、この方角だった。俺たちは、谷を越え、西の山際まで、ひたすら急いできた。


 白い森を抜けた。


 開けた斜面の下に、里があった。


 俺は、息を止めた。


 里も、白かった。


 藁葺きの屋根に、井戸の縁に、干し場の柵に、あの綿のようなものが降り積もっている。まるで季節はずれの雪が、一度も溶けずに腐りきったような、そんな白だ。畑は枯れ、水路のふちには色を失った草が倒れていた。人の姿は、少ない。


 そして、静かだった。


 子どもの声も、鶏の声も、しない。魔力を持つ者たちが、その魔力を、少しずつ、抜き取られていく。ルカが前にそう言っていた。ここは、そういう静けさだった。生きているものの気配が、薄い。


 俺は、この里を、知らない。だが、ルカが、どんな声で、この里の話をしていたかは、覚えている。夜の炊事場で、尾を落として、半年切ってる、と、初めて本音を漏らしたときの、あの声を。急がなきゃ、と、笑いながら焦っていた、あの横顔を。その里が、今、目の前で、白く塗り潰されている。


リリア:「……ひどい。こんな、こんなに、早く……」


 リリアが口元を押さえた。フィンが俺の足元で、耳を伏せ、低く喉を鳴らす。


フィン:「キュウッ」


 ルカが、斜面を駆け下りた。


ルカ:「コハク! コハク、おるか!」


 一軒の家の戸口から、若い女が這うように出てきた。狐の耳をした娘だ。ルカと同じ、茶と白のまだらの耳。だがその耳は、力なく寝ていた。頬はこけ、唇は色を失っている。娘は、ルカを見上げて、笑おうとして、失敗した。


コハク:「ルカ……帰って、きたの。……遅いよ。ばか」


ルカ:「あほ。うちがおらん間に、なにしとんねん。……ちょっと待っとき。すぐ、すぐや」


コハク:「ルカ。……無理、しないで。あんた、治ったんでしょ。せっかく。……戻って、こなくても、よかったのに」


ルカ:「なに言うとんねん。うちの里やで。うちが、戻らんで、どうすんねん」


 コハクは、それ以上、言わなかった。ただ、痩せた手を伸ばして、ルカの尾に、そっと触れた。子どもの頃から、そうしてきた、というふうに。ルカの尾が、その手のひらの下で、小さく、震えた。


ルカ:「……なあ、コハク。ゆうべ、弔いの火、見えてん。谷の、向こうから。……誰や」


コハク:「……長の家の、ばあさまと、水番の、爺さま。ふたり、続けて。……送る手も、足りなくてね。夜明け前に、まとめて、火を、上げた」


 ルカの尾が、ゆっくりと、下がった。俺たちが、谷の向こうで見た、あの火の分だけ、間に合わなかった命が、もう、ある。


 ルカの手が震えていた。懐から、布に包んだ小瓶を取り出す。中で、澄んだ雫がわずかに揺れた。俺たちが、命がけで素材を集めて、やっと生まれた、最後の一本。ルカ自身がそれを飲んで、生き延びたのと、同じもの。


 残りは、これ一本きりだった。


 ルカは、里の奥へ目を走らせた。戸口という戸口から、痩せた顔がいくつも覗いている。老人。子ども。皆、魔力の枯れかけた者から先に、床に伏せている。里の、三割。ルカの目が、その一人ひとりを数えて、そして、止まった。


 一本では、足りない。


 誰に飲ませても、残りの全員には、届かない。


ルカ:「……薄めたら、て、思とってん。一本を、薄めて、まだ倒れてへん子らに、配ったら、間に合う、て。うちは、ずっと、そのつもりで、走ってきてん」


 だが、里は、もう、待ってはくれていなかった。薄めて配るための、まだ倒れていない子。その数が、ルカが胸に描いてきたものより、ずっと、少ない。間に合わせるはずだった希望は、この白い里の入口で、音もなく、崩れた。


 ルカの膝が、がくりと落ちかけた。俺は、蓮を抱えたまま、もう片方の手でルカの肩を掴んだ。


ヨーヘイ:「ルカさん。一番、重い人だ。今すぐ息を戻さなきゃいけない人に、使うんだ。それで一人、繋がる。まず、それでいい」


ルカ:「……一人、て」


ヨーヘイ:「一人だ。全部を一度に背負うな。俺たちは、そのために、まだやることがある」


 ルカが、唇を噛んだ。それから、奥の一番暗い家へ走った。そこに、里で最も長く伏せている老人がいた。ルカは老人の口に、雫を、一滴ずつ、落とした。


 しばらくして。老人の胸が、大きく、上下した。抜けかけていた息が、戻ってくる。頬に、わずかに赤みがさす。


 それが、一本の、限界だった。


 俺は、静かになった小瓶を見た。空だ。命が一つ、この世に繋ぎ止められて、そして、この薬は、もう、ない。


 解析の声が、耳の奥で、静かに響いた。


解析:「発症源を、特定しました。この里ではありません。里の、奥。あの白い森の、さらに深いところです。胞子は、“そこ”から、供給され続けています。ここを断たない限り、里は、白く塗り替えられ続けます」


 俺は、白い森の奥へ目をやった。


ヨーヘイ:(大本が、ある。この病を、撒いてる、何かが。奥に)


 薬で一人ずつ繋ぐのでは、追いつかない。蛇口を、閉めなければ。


 俺は、腕の中の蓮を見た。震えは止まっていたが、この子の頬も、里の白さを映して、青い。俺は、しゃがんだ。


 そのとき、コハクの家の奥から、細い声がした。


 床に、小さな子が伏せていた。五つか、六つか。蓮と、そう変わらない。その子は、目だけを動かして、竈のほうを見ていた。何日も、まともに食べていない目だった。食べたくても、喉が、受けつけないのだ。魔力の枯れた体は、食い気さえも失う。


 俺は、蓮を、リリアに預けた。


ヨーヘイ:「少し、借りるぞ」


 里の竈の前に立った。薪は湿っていたが、火は残っていた。俺は収納から、持ち帰ったばかりの、家庭の台所の匂いのするものを取り出す。塩。少しの油。それと、里の棚に残っていた、干した芋と、痩せた鶏の骨。


 鍋に湯を張り、骨を落とし、芋を薄く削って沈める。強い火では、駄目だ。弱った喉に、濃い味は毒になる。ことこと、ことこと、と、澄んだ湯が骨の旨みだけを引き出していくのを待つ。灰汁を、根気よく、掬う。塩は、ほんの、ひとつまみ。指の先で、味を、確かめる。


 この火加減を、俺は、たくさんの魔物を捌きながら、覚えてきた。厚い脂の癖を、火で甘く変える方法も、臭みを塩で抜く方法も。だが、今、俺がやっているのは、その、逆だ。旨みを、足すんじゃない。何も、足さない。弱った体が、ぎりぎり受けとめられる、その一線を、探る。料理人の仕事は、強い味を作ることだけじゃない。誰かの喉が、今、何を通せるのか。それを、見極めることでも、ある。


 湯気が立った。


 甘く腐った匂いの中に、細く、まっすぐな、あたたかい匂いが、一筋、立ち上る。


 伏せていた子の鼻が、ぴく、と動いた。目が、竈のほうへ、動く。


 俺は、匙で少しだけ掬い、息で冷まして、その子の唇に、そっと運んだ。


ヨーヘイ:「熱くない。ひとくちだけ、いこうか」


 子の喉が、こく、と鳴った。


 飲んだ。


 ひとくち。それから、もうひとくち。


 薬ではない。病は、治らない。それでも、その子は、何日ぶりかで、自分の口で、あたたかいものを、飲み込んだ。目の縁に、うっすらと、生きている者の湿りが戻った。


 里の女が一人、その様子を、口を押さえて見ていた。


 俺は、それでいい、と思った。生きる側へ、半歩でいい、引き戻す。俺の火は、そのために、あるのだと思った。


 蓮が、リリアの腕の中から、じっと俺を見ていた。


蓮:「パパ。……あの子、たべた。パパのごはん、たべた」


ヨーヘイ:「ああ。食べたな」


蓮:「蓮も、てつだう」


 俺は、笑いそうになって、こらえた。この子は、俺が火の前に立つと、いつも横に来たがる。もう焼けてる、と、口癖のように聞いてくる。焼き鳥のハツだけは、いやがらずに食べる子だ。


 だが。


ヨーヘイ:「蓮。ここからは、パパの、仕事だ。危ないところへ、行かなきゃならない」


蓮:「やだ」


ヨーヘイ:「聞け。蓮は、この家で、待つんだ。里長さんの、この家で。いい子で、待てるか」


蓮:「やだ! パパと、いる!」


 蓮の手が、また、俺のシャツを握った。ぎゅう、と。守るために、俺はこの子を、現代の家に置いてきた。そばに置くことが、守ることじゃないと、自分に言い聞かせて。なのに、この子は、扉を越えて、ここまで来てしまった。そして今、俺はまた、同じことを言おうとしている。離れろ、と。


 胸が、締めつけられた。それでも、言わなければならなかった。あの奥に、何が待っているか、分からない。分からないものの前に、この子を、立たせるわけには、いかない。


リリア:「……蓮くん。あの、わたしと、一緒に、いましょう。ね。パパが、お仕事を、するあいだ。……わたし、光を、出せるんです。暗くなったら、ぽう、って。見て、いたく、ないですか」


 リリアが、しゃがんで、蓮に目線を合わせた。手のひらに、淡い光を、ひとつ、灯してみせる。蓮の目が、その光を、じっと追った。怖がりのこの子が、ほんの少しだけ、握った手の力を、緩めた。俺は、リリアに、目で礼を言った。この人は、いつも、こういうときに、いちばん正しい柔らかさで、そこにいてくれる。


 俺は、蓮の額に、自分の額を、つけた。


ヨーヘイ:「すぐ、戻る。今度は、すぐだ。パパは、噓は、つかない」


 そのときだった。


 ルカが、里の奥から、戻ってきた。空になった小瓶を、まだ握ったまま。その足が、途中で、すくんだ。


 白い森の、奥。


 立ちこめる霧の中に、何かが、立っていた。


 魔物では、なかった。四つ足でも、牙でも、鱗でもない。


 二本の足で、まっすぐに、立っていた。細い。人のような。肩があり、頭があり、こちらを、見ている。ただ、輪郭が、白い霧に溶けて、顔が、見えない。


 ルカの喉が、鳴った。


ルカ:「……なに、あれ」


 フィンの毛が、逆立った。俺の足元で、今まで聞いたことのない、低い音が、その小さな喉から、漏れる。


 解析の声が、いつもの滑らかさを、失っていた。


解析:「……あれは、魔物では、ありません」


ヨーヘイ:(人……?)



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【第97話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(本話は戦闘なし) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・なし(据え置き。《料理》Lv3・熟練度5を維持)


▼ 本話の収支

・異世界通貨20,581枚に増減なし(里での売買なし)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・小瓶(エリクサー・最後の一本)=里の最重症の患者へ使用し、消費(残り0本)

・持ち帰った現代の調味料・食材を、里の子への一皿に少量使用(継続保持)


▼ 本話の出来事

・96末の続き=甘く腐った匂いの白い森を、蓮を抱いたヨーヘイ・ルカ・リリア・フィンが抜け、ルカの里へ到着

・里が胞子に覆われている。発症者は老人と子どもから先に、里の約三割。生きた気配が薄い静けさ

・ルカが幼馴染コハクと再会(発症している)。ルカが当事者として崩れかけ、踏みとどまる

・95末に見えた弔いの火の正体が判明=長の家の老婆と水番の老人が夜明け前に送られていた(間に合わなかった命が既にある=小瓶一本の限界の前置き)

・道中、ヨーヘイが「ルカ・リリアの言葉が蓮に通じている」ことに引っかかる(自分は《異世界言語》をもらったが、蓮は何ももらっていないはず)=答えは出さず小骨として飲み込む(蓮をめぐる違和感の一つ目)

・残っていた最後の一本のエリクサーを、里で最も重い老人へ使用。一人の息は戻すが、この一本では里全体には届かない=対症では終わらない

・解析が発症源を特定=「里ではなく、里の奥。胞子はそこから供給されている」。病の大本が森の奥にあると判明

・ヨーヘイが、食べられずにいた里の子に、喉を通る温かい一皿を作り、口をつけさせる(生きる側へ半歩戻す)

・蓮を里長の家に預ける算段。蓮は「パパといる」と離れたがる。ヨーヘイは「すぐ戻る」と額を合わせる

・末尾=白い霧の奥に、二本の足で立つ、人のような何かの影。フィンの毛が逆立ち、解析が「あれは魔物ではありません」と告げる


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん。記録します。……里が、白い。俺が、想像していたより、ずっと、早かった。


 薬は、一本きりでした。一人に、使いました。一人の、息が、戻りました。それだけです。残りの、大勢の、痩せた顔を、俺は、数えないようにして、竈の前に、立ちました。俺に、できるのは、病を、治すことじゃ、ない。ただ、あたたかいものを、喉に、通してやること。生きている側へ、半歩、引き戻すこと。それしか、できません。でも、その半歩を、あの子は、飲み込みました。自分の口で。


 蓮に、待っていろ、と、言いました。また、離れろ、と。この子は、俺の噓みたいな約束を、信じて、いい子で、いってらっしゃいを、して、そのくせ、扉を越えて、追いかけてきた。俺は、この子に、何度、同じことを、言うんでしょうか。すぐ戻る。噓は、つかない。……つかせて、ください。


 それと、ひとつ。あの子に、ルカさんの言葉が、通じています。俺は、あなたに、言葉をもらった。あの子は、何も、もらっていないはずだ。……今は、聞きません。里が、先です。ただ、忘れないように、ここに、書いておきます。


 ――奥に、いる。病を、撒いている、何かが。二本の足で、立っている。魔物じゃ、ないと、あなたは言う。それなら、あれは、何なんですか。解析さん。あなたが、言葉に、詰まるのを、俺は、初めて、聞きました。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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