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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
6章 「連れて、帰る。」

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第92話 ルカの、方向が決まった。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

 答えは、昨日のうちに、もう出ていた。


 ただ、答えというものは、口で言うものじゃなくて、車輪で示すものらしい。行き先は、北。それだけ決めれば、あとは、進むだけだった。


 夜明けの渓筋を出て、馬車は北へ向かう細い道を、ゆっくりと上っていた。カゼが、湿った土を踏みしめて、一歩ずつ脚を運ぶ。両脇は、苔むした岩と、背の高い木立。空気は、昨日までの稜線の乾いた風と違って、しっとりと水の匂いを含んでいた。


 手綱を握りながら、俺は、頭の中の地図を、もう一度なぞった。北の谷筋の職人町まで、三日。そこで鉄鳶の職人を当たって、それから西へ。


ヨーヘイ内心:(馬は潰さない。一日ずつ、詰める)


 急ぐ理由は、ある。けれど、急いで馬を壊したら、元も子もない。ルカの里へも、リリアの手がかりへも、たどり着けなくなる。だから、一日ずつだ。


 荷台では、リリアが、膝のフィンの背を、ゆっくり撫でていた。その目は、進む先の、北の谷のほうを、静かに見ている。昨日、自分の口で「行きたい」と言った人の横顔は、今朝は、もう、迷っていなかった。


 その隣で、ルカが、流れていく木立を、ぼんやり眺めていた。


ルカ:「……なあ、ヨーヘイ」


ヨーヘイ:「はい」


ルカ:「うち、こうやって、ふつうに外、見とるやんか。風、冷たいなあとか、木、青いなあとか、思いながら」


ヨーヘイ:「ええ」


ルカ:「ちょっと前まで、それが、でけへんかってん。指先、ずうっと冷たいままで、味も匂いも、薄い膜の向こうにあるみたいで。……治るて、こういうことやってんな。あたりまえのことが、あたりまえに、戻ってくる」


 ルカの手が、自然と、懐に伸びた。布に包んだ、小さな瓶。残りの、もう一本。


ルカ:「これ持って帰ったら、あの子らも、また、風が冷たいなあって、思えるようになるんかな」


 その声は、湿っていなかった。願いというより、もう、すぐそこにある景色を確かめるような言い方だった。


ヨーヘイ:「なりますよ。あなたが、そうしに行くんですから」


 ルカは、ふっと笑って、瓶を、また布の奥にしまった。


 その横顔を、リリアが、そっと見ていた。母の手がかりを追う人と、子らのもとへ帰る人。向かう先は違っても、二人とも、誰かのために、前へ進もうとしている。フィンが、ルカの膝に頭を乗せて、きゅっ、と短く鳴いた。ルカが、その耳の付け根を、指で掻いてやる。


ルカ:「お前も、里に来るか。子らが、喜ぶで。きっと、取り合いになるわ」


 馬車は、揺れながら、北へ上っていく。木立の切れ間から、谷の奥が、少しずつ、見えはじめていた。


 昼前、道が一度ひらけて、岩清水の湧く窪地に出た。カゼを休ませるには、ちょうどいい。荷を下ろすと、リリアが湧き水のそばにしゃがんで、掌をかざした。指先から、淡い光が、水面に静かに落ちる。


リリア:「……だいじょうぶ、です。きれいなお水です」


 濁りも、悪いものも、ない、という確かめ方だ。攻めるための光じゃない。誰かが口にするものを、先に確かめておく、その人の光だった。


 その湧き水のへりを、何かが、さっと横切った。野兎だ。耳を立てて、岩の影に逃げ込もうとする。俺は考えるより先に地面を蹴って、《瞬歩》で回り込み、影に入る寸前の一匹を、襟首を掴むようにして押さえた。逃げた、と思った兎が、次の瞬間にはもう、俺の手の中にいる。


ルカ:「うわ、はっや。今の、見えへんかったわ」


ヨーヘイ:「ちょうど、いい。一皿、作れます」


 血を抜き、皮を剥ぐ。山の獣ほどの厚みはないが、その分、肉は素直だ。手早く下ごしらえを終えると、ルカが、横から覗き込んできた。


ルカ:「……なあ。うちにも、やらせてくれへん?」


ヨーヘイ内心:(珍しいな)


 いつもなら、出来上がりを待って、いちばんに頬張る側だ。それが、自分から、火の番をやりたいと言う。


ヨーヘイ:「いいですよ。じゃあ、火を見ててください」


 魔石の七輪に炭を熾し、開いた肉を、皮目から遠火にかける。


ヨーヘイ:「強い火に近づけすぎると、外だけ焦げて、中が冷たいままになる。脂が、ぱちぱち、って軽い音になってきたら、それが、いい頃合いです」


ルカ:「ぱちぱち……これ、ちゃうな。これは、じゅう、って、まだ重い音や」


ヨーヘイ:「そう。よく分かりましたね」


 ルカの耳が、ぴくりと立った。褒められたのが、嬉しかったらしい。


 残りわずかの干した実を、少しの水で、とろりとするまで煮詰める。甘い、つやのあるタレだ。それを、焼けてきた肉に、刷毛代わりの木べらで、薄く、薄く、塗り重ねていく。塗っては焼き、焼いては塗る。タレが炭の熱で焦げる寸前の、いちばん香る瞬間に、また塗る。脂の上に、甘い照りが、層になって乗っていく。


 仕上げに、塩を、ひとつまみ。


ヨーヘイ:「塩は、最後に、高いところから。落ちる間に、散るように」


 ルカが、教わったとおり、指を高く上げて、塩を振った。きらきらと落ちた粒が、照りの上で、すっと溶ける。


 その手つきを見ながら、ふと、思った。屋台で、串を握って、客の顔を見てきた。あの顔は、いいものだった。けれど、もし、いつか、自分の店を持てたなら——隣で誰かが、こんなふうに、初めて火に向かって、できた、と笑う。その顔を、毎日、見られるのかもしれない。炭の上で、甘い湯気が立ちのぼる。


ルカ:「……できた」


 切り分けた一切れを、ルカが、まず自分の口に放り込んだ。噛む。


 その顔が、ゆっくりと、ほどけていった。


ルカ:「……っ、うっま。なんやこれ。甘いのと、しょっぱいのと、脂と、ぜんぶ、後から、ぶわって来る」


 ルカの目が、丸くなって、それから、細くなった。


ルカ:「前に、薬飲んで治った時にも、飯、食うたやんか。あん時も、うっま、て思た。けど、あれは、味が戻ってきてくれた、っちゅう感じやってん。今のは……ちゃう。自分で、火、見て、自分で、塩、振って。それを、ちゃんと、旨い、て分かる。……うち、ほんまに、治ったんやな」


 受け取る旨さから、作る旨さへ。治りたての舌が確かめた喜びとは、また、別の喜びだった。


 フィンが、足元で、きゅうん、と切ない声を出した。物欲しげに、尾の先で地面を、ぱた、ぱた、と叩いている。リリアが、小さく笑って、冷ました一切れを差し出すと、フィンは、それを、ひと息に平らげて、満足げに目を細めた。


リリア:「……おいしいですね。ルカさんの、はじめての一皿」


ルカ:「リリアも食え食え。なんぼでもあるで」


 リリアが、一切れを、両手で受け取って、ゆっくり口に運んだ。噛んで、目を閉じて、それから、ほう、と息を吐く。


リリア:「……あまいタレと、お塩と。火の入り方が、ちょうど、です。……ルカさん、すごい、です」


ルカ:「ヨーヘイが、横で、ぜんぶ教えてくれたからな。うちは、言われたとおりにしただけや。……けど、なんやろ。言われたとおりにしただけやのに、自分でやると、こんなに、ちゃう」


 手を動かすと、味の奥行きが、変わる。食べるだけでは分からなかったことが、火の前に立つと、分かる。ルカは、それを、今日、初めて知ったのだ。


 湧き水のへりに、四人と一匹分の、温かい時間が広がった。緊張も、追っ手の影も、今は、遠い。腹が満ちて、肩の力が抜けたところで、ルカが、空を見上げて、ぽつりと言った。


ルカ:「……あとは、帰るだけ、やな」


ヨーヘイ:「ええ」


ルカ:「ずうっと、治らへんかったらどうしよ、村の子らに合わせる顔ないわ、って、そればっかり考えとった。けど、今は、ちゃう。薬は、ある。道も、決まった。北寄って、それから、西。……うち、帰れるんや。手ぶらやのうて、ちゃんと、薬持って」


 帰れる、と、ルカは言った。治してもらう側で、うずくまっていた人が、薬を抱えて、誰かを治しに行く側へ、立ち上がった。その「帰れる」は、ただ道があるという話じゃない。自分に、帰っていいと、許しを出した言葉だった。


ヨーヘイ内心:(リリアも、ルカも、行き先が決まった)


 昨日、リリアが、自分の足で踏み出した。今日、ルカが、帰る、と言った。二人とも、もう、誰かに連れていかれるんじゃない。自分の行きたいところへ、自分で、歩いていく。


 その満ち足りた静けさの中で、ルカが、ふいに、まっすぐ俺を見た。耳が、いつもと違う角度で、ぴんと、こちらに向いている。


ルカ:「……なあ、ヨーヘイ。前から、聞こ思てたことが、あんねん」


ヨーヘイ:「なんですか」


ルカ:「あんた、戦うとき……なんか、聞こえてへん?」


 火を見ていた手が、止まった。


ルカ:「うち、何回か、聞いてん。やばい、っちゅう瞬間に、低い、女の人みたいな声。『退け』とか、短い、声。最初は、空耳や思てた。耳がええだけに、変なもん拾てもうたんかな、って。けど、ちゃう。何べんもや。しかも、決まって、あんたが、危ない時にかぎって、聞こえる。……あれ、何なん。あんた、誰かと、繋がっとんのか」


 はぐらかす言葉を、いくつか、頭に思い浮かべて、全部、飲み込んだ。ここで「気のせいですよ」と言うのは、簡単だ。けれど、この人は、燃え病の体で、何度も俺たちのために前に出た人だ。その耳が捉えたものを、ないことにする——それだけは、口が、動いてくれなかった。


ヨーヘイ:「……ルカさん」


ヨーヘイ:「正直に言うと、俺にも、うまく説明できないんです」


 それは、否定じゃなかった。


ヨーヘイ:「ただ……何かが、あるのは、本当です。俺が、ここで、こうして生きていられるのは、たぶん、その『何か』のおかげで。でも、それが何なのか、どこから来たのか、俺自身、まだ、半分も分かっていない。だから、ちゃんと話せるようになったら、いちばんに、話します。今は、それだけ、信じてください」


 解析さんは、何も、言わなかった。いつもなら、こういう時、一言、口を挟んでくる。それが、今は、ただ、静かだった。


 ルカは、しばらく、俺の目を見ていた。それから、ふっと、息を抜いた。


ルカ:「……そっか。やっぱり、何か、あるんや」


 責める色は、なかった。むしろ、長く抱えていた疑問の輪郭が、やっと、はっきりした、という顔だった。


ルカ:「ええよ。今は、それで。あんたが、話せる時に、話してくれたら。……うち、待つわ」


 待つ、と言って、ルカは、また、一切れ、肉を口に運んだ。聞いてはいけないことを聞いた、という気まずさは、そこには、なかった。ただ、互いの間に、一つ、隠しごとの形が、置かれただけだった。


 日が、傾きはじめた。


 荷をまとめて、また北へ。カゼの背に夕日が当たって、影が、道に長く伸びる。ルカが、馬車に揺られながら、誰にともなく、呟いた。


ルカ:「……なんか、終わりそうな感じがする」


リリア:「……そうですね」


 二人の声は、穏やかだった。けれど、その「終わり」という言葉が、俺の胸の、いちばん奥を、こつん、と叩いた。


ヨーヘイ内心:(終わり、か)


 終わったら、どうなる。ルカは里へ帰る。リリアは、母の手がかりへ。じゃあ、俺は——。


解析:「…………」


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【第92話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(戦闘なし・野兎を素手で捕らえたのみ) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・《料理》Lv3・熟練度:4→5(干した実を煮詰めた甘いタレを薄く塗り重ねて焼く=新しいやり方を一つ覚えた)


▼ 本話の収支

・収入:なし(山中・道中)

・支出:なし

・本話終了時手持ち:20,581枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・干した実は、甘いタレに煮詰めてほぼ使い切り。餞別の塩漬けの肉も残りわずか

・野兎一匹を道中で捕らえ、その場で一皿にして消費

・小瓶一本(ルカが布に包んで継続携行=里で薄めて使う想定)に変動なし

・各魔石・装甲・厚皮・換金待ちの品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり


▼ 本話の出来事

・91末の続き=(決まってる)の答えを、北の谷へ向けて出立することで示す。馬車は渓筋を抜けて、北の谷筋の職人町を目指す道へ(職人町まで三日、そこから西の里へ)

・ルカが、完治した体で外を眺め、あたりまえの感覚が戻った喜びを口にする。懐の小瓶を、里の子らへ持ち帰るものとして握る

・昼の休みで、リリアが湧き水に淡い浄化の光を当てて安全を確かめる。横切った野兎をヨーヘイが瞬歩で素早く捕らえる

・はじめて、ルカが自分から「火の番をやりたい」と調理に加わる。ヨーヘイが、脂のはぜる音で焼け頃を読むこと、塩は高いところから散らすことを教える。新しい一皿=開いた肉を遠火にかけ、干した実を煮詰めた甘いタレを薄く塗り重ねて照りを出す

・ルカが、自分の手で焼いた一切れを食べ、「治りたてに味が戻ってきた喜び」とは別の、「自分で作ったものを、ちゃんと旨いと分かる喜び」を知る=受け身の患者から、作り手・食べ手への前進

・腹が満ちた静けさの中で、ルカが初めて「あとは、帰るだけや」と口にする。治してもらう側から、薬を抱えて子らを治しに行く側へ=自分に「帰っていい」と許しを出す。リリアの北の谷行きと併せ、二人とも行き先が決まる

・その流れで、ルカが戦いの最中に何度も聞こえた「低い女の声」をヨーヘイ本人に問う。ヨーヘイははぐらかさず、「自分にもうまく説明できないが、何かがあるのは本当だ。話せるようになったら、いちばんに話す」と半ばだけ認める。解析は一言も挟まない。ルカは「やっぱり、何か、あるんや」と受け止め、「話せる時に話してくれたら待つ」と引く

・末尾:夕暮れの道で、ルカ「なんか、終わりそうな感じがする」/リリア「そうですね」/ヨーヘイ(終わり、か=終わったら自分はどうなるのか、という問いが立ち上がる)/解析、沈黙


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録、お願いします。


 今日は、ルカさんが、初めて、自分から火の番をやりました。いつもは、できあがりを待って、いちばんに頬張る人なのに。脂のはぜる音を、ちゃんと聞き分けていました。「これは、まだ重い音や」って。あの人の耳は、本当に、よく聞こえている。


 干した実を煮詰めて、甘いタレにして、薄く塗り重ねて焼きました。塗っては焼いて、焦げる寸前にまた塗る。甘い照りが、層になって乗っていく。ルカさんが、それを食べて、「自分で作ったもんを、ちゃんと旨い、て分かる」と言って、笑いました。治った、って、こういうことなんだと、思いました。


 それから、ルカさんに、聞かれました。戦う時、何か聞こえてへんか、って。……あの人は、気づいていたんですね。ずっと前から。俺は、うまく嘘がつけなくて、「何かはある、でも、まだ説明できない」とだけ、言いました。あなたは、何も言わなかった。それで、よかったんだと思います。ルカさんは、待つ、と言ってくれました。


 帰るだけ、とルカさんは言いました。リリアさんも、行き先が決まった。二人とも、自分の足で、前を向いています。なら、俺は。終わったら、俺は、どこへ帰るんでしょうね。……いえ。今日は、ここまでで。記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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