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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
6章 「連れて、帰る。」

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第91話 リリアの、方向が決まった。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

 夜は、長かった。


 火を消したまま、俺は岩に背を預けて、闇の中の一点を見ていた。フィンの低い声は、すぐには止まらなかった。喉の奥で押し殺すような、地を這う鳴き方。俺たちが上ってきた稜線の、その下のほうに、向こうはいる。距離を取って、止まったまま。


解析:「動きません。先ほどから、同じ位置です」


ヨーヘイ内心:(来るなら、もう来てる。なのに、来ない)


 来ないことが、かえって、首の後ろを冷やした。襲うつもりなら、こちらが火を消して隙を見せた今が、いちばんの好機のはずだ。それをしない。ただ、止まって、こちらを見ている。


 俺は、剣の柄に手をかけたまま、息だけを整えて、待った。リリアとルカは、馬車の脇で浅く眠っている。フィンが、リリアの膝で、起きたまま、後ろを向いていた。


 空が、白む。


 稜線の輪郭が、墨を薄めたように、闇から滲み出してくる。鳥が、まだ眠そうな声で、ひとつ鳴いた。その時だった。


解析:「……気配が、動きました」


ヨーヘイ内心:(来るのか)


解析:「いいえ。後退です。距離、開いています。——引いて、いきます」


 俺は、肩越しに、稜線の下を見た。霧が薄く残る斜面に、フードの輪郭が、一度だけ、滲んだ。こちらへは、近づかない。背を向けて、朝の白さの中へ、溶けるように消えていく。追ってくる気配は、もう、なかった。


 フィンが、ようやく、低い声を止めた。張っていた尾が、力を抜いて、ぱたりと膝に落ちる。


ヨーヘイ内心:(……襲わずに、引いた。一晩、こっちを見て、それで、満足したみたいに)


 あの夜、王都の手前で、いきなり斬りかかってきた相手と、同じ匂い。なのに、今度は、指一本、こちらに触れなかった。見て、確かめて、引いた。何を確かめたのかは、分からない。分からないが、ひとつだけ、はっきりしたことがある。


ヨーヘイ内心:(あいつの狙いは、俺たちを倒すことじゃ、ない)


 倒すつもりなら、隘路でも、夜営でも、機会はあった。それをしない以上、向こうの目的は、別のところにある。胸の奥に、冷たい小石が、ひとつ、残った。けれど、今は、それを転がしている時じゃなかった。空が、明けたのだ。


 ルカが、目を擦りながら、身を起こした。


ルカ:「……あれ。なんや、空、明るいやん。あいつは?」


ヨーヘイ:「引きました。夜明け前に。たぶん、もう、近くにはいません」


ルカ:「……ほんまに? 撒けたんか」


ヨーヘイ:「撒けた、というより、向こうが、引いた。倒したわけじゃない。だから、油断はしません。でも、今すぐ襲ってくる相手じゃ、なくなった」


 ルカが、耳をぴくりと動かして、しばらく稜線の下を睨んでいたが、やがて、ふうっと、長い息を吐いた。


ルカ:「……はー。緊張しっぱなしで、肩、凝ってもうたわ」


 リリアも、目を覚ましていた。膝のフィンを起こさないように、そっと身を起こして、こちらを見る。


リリア:「……あの、ヨーヘイさん。皆さん、ご無事、ですか」


ヨーヘイ:「全員、無事です。あなたが昨日、足元に光の膜を張ってくれたおかげで、誰も滑らずに済んだ。助かりました」


 リリアが、少しだけ、頬を緩めた。それから、自分の手のひらに視線を落として、何か言いかけて、やめた。


 朝の支度をして、俺たちは、稜線を下り始めた。


 上りは霧で滲んでいた道が、下りに入ると、嘘のように開けてくる。岩場が、まばらな低木に変わり、低木が、やがて背の高い木立になった。稜線の向こう側は、こちら側とは、別の山だった。空気が、湿って、青い。沢の音が、どこかで、細く鳴っている。


ルカ:「こっち側、ぜんぜん景色ちゃうな。さっきまで岩ばっかりやったのに」


リリア:「……山を、ひとつ、越えたんですね」


 昼前、木立が途切れて、ひらけた渓筋に出た。浅い流れが、石を噛んで、白く泡立っている。日が高くなって、追っ手の気配も、本当に、なくなった。俺は、ここで一度、荷を下ろすことにした。


ヨーヘイ:「少し、休みましょう。それと——地図を、広げたい」


 昨日、隘路で追われている最中に、リリアが「北の谷へ寄ってほしい」と言いかけた。あの言葉は、追っ手のせいで、二度、宙に浮いたままになっていた。落ち着いて、地図を開いて、道を決める。そう、決めていた。


 平らな石の上に、王都で買い足した地図を広げる。リリアが、御者台から下りて、隣にしゃがんだ。ルカも、反対側から覗き込む。フィンが、地図の端をふんふんと嗅いで、ルカに鼻先を押しのけられた。


ヨーヘイ:「今、俺たちがいるのが、この山を越えた、この辺り。ここから西へ行けば」


ルカ:「うちの里や。西の、ずっと先。山と森を、もういっこずつ越えた向こう」


ヨーヘイ:「で、リリアさんの手がかりは——」


 俺は、地図の北寄り、谷が幾筋も走っている一帯を指でなぞった。先日、王都で届いた報せ。リリアの母の盾に刻まれていたという、鉄鳶の銘。それを打った職人の所在が、この、北の谷筋に点々と散らばる職人町のどこかに、絞り込まれている。


解析:「北の谷筋まで、ここからおよそ三日。西の里へは、そこから道を戻して、さらに五日ほど。——北へ寄ってから西へ向かっても、まっすぐ西へ向かうのと比べて、遠回りになるのは、二日ほどです」


 二日。それが、寄り道の幅だった。


 俺は、それを口に出さずに、リリアの顔を見た。彼女は、地図の北の谷筋を、じっと見ていた。指は、まだ、どこにも触れていない。


ヨーヘイ内心:(リリアさんは、いつも、こうだ。自分のことになると、一歩、退く)


 盾のことも、母のことも、彼女はこれまで、自分から強くは言わなかった。ルカの里へ急ぐ俺たちに遠慮して、「もし、ついでがあれば」と、いつも語尾を濁す。けれど、その手がかりに、初めて、手が届きかけている。ここで譲らせるのは、違う。


 俺は、何も言わずに、火を熾すことにした。決めるのは、本人だ。急かさずに、待つ。その間に、腹ごしらえをすればいい。


ヨーヘイ:「飯にしましょう。少し、この辺りを見てきます」


 渓筋の縁、木立の根方を、俺は《採取》の感覚を頼りに、歩いた。この技は、ずいぶん長いこと、使っていなかった。狩りと解体ばかりで、足元の恵みを拾うことを、忘れていた。


 頭の中で、淡い反応が、点々と灯る。倒木の陰に、肉厚のきのこ。傘の裏がきれいな、食えるやつだ。沢のそばの湿った地面に、若い山菜の芽。日当たりのいい斜面に、小さな赤い木の実。俺は、ひとつずつ、傘の色と軸の形を確かめながら、布袋に集めていった。


リリア:「……あの、わたしも、お手伝いします。それと——念のため、確認なんですが」


 リリアが、採ったきのこの上に、手のひらをかざした。淡い光が、こぼれる。攻撃の光ではない。汚れや、悪いものを、洗い流すほうの光だ。きのこが、ひとつ、淡く光って、何事もなく、ただ、そこにあった。


リリア:「……だいじょうぶ、みたいです。悪いものは、ありません」


ヨーヘイ:「ありがとうございます。これで、安心して食える」


 窪地の風下に、火を熾した。今日は、煙を気にしなくていい。追っ手は、引いた。


 集めた山の幸を、いつもと違うやり方で、火に入れることにした。肉厚のきのこと、小ぶりの根菜を、大きな葉で、ひとつずつ、丁寧に包む。葉の端を、細い蔓で結わえて、それを、熾火の中に、そっと埋めた。直に炙れば、表面だけ焦げて、中は冷たい。葉で包んで、灰の熱でじっくり蒸せば、きのこの水分が、葉の中で、自分の出汁になる。


ルカ:「なんやそれ。土に埋めて、料理になるんか?」


ヨーヘイ:「灰の中です。葉で包んでるから、汚れません。蒸し焼き、みたいなものです。待っててください」


 しばらくして、灰の中から、葉の包みを掘り出す。蔓を解くと、白い湯気が、ふわりと立った。中で、きのこが、自分の汁を吸って、ぷっくりと膨らんでいる。青い葉の匂いと、きのこの、土の奥から来るような滋味の匂いが、混じって、鼻に届いた。


 ひとつ、口に入れる。


ヨーヘイ内心:(……汁が、出てる。閉じ込めた分、全部、ここに)


 噛むと、きのこの中から、熱い出汁が、じゅわりと滲んだ。塩は、餞別の塩漬けを薄く削いで、添えただけ。それで、足りた。きのこ自身の旨みが、濃い。根菜は、ほっくりと甘く、葉の青い香りを、ほのかに纏っている。


ルカ:「……うっわ。なんやこれ。きのこ、こんな汁出るんか。すごいやん、灰の魔法やん」


ヨーヘイ:「魔法じゃなくて、葉っぱと、灰の熱です。腰を据えた店を持てたら、こういう山の幸も、品書きに並べられるんですけどね」


 ルカが、二つ目に手を伸ばす。フィンが、葉の包みの匂いを嗅いで、もらえると分かると、キュッ、と短く鳴いた。


 リリアも、ひとつ、口に運んだ。湯気の向こうで、彼女の肩から、ふっと、力が抜けるのが、分かった。温かいものが、胃に落ちて、強張りを、ほどいていく。


リリア:「……あったかい、です。手の先まで、じんわり、来ます」


 しばらく、誰も、しゃべらなかった。沢の音と、火のはぜる音と、咀嚼の音だけが、渓筋に続いた。追われていた夜のことが、少しずつ、遠くなっていく。腹が満ちて、肩の力が抜けると、人は、ようやく、自分のことを、考えられるようになる。


 その、静かな時間の中で。


 リリアが、地図のほうへ、もう一度、向き直った。そして、北の谷筋に、自分の指を、置いた。


リリア:「……ヨーヘイさん」


ヨーヘイ:「はい」


リリア:「……北の、谷へ。寄って、ください」


 いつもの「もし、よろしければ」も、「ついでがあれば」も、なかった。語尾は、濁らなかった。彼女は、まっすぐ、俺の目を見ていた。


リリア:「わたし、母の、手がかりに、行きたいです。今度こそ、自分で、確かめたい。……わがままだと、分かっています。ルカさんの里のほうが、急ぐのも、分かっています。それでも——わたし、行きたいんです」


 ルカが、きのこを頬張ったまま、にっと笑った。


ルカ:「なんや、やっと自分で言うたやん。ええよ、寄ったら。北も西も、おんなじ方向やんか。うちの里、二日くらい遅れたかて、どうってことないわ。リリアの母ちゃんの手がかり、せっかく掴みかけとるんやろ。行こ行こ」


リリア:「……ルカさん。でも、里の、子たちが」


ルカ:「うちが、ええ言うてんねん。二日や。それより、あんたが『行きたい』て自分で言うたんが、うち、嬉しいわ」


 リリアの目が、揺れた。涙ぐむ、というより、長く抱えていた何かが、すとんと、置き場所を見つけたような顔だった。


ヨーヘイ内心:(決まった、な)


 俺は、地図を畳みながら、頭の中で、道を組み立て直した。北の谷筋まで三日。そこで、鉄鳶の職人を当たる。それから、西へ。寄り道の二日は、惜しくない。むしろ——彼女が、自分の足で、自分の行き先へ、踏み出した。それを、見届けたい。目の前に、まだ、送り届けたい人がいる。それが、今、俺が、ここにいる理由だった。


リリア:「……ありがとう、ございます。おふたりとも」


リリア:「……次の街で。鉄鳶の職人に、当たれます」


 彼女は、もう、退かなかった。地図に置いた指は、震えていなかった。


ヨーヘイ内心:(リリアが、動いた。初めて、自分から)


解析:「……どうしますか」


ヨーヘイ内心:(決まってる)


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【第91話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(追っ手とは戦わず引かせたため据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・《採取》Lv1:59→61(山の幸を見極めて収穫=久しぶりの始動・複数採取)

・《料理》Lv3・熟練度:3→4(葉で包んで灰の熱で蒸す=新しいやり方を一つ覚えた)


▼ 本話の収支

・収入:なし(山中・採取は無償)

・支出:なし

・本話終了時手持ち:20,581枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・餞別の塩漬けの肉・干した実は残りわずか(90で大半消費)→本話は採取の山の幸(きのこ・山菜・木の実)で賄う

・小瓶一本(ルカが布に包んで継続携行=里で薄めて使う想定)に変動なし

・各魔石・装甲・厚皮・換金待ちの品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり


▼ 本話の出来事

・90末の続き=火を消した闇で止まっていた追っ手は、当夜は仕掛けてこず、夜明け前に向こうから引いた(撒いたのではなく、向こうが観察を終えたように退いた)。倒していない・正体は不明のまま=胸騒ぎだけが残る

・ヨーヘイは「あの相手の狙いは、俺たちを倒すことではない(機会はあったのにしなかった)」と気づくが、目的は分からないまま

・稜線を下りて別の山側へ=岩場から湿った木立・渓筋へ景色が変わる

・渓筋で荷を下ろし、89/90で繰越していた「地図を広げて道を決める」を実行=北の谷筋の職人町(鉄鳶=リリアの母の盾の銘の手がかり)と、西の先のルカの里の位置関係を確認。北へ寄ってから西へ回っても遠回りは二日ほど

・ヨーヘイは進路を急かさず、《採取》(久しぶり)で山の幸を集める→リリアが淡い浄化の光で採取物の安全を確かめる

・新しい調理=肉厚のきのこと根菜を大きな葉で包み、熾火の灰に埋めて蒸し焼きに=きのこが自分の汁を吸って膨らむ。塩漬けを薄く削いだ塩だけで足りる滋味

・温かい一皿で場の緊張がほどけ、その静けさの中でリリアが初めて「もし」「ついで」を付けずに、自分の言葉で「北の谷へ寄ってください/自分で確かめたい」と進路を決める。ルカが「北も西も同じ方向、二日くらいどうってことない」と背を押す

・末尾:リリア「次の街で、鉄鳶の職人に当たれます」=退かずに言い切る。ヨーヘイ(リリアが、動いた。初めて、自分から)/解析「どうしますか」/ヨーヘイ(決まってる)=進路が決まり、北の谷へ踏み出す


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録、お願いします。


 追っ手は、夜明けに、引きました。一晩、止まって、こっちを見て、それで、背を向けた。指一本、触れずに。あの夜、王都の手前で、いきなり斬りかかってきたのと、同じ匂いだったのに。倒すつもりなら、火を消した夜営なんて、絶好の機会だったはずです。それを、しなかった。だから、思いました。あいつの狙いは、俺たちを倒すことじゃ、ない。何なのかは、まだ、分かりません。胸の奥に、小石が一つ、残ったままです。


 飯は、山の幸でした。きのこを、葉っぱで包んで、灰の中に埋める。直に焼くと逃げてしまう汁が、葉の中に、全部、残るんです。噛んだら、じゅわっと出てきました。採取なんて、ずいぶん久しぶりに使いました。狩りと解体ばっかりで、足元の恵みを、すっかり忘れていました。


 それより——リリアさんが、自分で、言いました。「もし」も「ついで」も付けずに。北の谷へ、寄ってほしい。自分で、母の手がかりを、確かめたい、と。あの人が、自分のことを、あんなふうにまっすぐ言うのを、初めて、聞きました。寄り道は二日。惜しくありません。あの人が、自分の足で、自分の行き先に踏み出した。それを、見届けたい。記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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