第88話 評判が、広がった。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
あの夜から、ルカの口数が減った。
隊商の頭が西の村の話を漏らして、ルカが振り向いて、その目がもう笑っていなかった。あれから一晩。馬車は朝の街道を西へ進んでいる。カゼの蹄が、乾いた土を規則正しく叩く。
ルカは御者台の端で、外を見ていた。膝の上で、懐の布包みに手を当てている。中の小瓶が、そこにあることを、指で確かめるみたいに。
ルカ:「ヨーヘイ」
ヨーヘイ:「ああ」
ルカ:「もうちょっと、急げへんの」
声は静かだった。いつもの跳ねるような響きがない。
ヨーヘイ:「急ぎたい。でも、カゼを潰したら、かえって遅くなる」
手綱を握り直した。馬の首筋は、まだ汗ばんでいない。これくらいの速さなら、一日中歩ける。無理に飛ばして昼で潰すより、夕方まで同じ歩幅で進むほうが、結局は遠くまで行ける。
ヨーヘイ:「一日ずつ、確実に詰める。それが、いちばん早い」
ルカ:「……せやな」
ルカは前を向いた。耳が、少しだけ伏せられている。納得はしている。でも、焦りは消えていない。それが、耳に出ている。隠せないところが、この子のいいところで、見ているこっちが、少し苦しいところでもあった。
解析の声:「現在の歩度なら、日没まで馬の負荷は安全域です」
ヨーヘイ:(だよな。ありがとう)
ヨーヘイは膝の外套を、少し引き上げた。中で丸まっていたフィンが、鼻先だけ出して、もぞもぞと位置を変える。森を出る前、エルフのティルに言われた。この子を、人の多いところで軽々しく見せるな、と。理由は聞けていない。だから、人の前ではこうして外套の内に置く。それだけは、守っている。
フィン:「キュッ」
外套の中から、くぐもった声がした。
ヨーヘイ:(分かってる。狭いよな。もう少しだけ、我慢してくれ)
心の中で答えて、ヨーヘイは前を見た。街道の先、丘の向こうに、屋根の群れが見え始めていた。
◆
昼を少し回った頃、一行は街道筋の宿場町に入った。
王都ほどではない。だが、街道が交わる要所らしく、人の出入りが多い。荷を積んだ馬車が何台も停まり、旅装の人間が行き交っている。馬を休ませ、水を補い、また次の街へ。そういう、通り道の街だった。
ヨーヘイは広場の隅に馬車を寄せ、慣れた手つきで七輪を据えた。炭を熾し、収納から走り鳥の脚肉を出して、串に刺す。皮の側を下にして、火に当てた。
脂が、はぜた。
ぱち、ぱち、と小さな音を立てて、煙が立ち上る。皮の縁が、きつね色に縮れていく。串を返すと、焼けた面が、火の照り返しで光った。落ちた脂が炭に当たって、いっそう香ばしい煙になる。
その匂いが、風に乗って広場を流れた。
いちばん先に寄ってきたのは、荷を解いていた行商人だった。
行商人:「お、いい匂いだ。一本くれ」
串を渡すと、男はひと口齧って、目を見開いた。
行商人:「……皮が、ぱりっとしてる。なんだこれ、王都で食ったやつと、同じだ」
ヨーヘイ:「王都で?」
行商人:「ああ。少し前に通ったとき、薬院の近くの広場で、すごい人だかりの屋台があってな。皮のぱりっとする串だ。あれを食ってから、ずっと忘れられなくてよ。──まさか、あんたか」
ヨーヘイは、串を返す手を、ほんの一瞬、止めた。
ヨーヘイ:(……届いてる。先回りして、ここまで届いてるのか)
王都で焼いた串の評判が、旅人の口を伝って、この宿場町まで先に来ている。自分より早く、噂のほうが、ここに着いていた。誰かが食って、誰かに話して、その誰かが、また次の街で話す。串は王都に置いてきたのに、串の話だけが、街道を西へ、勝手に歩いていた。
行商人が、広場に向かって大声で言った。
行商人:「おーい、あの王都で噂の串だぞ。皮がぱりっとするやつ」
その一声で、人が集まり始めた。
荷下ろしの途中の男たち。子供の手を引いた母親。杖をついた年寄り。みんな、煙の出どころを探して、屋台の前に並んだ。
ルカが、釣り銭の革袋を構えて、声を張った。
ルカ:「はい、並んで並んで! 一本ずつやで、押さんといて!」
さっきまで沈んでいた声が、商いになると、跳ねた。耳が、ぴんと立っている。客の前では、ちゃんと前を向く。そういうところが、ルカだった。
親子連れの子供が、串を受け取って、頬張った。
子供:「……あつい。けど、おいしい」
母親:「こら、ちゃんと噛んでから。……あら、本当。皮のところが」
杖をついた年寄りは、串をしばらく眺めてから、ようやくひと口齧った。
年寄り:「……ふん。最近の流行りものは、見た目ばかりかと思えば」
そう言って、二口目を、しっかり齧った。それが、この年寄りなりの、合格点らしかった。
串を食べ終えた行商人が、もう一本受け取りながら、訊いてきた。
行商人:「あんた、店はどこだ。次に来たとき、また食いたい」
ヨーヘイ:「……それが、まだ、店はないんです。あちこち、回っていて」
行商人:「もったいねえな。こんなの、構えりゃ毎日、人が並ぶぞ」
ヨーヘイは、苦笑いで串を返した。毎日、人が並ぶ。その言葉が、胸の奥の、いちばん柔らかいところに、軽く触れた。
ルカ:「せやろ? うちのヨーヘイの焼き、ほんまもんやで。──店、できたら、いの一番に教えたるわ」
ルカが、横から胸を張った。さっきまでの沈んだ顔は、もう、引っ込んでいる。客の前では、こうだ。
その隣で、王都帰りだという旅人が、初めての客に向かって、自慢げに説明している。
旅人:「これな、皮がいいんだ。脂が、ぱりっと弾けてな。中の肉は、しっとりしてる。よそじゃ、食えねえぞ」
見ず知らずの客同士が、串を片手に、同じ皮の話で笑っている。誰も、隣の人間が何者かなんて、気にしていない。ただ、同じものを食って、同じところで、うまいと言う。それだけで、少し近くなっている。
ヨーヘイは、焼きながら、その輪を見た。
ヨーヘイ:(……これだ)
王都の広場で見た顔が、ここでも並んでいる。串を齧って、目を丸くする顔。知らない者同士が、一本の串で、ちょっとだけ近くなる。あの景色が、街を一つ越えて、また現れた。
ヨーヘイ:(腰を据えた店なら、毎日、この景色が見られる。──まだ、遠いけど)
遠い。でも、こうして一つの街、また一つの街と、その景色が増えていく。評判は、もう、点ではなかった。旅人が運び、客が話し、行く先々で待たれている。街道に沿って、面で広がり始めていた。
フィンは、いつのまにか外套を抜け出して、屋台の脚もとに座っていた。焼ける匂いに鼻を鳴らし、子供たちに囲まれて、得意げに尾を振っている。脂を落とした皮の端を一つ放ってやると、両前足で押さえて、大事そうに噛んだ。
フィン:「キューン」
子供たちが、笑った。ティルの忠告が、頭の隅をよぎる。だが、この明るさを、奪いたくはなかった。人の中で、こうして笑われている分には、いい。ヨーヘイは、そう自分に言い聞かせて、次の串を返した。
◆
日が暮れて、屋台をしまった。
炭はもう、赤い芯だけになっている。七輪の縁に手をかざすと、まだほのかに温かい。脂の匂いが、夜気にうっすら残っている。
その温度と匂いが、ふいに、別の景色を連れてきた。
現代の、夕方の台所。換気扇の音。焼き網の上で脂がはぜる、この匂い。
ヨーヘイ:(蓮)
息子の顔が、浮かんだ。五歳。焼き網の前で、待ちきれずに何度も覗き込んでくる、あの顔。
ヨーヘイ:(お前、いつも言ってたな。「もう焼けてる?」って。まだだって言ってるのに、三十秒に一回、聞いてくる)
ハツは好きなのに、レバーは嫌い。網に並べると、いちばん先に焼けたサガリを、必ず狙う。横から手が伸びてきて、美咲に「熱いでしょ」と止められて、それでも狙うのをやめない。
ヨーヘイ:(この串、お前にも食わせてやりたいよ。皮のぱりっとしたとこ。お前、絶対、好きだ。きっと、十回くらい「もう焼けてる?」って、聞いてくるんだろうな)
夜空を見上げた。星が、現代より、ずっと多い。
ヨーヘイ:(……必ず、帰る。お前のとこに。お前に、これを焼くまでは、終われない)
炭の温度が、手のひらから引いていく。ヨーヘイは火を落として、立ち上がった。
ふと、隣を見た。
ルカは馬車の荷を直していた。その向こう、井戸のそばで、リリアが立っていた。
屋台の最後の客だった母娘が、手をつないで帰っていく。母親が子供の頭を撫で、子供が何か言って、二人で笑う。その後ろ姿を、リリアが見ていた。
いつもの、柔らかい目ではなかった。遠くを探すような目だった。撫でる手のほうを、撫でられる頭のほうを、どちらを見ているのか、ヨーヘイには分からなかった。
ヨーヘイ:「リリアさん」
声をかけると、リリアは、ふっと我に返った。
リリア:「……あ。いえ、なんでもありません。少し、母のことを、思い出していて」
それ以上は、言わなかった。柔らかい笑みに戻って、荷の片付けに手を伸ばす。
ヨーヘイは、それ以上は聞かなかった。聞いていいことと、待つべきことの区別は、つけるつもりだった。誰にでも、自分から言えるようになるまで、置いておきたいものがある。それは、ヨーヘイ自身が、いちばんよく知っていた。
解析の声:「……」
解析は、何も言わなかった。ただ、いつもより、ひと拍、沈黙が長かった。
◆
翌朝、出立の支度をしていると、広場のほうが、少し騒がしくなった。
宿場町の伝令所の前に、人が集まっている。早馬が一頭、汗だくで繋がれていた。係の者が、掲示板に新しい紙を貼り出している。
近隣の街道情報や、商隊の募集。そういう紙の中に、一枚、毛色の違うものが混じっていた。
角に、紋章が刷ってある。槌と天秤を組み合わせた、武具商組合の紋章だった。
ヨーヘイは、それを横目に荷を積んでいた。組合の通達なら、武具の相場か、街道の護衛募集だろう。自分には関わりのない紙だ。そう思って、視線を戻しかけた。
リリアが、その紙の前で、動かなくなっていた。
手にしていた水筒を、いつ下ろしたのか。両手が、空のまま、体の脇で止まっている。視線は、紋章の紙の、一点に注がれていた。
風が、彼女の後れ毛を揺らした。それにも、気づいていない。
ヨーヘイ:「……リリアさん?」
呼んだ。
リリアは、答えなかった。
紙を見つめる横顔が、いつもと違った。
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【第88話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・料理:2 → 3(宿場町の屋台で数をこなす・皮目の火入れの安定)
▼ 本話の収支
・収入:銅貨2,400枚(街道筋の宿場町の屋台=王都の評判が先回りし盛況)
・支出:銅貨90枚(宿場町の宿・人数分)
・本話終了時手持ち:19,931枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・走り鳥の脚肉・皮・むね肉を屋台で大半消費(残りわずか)
・走り鳥の魔石(E)・羽毛は換金/活用待ちで継続保持
・小瓶一本(ルカが布に包んで継続携行=里で薄めて使う想定)に変動なし
・ヴェルナとニナからの餞別(塩漬け・干した実)を継続保持
・各魔石・装甲・厚皮・換金待ちの品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり
▼ 本話の出来事
・あの夜の又聞き以降、ルカの口数が減る。翌朝の街道。ルカは前を向くが、懐の小瓶に手が触れる。ヨーヘイは「馬を潰さず一日ずつ確実に詰める」方針で速度を判断
・フィンを外套に庇って進む(ティルの忠告を守る・理由は問わないまま)
・街道筋の宿場町に到着。屋台を出すと、王都で焼いた串の評判が旅人の口づてで先回りしており、「あの王都で噂の」客が集まる=口コミが面で広がる段階
・行商人・親子・年寄りなど客層が広がり、見知らぬ客同士が同じ串を囲んで笑う。「店はどこだ、また食いたい」と請われ、ヨーヘイは腰を据えた店への手応えを得る(まだ店はないと苦笑)
・フィンが屋台の看板役になり子供に囲まれて尾を振る
・夜、残り火の温度と脂の匂いが先に立ち、蓮への語りかけ(「もう焼けてる?」の口癖・サガリ狙い)=この串を食わせてやりたいという願い
・井戸のそばで、帰る母娘を見るリリアの目が、いつもと違う(母を思う・核心は語られない)
・末尾:翌朝、伝令所の掲示に武具商組合の紋章入りの紙が貼られる。リリアがその前で動かなくなり、一点を見つめる。ヨーヘイが呼んでも答えない。その横顔が、いつもと違った
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録、お願いします。
今日は、街道沿いの、宿場町でした。屋台を出したら、もう、噂が、先に着いていました。王都で焼いた串の話が、旅人の口を伝って、ここまで来ていたんです。串は、王都に置いてきたのに、串の話だけが、勝手に、西へ歩いていました。
行商人も、親子も、気難しそうな年寄りも、皆、煙に釣られて、来ました。知らない者同士が、一本の串を齧って、同じところで、うまいと言う。あの景色を、また、別の街で、見られました。腰を据えた店なら、毎日、あれが見られるんでしょうか。──まだ、遠いですけど。
夜に、火を落としながら、蓮のことを、考えていました。あいつ、いつも「もう焼けてる?」って、三十秒に一回、聞いてくるんです。サガリばっかり狙って。この串、絶対、好きなのに。早く、焼いてやりたい。
……それと、リリアさんの様子が、少し、気になりました。帰っていく母娘を、いつもと違う目で、見ていました。母のことを、と、それだけ言って、口を閉じました。聞いていいことと、待つべきことが、あります。だから、聞きませんでした。
明日の朝、掲示板に、武具商組合の紙が、貼られていました。リリアさんが、それを、じっと見ていました。呼んでも、返事が、ありませんでした。あの紙に、何が、書いてあったのか。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




