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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
5章 「治してもらう、はずだった。」

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第86話 ルカが、飲んだ。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 栓を、抜いた



 小瓶の栓が、抜ける音がした。


 乾いた、小さな音だった。薬房の朝の、静かな空気の中で、その音だけが、やけにはっきりと、響いた。


 ルカは、両手で、小瓶を持っていた。淡い金色の液体が、瓶の中で、ルカの指の震えに合わせて、わずかに揺れている。昨夜、ヴェルナが差し出した、二本のうちの一本。もう一本は、布に包んで、ルカの懐に、しまってある。


 ルカは、その一本を、口元まで運んで、そこで、止めた。


 窓から差す朝の光が、瓶の金色を透かして、ルカの頬に、淡い色を落としている。その横顔が、強張っていた。いつも、減らず口を叩いて、尻尾を立てて、誰よりも前を歩こうとする、あの子の顔ではなかった。


 ヨーヘイは、何も言わなかった。


 飲め、とも、大丈夫だ、とも、言えなかった。この子が、どれだけ長く、この一口のために歩いてきたのか。里を出て、知らない土地を渡って、人に頭を下げて、何度も死にかけて。ずっと「時間がある」と言い続けながら、その必死さだけは、隠しきれていなかった。消えていく火、と里では呼ぶのだという。その火を、消さないための、一口。


 怖いのだ、と、ヨーヘイは思った。


 ここまで来て、なお。飲んで、もし、何も変わらなかったら。その怖さの前で、足が止まるのは、当たり前のことだった。


ルカ:「……なあ」


 ルカが、瓶を口元に当てたまま、小さく、言った。


ルカ:「もし、効かんかったら、うち、どんな顔したらええんやろ」


 誰も、答えなかった。けれど、その沈黙は、昨夜の沈黙とは、少し違っていた。


 リリアが、一歩、前に出た。ルカの隣に立って、何も言わずに、その背に、そっと手を添えた。フィンが、ルカの足元で、見上げている。ヴェルナは、作業台に寄りかかったまま、腕を組んで、じっと、ルカを見ていた。使い走りの娘のニナが、戸口のところで、両手を握りしめて、息を詰めている。


ヨーヘイ:「どんな顔でも、いいですよ」


 ヨーヘイは、言った。


ヨーヘイ:「効いても、効かなくても。おれたちは、ここにいます」


 ルカが、ヨーヘイを見た。一度だけ、強く、まばたきをした。


 それから、瓶を、傾けた。



◆ 戻ってきた



 ルカの喉が、こくり、と動いた。


 飲み下す、その一瞬。薬房の中の、誰もが、息を止めた。火の落ちた竈の、灰の匂い。乾いた薬草の匂い。そのすべてが、止まったように、感じられた。


 ルカは、空になった瓶を、両手で握ったまま、立ち尽くしていた。


 最初に変わったのは、指先だった。


 ルカの、瓶を握る指が、ずっと、白かった。血の気の引いた、冷たそうな白。燃え病の子は、体の芯から冷えていくのだと、ヴェルナが言っていた。その指先に、いま、ゆっくりと、色が戻っていく。白から、薄い桃色へ。冷えていたところに、熱が、灯っていくように。


 ルカが、自分の手を、見た。


ルカ:「……あったかい」


 掠れた声だった。


ルカ:「指の先まで、あったかいの、いつぶりやろ」


 その時、ヨーヘイの耳の奥で、いつもの声が、響いた。


解析:「……魔力残量、通常値に戻りました」


 淡々とした、いつもの調子だった。何の感慨も乗せず、ただ、計器が数を読み上げるように。けれど、その一言が、昨夜から薬房に垂れ込めていた、答えのない問いに、初めて、答えを与えた。


 治るのか、と、誰もが、口に出せずにいた。確かめてもいないのに、希望に名前をつけてしまうのが、怖くて。


 その問いに、数字が、答えた。戻った、と。


 ヨーヘイは、ふっと、肩から力が抜けるのを、感じた。


ルカ:「……ヨーヘイ」


ルカ:「うち、いま、なんか、すごい、息が、しやすい」


ルカ:「ずっと、胸の真ん中に、冷たい石が、入っとるみたいやってん。それが……ない。なくなってる」


 ルカの目が、見開かれていた。自分の体に起きていることが、信じられない、というように。胸に手を当てて、何度も、息を吸って、吐いて。そのたびに、その目が、潤んでいく。



◆ 泣いて、笑った



 最初の一粒が、こぼれた。


 ルカの頬を、涙が、伝った。ぽろぽろと、止まらなくなった。空の瓶を握りしめたまま、ルカは、その場に、しゃがみ込んだ。


ルカ:「……っ、あ、れ。なんで。うち、治ったんやろ。治ったのに、なんで、涙、出るん」


 声が、震えて、言葉に、ならなくなっていく。


 ヨーヘイには、それが、わかった。怖かったのだ。ずっと。本人が「時間がある」と笑っている、その裏側で。消えていく火を抱えて、里の子らの顔を思い浮かべながら、それでも前を向いて歩く、その強がりの全部が、いま、一度に、緩んでいる。


 リリアが、ルカの隣に、膝をついた。何も言わずに、ルカの手を、両手で、包んだ。リリアも、何かを、言葉にはしなかった。ただ、目を伏せて、ルカの手を、握り続けていた。


 ニナが、戸口で、とうとう、鼻をすすった。


ニナ:「な、なんで、あたしまで……っ」


 袖で、ごしごしと、目をこすっている。


ヴェルナ:「……だらしないね」


 ヴェルナが、言った。腕を組んだまま、ルカを見下ろして。けれど、その声は、いつもの毒の効いた響きとは、少し、違っていた。


ヴェルナ:「治った者が泣いて、治した覚えのない小娘まで泣く。薬屋ってのは、つくづく、間尺に合わない商売だよ」


 そう言いながら、ヴェルナは、しゃがみ込んだルカの頭に、ぽん、と、片手を置いた。


ヴェルナ:「……よく、ここまで来たね。あんた」


 ルカが、ヴェルナの手の下で、くしゃりと、顔を歪めた。泣き顔のまま、それでも、笑った。涙と、笑いが、ぐちゃぐちゃに混じった、ひどい顔だった。


ルカ:「ヴェルナさん……ほんま、優しいやん」


ヴェルナ:「優しい薬ほど、苦いって、言ったろう。覚えが悪いね」


 フィンが、しゃがんだルカの膝に、頭を、ぐいと押し付けた。それから、ルカの濡れた頬を、ひと舐めした。ルカが、ひっ、と、変な声を上げて、それから、また、笑った。尾が、一度、ぱたりと、振れた。


 ヨーヘイは、その輪の中に、入らなかった。


 入れなかった、というほうが、近い。何か言おうとすると、喉の奥が、詰まった。だから、ヨーヘイは、黙って、竈の前に立って、火を、入れ始めた。


 手を動かしていないと、自分まで、おかしくなりそうだった。


 ふと、思った。蓮も、こんなふうに、泣いたり、笑ったりするのだろうか。あの子の、泣き顔も、笑い顔も、ヨーヘイは、まだ、ほとんど知らない。他人の子を一人、こうして助けることはできたのに、自分の子のことは、まだ、何ひとつ、守ってやれていない。


 その思いは、針のように、胸を刺した。けれど、ヨーヘイは、それを、火の中に、置いた。いまは、目の前の子の、初めての、ちゃんとした飯を、作る時だった。



◆ 飯の、味



 ヴェルナが、薬を造るあいだ、ずっと我慢させていた、いい肉があった。


 深層で獲った、あの大きな獣の、いちばん上等な脂の乗ったところ。賄いの慌ただしさの中では出さずに、取っておいた。今日のために、と、心のどこかで、決めていたのかもしれなかった。


 ヨーヘイは、それを、厚めに切って、熱した鉄板に、置いた。


 脂が、じゅう、と鳴って、白い煙が、立ち上る。塩を、ひとつまみ。香草を、散らす。香ばしい匂いが、薬と草の匂いしかしなかった薬房に、ゆっくりと、広がっていった。ニナが、目を丸くして、鼻を、ひくつかせている。


 焼き上がった一切れを、ヨーヘイは、皿に取って、ルカの前に、置いた。


ヨーヘイ:「食べてください。治ったあとの、最初の飯です」


 ルカは、まだ、少し、泣き腫らした目で、その皿を、見た。それから、箸を取って、一切れを、口に運んだ。


 噛んだ。


 その瞬間、ルカの動きが、止まった。


 ゆっくりと、もう一度、噛む。目が、また、見開かれていく。けれど、今度は、涙ではなかった。


ルカ:「……なに、これ」


ルカ:「……飯って、こんな、味、しとったんやな」


 ルカの声が、震えていた。


ルカ:「うち、ずっと、なんか、味が、遠かってん。何食べても、もやがかかったみたいで。美味しいって、みんなが言うのも、ただ、調子、合わせとっただけで。……でも、これ。これ、ちゃんと、味、する。脂の、甘いとこも、塩の、しょっぱいとこも、ぜんぶ」


 燃え病は、進むにつれて、感覚が、鈍っていくのだという。冷えていく体と一緒に、味も、匂いも、薄れていく。ルカは、いつから、飯の味が、わからなくなっていたのだろう。それでも、何も言わずに、美味しいと、笑っていたのだ。


 ルカは、もう一切れを、口に入れた。今度は、味わうように、ゆっくりと。一口ごとに、その頬が、緩んでいく。


ルカ:「……うっま。なにこれ。うっま」


 今度こそ、本物の、笑顔だった。


 ヨーヘイは、その横顔を、見ていた。


 腹を空かせた誰かが、もう一度、ちゃんと飯を食える。その顔を見られる店を、いつか、開けたなら。そう思える瞬間が、また一つ、ここにあった。味がわかる、ということが、生きている、ということだった。それを、この子は、いま、取り戻している。


 リリアが、フィンに、小さく切った肉を、分けてやっている。フィンが、ぱくりと食べて、尾を振った。ニナが、おずおずと、自分の分はないのか、という顔で、鉄板を見ている。ヴェルナが、それを見て、鼻を鳴らした。


ヴェルナ:「……あたしの分も、焼いてもらおうかね。せっかくだ」


 ヨーヘイは、頷いて、新しい肉を、鉄板に置いた。



◆ 行きましょう



 腹が満ちて、薬房に、ようやく、穏やかな時間が、流れた。


 ルカは、空になった皿を前に、しばらく、ぼんやりと、座っていた。指先の温もりを、確かめるように、両手を、何度も、握ったり、開いたりしている。


 それから、ふと、その手が、止まった。


 ルカが、懐に手を当てた。そこには、もう一本の小瓶が、布に包まれて、しまってある。ルカの顔から、ゆっくりと、笑みが、引いていった。


ルカ:「……でも、村の子たちは」


 声が、静かだった。


 自分は、治った。指の先まで、温かい。飯の味も、戻った。けれど、里には、まだ、同じ火を抱えた子らが、何人も、残っている。一本きりの、この瓶では、とても、足りない。


ヨーヘイ:「分かってる」


 ヨーヘイは、言った。


 ルカが、顔を上げて、ヨーヘイを見た。その目には、もう、迷いは、なかった。


ルカ:「……一度、戻りたい。村に。この薬、薄めても、効くんか、確かめたい。発症してへん子なら、もしかしたら、間に合うかもしれん」


 その問いに、答えたのは、ヨーヘイではなかった。


解析:「……完全に発症していなければ、症状をかなり抑えることができます」


 淡々とした、いつもの声。けれど、その一言は、ルカの言葉を、ただの願いから、確かな見込みへと、変えた。


 ルカが、息を、呑んだ。懐の瓶を、上から、ぎゅっと、握りしめる。


 ヨーヘイは、立ち上がった。窓の外を、見た。王都の空が、よく晴れている。ここから、ルカの里までは、長い道のりになるだろう。けれど、行くと決めたなら、迷う理由は、何もなかった。帰れる場所がある、ということは、知っている。それでも、足は、まだ、そちらへは、向かなかった。


ヨーヘイ:「行きましょう」


 ルカが、頷いて、懐の、残り一本の小瓶を、上から、そっと、握った。


 たった、一本。それを、薄めて、何人に、届くのか。立てなくなった子らのうち、間に合うのは、何人なのか。……その答えは、まだ、誰も、持っていなかった。



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【第86話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(治療を見届ける回・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし(祝いの一皿は既知の手の繰り返し。新しい料理の発見・戦闘・解体はなし=解体17・料理Lv3・瞬歩27・二刀流35・採取59・収納45・従魔契約30=据え置き)


▼ 本話の収支

・収入:なし(王都滞在・出立前)

・支出:なし(宿は精算済み・調合は以前の借りを返す形で代金なし)

・本話終了時手持ち:15,821枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・小瓶のうち一本を、ルカが服用=消費

・残る小瓶一本を、ルカが布に包んで継続携行(里で薄めて使う想定)

・祝いの一皿に、上等な獣肉・香草を使用=消費

・各魔石・装甲・厚い毛皮・布に包んだ小さな品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり


▼ 本話の出来事

・薬房の朝。ルカが小瓶の栓を抜き、飲む前の怖さに一度、足が止まる。ヨーヘイ「効いても、効かなくても、おれたちはここにいます」

・ルカが飲む。冷えていた指先に熱が戻る。解析「魔力残量、通常値に戻りました」――誰も答えられなかった問いに、数値が初めて答える

・ルカ「胸の真ん中の冷たい石が、なくなってる」。安堵から涙があふれ、しゃがみ込んで泣く→笑う

・リリアが手を握り、ニナがもらい泣きし、ヴェルナが頭に手を置いて「よく、ここまで来たね」、フィンが頬を舐める(反応はそれぞれ違う形で)

・ヨーヘイは輪に入れず、黙って竈に火を入れる。取っておいた上等な肉で、治ったあとの最初の一皿を焼く

・ルカが一口食べ、動きが止まる。「飯って、こんな味、しとったんやな」――鈍っていた味覚が戻る。「うっま」と本物の笑顔

・満腹のあと、ルカが懐の二本目に手を当て「でも、村の子たちは」。ヨーヘイ「分かってる」

・ルカ「一度、村に戻りたい。薄めても効くか確かめたい」→解析「完全に発症していなければ、症状をかなり抑えることができます」→ヨーヘイ「行きましょう」→ルカが残り一本を握る/たった一本を薄めて間に合うのは何人か=その答えはまだ誰も持っていない(不穏で切る)


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録、お願いします。


 ルカが、薬を、飲みました。


 飲む前、あの子の手が、ずっと、震えていました。ここまで来て、まだ、怖かったんだと思います。効かなかったら、どうしよう、って。おれは、何も、言ってやれませんでした。ただ、どんな顔でもいい、ここにいる、と。それだけ。


 飲んだあと、あの子の指先に、色が戻りました。ずっと、白かったんです。冷たそうな白。それが、あったかい色に、なっていって。解析さんが、魔力が戻ったと、言ってくれました。それで、ようやく、信じられました。治った、って。


 あの子は、泣いて、それから、笑いました。ずっと、強がってたんだと思います。時間がある、って、笑いながら。本当は、怖くて、たまらなかったはずなのに。


 肉を焼いて、出したら、あの子が、味がする、って、言いました。ずっと、味が、遠かったんだ、と。それでも、美味しいって、みんなに合わせて、笑ってたんだ、と。……それを聞いて、おれは、竈のほうを、向いていました。あの子の顔を、まともに、見られませんでした。


 蓮も、こんなふうに、笑うんでしょうか。おれは、あの子の笑った顔を、まだ、ほとんど知りません。よその子を、一人、助けることはできたのに。自分の子には、まだ、何も。


 でも、それは、いまは、しまっておきます。ルカが、村に戻りたいと言いました。残ってる子らに、この薬が、効くか、確かめたい、と。だったら、行くだけです。帰り道は、まだ、その先でいい。


 記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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