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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
5章 「治してもらう、はずだった。」

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第85話 調合が、始まった。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 人の、多いところ



 王都の大通りは、相変わらず、人で溢れていた。


 森の静けさに慣れた耳に、その喧騒は、やけに大きく響いた。荷車の軋み、物売りの声、石畳を打つ無数の足音。森を出てから数日、街道を歩き、ようやく見慣れた門をくぐったとき、ヨーヘイは、ほっとするより先に、肩のあたりに、小さな緊張を覚えた。


 外套の内側で、フィンが、身を寄せている。


 ヨーヘイは、その小さな頭を、布の陰に、そっと隠した。森の境で、案内役のティルに言われた言葉が、まだ、胸の奥に残っていた。この子を、人の多いところで、軽々しく見せるな。気づく者は、どこにでもいる。王都なら、なおさらだ。


 どういう意味か、結局、教えてはもらえなかった。


 行き交う人々は、誰も、ヨーヘイたちを気に留めていない。それでも、ヨーヘイは、ときどき、誰かの視線が、自分の腕の中で止まる気がして、歩く速さを、わずかに上げた。


ルカ:「ヨーヘイ、なに早歩きしてんの。フィン、潰れるで」


ヨーヘイ:「……ああ。悪い」


 ルカは、何も気づいていない。それで、いい。ヨーヘイは、フィンを抱え直し、裏通りへ折れた。


 目当ての店は、すぐに見つかった。差し押さえの札が剥がされ、煙突から、細い煙が立っている。竈に、火が戻っていた。



◆ 露を、出した



 扉を押すと、薬と、乾いた草の匂いが、押し寄せてきた。


 奥の作業台で、ヴェルナが、片手に乳鉢を持ったまま、顔を上げた。三十代後半の、痩せた女だ。その目が、入ってきた一行を、ひと撫でした。顔色を見て、足取りを見て、ルカの呼吸を、ひと息で測る。医者の目だった。


ヴェルナ:「……戻ったね。思ったより、早い」


ヨーヘイ:「約束のもの、手に入りました」


 ヴェルナは、乳鉢を置いた。手を、布で拭いながら、近づいてくる。


ヴェルナ:「世界樹の露。……あんた、本気で、エルフの国まで行って、もらってきたのかい」


ヨーヘイ:「行ってきました」


 ヴェルナが、低く、笑った。呆れと、感心が、半分ずつ混じった笑いだった。


ヴェルナ:「処方を出した医者の身にもなりな。半分は、戻らないと思ってたよ。あんたが」


 ヨーヘイは、収納から、それを取り出した。畳んだ葉を椀の形にした、ごく簡素な器。その底に、ほんの数滴、光をたたえた雫が、溜まっている。ヴェルナは、それを覗き込んで、しばらく、動かなかった。


ヴェルナ:「……本物だ」


 その声が、少しだけ、掠れていた。



◆ 並べた、四つ



ヴェルナ:「ほかの素材も、出しな。全部だ」


 ヨーヘイは、言われるまま、収納から、いくつかの品を取り出して、作業台に置いた。


 白銀色の、乾いた根。これは、ずいぶん前、雪の残る山道で、フィンが掘り当てたものだ。魔力を含んだ、小さな実。鉱山の、いちばん奥の、静かな水場に生えていた。それから、布に包んだ、黒い、小さな臓器の干物。闇の中で獲った、あの大きな獣の、胆嚢の脇にあった、奇妙なもの。そして、世界樹の露。


 ヴェルナは、それを、一つずつ、手に取った。


 根の乾き具合を、指の腹で確かめる。実を、光に透かす。黒い臓器を、爪の先で弾いて、音を聞く。そのたびに、彼女の眉が、わずかに、動いた。道具に話しかけるような、低い独り言が、漏れる。


ヴェルナ:「……いい乾かし方だ。腐らせず、枯らさず。誰が、これを」


 ヨーヘイは、答えなかった。誰が、というほどのことは、していない。解析が、取っておけと言うから、取っておいた。それだけだ。


 ヴェルナは、四つの素材を、作業台の上に、並べ直した。そして、長いあいだ、それを、見下ろしていた。


ヴェルナ:「……あんた、これを、どこで手に入れたか、わかってるかい」


ヨーヘイ:「だいたいは」


ヴェルナ:「別々の場所だろう。山と、地の底と、闇の中と、エルフの国だ。一つだって、同じ場所じゃない。それを、何も知らずに、一つずつ拾って、ここまで、後生大事に、持って歩いてきた」


 彼女は、顔を上げて、ヨーヘイを見た。


ヴェルナ:「薬屋を、三十年やってる。こんな馬鹿げた偶然は、聞いたことがない。……天文学的な確率の、ふざけた幸運さ。あんた、自分が何を抱えて歩いてたか、知らなかっただろう」


 ヨーヘイは、並んだ四つを、見た。


 雪の中の、根。坑道の奥の、実。闇の中で、解析が「要る」と言った、黒いもの。世界樹の、雫。


 集めて、いたつもりは、なかった。一度も。ただ、その時々で、これは要る、と告げられて、言われるまま、収納にしまってきただけだ。荷物が増えるな、と思ったことすら、あった。


 それが、今、一つの台の上に、揃っている。


 全部、この一本のために、あったのだ。


 ヨーヘイは、その事実を、うまく、飲み込めなかった。あの根を拾ったときは、ルカと、まだ、出会ってさえいなかった。あの実を見つけたときも、闇の中で黒いものを切り出したときも、その先で、こんな店に立つことになるなんて、考えてもみなかった。自分が選んできた道の、どれもが、その時々の、ばらばらの選択だったはずなのに。気づかないうちに、一本の線で、繋がっていた。


 偶然、と、ヴェルナは言った。馬鹿げた幸運、とも。けれど、ヨーヘイには、それが、ただの偶然とも、思えなかった。要る、と告げる声が、いつも、傍にあった。その声を、信じて、拾ってきた。それだけのことが、今、形になって、目の前に、並んでいる。


ルカ:「なあ、それで、薬、できるん」


 ルカが、台の脇から、覗き込んでいた。その目に、四つの素材は、ただの、よくわからない材料にしか、映っていない。それで、いい。ヨーヘイは、小さく、頷いた。


ヴェルナ:「できるよ。……あんたの連れが、こんなものを揃えてきたんだ。造れない、とは言わせない」



◆ 待つ、あいだ



 調合には、数日かかる、とヴェルナは言った。


 火加減を、片時も、間違えられない。だから、彼女は、薬房を、離れない。素材を煮出し、灰汁を引き、また煮詰める。その繰り返しを、昼も夜も、続けた。


 ヨーヘイは、その傍らで、別の火を、熾した。


 ヴェルナが、薬を造ると、食うことを忘れる女だと、もう、知っていた。前に一度、それで、倒れる寸前まで、いったのを、見ている。だから、ヨーヘイは、竈の隅で、肉を焼き、汁を作った。使い走りの娘のニナと、ルカと、リリアと、フィン。そして、手を止めないヴェルナの口元にも、串を、一本、運んだ。


ヨーヘイ:「食べてください。腹が減ったまま、人は、誰かを生かせないんで」


ヴェルナ:「……世辞より、性質が悪いね。あんたの飯は。あとで、効いてくる」


 それでも、彼女は、串を受け取って、噛んだ。


 ニナが、薬房の道具の名を、ルカに、得意げに教えていた。ルカは、半分も覚えられないまま、棚に並んだ、見たこともない器具に、目を丸くしている。


ルカ:「なあ、この、ぐるぐるしたやつ、なんに使うん」


ヴェルナ:「触るんじゃないよ。それで、目を潰した弟子が、いる」


ルカ:「ひっ」


 ルカが、手を引っ込めるのを見て、ニナが、くすくす笑った。ヴェルナの口元も、ほんの少し、緩んでいた。毒の混じった、優しさだった。


ルカ:「ヴェルナさん、ほんまは、優しいやろ」


ヴェルナ:「優しい薬ほど、苦いんだよ。覚えておきな」


 ルカは、唇を尖らせて、それでも、どこか、嬉しそうだった。フィンが、二人のあいだに、ちょこんと座って、尻尾を、一度、振った。


 リリアは、煮詰まっていく薬の鍋を、静かに、見つめていた。世界樹の露が、火にかけられた、その時。彼女の胸の奥で、何かが、一度だけ、小さく鳴ったように、見えた。リリアは、目を伏せて、それを、口にしなかった。ヴェルナが、ちらりと、その横顔を見た。何も、訊かなかった。過去を、語らない者同士の、静かな間合いだった。


 深夜、ニナも、ルカも、寝床に入ったあと。薬房に残るのは、火と、ヴェルナと、火の番をするヨーヘイだけになった。ヴェルナは、匙を、ゆっくりと、鍋の中で回しながら、独り言のように、言った。


ヴェルナ:「……人を生かす薬を造るのは、久しぶりだ」


 その横顔は、火に照らされて、いつもの毒のある表情とは、少し、違って見えた。ヨーヘイは、何も、訊かなかった。彼女が昔、どんな薬を造らされ、それを、どう悔いてきたのか。詳しくは、知らない。ただ、この人は、引き受けられない使い道の薬は、二度と造らないと、決めている。その手が今、たった一人の女の子のために、動いている。それで、十分だった。


ヴェルナ:「あんたの飯と、同じだよ。誰かを、生かす。……たまには、悪くない」


 ヨーヘイは、炭を、一つ、足した。火が、小さく、爆ぜた。


 夜、フィンが、ヴェルナの足元に、寄り添っていた。弱った者や、根を詰める者の傍に寄る、この子の癖だ。ヴェルナは、薬を混ぜる手を止めずに、もう片方の手で、その背を、撫でた。


 ヨーヘイは、火の番をしながら、ルカの横顔を、見ていた。


 この子は、ずっと、自分の病を、抱えて生きてきた。里の子らのことを、いつも、口にする。その子が今、自分の薬が、できあがるのを、息を詰めて、待っている。


(蓮に、会わせたかったな)


 ふと、そう、思った。こんなに、苦労してきた子が、いるんだと。この子が、自分の薬を、受け取る、その顔を。あの子にも、見せて、やりたかった。


 薬が、できても、すぐには、帰れない。ルカの病が、本当に癒えるのを、見届けるまでは。それを確かめずに、帰る道に、足を向ける気には、どうしても、なれなかった。



◆ できた



 数日後の、夜更け。


 薬房の、最後の火が、ふっと、落ちた。


 ヴェルナが、鍋から、小さな匙で、それを、二つの小瓶に、移した。透き通った、淡い金色の液体が、瓶の中で、わずかに、揺れている。彼女は、栓をして、しばらく、灯りに、かざした。それから、振り返った。


ヴェルナ:「……できた」


 小瓶を、二本。差し出す。


 ルカが、それを、受け取った。


 その手が、震えていた。両手で、包むように、瓶を持って、ルカは、それを、じっと、見つめた。瓶の中の、淡い金色が、ルカの瞳に、映っている。


ルカ:「……これで、治るんやな」


 誰も、答えなかった。



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【第85話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(調合を待つ回・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし(待つ数日の賄いは既知の手の繰り返し。新しい料理の発見・戦闘・解体はなし=解体17・料理Lv3・瞬歩27・二刀流35・採取59・収納45・従魔契約30=据え置き)


▼ 本話の収支

・収入:竈の傍らの賄い・裏通りでの軽い屋台(少々)

・支出:王都の宿(数泊)。調合は、以前の借りを返す形で、代金を取られなかった

・本話終了時手持ち:15,821枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・白銀色の根・魔力を含む実・黒い小さな臓器の干物・世界樹の露の四つを、ヴェルナの調合に使用=消費

・小瓶を二本、新たに保持(ルカが持つ)

・賄いに、獣肉の残り・森の恵みの残りを使用=消費

・各魔石・装甲・厚い毛皮・布に包んだ小さな品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり


▼ 本話の出来事

・王都へ帰還。人混みで、ヨーヘイがフィンを外套の内に庇い、人の目を気にする(森の境での忠告が胸に残ったまま)

・ヴェルナの薬房に着く。差し押さえが解け、竈に火が戻っている。ヨーヘイが世界樹の露を出す

・ヴェルナが、ヨーヘイの持つ四つの素材を作業台に並べさせ、手触りと色と音で検める

・ヴェルナ「別々の場所で、何も知らずに、一つずつ拾って持ってきた/天文学的な確率の、ふざけた幸運だ」と言い当てる

・ヨーヘイが、今になって繋げる――雪の根・坑道の実・闇の臓器・世界樹の雫。集めるつもりは一度もなかったのに、全部、この一本のために揃っていた

・ルカは素材の意味を掴めないまま「それで薬できるん」とだけ訊く(無自覚の構造はルカに伝わらない)

・調合は数日。火を離れられないヴェルナの傍らで、ヨーヘイが賄いを作り、ニナ・ルカ・リリア・フィン、そしてヴェルナを食わせる

・ヴェルナ×ルカの掛け合い(毒舌×天然)。ヴェルナが薬を造る手で、足元のフィンの背を撫でる。リリアが露の名残に静かに反応する

・数日後の夜更け、最後の火が落ちる。ヴェルナ「……できた」と、小瓶を二本差し出す

・ルカが受け取る。手が震えていた。「……これで、治るんやな」――誰も答えなかった


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録、お願いします。


 王都に、戻りました。人の多さに、こんなに、落ち着かない気持ちになったのは、初めてです。森を出るとき、言われたことが、頭から、離れません。フィンを、人の多いところで、軽々しく見せるな、と。だから、つい、抱え込んでしまいました。誰も、見ていないのに。


 ヴェルナさんは、約束を、覚えていてくれました。露を出したら、ほかの素材も全部出せ、と。言われたとおり、出しました。雪の山で、フィンが掘った根。鉱山の奥の、実。あの、闇の中で、要ると言われた、黒いやつ。それから、世界樹の露。


 四つ、並べたとき、ヴェルナさんが、言ったんです。別々の場所で、何も知らずに拾って、ここまで持ってきたのか、って。馬鹿げた幸運だ、と。


 ……それで、気づきました。おれ、集めてた、つもりは、なかったんです。要ると言われたから、しまってきた。それだけで。荷物が増えるな、なんて、思ったことも、ありました。


 なのに、全部、揃ってた。一本の薬の、ために。なんだか、自分の歩いてきた道が、急に、知らない道みたいに、見えました。ばらばらに選んだはずなのに。気づかないうちに、繋がってたんです。


 ヴェルナさんが薬を造ってるあいだ、おれは、飯を作ってました。あの人、薬を造ると、食うのを、忘れるんで。前に、それで、倒れかけたのを、見てるんで。


 ルカは、ずっと、瓶を、見てました。手が、震えてました。これで治るんやな、って。


 ……おれは、何も、言えませんでした。本当に治る、と言ってしまうのが、まだ、怖かったんだと思います。あの子が、それを飲んで、笑うのを、見るまでは。


 記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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