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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
5章 「治してもらう、はずだった。」

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第84話 露が、手に入った。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 旅立ちの、朝



 火を、熾した。


 夜明けの色が、まだ森の梢に届かないうちに、ヨーヘイは世界樹の麓で、炭に火を入れていた。昨日と同じ場所で、昨日と同じように。けれど、昨日の賑わいは、もう無い。里の民は、それぞれの樹上の家に帰り、あたりには、ヨーヘイと、見送りに来た一人の老人だけが、いた。


 長老オルンは、根の窪みに腰を下ろし、何も言わずに、その手元を見ている。


 ヨーヘイは、ひと晩、眠れなかった。


 樹上の家に用意された寝床で、目を閉じても、昨日の長老の声が、耳の奥に残っていた。みんなが寝静まったあと、ヨーヘイは、そっと外に出て、世界樹を見上げていた。梢の遥か上で、金色の葉が、夜の風に、さらさらと鳴っていた。ルカも、リリアも、フィンも、よく眠っていた。起こさないように、ヨーヘイは、一人で、考えていた。


(お前は、なぜここにいる)


 その問いが、頭の中を、ずっと回っていた。帰りたいのだろう、とも言われた。答えようとして、言葉を探して、どれも、違う気がして、口を、つぐんだ。ルカの薬のためです——それは本当だ。でも、長老が訊いていたのは、たぶん、そういうことではなかった。もっと、奥の方の、自分でも、はっきりとは掴めていない、何かを、見透かされていた。


 夜が、白み始める頃。ヨーヘイは、決めた。


 考えても、言葉には、ならない。それなら、自分にできるやり方で、返すしかない。


 だから、ヨーヘイは、火を熾した。


 言葉で言えないなら、いつもの手で、返すしかない。


 獣の肉は、もう、ひと切れしか残っていない。深い穴で獲った、あの肉の、最後の一片。森の恵みも、昨日でほとんど使い切った。残った白い根菜を薄く削ぎ、香草を一枝、添える。昨日のような、何種類もの取り合わせは、しない。静かに、少しだけ。


 炭の上に、肉を置く。


 脂が、落ちる。小さく、爆ぜる。香りが、立ちのぼって、朝の澄んだ空気に、ほどけていく。ヨーヘイは、その一片を、急がず、何度も向きを変えながら、焼いた。火の通り方を、指の先で測る。表面が、こんがりと色づき、中に、ぎりぎり、赤みが残るところで、炭から上げた。


 根菜を、その脇で、さっと炙る。薄く削いだ断面が、火に透けて、白から、淡い飴色へ、変わっていく。香草を、火の縁に近づけて、香りだけ、移す。青く、清涼な匂いが、肉の脂の匂いと、ひとつに溶けた。


 皿の上に、それだけを、のせた。


 昨日のような、何十人もの里の民を沸かせる一皿では、ない。たった一人のための、小さな、静かな一皿だ。けれど、ヨーヘイは、昨日よりも、ずっと丁寧に、火と向き合っていた。


 ヨーヘイは、長老の前に、膝をついて、皿を差し出した。


ヨーヘイ:「……言葉で、うまく言えないんで」


 長老は、しばらく、皿を見ていた。それから、骨ばった指で、肉をつまみ、口に運んだ。


 ゆっくりと、噛む。喉が、動く。


 老人の目尻に、深い皺が、寄った。


オルン:「……そうか」


 それきり、長老は、問いを重ねなかった。


 ヨーヘイは、その横顔を見ながら、思っていた。炭の前なら、誰が座っても、同じものを焼いて出す。人間だろうが、獣人だろうが、エルフだろうが、それは変わらない。腹を空かせた誰かが、目の前に座る。火を入れる。出す。食ってもらう。——たぶん、それが、自分がここにいる、いちばん近い理由だ。うまくは、言えないけれど。


 長老が、もう一口、食べた。今度は、目を閉じて。


オルン:「お前の答えは、舌で、よく分かった。……言葉より、ずっと、はっきりとな」


 ヨーヘイは、何も言わずに、頭を下げた。


オルン:「我らエルフは、長く生きる。長く生きるほどに、忘れていく。火の匂い。土の上で食う飯の、雑な、温かさ。……便利になるほど、暮らしは静かになって、いつのまにか、煙の立つ場所が、無くなった」


 長老は、皿に残った最後のひと欠片を、名残惜しそうに、見つめた。


オルン:「お前の飯には、それが、ある。お前が、なぜここにいるのか。……たぶん、お前自身より、お前の手の方が、よく知っているのだろうな」


 ヨーヘイは、その言葉を、うまく、飲み込めなかった。けれど、胸の奥が、少し、軽くなった。



◆ 露を、受け取る



 食べ終えると、長老は、ゆっくりと立ち上がった。


 世界樹の幹へ、歩み寄る。樹皮の一枚が、人の背丈ほどもある、あの幹だ。その根元の、低いところに、小さなうろがあった。長老が、そこへ、節くれだった手を差し入れる。


 何かを、そっと、すくい上げた。


 長老の手のひらの上には、畳んだ葉で作った、小さな椀があった。その底に、ほんの数滴——光を含んだ、透明な雫が、たまっている。朝の薄明かりを受けて、その一滴ずつが、内側から、淡く、輝いていた。


オルン:「世界樹の露だ。……この木が、百年に一度、零すかどうか、という雫でな」


 長老は、その椀を、両手で、ヨーヘイに差し出した。


オルン:「これで、お前の連れの病は——治せる者のところまで、ちゃんと届くだろう」


 ヨーヘイは、思わず、長老の顔を見た。百年に一度の雫を、こんなにあっさりと、渡していいのか。その問いが、顔に出ていたのだろう。長老は、薄く、笑った。


オルン:「惜しくは、ない。木が零したものを、ためておいただけだ。……それより、煙の立つ飯を、もう一度、食わせてもらった。釣りが来るくらいだ」


 ヨーヘイは、両手で、それを受け取った。


 軽い。重さなど、ほとんど無い。それなのに、手のひらに、しんと、冷たい感触が伝わってくる。


 その時、隣で、リリアが、小さく息を呑んだ。


 胸のあたりに、手を当てている。露の光に、目を細めて、わずかに、伏せた。何かが、彼女の中で、静かに、鳴っているようだった。けれど、リリアは、それを口にはせず、ただ、その雫を、じっと見つめていた。


ルカ:「……これが、あの薬の」


 ルカが、ヨーヘイの手の中の椀を、覗き込んだ。耳が、ぴんと、立っている。


ルカ:「ちっさ。……こんなんで、ほんまに治るんかいな」


ヨーヘイ:「……足りないものは、これで、最後だ」


 ヨーヘイは、椀の中の雫を、収納へ、慎重に、納めた。


 収納の中で、その露は、ほかのどんな品とも違う、小さな光を、たたえていた。


(……あの子の熱が出た夜、おれは、何も、してやれなかった)


 ふいに、そう思った。蓮が、まだ二つか三つの頃。夜中に、急に熱を出して、ただ、おろおろと、汗を拭くことしか、できなかった夜。あの無力さを、今でも、覚えている。


(今は、目の前の子の薬を、ちゃんと、持って帰れる)


 それだけは、確かだった。



◆ 森の、境で



 長老は、見送りに、森の境までは来なかった。


 世界樹の麓で、ヨーヘイたちが頭を下げると、ただ一言、


オルン:「……また来い」


 とだけ、言った。


 それから、フィンに、もう一度、手を伸ばした。小さな頭を、撫でる。フィンは、その手に、鼻先を、すり寄せた。


 森の境までは、ティルが送ってくれた。


 里を抜ける道には、ぽつぽつと、人が出ていた。昨日、ヨーヘイの一皿を食べたエルフたちだ。誰も、大げさな別れの言葉は、言わない。けれど、すれ違うたびに、目で、小さく、頷いていった。中には、籠に入れた木の実や、干した果物を、そっと、ルカの手に握らせていく者もいた。


ルカ:「……なんか、もらってばっかりやな」


 ルカが、両手いっぱいの土産を抱えて、困った顔をした。けれど、その頬は、少し、ゆるんでいた。


ティル:「お前たちは、この森に、忘れていたものを、思い出させた。……持っていけ。それくらいの、礼はさせてくれ」


 ティルは、いつもの、落ち着いた声で、そう言った。昨日まで、余所者を見る目に、どこか硬さのあったこの案内役も、今朝は、その硬さが、ほどけていた。


 境の手前で、一人、若いエルフが、待っていた。


 昨日、肉を一口食べて、わけも分からず、泣いていた、あの若者だった。彼は、フィンの前に、しゃがみ込むと、しばらく、その顔を、見つめた。何か言いたそうに、口を、開きかけて——結局、何も言わずに、ただ、フィンの首を、そっと撫でた。


 フィンは、その指を、じっと、受けていた。


 森の境を、出る。


 木々の間隔が、少しずつ、広くなる。澄んでいた空気が、外の、乾いた風に、変わっていく。背の高い樹海の縁が、後ろへ、遠ざかっていった。


 その時、フィンが、足を止めた。


 ヨーヘイが、振り返る。フィンは、来た道の方——森の奥、世界樹のある方角を、一度だけ、振り返っていた。耳を、ぴくりとも、動かさずに。何かを、見ているようでもあり、聞いているようでもあった。


 長老の言葉が、ヨーヘイの頭を、よぎった。


(この子は、知っている。我らが、忘れたものを——)


 あれが、何のことなのか。ヨーヘイには、まだ、分からない。フィンは、すぐに、前を向くと、とことこと、ヨーヘイの足元へ、戻ってきた。


解析:「世界樹の露を、確保しました」


 頭の中で、いつもの声が、告げた。


解析:「……成分は、解析しきれません。これは、私の手にも、余ります」


(そうか)


 ヨーヘイは、収納の中の、小さな光を、もう一度、感じた。これで、ヴェルナのところへ、戻れる。約束を、果たしてもらえる。ルカの薬は、できる。


リリア:「……王都に、戻りますか」


 リリアが、前を向いたまま、静かに、訊いた。


ルカ:「……うん。戻ろ」


 ルカが、答えた。いつもより、少しだけ、低い声で。耳が、わずかに、伏せていた。


 ヨーヘイは、その横顔を、見た。


 王都に戻れば、ルカの治療が、始まる。それは、ルカが望んでいたことだ。それなのに、その横顔には、嬉しさだけでは、ない、何かが、滲んでいた。前へ進むほどに、置いていく何かを、惜しむような。


(……ルカが、自分の顔をしている)


 ゆうべ、自分が、答えられなかった問い。帰りたいのか、と訊かれて、言葉に、詰まった、あの顔。それと、同じ影が、ルカの横顔にも、あった。


 歩き出そうと、した。


 その時だった。


ティル:「——待て」


 森の境に立ったまま、ティルが、呼び止めた。見送るだけのはずだった案内役の声が、それまでと、違っていた。


 ティルの目が、ヨーヘイの足元の、フィンに、落ちていた。森の中で、何度も、長く落ちていた、あの視線。その理由を、彼女は、今になって、口にしようとしていた。


ティル:「……餞別に、一つだけ、言っておく」


 声を、低くする。


ティル:「その子を——里の外で、人の多いところで、軽々しく、見せるな」


ヨーヘイ:「……どういう、ことですか」


ティル:「里の者が、その子に向けた目を、見ただろう。あれを、ぜんぶ、慈しみだと、思っていたか」


 ヨーヘイは、答えられなかった。


 森の中で、すれ違うたびに注がれた、あの、やわらかな視線。その奥に、まったく違う色が、混じっていたことに、今になって、気づかされた。


ティル:「中には、畏れていた者も、いた。……その子に気づく者は、どこにでもいる。王都なら、なおさらだ」


 それだけ言うと、ティルは、もう、背を向けていた。長い耳が、森の影へ、溶けていく。あとには、問いだけが、残された。


 フィンが、ヨーヘイの足元で、その背を、じっと、見送っていた。


 鳴かなかった。


 ——その子に気づく者は、どこにでもいる。


 その一言だけが、乾いた、平地の風の中に、残った。



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【第84話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・据え置き(《料理》Lv3・解体17・瞬歩27・二刀流35・採取59・収納45・従魔契約30)


▼ 本話の収支

・収入:なし

・支出:なし(国の客人として迎えられ、見送られた)

・本話終了時手持ち:15,821枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・世界樹の露(畳んだ葉の椀に受けた数滴)を、長老オルンより譲り受け、新たに保持

・深い穴で獲った獣肉(残)の最後の一片を、別れの一皿に使用=消費

・森の恵み(白い根菜・香草)の残りを使用

・各魔石・装甲・厚い毛皮・布に包んだ小さな品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり


▼ 本話の出来事

・旅立ちの朝、ヨーヘイが世界樹の麓でもう一度火を熾し、長老に最後の一皿を出す。言葉で答えられなかった問いに、料理で答える

・長老が一皿を食べ、「お前の答えは、舌で、よく分かった」と告げ、問いを重ねない

・長老が世界樹の幹のうろから、百年に一度零れるかどうかの露を、葉の椀に受けて渡す。連れの病は治せる者のところまで届くだろう、と

・露を受け取る瞬間、リリアの胸の奥が静かに鳴る。だが、彼女はそれを口にしない

・長老は「……また来い」とだけ言い、フィンの頭を撫でる

・森の境で、昨日泣いた若いエルフがフィンを見送る。森を出るとき、フィンが一度だけ、世界樹の方を振り返る

・王都へ戻ることが決まる。ルカが「戻ろ」と答えた横顔に、ヨーヘイは、自分が昨夜答えられなかった問いの影を見る

・森の境で、案内役ティルが一行を呼び止め、餞別として一つだけ忠告を置く。「そのフィンを、里の外で、人の多いところで、軽々しく見せるな」「中には、畏れていた者もいた」「その子に気づく者は、どこにでもいる。王都なら、なおさらだ」。里のエルフたちの視線が、慈しみだけではなかったと明かされる。ティルは理由を語らず背を向け、問いだけが残る


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録、お願いします。


 露を、もらいました。葉っぱで作った、小さな椀に、ほんの数滴。重さなんて、ほとんど無い。それなのに、手のひらが、しんと冷たくなりました。百年に一度、零れるかどうかの雫だそうです。そんなものを、ぽんと渡されて、正直、手が、震えました。


 長老さんには、最後に、料理で、答えました。なぜここにいるのか、なんて、おれには、言葉で言えなかったんで。だから、焼いて、出しました。あの人は、食って、「そうか」って、それだけでした。でも、たぶん、伝わったと思います。舌で分かった、って、言ってくれました。あれが、おれの精一杯の、返事です。


 森を出るとき、フィンが、一度だけ、後ろを振り返りました。世界樹の方を。なんで、振り返ったのか。長老さんが、この子は何かを知っている、って言ってたのが、ずっと、引っかかってます。でも、まあ、いいです。フィンは、すぐ、こっちに戻ってきましたから。


 これで、王都に戻れます。ヴェルナさんのところへ。ルカの薬が、できる。ずっと、探してきたものが、やっと、揃いました。


 でも、ルカが、「戻ろ」って言ったとき、耳を、伏せてました。あの森が、よっぽど、気に入ったんでしょうか。それとも、王都に戻るのが、こわいのか。……たぶん、両方です。あいつの横顔、ゆうべのおれと、同じ顔してました。帰りたいような、帰りたくないような。前に進むのが、嬉しいような、寂しいような。


 ……あの子の熱が出た夜のことを、思い出しました。何もしてやれなかった夜です。今は、目の前の子の薬を、持って帰れる。それだけは、間違いない。


 ただ、一つ、気になることが、ありました。森を出るとき、ティルさんに、言われたんです。フィンを、人の多いところで、軽々しく見せるな、って。里の連中が、フィンを見てた目は、慈しみだけじゃなかった、畏れてた者もいた、と。……気づく者は、どこにでもいる。王都なら、なおさらだ、と。


 どういう意味か、訊いても、答えてくれませんでした。フィンの、何を、知ってるんでしょうか。あの人たちは。……これから戻る王都は、人だらけです。少し、フィンから、目を離さないように、します。


 記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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