第82話 エルフの国が、広がった。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 森が、ひらいた
あの問いは、まだ、宙に残っていた。
あなたの従魔は、どこから来た——。国境で、衛兵にそう問われて、フィンは、鳴かなかった。答えを、誰も持っていなかった。それでも、関門は越えた。一行は、エルフの領域へ、足を踏み入れることを、許された。
今、ヨーヘイたちの前を歩いているのは、あの若い衛兵ではない。里まで案内する役だと名乗った、別のエルフだった。
ティル:「足元に気をつけて。この先は、根が地面を走っている」
ティルと名乗ったそのエルフは、女だった。衛兵の張り詰めた若さとは違う。声が、低く、落ち着いている。長く生きた者の、ゆったりとした歩き方だった。一行の三歩先を、振り返りもせず、けれど、ときどき、フィンへ視線を落としながら、歩いていく。
森の奥は、ほの暗かった。
けれど、何歩か進むごとに、その暗さが、薄れていく。塞いでいた巨木の壁が、左右へ、開いていくのだ。
そして、開けた。
ヨーヘイは、足を止めた。
森の中に、国があった。
巨木の幹に、住居が編み込まれている。木を切り倒して建てたのではない。生きている木の、太い枝の股に、組まれた木の梁が渡され、葉と蔓で葺かれた家が、いくつも、空の高さに浮いている。幹から幹へ、細い橋が架かり、その上を、長い耳のエルフたちが、静かに行き交っていた。
梢を漉した光が、緑に染まって、降ってくる。地面には、清らかな水が、いくつもの細い流れになって、木の根の間を縫っていた。水の音が、森じゅうに、低く満ちている。
ルカ:「……めっちゃ、きれいやん」
ルカが、口を半分開けたまま、見上げていた。
そして、ふっと、言葉を呑んだ。尻尾の動きが、止まる。緑の光の中を、エルフの子どもが、笑いながら橋を駆けていく。それを見ているルカの横顔が、一瞬だけ、遠くなった。
ヨーヘイには、その横顔が、何を言っているのか、わかった。治ったら、もう一度、ちゃんと、こういう場所を、見て回りたい。ルカは、そう思っている。口には、出さないが。
けれど、ルカは、すぐに、いつもの顔に戻った。
ルカ:「……腹、減ったわ」
台無しにするように、そう言って、軽く笑った。湿っぽくするのが、嫌いなのだ。
リリアは、何も言わなかった。ただ、森を見ながら、一度、自分の胸のあたりを、そっと押さえた。何かを、こらえるような仕草だった。
フィンは——森に、馴染んでいた。
いつもより、足取りが軽い。鼻を上げ、尾を振り、まるで、知らない場所に来た獣ではなく、帰ってきた獣のように、森の空気を吸っている。すれ違うエルフたちの目が、そのフィンに、集まっていた。獣を見る目では、なかった。
ティルが、また一度、フィンを見た。
◆ 森の、恵み
里の一角に、卓が出ていた。
客人をもてなす席だと、ティルが言った。木の皿に、見たことのない食べ物が、並んでいる。
ヨーヘイは、料理人の目で、それを見た。
肉が、なかった。一切れも、ない。並んでいるのは、色とりどりの木の実、白い根菜、深い緑の香草、傘の開いたきのこ、そして、琥珀色の蜜だ。森の恵みだけで、組まれた食卓だった。
解析が、視界の隅で、淡々と告げる。
解析:「エルフは、魔物の肉を口にしません。これは、文化です」
知っている、とヨーヘイは思った。前にも、一度、聞いた。
けれど、目は、勝手に、食材へ吸い寄せられていく。
ヨーヘイは、一つ、見慣れない木の実を手に取った。固い殻を、指で割る。ぱきり、と乾いた音がして、中から、白い果肉と、つんとした、青い香りが立った。
ヨーヘイ:「……これは」
鼻を近づける。柑橘に似て、もっと、青い。脂の強い肉に、合う。焼いたものに、絞れば、後味が、軽くなる。
頭の中で、勝手に、献立が組まれていく。これは、どう火を入れる。これは、何と合わせる。料理人の頭は、許可を取らずに、回り出す。
隣の皿には、白い根菜があった。ヨーヘイは、それも、手に取った。ずしりと重い。表面は、土を落として、つるりとしている。爪を立てると、しゃく、と硬い。生では、辛いかもしれない。だが、これは、火を入れれば、化ける。じっくり、灰の中で焼けば、甘くなる。皮ごと、炭の脇に、転がしておくだけでいい。湯気を立てて割れた中身に、さっきの蜜を、ひとさじ。
もう一つ、深い緑の香草に、指を触れた。揉むと、強い、清涼な香りが立つ。脂の重い肉の、最後のひと口に、これを散らせば、口の中が、洗われる。
解析:「いずれも、可食。毒性なし」
解析が、ヨーヘイの目を、数字で、追認した。
フィンが、卓の端で、丸い木の実を鼻先で転がしていた。ころころと転がして、首を、かしげる。匂いを嗅いで、また、かしげる。
ルカ:「……お前も、初めてのやつは、警戒すんねやな」
ルカが、そのフィンを見て、笑った。フィンが、不服そうに、キュウッ、と鳴いた。
その時だった。
リリアが、小さく、息を呑んだ。
リリア:「……あの」
見ると、リリアが、自分の手のひらを、じっと見つめていた。指先が、ほのかに、光っている。胸の前で、薄い紋が、灯りかけては、消える。誰かが、呼びかけているのに、応えようとして、応えきれない。そんな、灯り方だった。
リリア:「ここ……わたしの、力が、勝手に。誰も、呼んでいないのに。森が……森のほうから、呼んでいるみたいで」
リリアの声は、震えていた。怖がっているのか、心地よがっているのか、本人にも、わからない様子だった。
ティルが、その手を、横目で見た。けれど、何も、言わなかった。ただ、ほんの少しだけ、目を、細めた。
ヨーヘイは、それ以上、聞かなかった。リリアが、言いたくないことは、聞かない。それだけは、決めている。
◆ 見下ろす、一本
ティル:「ここからなら、見える」
卓を立った一行を、ティルが、高いところへ導いた。
幹に巻きつくように作られた、ゆるい螺旋の道を、登っていく。一歩ごとに、緑の光が、明るくなる。やがて、梢を抜けた。
森を、見下ろす、高台だった。
息を、呑んだ。
眼下に、森が、地平の果てまで、広がっている。緑の海だった。葉と葉が、風で、ゆっくりと、波打っている。
そして、その、ずっと向こう。
森の、ちょうど真ん中あたりに、一本の木が、立っていた。
桁が、違った。
周りのどの巨木も、見上げるほど太いはずだ。それなのに、その一本だけは、ほかのすべての木を、見下ろしていた。梢が、雲の高さにある。幹が、遠いのに、太い。葉が、淡く、金色に、光って見えた。
解析:「あの木が、この森の、中心です。ほかの、どの木よりも、大きい」
解析の声も、どこか、静かだった。
ルカ:「……なんや、あれ」
ルカが、かすれた声で言った。リリアは、もう、何も言えずに、ただ、その木を、見上げていた。胸を押さえた手が、また、ほのかに、光っていた。
その時、フィンが、ふと、足を止めた。
誰も、促していない。ルカも、ヨーヘイも、その木を指さしてなどいない。それなのに、フィンは、まっすぐに、その一本の木のほうへ、顔を向けた。耳を立て、尾を止めて、じっと、見つめている。
何かに、引き寄せられるように。
ティルの視線が、もう一度、その木を見るフィンに、落ちた。今度は、長く、落ちたままだった。
◆ 海が、光った
高台の縁に立つと、視界は、森の向こうまで、続いていた。
森が尽きた、さらに先。
光るものが、あった。
ヨーヘイは、目を、細めた。それが、何か、わかった瞬間、胸の奥で、別のものに、火がついた。
海だ。
遠く、地平の手前で、陽を弾いて、白く光っている。間違いない。海だった。
解析:「塩水域です。あの広さなら、魚も、貝も、いる」
解析が、一行のうち、ヨーヘイにだけ、それを告げた。
魚が、いる。貝も、いる。
ヨーヘイの頭の中は、もう、海の上を、走っていた。白身の魚を、炭で、皮目から焼く。皮が、ぱりっと縮んで、脂が落ちる。炎が立つ。香ばしい匂いが、煙と一緒に、立ち上る。貝は、殻ごと、網に乗せればいい。火が通って、蓋が、ぽん、と開いた瞬間に、中の汁が、ふつふつと、こぼれる。あれを、こぼさないように、殻を傾けて、すくって、飲む。塩気と、磯の香り。それだけで、酒が一本、空く。
(……海だ)
ヨーヘイは、心の中で、つぶやいた。
(魚も、貝も、焼ける。……いつか、店を持てたら。炭の前に、肉だけじゃなくて、魚も、貝も、並べて。腹を空かせたやつが、海でも、山でも、好きなだけ焼いて、食える場所)
夢が、目の前の海から、勝手に、伸びていく。肉を焼く店を、ずっと、思い描いてきた。けれど、この海を見たら、そこに、魚が、貝が、増えた。それだけのことだった。
(……蓮に、見せたかったな)
ふと、思った。
(こんなに、でかい森と、その向こうの、海)
あの子なら、この景色を見て、何と言っただろう。きっと、口を開けて、しばらく、黙る。それから、走り出す。海まで、走っていこうとして、止められる。そういう子だった。
風が、森の海を、撫でていった。
旅は、たぶん、今が、いちばん、開けている。閉じていた森が、内側に入った途端、こんなにも、広がった。世界樹が見えて、海が見えて、次に焼くものまで、見えた。
◆ 百年前
ティルが、足を止めた。
高台の縁で、遠い世界樹のほうを、見ている。それから、静かに、振り返った。
ティル:「……一つ、訊いていいか」
声が、それまでと、少し、違った。
ヨーヘイ:「なんですか」
ティル:「あなたたちは……世界樹の、露を、求めているのか」
ヨーヘイは、ティルの目を、見返した。隠す理由は、なかった。
ヨーヘイ:「……はい」
ティルは、すぐには、答えなかった。
もう一度、遠い世界樹のほうへ、目をやる。金色に光る、その梢を、長いあいだ、見ていた。
そして、言った。
ティル:「……最後に、世界樹の露を求めた者がいたのは——百年前だ」
風が、止んだ。
ヨーヘイは、言葉を、返せなかった。百年。その数字が、何を意味するのか、ティルは、それ以上、語らなかった。
フィンが、ティルとヨーヘイのあいだで、もう一度、遠い、金色の木のほうを、見ていた。
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【第82話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(国の内側を歩く回・据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・変動なし(戦闘・解体・新しい料理の発見はなし。エルフの食材は手に取り見ただけ=発見まで。解体17・料理99・瞬歩27・二刀流35・採取59・収納45・従魔契約30=据え置き)
▼ 本話の収支
・収入:なし(国の客人として迎えられた)
・支出:なし(里の席でもてなしを受けた)
・本話終了時手持ち:15,821枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・変動なし。各魔石・装甲・厚い毛皮・各換金待ちの品・布に包んだ小さな品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり
▼ 本話の出来事
・国境を越え、案内のエルフ・ティルに導かれて、森の内側へ入る。塞いでいた巨木の壁がひらき、樹上に編まれた住居・緑の光・清流の水路=エルフの国の里が広がる
・里の席で、森の恵みだけで組まれた食卓(木の実・根菜・香草・きのこ・蜜)に迎えられる。エルフは魔物の肉を食べない。ヨーヘイは見慣れぬ食材に料理人の目を奪われる
・リリアの力が、森に呼応して勝手に灯りかける。本人にも理由はわからない
・高台へ登ると、森の中心に、ほかのすべての木を見下ろす一本の巨木=世界樹が遠くに見える。フィンが、促されてもいないのに、その木のほうをじっと見つめる
・さらに向こう、森の尽きた先に、海が光っている。ヨーヘイの中で、海鮮の可能性に火がつく
・去り際、案内役ティルが問う。「世界樹の露を求めているのか」。ヨーヘイが「はい」と答えると、ティルは告げる。「最後に世界樹の露を求めた者がいたのは、百年前だ」
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
エルフの国の、中まで、入りました。森の外から見たときは、ただの、でかい緑の壁でした。でも、中に入ったら、全然、違った。木の上に、人が、住んでる。木を切らないで、木と、一緒に、暮らしてる。ああいう生き方も、あるんですね。
飯は、肉が、一切、なかったです。木の実と、根っこと、草と、きのこと、蜜。それだけで、ちゃんと、食卓になってた。魔物の肉は、食わない。前に聞いたとおりでした。でも、おれは、あの食材を見て、手が、止まらなかった。あの青い実、脂に合います。絶対。
高台から、でかい木が、見えました。世界樹、っていうやつだと思います。ほかの木が、全部、子どもに見えるくらい、でかかった。フィンが、あの木を、じっと見てました。誰も、教えてないのに。あいつは、やっぱり、何か、知ってるんでしょうか。
それと、海が、見えました。……海ですよ、解析さん。魚も、貝も、いるって。……だめですね。景色を見てるはずなのに、頭が、勝手に、献立を組んでる。炭の前に、肉も、魚も、貝も、並べて。腹を空かせたやつが、好きなだけ食える店。……まだ、夢の話ですけど。
最後に、案内のエルフに、言われました。世界樹の露を求めた者は、百年前が、最後だって。
……百年。
軽い気持ちで、来たわけじゃ、ないです。でも、その数字を聞いて、少し、背筋が、伸びました。ルカの薬の、最後の一つです。簡単には、いかないんでしょう。
それでも、行きます。ここまで、来たんですから。
記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




