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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
5章 「治してもらう、はずだった。」

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第81話 エルフの国の、入口。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 森が、塞いでいた



 地下を出て、西へ、何日か歩いた。


 乾いた空洞の闇も、その手前の霧の湿地も、もう後ろだ。足元の土が、だんだん、黒く、湿ってくる。空気に、濃い緑の匂いが混じりはじめた。雨の匂いではない。葉と、樹皮と、苔と、生きている木そのものの匂いだ。


 その匂いが、ふいに、壁のように濃くなった。


 霧が晴れた先に、森があった。


 ただの森ではなかった。一本一本が、見上げても梢が見えないほど、太い。幹は、大人が何人も手を繋いでようやく回りそうなほど太く、それが、地平の端から端まで、隙間なく並んでいる。緑の壁だ。空の光は、その梢のずっと上で、葉に漉されて、地面まではほとんど届かない。森の奥は、昼だというのに、夕暮れのように、ほの暗かった。


 ヨーヘイは、これまで、いくつもの土地を見てきた。乾いた草原も、岩だらけの鉱山も、人で溢れた王都も。けれど、この森は、どれとも、違った。人の手が、一度も、入っていない。木が、木のまま、何百年も、ここに立っている。そういう、静けさだった。


ルカ:「……でっか」


 ルカが、口を開けて見上げた。地下の光を見上げて「早よ行こ」と言った、あの顔の続きだった。


ルカ:「ここが、エルフの国……?」


ヨーヘイ:「だと思います」


 ヨーヘイは答えた。解析が、視界の隅で、淡々と森の縁をなぞっている。境界。領域。人の手の入っていない、古い森。


 ふと、気づいた。


 ここ数日、街道に出てから、また、後ろに張りついていた気配が——森の縁に立った途端、ふつりと、たどれなくなった。森が、何かを、遮っている。


 リリアが、森を見て、一度だけ、目を細めた。何かを感じ取った顔だった。けれど、何も言わなかった。フードの下で、ただ、静かに森を見ていた。王都を発ってから、彼女はずっと、こうだ。後ろを振り返らない。


 フィンが、鼻を上げて、森の奥へ向けた。耳が、ぴんと立っている。


 ヨーヘイは、一歩、森へ踏み込んだ。



◆ 矢が、来た



 風が、鳴った。


 いや、風ではなかった。


 ヨーヘイの顔の、すぐ脇。すぐそばの幹に、一本の矢が、深々と、突き立っていた。羽が、まだ、細かく震えている。狙って、外したのだ。当てる気なら、当たっていた。そういう距離だった。


 全員が、止まった。


衛兵:「——ここから先は、エルフの領域だ」


 声は、上から降ってきた。


 梢の影から、音もなく、影が一つ、下りてくる。長い耳。銀色の、結わえた髪。細身で、背が高い。手には弓。次の矢を、もう、つがえている。若い。けれど、目だけが、ひどく、鋭かった。


衛兵:「余所者は、通さない」


 エルフは、弓を構えたまま、鼻先を、わずかに動かした。匂いを、嗅いだのだ。そして、目を、さらに細めた。


衛兵:「……お前たち、魔物の血の匂いをさせている。森に、その匂いを持ち込ませるわけにはいかない。引き返せ」


 矢が来た瞬間、リリアの指先で、白い光が、ちらりと、結びかけていた。矢を弾く、盾の形に。守りに入る、無意識の癖だ。


ヨーヘイ:「——抜くな」


 ヨーヘイが、低く、言った。


 リリアの指先の光が、ふっと、握り込まれて、消えた。彼女は、小さく、息を吐いた。


ルカ:「なんやねん、いきなり矢て」


 ルカが、前に出ようとした。槍の柄に、手がかかっている。


ルカ:「危ないやろ、当たったら——」


ヨーヘイ:「ルカ」


 ヨーヘイは、ルカの肩に、手を置いた。それだけで、ルカは、足を止めた。不満そうに、口を尖らせたが、槍からは、手を離した。


 エルフは、弓を下ろさない。一行が、武器に手をかけるか、引き返すか、それを、待っている目だった。どちらでも、対応できる。そういう、慣れた構えだった。


 ヨーヘイは、相手の目を見た。それから、その目の下を見た。


 うっすらと、隈がある。



◆ 火を、熾す



 ヨーヘイは、背負っていた荷を、ゆっくりと、下ろした。


 エルフの目が、鋭くなる。弓を引く指に、力がこもる。


 けれど、ヨーヘイが取り出したのは、武器ではなかった。


 火打ち石と、小さな鉄串と、布に包んだ、肉だった。


 その場に、しゃがみ込む。乾いた小枝を集めて、組む。火打ち石を、打つ。一度、二度。小さな火が、枯れ葉に移って、ふっと、立ち上がった。


衛兵:「……何の、つもりだ」


 エルフの声が、戸惑った。弓を、どう構えていいか、わからない、という戸惑いだった。剣を抜く相手なら、迷わない。逃げる相手なら、追う。だが、目の前で、火を熾しはじめる余所者には、構えの当てがない。


 ヨーヘイは、答えなかった。


 布を開き、肉を、串に刺す。深層で獲った、あの大きな獣の肉だ。脂の乗った、いいところを、薄く。臭みの強い表面の脂は、もう、外してある。獣くささというのは、たいてい、表面の脂と、血と、筋に、宿る。そこを丁寧に外してやれば、内側に残るのは、澄んだ、甘い脂だけだ。前の世界で、何度も、覚えたことだった。山で獲ったものを、食えるものに変える。手順は、世界が変わっても、同じだった。


 その澄んだ脂が、火に炙られて、じゅう、と、鳴った。


ヨーヘイ内心:(……国境だろうが、種族が違おうが、腹が減った相手に出すものは、変わらない。火を熾して、肉を焼く。それだけだ)


 脂が、滴る。火に落ちて、ぱち、と、爆ぜる。煙が、薄く、立つ。甘い匂いが、湿った森の空気に、ゆっくりと、染み出すように、広がっていった。緑と苔の匂いしかなかった森に、初めて、肉を焼く匂いが、混じる。場違いで、けれど、抗いがたい匂いだった。


 あの相手は、長い見張りで、疲れている。目の下の隈が、それを言っている。そして、腹を、空かせている。屋台に立っていれば、嫌でも、わかる。腹の減った人間の——いや、相手の、立ち方というものが、ある。肩が、わずかに落ちる。視線が、一瞬だけ、串の先を追う。本人は、気づいていない。誇りで、必死に、それを、抑え込んでいる。けれど、体は、正直だった。


 誇りの高い相手ほど、匂いには、弱い。背筋を伸ばして、「食べない」と言い切る相手ほど、その言葉が、自分の腹に、裏切られる。それを、ヨーヘイは、知っていた。誰かを、言い負かしたいわけではない。ただ、腹を空かせた者の前に、温かいものを、置く。それだけだ。


 解析が、視界の隅で、短く、告げた。


解析:「……相手の体温が、わずかに上がっています。呼吸が、速くなっています」


 空腹だ、と、数字が、ヨーヘイの目を、追認していた。


 フィンが、真っ先に、尻尾を振って、串へ寄ろうとした。


ヨーヘイ:「お前のは、後だ」


 ヨーヘイは、手で、フィンの鼻先を、軽く、押し戻した。フィンが、不服そうに、ぐるる、と、喉を鳴らして、座り直した。


ヨーヘイ内心:(……蓮なら、こういうの見たら、「ほら言ったろ」って、顔するんだろうな)


 あの子の顔が、一瞬、よぎった。火を見ながら、ヨーヘイは、串を、ひっくり返した。



◆ 一口だけだ



 肉が、焼けた。


 ヨーヘイは、立ち上がって、その串を、まだ弓を構えたままのエルフへ、まっすぐ、差し出した。


ヨーヘイ:「どうぞ。毒は、入ってません」


 エルフは、串を見た。それから、ヨーヘイを見た。弓は、まだ、下ろさない。


衛兵:「……エルフは」


 声が、固い。


衛兵:「エルフは、魔物の肉を、食べない。我々の食には、我々の、誇りがある。森の恵みだけで、生きてきた。魔物の死骸を口にするなど——」


 言葉が、途切れた。


 甘い匂いが、ちょうど、風に乗って、エルフの鼻先を、撫でていったところだった。


 喉が、こくり、と、鳴った。


 長い沈黙があった。エルフは、弓を構えたまま、自分の喉が鳴ったことに、明らかに、動揺していた。


衛兵:「……一口だけだ」


 ついに、片手が、弓から離れて、串を、受け取った。


 誇りを、傷つけないように、ほんの、端を。一口。


 噛む。


 止まった。


 顎の動きが、止まった。それから、ゆっくりと、また、動きはじめた。最初は、確かめるように。次は、味わうように。


 エルフの目が、見開かれた。何か、信じられないものを、食べてしまった、という顔だった。脂が、甘い。焦げた表面が、香ばしい。森の恵みの、淡く、清らかな味とは、まるで、違う。濃くて、力があって、腹の底に、まっすぐ、届く味だ。彼の中の、「魔物の肉は、汚れたもの」という、生まれてからずっと信じてきた言葉が、今、口の中で、その甘い脂と、香ばしさに、一枚ずつ、上書きされていく——その、最中の顔だった。


 喉が、また、鳴った。今度は、自分でも、抑えなかった。


 そして、彼は、何も言わずに、二口目に、手を伸ばした。


 もう、「一口だけ」とは、言わなかった。


 梢の上で、いくつもの気配が、動いた。見張りは、彼一人では、なかったのだ。木々の影の、いくつもの目が、いつのまにか、敵意ではなく、好奇の色に、変わっていた。匂いには、誰も、勝てない。


ルカ:「……エルフでも、落ちるんやな」


 ルカが、小声で、呆れたように、笑った。


 リリアが、ほっと、肩の力を抜いたのが、フードの上からでも、わかった。剣も、光も、抜かずに、済んだ。


 エルフは、串を食べ終えると、しばらく、黙っていた。串の先を、名残惜しそうに、見ていた。それから、ばつが悪そうに、その串を、懐へしまった。捨てる気には、ならなかったらしい。


 それから、弓を、完全に、下ろした。


衛兵:「……通れ」


 ぶっきらぼうに、そう言った。


衛兵:「お前たちの目的は、知らん。だが、森を荒らさないなら、通っていい。……案内は、つけてやる。森は、案内なしで歩けば、迷う。よそ者は、必ず、迷う」


 言い訳のように、そう、付け足した。本当は、ただ、もう少し、あの匂いの出どころのそばに、いたかっただけなのかもしれない。ヨーヘイは、それには、気づかないふりをした。



◆ どこから来た



 一行が、森の中へ、足を踏み入れる。


 その間際だった。


 フィンが、とことこと、エルフの足元へ、近づいていった。そして、見上げた。


 エルフが——いったん解いた警戒を、その時だけ、もう一度、別の種類の鋭さで——フィンを、見下ろした。


 梢の他のエルフたちも、なぜか、フィンから、目を離せずにいる。獣を見る目とも、従魔を見る目とも、違う。もっと、奥のものを、覗き込もうとするような、目だった。


衛兵:「……一つだけ、聞く」


 エルフが、言った。


ヨーヘイ:「何ですか」


 ヨーヘイが、振り返る。


 エルフは、ヨーヘイを見なかった。フィンを、見ていた。


衛兵:「……あなたの従魔は、どこから来た」


 フィンが、エルフの目を、じっと、見ていた。


 いつもの「キュウッ」も、唸りも、なかった。


 ただ、見返していた。


 鳴かなかった。



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【第81話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(交渉の回・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし(交渉の回。戦闘・解体・新しい料理の発見はなし=前話の獣肉を供する。解体17・料理99・瞬歩27・二刀流35・採取59・収納45・従魔契約30=据え置き)


▼ 本話の収支

・収入:なし(国境につき屋台売上なし)

・支出:なし(野営・関門につき宿代なし)

・本話終了時手持ち:15,821枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・大型の獣の肉の一部を、関門での一皿に使用

・各魔石・装甲・厚い毛皮・各換金待ちの品・布に包んだ小さな品は継続保持。レア鉱石はドンネ預かり


▼ 本話の出来事

・深層を出て西へ進み、エルフの森の国の境に到達。見上げるほどの巨木が壁のように連なる

・森の縁に立つと、街道で再びたどれていた追っ手の気配が、ふつりと途切れる

・一歩踏み込んだ瞬間、矢が一本、ヨーヘイの脇の幹に突き立つ。国境衛兵のエルフが現れ、余所者を——とりわけ魔物の血の匂いをさせる者を——通さないと告げる

・ルカが食ってかかりかけるが、ヨーヘイが制す。リリアは矢への反射で結びかけた聖光を、抜かずに収める

・ヨーヘイは武器を収め、その場で火を熾す。長い見張りで疲れ、腹を空かせた衛兵の前で、静かに肉を焼く

・エルフは「魔物の肉は食べない」と言うが、立ち上る匂いに喉が鳴り、「一口だけだ」と串を取る。一口で止まり、無言で二口目に手を伸ばす

・梢の見張りたちの目も、敵意から好奇に変わる。衛兵は弓を下ろし、一行の通行と、国への案内を認める

・去り際、衛兵がフィンを見て「あなたの従魔は、どこから来た」と問う。フィンは衛兵の目をじっと見たまま、鳴かなかった


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 エルフの国の、入口に、着きました。でかい森でした。木の一本一本が、見上げても、てっぺんが見えない。ああいうのを、本物の森って、言うんでしょうね。


 いきなり、矢が飛んできた時は、さすがに、肝が冷えました。当てる気なら、当たってた。あれは、わざと外したやつです。腕のいい、見張りでした。


 でも、目の下に、隈があった。腹も、空かせてた。だから、剣じゃなくて、火を熾しました。エルフは魔物の肉を食わない、って言われましたけど。……前に一度、誇り高いエルフの狩人が、おれの焼いたものに、負けたのを、見てます。だから、迷いませんでした。匂いには、勝てないんです。誰だって。


 一口だけだ、って言って、二口目に手を伸ばした時の、あの人の顔。あれを見るために、おれは、焼いてるのかもしれません。種族が違っても、国が違っても、変わらない。腹が減った相手に、まず、一口。それだけです。


 ……最後に、妙なことを、聞かれました。フィンが、どこから来たのか、って。エルフたちが、フィンを見る目が、おかしかった。獣を見る目じゃ、なかった。


 フィンは、鳴きませんでした。あいつが、あんなに、静かにしてるの、初めて見ました。


 ……あいつは、どこから来たんでしょうね。おれも、よく、知らないんです。


 記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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