第78話 ゴタゴタが、終わった。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ もう一度、広場で
翌日の中央広場は、また、あの嫌な熱気に、満ちていた。
昨日と、同じ顔ぶれだった。石を組んだ高い壇。その上の、仕立てのいい外套のバルゼ卿。壇の下には、みすぼらしい身なりの男が、また、わっと泣き崩れてみせている。違うのは、ヴェルナが、もう壇上に晒されてはいないことだった。彼女は、護衛に挟まれて、壇の脇に、立たされていた。
被害者の男:「あの女の薬で、うちの女房は……っ。あんな、苦しんで……っ」
群衆が、どよめく。昨日、ヨーヘイの煙でいったんはほどけた怒りが、ひと晩で、また固め直されていた。バルゼ卿は、それを確かめるように、ゆっくりと、群衆を見渡している。今日こそ、皆の前で、決着をつける。そういう、顔だった。
ヨーヘイは、人垣の、いちばん外にいた。
ヨーヘイ:(……土俵は、向こうのものだ)
昨日、決めた。やる、と。だが、相手の作った舞台に、こちらから踏み込むのだ。うまく転がる見込みは、半分。下手を打てば、ヴェルナごと、潰される。
それでも、ヨーヘイは、一歩、踏み出した。人垣を、肩で割って、前へ。昨日までは、見上げるばかりだった壇の下へ、自分から、進み出ていく。
ルカ:「……ヨーヘイ。ほんまに、やるんやな」
ルカが、声をひそめた。怯えてはいなかった。腹をくくった男の背を、見送る声だった。リリアが、半歩、前に出て、ヨーヘイの斜め後ろに、身を置いた。フードの下の目が、冷えている。とっ、とフィンが、人の足の間を駆け抜けて、壇の脇のヴェルナの足元へ、先に陣取った。
ヴェルナが、こちらに気づいた。来たのか、という顔と、巻き込むな、という顔が、半分ずつ。
群衆の一人が、ヨーヘイを見て、声を上げた。
群衆の声:「……おい、あいつ。昨日、ここで肉を焼いてた男だ」
ざわ、と、視線が集まる。昨日、この広場の空気をひっくり返した男。その顔を、覚えている者が、いた。
◆ どう、死んだ
ヨーヘイは、泣いている男の、正面に立った。
ヨーヘイ:「一つだけ、教えてください」
よく通る声で、ヨーヘイは、言った。屋台で、雑踏の向こうの客にまで届かせてきた、その声で。
ヨーヘイ:「あんたの女房さんは、どんなふうに、亡くなったんですか。詳しく、聞かせてください」
男の肩が、びくりと、跳ねた。
被害者の男:「ど……どんなって……血を吐いて、もがいて、苦しんで……っ」
ヨーヘイ:「いつです。薬を飲んで、どれくらいで、そうなった。薬は、どんな色で、どんな匂いでしたか。誰から、受け取った」
矢継ぎ早に、問う。男の口が、開いて、閉じた。暗記してきた台詞の、外だった。すらすらと流れていた言葉が、そこで、つかえる。男の目が、泳いだ。そして、ちらり、と壇の上の、バルゼ卿を、見上げた。次は、何と言えばいい。そう、指示を、求める目だった。
ヨーヘイは、その顔を、じっと、見ていた。屋台の炭火の前で、何百という客の顔を、見てきた目で。本当に身内を亡くした人間は、こんな目は、しない。問われれば、言葉にならずに、ただ、うつむく。次の指示を、誰かに、仰いだりは、しない。この男の悲しみには、いちいち、出どころが、あった。
ヨーヘイ:(解析さん)
解析:「……照合します。男の語った経過――血を吐き、もがき、急に発症する。……ヴェルナさんの調合し得る薬物の作用とは、一致しません」
ヨーヘイは、その事実を、胸の奥で、握りしめた。そして、壇の脇の、ヴェルナへ、顔を向けた。
ヨーヘイ:「ヴェルナさん。あんたの薬で、人は、その死に方を、するんですか」
ヴェルナが、ゆっくりと、顔を上げた。憔悴の底にあった目に、奥の光が、戻ってくる。彼女は、群衆の全員に聞かせるように、嗄れた声を、張った。
ヴェルナ:「……しないね。私の薬は、そんな雑な殺し方は、しない。血を吐いて、もがいて――それは、薬の死に方じゃない。安い毒か、傷んだ物を食ったときの、死に方さ。私の処方じゃ、逆立ちしたって、出ない」
◆ 空気が、変わった
壇の下の男は、もう、泣いてはいなかった。
次の台詞を、待っていた。けれど、それを授ける声は、壇の上から、降りてこない。バルゼ卿の頬が、わずかに、こわばっていた。
群衆の声:「……おい。あの男、さっきから、上ばっかり見てねえか」
群衆の声:「言われてみりゃ、涙も、乾いてやがる」
固め直された怒りが、また、ほどけていく。今度は、煙ではなかった。男自身の、こわばった頬と、泳ぐ目が、皆の前で、嘘の辻褄を、崩していた。
壇の脇に控えていた、薬院の徽章をつけた男の一人が、隣の者に、小声で、けれど、近くには届く声で、漏らした。
薬院の者:「……確かに。あの症状は、調合薬のものでは、ない」
後ろ盾より、保身。潮目が、変わった音だった。
バルゼ卿:「……黙れ。部外者が、口を、挟むな」
バルゼ卿が、初めて、声を荒げた。脇の護衛が、柄に手をかけ、ヨーヘイへ、一歩、踏み出す。すかさず、リリアが、半歩、その間に体を入れた。何も言わない。ただ、退かない。護衛の足が、止まった。
だが、空気は、もう、戻らなかった。一度ほどけた群衆の興は、二度と、あの一点には、固まらない。バルゼ卿も、それを、誰より早く、悟ったようだった。この見世物では、分が悪い。その打算が、彼の顔から、芝居の熱を、消した。
バルゼ卿:「……今日は、ここまでと、しよう」
体面だけを、丁寧に畳んで、彼は、壇を、降りた。書記が、これ見よがしに掲げていた証文を、そっと、下ろした。雇われた男は、いつのまにか、人波に、紛れて消えていた。
ヴェルナの腕の中に、とっ、と、小さな影が、飛び込んだ。
フィン:「キュルルッ」
危機が去ったのを、体ごと、喜ぶように。ヴェルナが、今度は、ためらわずに、その背を、抱きとめた。
◆ 一皿
差し押さえの貼り紙は、その日のうちに、剥がされた。
火を落とされていた薬房の竈に、また、火が入った。ヴェルナは、ひとつだけ残った椅子に、深く、腰を下ろしていた。広場で張っていた背筋が、ここでは、ほどけて、丸まっている。勝ったのに、彼女の顔は、ただ、ひどく、疲れていた。
ヨーヘイは、その竈の火を借りて、魔石七輪を、据えた。
収納から、街道で仕留めた羊――ツノヒツジの、脂ののった肉を、取り出す。脂の多い部位を、薄く切り、塩を、軽く当てた。熱した鉄板に、置く。じゅう、と脂が爆ぜて、白い煙が、立ちのぼった。羊特有の、少し癖のある脂が、火に炙られて、その癖を、甘い香ばしさに、変えていく。返して、もう一度。縁が、きつね色に、縮れた。
残りの肉は、骨ごと、小鍋に。薬房の隅に転がっていた屑野菜と、乾いた薬草を、ほんの一つまみ、放り込んで、ことこと、煮る。やがて、澄んだ汁に、肉の旨みと、薬草の、ほのかな苦みが、溶け出した。それを、欠けた椀に、注ぐ。湯気が、薬と硫黄の匂いだけが染みついていた部屋に、肉と、塩と、薬草の匂いを、ゆっくりと、混ぜていった。
ヨーヘイ内心:(……人に、飯を食わせる。それが、おれの、やりたかったことだ)
焼けた一切れと、湯気の立つ椀を、ヨーヘイは、ヴェルナの前に、置いた。
ヴェルナ:「……あんた。私は、報酬を払えるような、身分じゃ、ないよ」
ヨーヘイ:「金の話じゃ、ありません。腹、減ってるでしょう。食べてください」
ヴェルナは、しばらく、その椀を、見ていた。それから、薬種で染まった手で、ぎこちなく、それを、持ち上げた。
ヴェルナ:「……いつ最後に、まともに食べたか。思い出せ、ないね」
一口、すすった。喉を、熱いものが、通っていく。湯気が、こけた頬を、下から、撫でた。
その手が、止まった。
万人を生かす薬を造れる女が、自分の腹だけは、ずっと、後回しにしてきた。誰かの体を案じることはあっても、案じられることには、慣れていない。食わず、眠らず、根をかじるように、生きてきた。その女が、今、当たり前のように差し出された、一杯の熱に、言葉を、失っていた。
隈の濃い目の縁が、ほんの少し、潤んだ。彼女は、それを隠すように、また、深く、椀に口をつけ、焼けた一切れを、小さく、口に運んだ。噛むたびに、羊の脂が、じゅっと、滲む。今度は、止まらなかった。空腹だった、と気づいた者の食べ方だった。
ヨーヘイ内心:(……蓮が生きてたら、きっと、おれより先に、この人に、飯を食わせてた)
とっ、とフィンが、ヴェルナの膝に、頭を乗せる。ニナが、泣き笑いの顔で、自分の分の椀を、両手で、受け取っていた。
◆ 行きます
椀が空になる頃には、ヴェルナの背に、少しだけ、力が戻っていた。
ヴェルナ:「……助かったよ。借りは、薬で、返す。約束は、守る。そういう女さ、私は」
彼女は、ルカを、ちらりと見た。診る者の目だった。
ヴェルナ:「あんたの体に、巣くってるもの。あれを断つ薬は、造れる。私になら、ね。……ただし」
そこで、彼女は、言葉を、切った。
ヴェルナ:「どうしても、足りない素材が、ある。世界樹の露。それが、要る」
ルカ:「世界樹の……露?」
ヴェルナ:「エルフの国の、世界樹からしか、採れない。この国の薬屋が、誰も、エリクサーを造れないのは、腕のせいじゃ、ない。その一滴に、手が届かないからさ」
薬房に、短い、沈黙が、落ちた。
ヴェルナ:「……エルフの国への道は、険しいよ」
ルカ:「エルフの国……ほんまに、行くん?」
ルカの声が、揺れた。自分の薬のために、皆を、こんな遠くまで連れて行くのか、という、ためらいの声だった。
その隣で。
リリア:「……行きます」
リリアが、即答した。
迷いも、間も、なかった。まるで、その答えだけは、ずっと前から、決まっていたかのように。ヨーヘイは、その横顔を、見た。いつも、口数の少ない彼女が。考えるより先に、答えを、出していた。
ヨーヘイ:(……リリアが、即答した)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第78話 リザルト&ステータス】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・変動なし(対峙と決着の回。ヴェルナへの一皿は手慣れた手順での調理。戦闘・解体・新しい料理の発見はなし)
▼ 本話の収支
・収入:なし(決着の見返りは金銭でなく、エリクサー調合の約束)
・支出:王都の宿(三人・もう一泊)=180枚
・本話終了時手持ち:15,821枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・街道で仕留めた羊の肉の一部を、薬房での一皿に使用(残りの各部位・羊毛・C魔石・装甲・各換金待ちの品は継続保持)
▼ 本話の出来事
・翌日、バルゼ卿が改めて開いた公開の糾弾の場(中央広場)へ、ヨーヘイたちから踏み込む。固め直された群衆の怒りの中、ヨーヘイが自ら壇の下へ進み出る
・ヨーヘイが被害者役の男に「女房はどう死んだのか」を具体的に問い直す(いつ・薬の色と匂い・誰から受け取ったか)→男が暗記台詞の外を突かれてつかえ、次の指示を求めてバルゼ卿を盗み見る=雇われた嘘が露呈
・ヨーヘイの求めで、ヴェルナが薬学の事実を群衆に告げる=「私の薬では、その死に方はしない。安い毒か、傷んだ物を食った死に方だ」=動かせない事実
・群衆の作られた怒りが裏返る。「あの男、上ばかり見ている」「涙も乾いている」。薬院の者の一人が潮目を読み、小声で「あの症状は調合薬のものではない」とヴェルナの言を裏づける(後ろ盾より保身)
・バルゼ卿が「黙れ、部外者が」と力で抑えにかかり護衛が動く→リリアが半歩遮る→だが空気は戻らず、バルゼ卿は「今日はここまで」と体面を保って退く(叩き潰さず・遺恨は残す)。書記が証文を下ろし、雇われた男は人波に消える
・フィンがヴェルナの腕に飛び込み、ヴェルナがためらわず抱きとめる
・その日のうちに差し押さえの貼り紙が剥がされ、薬房の竈に火が戻る=ゴタゴタの決着
・ヨーヘイが消耗しきったヴェルナに温かい一皿(ツノヒツジの焼き一切れと汁物)を出す。「いつ最後にまともに食べたか思い出せない」と一口すすったヴェルナの手が止まる=万人を生かして自分だけ生かせなかった天才が、初めて生かされる側に
・ヴェルナが約束を守ると告げる=ルカの薬は造れる。ただし「世界樹の露」が要り、それはエルフの国の世界樹からしか採れないと判明
・末尾:ヴェルナ「エルフの国への道は険しい」→ルカ「ほんまに、行くん?」→リリアが迷いなく「行きます」と即答→ヨーヘイ(リリアが、即答した)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
ゴタゴタが、終わりました。
昨日の続きで、もう一度、あの広場に行きました。今度は、見ているだけじゃなく、自分から、壇の下に出ました。泣いていた男に、女房はどう死んだのか、詳しく訊いただけです。薬の色、匂い、誰から受け取ったか。暗記してきた台詞の外を訊かれると、あの男は、つかえて、上ばかり見ていました。次は何を言えばいいか、指示を待つ目でした。あれを見れば、もう、誰だって分かる。法でも、剣でもない。嘘ってのは、辻褄が合わないんです。
ヴェルナさんが、薬の事実を、皆の前で言ってくれました。あの死に方は、自分の薬じゃ起こらない、と。それで、空気が、ひっくり返りました。バルゼ卿は、退きました。たぶん、根に持つでしょう。あの手の人は。でも、今日のところは、終わりました。
薬房に戻って、ヴェルナさんに、飯を出しました。あの人、自分のことだけは、ずっと後回しにして生きてきた人です。一口食べて、手が止まっていました。……人に飯を食わせるのが、おれのやりたかったことです。あれで、よかったんだと、思います。
ルカの薬は、造れるそうです。ただ、世界樹の露ってのが、要る。エルフの国まで、行かないと、手に入らない。遠い道です。険しいって、ヴェルナさんも言っていました。
それでも、行きます。リリアが、即答しました。あいつが、あんなに早く、何かを決めるのは、珍しい。……それも、少し、気にかかります。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




