第36話『結果と、残るもの』
審査員席に、まだ鉛筆は落ちていなかった。
誰も、すぐに書かない。
皿は空。
フォークも置かれている。
それでも――終わっていない。
「……あのいちご、なんだった?」
一人が、ぽつりと呟く。
「最初は普通だったのに」
別の審査員が、少し眉を寄せる。
「飲み込んだ後に、残る」
誰も名前は出さない。
でも、全員同じものを思い出している。
「……ただ」
一人が、ペンを回しながら言う。
「入口が弱い」
沈黙。
「点数としては、伸びないな」
その一言で、空気が切り替わる。
評価と記憶は、別物。
紙が配られる。
基準は変わらない。
完成度。
再現性。
安定性。
インパクト。
全員が、静かに書き込む。
やがて。
「……これでいきましょう」
紙が、揃った。
会場。
全員が、立っていた。
空気が張り詰める。
「銅賞――相良仁花」
一瞬の間。
仁花が、口の端を上げる。
「まあ、悪くねえ」
軽く肩を回す。
悔しさはある。
でも、折れてはいない。
「銀賞――宇良彩葉」
小さく、息を吐く音。
彩葉は目を細めた。
「入口、通ったやろ」
誰にも聞かせるでもなく。
ただ、自分に確認するように。
「同じく銀賞――畠山調」
調は、動かない。
「……そう」
それだけ。
結果も、土の一部みたいに受け止める。
「技術賞――蔵本澪」
「審査員特別賞――蔵本澪」
ざわり、と空気が揺れた。
W受賞。
澪は、ほんの少しだけ視線を落とす。
「……設計は、間違ってない」
言葉は静か。
でも、その奥にあるものは分かる。
届いていない部分も、理解している。
一瞬。
すべての音が、消える。
「金賞――京極綺羅」
誰も、驚かない。
当然の結果。
綺羅は、静かに一礼する。
無駄がない。
最初から最後まで。
完成されている。
そして――
一拍。
「入賞――紅野いちか」
静かだった。
歓声もない。
落胆もない。
ただ、結果だけがそこにある。
いちかは、ゆっくりと目を閉じた。
(……届かんかった)
胸の奥で、言葉が落ちる。
でも。
涙は出なかった。
(分かっとる)
目を開ける。
(まだ、途中やけん)
前を見る。
発表が終わり、人が流れ出す。
控室。
「……紅野のいちご」
一人の審査員が、ぽつりと言う。
「忘れられないな」
別の審査員が、苦笑する。
「点は低いが……印象は強い」
「完成したら、怖いな」
評価には乗らない。
でも。
確実に、残っている。
会場の外。
人が少なくなった頃。
「あなた」
声。
いちかが振り向く。
京極綺羅。
一拍。
風が、少しだけ動く。
「……残るわね」
静かな声。
いちかの目が、わずかに揺れる。
「入口は未完成」
言葉は、柔らかい。
「でも、その先は本物」
胸の奥に、落ちる。
「繋げなさい」
「入口から、余韻まで」
一歩、すれ違う。
「それができたら――」
ほんの少しだけ、振り返る。
「私に届く」
そのまま、去っていく。
いちかは、動かない。
ただ、その背中を見る。
外に出ると、声が飛んできた。
「お前、変なとこで刺しよるな」
仁花が笑う。
「入口、貸してやろか?」
彩葉が肩をすくめる。
「繋げるなら、設計いるよ」
澪が、淡々と言う。
「土はもう嘘つかん」
調が、短く言う。
全員が、それぞれの答えを持っとる。
そして――
差し出してくる。
いちかは、空を見上げた。
夕焼け。
赤が、ゆっくり沈んでいく。
(残るだけじゃ、勝てん)
(でも――)
手を握る。
(これが、答えやけん)
小さく、息を吐く。
「……繋げる」
その一言で。
何かが、決まった。
味は、最後に残る。
でも。
届かなければ、始まらない。
入口。
余韻。
全部、繋げる。
それが――
「次の戦いやけん」
夕焼けが、静かに沈んでいく。
戦いは、終わっていない。




