第34話『入口で殺す』
会場に入った瞬間、空気が違った。
白い机が並び、整然と箱が置かれている。
光は均一。温度も一定。
なのに――重い。
静かなはずなのに、ざわついとる。
(……なんこれ)
紅野いちかは、箱を抱えたまま立ち止まった。
視線が飛び交う。
声は小さいのに、気配が強い。
(もう始まっとる)
まだ審査も始まっとらんのに、
ここはもう戦場やった。
受付を済ませ、配置へ。
自分の箱を置く。
赤が並ぶ。
揃えた実。
削りきった数。
息を吐く間もなく――動きが起きた。
一人の審査員が歩く。
その足が、ある列で止まった。
宇良彩葉の前。
触れてない。
まだ、何もしてない。
なのに。
「……これ、美味そうだな」
誰かが、ぽつりと言った。
いちかの背中に、ぞわっとしたものが走る。
(食ってもないのに)
彩葉は振り返らない。
ただ、口元だけが少し動いた。
「いっちゃん、見とき」
小さな声。
「これが“入口”たい」
箱の中
バラの花びらがクッションになってる。
高さが揃っとる。
でも、ただ揃っとるだけじゃない。
光が流れよる。
隙間が“抜け”になっとる。
ほんのり、バラの香りが上がる。
“食べる前に、もう美味い”。
それを、作っとる。
(これが……入口)
次に視線が流れる。
蔵本澪の列。
一瞬で分かる。
(異常ばい)
粒が全部同じ。
大きさ、形、ツヤ。
傷が一つもない。
揃っとるんやない。
“完全一致”しとる。
審査員の指が、思わず触れる。
「……精度が異常だな」
澪はしゃがみ込み、箱を見たまま呟く。
「これは設計やけん」
感情がない。
ただ、結果だけがある。
“菌で揃える”領域。
(ここまで凄いと……)
いちかの喉が、少し乾いた。
そして――
自分の列に、視線が来る。
足が止まる。
審査員の手が、わずかに止まる。
「……なんだこれ」
別の審査員が言う。
「違和感がないな」
もう一人。
「いや……ありすぎる」
いちかの箱。
数は少ない。
でも――
揃っとる。
大きさでもない。
形でもない。
“リズム”。
一粒、一粒が、同じ“タイミング”で並んどる。
視線が滑る。
止まらない。
でも――引っかかる。
(いける)
心臓が一つ、大きく打つ。
(揃っとる)
その時。
ドン、と音がした。
空気が揺れる。
相良仁花の箱が置かれた音。
デカい。
とにかく、デカい。
赤が“塊”みたいに並んどる。
一目で分かる。
(強い)
審査員が笑う。
「これは……食べ応えありそうだな」
仁花がニヤッと笑う。
「見た目から腹いっぱいやろ」
圧。
食う前に、満足感が来る。
(これも……入口)
その流れの中で。
静かに置かれた箱。
畠山調。
一見、普通。
でも――
誰も、引っかからない。
通り過ぎる。
……はずなのに。
審査員が、戻る。
「……これ、全部ちょうどいいな」
甘すぎない。
軽すぎない。
重すぎない。
“何も気にならない”。
完璧すぎて、違和感がない。
調が、静かに言う。
「土は嘘つかん」
その言葉に、余計なものが一切ない。
(全部、違う……)
いちかは、周りを見る。
全員、違う強さで殴ってきよる。
その中で――
最後に、空気が変わった。
京極綺羅。
誰も何も言わん。
でも。
空気が、静かに沈む。
竹箱の中。
赤が深い。
光が柔らかい。
完成されとる。
審査員が、触れる前に言う。
「……これは、来るな」
経験が、先に答えを出しとる。
綺羅が、いちかを見る。
一瞬。
「……堆肥を工夫したのね」
静かな声。
全部、見抜いとる。
いちかは、わずかに笑う。
「あなたのおかげで」
一拍。
綺羅の口元が、ほんの少し動く。
「いい判断」
そのまま、続ける。
「見た目の入口は悪くないわ」
間。
「でも、それだけじゃ届かない」
言葉は柔らかい。
でも――
重い。
(……分かっとる)
いちかは、箱を見る。
自分のいちご。
揃っとる。
でも。
(削られとる)
まだ、何も食われてないのに。
もう、勝負は始まっとる。
(まだ足りん)
静かに、拳を握る。
その時。
審査員の声が響く。
「一次審査、通過候補を選定します」
一瞬で、空気が張り詰める。
誰も動かない。
音もない。
ただ――
待つ。
いちかは、目を閉じた。
さっき食べた一粒を思い出す。
飲み込んで。
遅れて来て。
残る味。
(これが答えやけん)
目を開ける。
(来い)
静かに、前を見る。
「次ばい」




