表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金賞いちご  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/37

第33話『持ち込む強さ』

品評会当日の早朝のハウスは、まだ冷えていた。


 ビニール越しの光が、やわく差し込む。

 その中で、紅野いちかは黙って手を動かしていた。


 赤い実を、一つずつ取る。

 見る。

 置く。


 箱の中に並んでいくのは、揃った実だけ。


 ――少ない。


 見なくても分かる。

 分かっとるけど、手は止めん。


 後ろで、母が静かに数えよった。


「……規定、ギリやね」


 その一言で、空気が止まる。


 いちかは何も返さず、次の実を手に取った。


 


 少しだけ、小さい。


 色はある。重さもある。

 でも――どこか、ズレとる。


 揃っとらん。


 じっと見る。


 ほんの一瞬、迷いがよぎる。


 入れれば、数は安定する。

 外せば、ギリギリになる。


 指に、少しだけ力が入る。


 ――そっと、戻した。


「これ、入れん」


 短く言う。


 母は何も言わなかった。

 ただ一度、うなずいた。


 


「削りきったな」


 後ろから、相良仁花の声。


 振り返らずに分かる、あの笑い方。


「なら文句ねぇやろ」


 軽い声。

 でも、その奥はちゃんと見とる。


 いちかは、小さくうなずいた。


 


「菌も揃っとる」


 蔵本澪がしゃがみ込んで、箱の中を覗く。


「後は……崩れんかだけ」


 理屈の顔じゃない。

 これは、賭けに入っとる顔。


 分かっとる。

 全部、ギリ。


 


 畠山調が、箱を一つ持ち上げた。


 重さを測るみたいに、静かに。


「総合点では不利」


 はっきり言う。


 でも、間を置いて続けた。


「……でも、評価軸は揺らせる」


 


 その時だった。


「入口、弱い」


 宇良彩葉の一言。


 全員の手が止まる。


 


 彩葉はもう動いとった。


 箱を引き寄せる。


 並びを崩して、組み直す。


 向き。

 高さ。

 間隔。


 ほんの数ミリ、数センチ。


 でも、空気が変わっていく。


 


「数が少ないなら、“揃い”で勝つ」


 手を止めずに言う。


「見た瞬間に、“あ、違う”って思わせる」


 


 いちかは、それを黙って見よった。


 箱の中。


 赤が、揃っていく。


 数じゃない。

 “質の並び”。


 


「……これでよか」


 ぽつりとこぼす。


 


 準備は終わった。


 


「怖か?」


 母の声。


 


 いちかは、少しだけ笑った。


「怖かよ」


 正直に言う。


 間を置いて、


「でも、もう迷わんばい」


 


 箱を車に積む。


 揺れんように、きっちり固定する。


 揃えたものを、崩さんために。


 


 走り出す。


 


 車の中は、静かやった。


 誰も喋らん。


 ただ、エンジンの音だけが続く。


 


 いちかは箱から一粒取った。


 赤い実。


 それを、口に入れる。


 


 ――甘い。


 すぐ来る。


 迷いのない甘さ。


 


 飲み込む。


 


 ……一瞬、静かになる。


 


 そのあと。


 ふっと、来る。


 


 夕焼けみたいに。


 遅れて、広がる。


 


 そして――残る。


 


 目を閉じる。


 


(これでよか)


 


 ゆっくり、息を吐いた。


 


 会場が見えてくる。


 人、人、人。


 空気が、重い。


 


 車を降りる。


 箱を持つ。


 


 視線が、刺さる。


 


 前と同じ場所。


 でも、違う。


 


 並んどる。


 


 相良仁花。

 前よりでかい箱を抱えとる。


 蔵本澪。

 クーラーボックスを静かに運ぶ。


 畠山調。

 寸分の狂いもない規格箱。


 宇良彩葉。

 美しいパッケージ。


 


 そして――


 


 京極綺羅。


 


 静かに立っとる。


 何もせんでも、そこにおるだけで空気が変わる。


 


 一瞬、目が合う。


 


「……減らしたのね」


 綺羅が言う。


 静かに。

 でも、全部見抜いとる声。


 


 いちかは、ほんの少しだけ笑った。


「揃えた」


 


 一拍。


 


 綺羅の口元が、わずかに動く。


「いい判断」


 


 それだけ。


 


 でも、十分やった。


 


 受付に進む。


 箱を差し出す。


 


 係員が確認する。


 


「規定数、確認します」


 


 時間が、少しだけ伸びた気がした。


 


 ……カチ、カチ、と数える音。


 


 一瞬の間。


 


「……問題ありません」


 


 その一言で、空気が戻る。


 


 いちかは、ゆっくり息を吐いた。


 


 胸の奥にあったものが、少しだけ落ちる。


 


 でも――


 


(足りんまま、来た)


 


 分かっとる。


 


(でも)


 


 箱の中の赤を思い出す。


 あの揃い。


 あの味。


 


(これが答えやけん)


 


 静かに、前を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ