表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金賞いちご  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/37

第31話『止める位置』

朝。


ハウスは、静かだった。


ビニール越しの光が、やわらかく畝をなぞる。


葉は揃っている。


色も、ツヤも、完璧に見える。


――順調。


誰が見ても、そう言う。



いちかは、立ったまま見ていた。


しゃがまない。


触らない。



「……分からん」



小さく、こぼれる。



昨日までなら、分かった。


舌で、葉で、匂いで。


どこが良くて、どこがズレているか。



でも今は。



“見えているのに、分からない”



その違和感だけが、残る。



足音。



「見た目は優等生やな」



仁花が入ってくる。


迷いなく、畝にしゃがみ込む。



そのまま、土に手を突っ込む。



崩す。



一瞬で、表情が変わる。



「……昨日よりバラけとる」



澪も寄る。


同じように掘る。



「え……ほんとだ」



指先に絡む細い根。


白い菌糸。



「菌の付き方もズレとる…」



別の株。



まっすぐ深く。



隣。



横へ逃げる。



さらに隣。



ほとんど動いていない。



「同じ条件やのに…」



澪の声が揺れる。



彩葉が、畝の上から覗く。



「見た目は完璧やけどね〜」



いちかは動かない。



「それが一番怖い」



空気が、少し重くなる。



足音がもう一つ。



調。



無言で畝に降りる。


土をすくう。


握る。



「止めるっていうのは」



一拍。



「均一にすることじゃない」



全員が、止まる。



ほろり、と土が崩れる。



「“揃う場所を決める”こと」



その言葉が、静かに落ちる。



いちかの目が、わずかに動く。



調は続ける。



「根は自由に伸びる」



一拍。



「でも、人間は“終わり”を決められる」



沈黙。



仁花が腕を組む。



「で、どうすんの」



調は、指を三本立てる。



「方法は3つ」



「① 水を入れて揃える」



「強制的に寄せる。浅くなる」



「② 乾かして揃える」



「深さで揃う。弱い株は死ぬ」



「③ 何もしない」



「自然任せ。バラつきが固定される」



空気が割れる。



「②やな」



仁花、即答。



「①の方が安全やろ…」



澪、迷う。



「③はブランド的に怖いね〜」



彩葉、軽く言う。



全員、バラバラ。



いちかは、黙る。



畝を見る。



「……全部、正しい」



ぽつり。



誰も否定できない。



正解が、一つじゃない。



その現実が、重く沈む。



いちかはポケットからノートを出す。



父の字。



“リン酸で止まる”



指でなぞる。



「……止めきれてなかった」



小さく、言う。



父は、届かなかった。



止める場所を、決めきれなかった。



沈黙。



昼が過ぎる。



夕方。



ハウスに、誰もいない。



いちか一人。



ホースを持つ。



蛇口に手をかける。



止まる。



畝を見る。



昨日と同じ。



でも違う。



見えない下で、動いている。



手を、突っ込む。



初めて。



舌じゃない。



“手”で読む。



土の温度。


湿り。


粒の崩れ方。



根の方向。



「……深い方に行きたがっとる」



ぽつり。



顔を上げる。



遠くを見るように。



「なら」



一歩、踏み出す。



ホースを、下ろす。



蛇口から、手を離す。



水は、出ない。



静寂。



「弱いのは、置いていく」



その言葉は、小さい。



でも、重い。



背後。



「捨てたな」



仁花。



いつの間にか、立っている。



いちかは振り向かない。



「違う」



一拍。



「揃えにいった」



空気が変わる。



調が、わずかに頷く。



「いい判断」



澪が、不安そうに口を開く。



「でも…減るよ?」



いちかは、前を見る。



「減ってもいい」



一歩、踏み出す。



「味が揃うなら」



誰も、何も言わない。



風が、通る。



葉が揺れる。



水は入らない。



でも。



土の奥。



見えない場所で。



根が、下へ。



迷いながら。



選びながら。



揃い始める。



まだ、予感。



まだ、途中。



それでも。



確かに、動いている。



止めるとは、


与えないことじゃない



終わりを決めること



夕焼けが、ハウスを染める。



その色は、まだ土の中。


見えないまま、


形になろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ