表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金賞いちご  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/37

第28話『優しすぎる土』

定植から、数日。


ハウスの中は、ほんの少しだけ温度が上がっていた。


朝の光がビニール越しに柔らかく差し込む。


畝は整い、苗は静かに並んでいる。



葉は広がっていた。


色もいい。


ツヤもある。


――順調。


誰が見ても、そう言う。



いちかは畝の前にしゃがみ込む。


指先で葉に触れる。


やわらかい。


張りがある。


「……元気やね」



その一言に、嘘はなかった。



少し離れたところで、仁花が腕を組んでいる。


何も言わない。


ただ、見ている。



「……元気やな」



同じ言葉。


でも、どこか引っかかる。



澪が眉をひそめる。


「仁花さん?」



仁花はゆっくりしゃがむ。


迷いがない。


指を土に入れる。


掘る。


崩す。



根が現れる。


白い。


細かく、広がっている。



――いい根。



でも。



仁花の手が止まる。



「……浅い」



空気が、わずかに変わる。



澪も覗き込む。


「え……」



確かに広がっている。


健康そのもの。



でも――


下に、行っていない。



地表近くで、横に広がっているだけ。




調が近づく。


何も言わないまま、別の株に手を入れる。


同じように崩す。



同じ。



「……揃っとるね」



その言葉が、妙に重く落ちる。



いちかは動けなかった。


視線だけが根に吸い寄せられる。



「なんで……?」




仁花が低く言う。


「ひまわり、入れたやろ」



いちか、はっとする。



緑肥。


ひまわり。



根を伸ばすための“道”。


菌根菌。


リン酸。



全部、入れた。



「道はできとる」



仁花の声が続く。



澪が静かに言う。


「菌もおる。リン酸もある」



調が短く言い切る。


「環境は整っとる」



一拍。



「でも――行かん」




風が、わずかに抜ける。


葉が揺れる。



でも、根は動かない。



いちかは土を掴む。


やわらかい。


軽い。


ほんのりあたたかい。



「……なんで行かんと」




調が足でそっと踏む。


沈まない。


でも、硬くもない。



「止めとらん」



一拍。



「でも、促してもない」




仁花が小さく笑う。


「飯が全部ここにある状態やな」



澪が頷く。


「探す必要がない」




彩葉は少し離れた場所から全体を見ていた。


畝のライン。


苗の高さ。


揃い方。



「……綺麗すぎる」



一拍。



「動きがない」




いちかは苗を見る。



元気。


問題ない。


むしろ、いい。



でも――



「……戦っとらん」



その言葉が、自分の中から出てきた。



沈黙。



頭の奥に、何かが引っかかる。



父のノート。



“味 → 菌 → リン酸”



そこで止まっていた理由。




いちかは、ゆっくり呟く。



「……取りに行ってない」




調の目が、わずかに細くなる。



「そう」



一拍。



「困ってない」




いちかの手が止まる。



土を握る。



この土は、いい土だ。


間違いなく。



でも――



「優しすぎる……」




仁花が肩をすくめる。


「ええ土やけどな」



澪が苦笑する。


「完璧すぎたね」




いちかは立ち上がる。


畝を見る。


苗を見る。



揃っている。


整っている。


乱れがない。



「……どうする」




初めての迷い。



澪が口を開く。


「菌で引っ張る?」



仁花。


「削って差つけるか?」



彩葉。


「ストレス設計する?」




どれも、間違いじゃない。



でも――



いちかは首を振る。



「違う」




しゃがむ。


苗の前に。



手を置く。



「これはもう、できとる」



土は、できた。


環境も、ある。



問題は――



いちかの視線が、下に落ちる。



見えない場所。



「根ばい」




全員が、止まる。




風が通る。


葉が揺れる。



小さな揺れ。



でも、その下は――静かだ。




いちかはゆっくり立ち上がる。



目が変わっている。



迷いは、消えていた。



「取りに行かせる」



その一言が、土の中に落ちる。




まだ、何も変わっていない。



でも――



ここから、変わる。



静かに。


確実に。



根の中で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ