表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金賞いちご  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/37

第20話 『混ぜるだけじゃ、堆肥は生きん』

朝の空気はまだ冷たかった。


紅野いちかは、畑の横の空き地に立っていた。


昨日までただの土だった場所。


そこに、いくつかの袋と山が並んでいる。


軽トラの荷台には、


籾殻。

米ぬか。

柿の皮。

柿の葉。

巨峰の剪定枝。


田主丸の匂いが、そこに集まっていた。


いちかは腕を組んで、それを見つめる。


「……材料は決まった」


誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。


父のノートの言葉が頭に浮かぶ。


リン酸


最後の「色」は、まだ空白だ。


いちかはスコップを握った。


「やるしかないやろ」


籾殻の袋を破る。


さらさらとした黄金色の殻が、地面に広がる。


その上から、米ぬかをばら撒く。


白い粉が、ふわりと舞った。


次に柿の皮。


橙色の皮が、どさっと落ちる。


柿の葉も混ぜる。


最後に、巨峰の剪定枝。


足で踏みつけて、ばきばきと折る。


いちかはスコップを突き立てた。


ザクッ。


混ぜる。


もう一度。


ザクッ。


籾殻と米ぬかと柿と枝が、ぐるぐると混ざっていく。


土の匂い。


果物の匂い。


少し甘い匂い。


汗が額を流れる。


いちかは、息を吐いた。


「……こんなもん?」


気づけば、小さな山ができていた。


堆肥山。


初めて、自分で作った山だった。


だが。


思っていたほどの“何か”は感じない。


ただの山だ。


そのとき。


遠くからバイクの音がした。


ブォン、とエンジンが止まる。


「お、始めとるやん」


赤い髪。


相良仁花だった。


バイクを降りると、そのまま堆肥山の前に来る。


「ちょっと見せてみ」


いちかが何か言う前に、仁花は手を突っ込んだ。


ぐっと握る。


ぱらっと崩す。


しばらく黙って触る。


いちかは不安になった。


「……どう?」


仁花は肩をすくめる。


「材料は悪くないやん」


いちかの顔が少し明るくなる。


「やろ?」


だが仁花は続けた。


「でもな」


いちか


「?」


仁花は、堆肥山を指でつついた。


「堆肥は材料で出来るんやない」


いちか


「……え?」


仁花


「発酵で出来るんや」


いちかは黙った。


そのとき。


「ふーん」


後ろから声。


白衣の小柄な影。


蔵本澪だった。


澪はしゃがみ込み、堆肥の匂いを嗅ぐ。


くんくん。


少し眉を上げる。


「菌スターター入れてないよね?」


いちか


「スターター?」



「発酵の種」


いちか


「……入れてない」



「自然発酵?」


少し沈黙。


澪は小さく笑った。


「攻めるね」


さらにその後ろから足音。


静かな影が近づく。


畠山調。


黒髪が揺れる。


調は何も言わず、堆肥を一握りした。


ぎゅっと握る。


崩す。


指についた籾殻を見つめる。


そして一言。


「水分」


いちか


「?」


調


「多い」


いちか


「え」


調は淡々と言った。


「このままだと腐る」


いちかの顔が固まる。


その空気を壊したのは、軽い声だった。


「いっちゃーん」


振り向くと、宇良彩葉が立っていた。


相変わらずおしゃれな格好で、畑に似合わない。


彩葉は堆肥山を見るなり、くすっと笑った。


「いっちゃん」


「それ」


指を差す。


「まだ“ただのゴミ山”ばい」


いちか


「そんな!?」


仁花が腕を組む。


澪はメモを取り始める。


調は無言。


彩葉は笑っている。


いちかは顔を赤くした。


「でも土地の材料やろ!」


声が大きくなる。


「柿も巨峰も田主丸や!」


「うちの畑の味や!」


仁花


「材料はええ」



「菌が動く設計ない」


調


「空気もない」


彩葉


「思想もない」


いちかは言葉を失った。


沈黙。


四人は、しばらく堆肥山を見ていた。


やがて仁花が言う。


「まあ」


「最初はこんなもんや」



「失敗しないと分からないし」


調


「観察」


彩葉


「ドラマも必要やけん」


四人は、帰っていった。


夕方。


空が赤く染まっている。


いちかは一人、堆肥山の前に立っていた。


昼と、ほとんど変わらない。


ただの茶色い山。


いちかはしゃがみ込む。


手を突っ込む。


まだ冷たい。


「……色も何も分からん」


ぽつりと呟く。


スコップを握る。


もう一度。


ザクッ。


混ぜる。


ザクッ。


混ぜる。


籾殻が舞う。


柿の皮が見える。


枝がごろごろ転がる。


いちかは息を吐いた。


「味が答えやけん」


そのとき。


堆肥の奥から、ふわっと白いものが立った。


湯気。


ほんの少し。


いちかは手を入れる。


「あったかい……」


ほんのわずかな熱。


でも確かに。


何かが動き始めていた。


いちかは空を見上げる。


夕焼けが畑を染めていた。


けれど。


堆肥の色はまだ


ただの茶色だった。


それでも。


小さな発酵が


静かに始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ