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事件そのものは呆気ない終わり方だった。
逮捕された町村保は市会議員で、殺された植松太平はその後援会の役員の一人だった。裏金に関する弱みを握られていた町村は、事故を装い植松を殺した。
市会議員とはいえ決して大物とは言えない町村が逮捕されたことを伝える記事は、あまりにも小さなものだった。
妖かしなどは何も関係のない、それだけの事件だった。
部屋で新聞記事を読んでから、響はベッドに寝転ぶ伽音に声をかけた。
「これで良かったのかな?」
「いけませんか? もともとこれは人間が起こした事件です。あの老人を殺した犯人が逮捕されればそれでいいでしょう。もちろん亡くなられた老人の恨みの念を使って復讐を遂げさせるという手もありますが、それを望みますか?」
「そんなつもりはないけど」
「そもそも亡くなった老人というのも純粋な魂でもない。犯人である議員とは同じ穴のムジナ。そんな老人の恨みなど妖かしに力を与えるようなものではありません」
「そういうものなのか」
「自分になんの非もないのに殺された時の恨みというものは特別なものがありますからねぇ」
「ふぅん」
伽音の言葉は響にも納得出来るものだった。「でも、ミラノさんはこれで良かったのかな?」
「彼女ですか、なぜ彼女が不満を抱く必要があるのです? あの子はもともと事件を解くことなど望んでいませんよ」
「望んでいない? でも、もともと彼女は生命を狙われていたんだよ。しかも、2度も殺されている。妖かしの力がなければ死んでいてもおかしくない。だからこそ、今度のことを調べて欲しいと言っていたんじゃなかったの?」
「そもそもそれが嘘だったとしたら?」
「嘘? 何のために?」
「それが大切なところです。今回、彼女が何を望んでいたのか、何のためにあなたにそんな話をしたのか」
「それは生命を狙われて、妖かしの力に目覚めて……」
「だから、その前提が全て嘘だったとしたら?」
「でも、それを嘘という根拠は何かあるの?」
「彼女、自分が一条家に生命を狙われていると、だから一条家のことを調べたのだと言っていましたよね。でも、彼女が一条家について調べていたのはそれよりも前からですよ」
「……どうしてそう言い切れるの?」
「彼女の話、彼女の言葉、それらを正しく並べ替えて整理すれば答えは見えてくるのですよ。その矛盾にね」
「矛盾?」
「彼女があなたに最初に声をかけたのはいつ、どこでですか? なぜ、彼女はあなたにあの城跡で会ったのでしょう? あなたが彼女を追いかけたから?」
「いや、ボクはそんなことはしていない」
「そうでしょうね。あの城趾であなたに声をかけたのは、あなたが頻繁にあそこに通っていたからです。でも、それはあなたが高校に入学してからじゃない。あなたは入学してからは行ってなかったですからね。つまり、彼女はずっと以前からあなたを調べていたのですよ」
「ボクのことを前から知っていた?」
「あなたはおかしいとは思いませんでしたか? 彼女が何の事件に関わっているかを調べるため、彼女の行動を確認しましたね。しかし、その可能性があるのは1日だけでした。彼女の行動範囲があまりにも狭かったからです。そして、私たちは彼女の言っていた事件らしきものを見つけ出した。イマドキの高校生が一ヶ月もの間、ほとんどどこにも出かけず、誰にも出会わないなんてことがありますか? 彼女はもともとあの事件について、あの犯人について知っていたのです。そのうえで、あの事件に行き当たるように、私たちを誘導したのです。ひょっとしたら犯人につながる手がかりも作ってくれようとしていたのかもしれません。だから、あの日、あの駐車場にいたのです。では、何のためにそんなことをしたのか、あの人は、もともと自分に妖かしの力があることは知っていたのです。そして、そもそも彼女の力は『不死身の力』などというものではない」
「不死身じゃない? でも、それならどうして何度死んでも生き返るっていうんだ?」
「生き返ってなどいません。そもそも彼女は一度も死んでいませんよ」
「死んでいない? でも、ボクは彼女が死ぬところを見たよ」
「いいえ、彼女は不死身な妖かしなどではありませんよ。彼女が死んだように見えたのは、そうあなたに見せたからです。そして、素直なあなたはそれをそのまま受け入れた」
「彼女は飛び降りてみせた。伽音さんだってその場に居合わせたじゃないか」
「飛び降りたと落ちたのとは違います。覚醒して身体能力が上がっていれば、少々高いところからでも平気で飛び降りることは可能です。あなただってそのくらいはわかっているんじゃありませんか? あなた自身、そのくらいの力はあるのでしょう?」
「でも、あそこには彼女の血が」
「血? 妖かしの力がある者ならば、少しくらいの治癒能力は持っているものです。わずかに血を流したところで、そのくらいはすぐに治りますよ。やってみせましょうか?」
「いや……」
すぐに響は首を振った。
「じゃあ彼女には何の力が?」
「それがきっとわからないのですよ。だからこそ今回の話になった。つまり彼女の目的は、あなたという人と関わること。そして、自らの素性を知ることなのです」
「素性?」
「彼女の持つ妖かしの力、それがなぜ発動したのか、そもそもなぜ妖かしの力を手に入れたのか」
「それについて伽音さんは知っているの?」
響は身を乗り出して訊いた。
「それ、知らなきゃいけませんか?」
伽音は横を向いた。
「え? だってーー」
「いいんですよ、この場合。そんな話をはじめたら、きっと長い話になるじゃありませんか。彼女についてはまたいつか話すことがあるでしょう。いえ、彼女のお姉さんについてと言ったほうがいいかもしれませんけどね。いずれにせよ、彼女自身、今回はこれで満足したのです」
「どうしてそう言えるの?」
「あなたは二宮瑠樺を動かした。彼女の力は真実を見る力がある。その力の一部である羽を彼女は手に入れた。彼女にとっては最大の目的が達成されたということです」
「――だとしたら、二宮さんには悪いことをしてしまったな」
「どうしてですか?」
「騙してあの人の力を使わせてしまった」
すると伽音はフフフと小さく笑った。
「いえいえ、二宮瑠樺を甘く見てはいけませんよ。彼女がそのくらいの嘘を見破れないはずがないでしょう。彼女の身近には不死身に近い人間は存在していますからねぇ。知った上であの羽を彼女に渡したのですよ。二宮瑠樺と話をした時のことを憶えていますか? 彼女は御厨ミラノのことを知っていました。そして、『以前から気になっていた』と言いました。彼女はあの時、あなたにヒントをくれていたのですよ。それでもあなたは気づかぬふりを続けた」
伽音の言葉に、さすがに響は目を丸くした。
「気づかぬふり? ボクが?」
「そうですよ。あなたは気づかないフリをしてきた。あなただって彼女の嘘には気づいていたのではありませんか?」
「そんなつもりはないよ」
「そうでしょうか。それではなぜ二宮瑠樺に事件のことを聞かなかったのですか?」
「事件のこと?」
「あなたが二宮瑠樺に頼んだのは彼女の力のこと。妖かしとしての存在のこと。事件のことについて助けてくれとは言わなかった。それはつまりあなたは事件がどういうものかを知っていたのですよ。そして、彼女があの事件に関わっていないこと、生命など狙われていないことにも気づいていた」
「……」
「相手の言葉に委ねるというのはあなたの優しさなのかもしれません。でも、それは真実から目をそむけていることになっているのではないですかね」
響は言い返すことが出来なかった。
「もう一度、彼女と話してみるよ」




