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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第二章
37/41

第36話 仇討ち

まじ、更新速度を上げたいです。

クレア回。クレア回は暗くなりがちですが、あと数回で光が見えます。頑張って生きてこう。


【お知らせ】

2月17日のコミティア127にイラストレーターの獅子唐さん(twitter:@storyalley98)と一緒に参加します。中編成年向け小説1冊、ご飯をテーマにした新刊短編集の2冊を持って行きます。それとは、別に、ウォルバーと私に関する無配を予定しております。入稿も済ませ、印刷所さんと連絡を取っている段です。表紙のデザインもすでに完成し、今回もクオリティの高いものを知り合いのデザイナーさんに作っていただきました。ツイッターにて公開中ですので是非ご覧ください!(ウォルバーと私垢@WollverAndMe3)

 こんな所に、親の仇がいるだなんて。


 牛の搾乳時間に合わせて日も上らぬうちから前掛けをして舎に出ていた。すっかり冬で、辺りから雪が消えない。

 もう慣れたもので、横になっている牛の腰を叩く。のっそりと起き上がった所で前絞りを始めた。最初はこの作業だけでもおっかなびっくりやっていた。作業をしていると、ウォルバーが首をもたげてこちらを伺う。

「今日は水浴びさせてあげるよ」

 濡れた布巾で牛の沢山ある乳房をぬぐいながらで話しかけると、満足気に背後の鳥は首を畳んだ。

 厩に鎖で繋がれているせいでウォルバーの羽色は目に見えて褪せてきている。可哀想にとは思うものの、現状打破への手立てもない。言葉も通じぬであろう鳥類相手にひたすら「ごめんね」と囁くしか無い。

 大きな桶をネイサンに手伝ってもらい運ぶ、そこに桶で少しずつだが水を運び入れた。

「どうせこの時期は仕事も少ないから別にいいけど、こいつに随分尽くすのな」

 盛大に水を撒き散らし嬉しそうに尾根の中で鳴き声をあげるウォルバーを二人で並んで眺める。

「大切な人からの贈り物なの。これ以外にもらったものは全部無くなちゃった。服も短剣も全部。服は血で汚れたからって燃やされたし、短剣は主人様がここまでの旅路で売った」

あの上等な刀で得た金は男娼を買うため、とっくのとうに使われたはずだ。

息を白く、ネイサンは呟いた。

「いいな、売られたとしも。何かを分けてくれるような、そんな人、俺も欲しい」

「ねえ」

「ん」

「私に何かあったら、ウォルバーを守ってあげて」

 震えそうな声を必死に沈める。

「何急に」

「ううん、何があるかわかんないじゃん、こんな世の中」

「まあ、そうだな」


 それを知ったのはいつものようにリューリの店に堕胎剤を作りに行った時だ。リューリは居続けの太客から離れられないので、店の裏に場所だけ借りてせっせと作業を進めていた。薬草を干しておく物干し竿は、ちょうど宴会場の裏にあたる。それに加え、クレアの中にはあの太客に対する憎悪の気持ちがあった。だから必要以上に聞き耳を立てていたのだろう。

「こんなあばら家、よく好き好んで通われますな」

「ヴィスタス将軍ほどならもっといい湯屋も使えるでしょうに」

 聞こえてくるのは部下達の大声ばかりで、肝心の将軍は言葉が少ない上に、奴の声が低く壁越しでは中々何も聞こえなかった。

 それでも、漏れが帰る言葉を搔き集める。

「いやぁ、ヴィスタス将軍がおられなかったらツインズ城は落とせなかった!」

「指揮を執ったのが他の将軍だったら、夜襲の決断には至らなかったでしょう」

 作業の小刀を取り落とした。

「おい」

 ネイサンに鋭く呼ばれて引き戻される。

 夜襲の指揮をとったのはあいつ。その言葉だけで十分だった。


 夜襲がなければ、あそこまで一方的にみんなが、母が惨殺される羽目にはならなかった。母さんを殺したのはあいつだ。あいつがいなければ、母さんは殺されなかった。

 寝付けるはずもなかった。奴はまだこの街にいる。紅浴街に来てからは寝床がネイサンと違う。抜け出すのは簡単だった。夜半体を起こし、上掛けを羽織る。長靴に足を入れ、作業に使う小刀を手に取った。

 風で雲が流されて、月の明かりが足元を照らしては陰る。凍えそうな気温。髪を切られてから首回りが冷えてならない。しかし、それも走るうちに気にならなくなった。


 生きるのに、疲れていたのかもしれなかった。殺せるだなんて思っていなかった。むしろ確実に殺されるという予想の方が無意識には強かった。


 肩で息をする。湯屋街の大門をくぐってからは怪しまれるので走るのをやめた。それなのに、こんなに寒いのに、汗はいつまでもひかない。脂汗を額いっぱいに浮かんだままだった。手元の小刀が手汗で滑りそうだ。

 紅浴街は昼間よりも明るくて、賑やかだった。馬鹿になった汚い大人達が馬鹿みたいにみんな大声で騒いで、千鳥足で人にぶつかりながら歩いていた。提灯の明かりが湯屋の湯気で時々霞んだ。

 

 リューリのいる店の裏。流石に、宴会はお開きになっていて、それでもいつもより客入りは良かった。客の荷物だろう横には雄羊の兜がいくつも転がっていた。忙しそうに肌を晒した女達が廊下を行き来している。

 あいつを殺して、自分も死ぬ。

リューリを店の女が呼ばった。

「あっ、呼ばれちゃった。将軍、少しここで待っていてくださいね」

 なにも知らないリューリが席を外した時、クレアは明かり取りの窓に飛び込んだ。


 着地の音に、ヴィスタス将軍が振り返る。鎧も何も身につけず、薄手の羽織一枚だった。あの忌々しい兜も室内に存在しない。

 防具がなければ勝ち目が残る。ヴィスタスが身構える前に小刀を丹田に垂直に構え体ごと突っ込んだ。体ごと突っ込んだはずなのに、ピタリと体が動かなくなった。

「小鼠か」

 小刀を握った両手だけがヴィスタスの拳の中に包まれていた。封じられたのは手だけのはずなのに、いくら踏ん張ろうと体をこの男から遠ざけることができなかった。ゆっくりと立ち上がられ、その大岩のごとき大きさにじわじわと恐怖心が湧いて来て、なんとか逃れようと仰け反るも、体は後ろには一寸も動かない。反動で上に飛び上がるようにしか動けない。

「離せ……!」

「貴様から飛び込んでおいて良く言う」

 鼻で笑った大男は拳を軽くひねった。それだけのことで、足元から掬われるかのように体が宙に踊った。

「なんでっ」

 床に、頰から落ちた。ガツンッと鈍い音が頭に響く。

「これをかわせないうちは、仇討ちなんてするもんじゃない」

 男達の足音が階上から近づいて来た。騒ぎを聞きつけた部下たちだろう。

 くそっ。臍を噛む。こいつに殺された方が良かった。数が集まれば嬲られる他ない。私は知っている。今よりも幼かった自分に楔を打ち込める血の気の多さを。

「手を離せ!」

 どうにか抜け出そうと、喚くと、ヴィスタスは衣服を整えるための衝立の向こうにその巨体ごと押し込み私の口を手で塞いだ。

「将軍、剣呑な物音が!!」

「無粋者め、遊び女の叫声だ。邪魔だてするつもりがなければさっさと引っ込め」

ヴィスタスの呻くような地の底から響く怒号にひたすら竦むしかなかった。

 悔しさと惨めさで涙がこぼれた。

 それを、恐ろしい目で見下ろしてくる。下等兵達の気配が消えた。

「何故……」

 言い募る私を小包のように抱えあげると、答えも返さずに高い位置にある明かりとり窓から外に放り戻したのだった。

 呆然とするしかなくて。それから、涙が出た。もう色んな気持ちがないまぜになって溢れ出ていた。それでもいつまでも外に座り込んでいるわけにはいかない、しばらく膝を抱えていたが、いじけていても誰かが迎えに来てくれるような立場にない。幼子のようにボロボロと泣きながら紅浴街を抜けた。


 農園のほど近く、獣が小枝を踏む音を拾い目元を拭い振り返った。

「え、ウォルバー?」

 暗いゆえにはっきりとは見えない。でも、あんな形の生き物、ウォルバー以外にいるもんか。いつもまに鎖から抜けたの。

 駆け出すと、不自然にウォルバーは森に消えてしまった。灯がないのに森にはいってはいけない。城を出てから長い時間で得た危機感だ。農園へ走った。灯を取って、ネイサンとメルーに手伝ってもらって探さないと。

 厩に駆け込むと、いつものように気だるげに首をかしげるウォルバーがいた。

 色んなことがありすぎた。

「もう、潰れちゃいそうだよ」

 いっつもは臭い臭いと馬鹿にしている硬い毛にすがりついた。胸ぐらに寄りかかりへたり込む。長くて柔らかい首が私を抱きしめるように私を包み込んだ。

「生きるのに、疲れたんだよ」

卒論も試験も原稿も終わったので、本気で更新速度上げたいです。

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