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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第二章
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第25話 月白色

アンナマリア様視点。

ぼくらのなつやすみ、はまだ続きがありますが、あればっかりでもね。


舞踏会の話題でございます。

舞踏会が開かれる。ノース一族の凱旋を祝賀としての。絢爛豪華な衣装で仇と並ぶことになる。いっそ、鎖に繋がれて引き摺り出された方が……。


「以前の採寸はいつでしたかな、寸法が分かっていれば測り直しは無用です」

 裁縫師の老人の問いかけにルヒトがトシュテンから預かってきた紙片を渡す。移動中にトシュテンが計らせたものだ。

 かすかに、裁縫師の匂いを嗅ぐ自分がいた。自室はいつも山の澄んだ匂いだけで、気がおかしくなる。ルヒトや他の奴隷とは違った、清潔な人の匂い。

「きちんとした仕立てはもう一年半以上できていません。今まではトシュテン殿が採寸を元に買い付けたものを身につけていましたから」

 トシュテンの見立ては、異性にしては物が良かった。が、やはり本人を職人が見て誂えたものには劣る。

「なるほど、おそらく寸法が変わっています」

「え」

「背が伸びていらっしゃるようだ」

 ルヒトに目を合わせた。日々を生きることに必死で、気付かなかった。昔はツインズ城の柱にクレアと二人しょっちゅう背比べをしてはアマンダに印をつけてもらっていたのに。

「毎日お会いしているからでしょうか、気づけませんでした。お召し物もゆとりがあるものばかりだったのもありますし」

 ルヒトの申し開きに裁縫師は首を振った。

「あなた様程の年齢でしたら数ヶ月でサイズが変化していても不思議ではありませんよ」

 彼は干からびた指で控えていた女性に合図した。女性たちは首から下げた測り紐で採寸を始める。これには慣れているので、指示される前に腕を持ち上げたり、測りやすいように態勢を変える。

「お色はいかがなさいますか」

 測り終えてから尋ねられた。

「固有色は月白、ムーンホワイトです。月白がなければ白でお願いいたします」

「かしこまりました」

 一度、採寸を終えた女性たちが一度私から離れ、裁縫師と話し合いながら白い布のサンプルを持ち出している。

「あ、あの固有色とは」

 ルヒトが控えめに尋ねてくる。

「知らないのですか」

 彼は長い背をいつものように屈めて申し訳なさそうに首を振る。

「何の話かすら」

 私は純粋に驚いた。そうか、奴隷たちは服を仕立てることなく一生を終えるのだ。

「慣習ですよ。私たちは生まれながらに自分の色を決められるのです。催しの時の服や髪飾り、靴などはそれに合わせるの」

「なるほど」

「そういえば、あなたたちも、その格好では舞踏会に出席できませんね。少なくとも、ルヒトにはそばにいてもらいませんと」

この衣装のための金はトシュテン持ちである。勝手にもう一着作ってもいいものか。

「失礼ですが、採寸とデザインだけこの男のために控えてもらって後で作るかどうか決めることはできますか」

 裁縫師は快く頷いてくれた。

「形は如何様に」

「私はこの土地の人間でないのです。どのような型が今主流なのかしら」

「公の場ではこのように襟ぐりを広く開けた服が主流ですな。コルセットをはめるのが特徴とも言えます」

「寒い地域なのに」

「だからこそです。暖房をきちんと使える身分であることを周りに知らしめるために露出を増やす方向に年々向かっています。皆様、移動の際にはきっちりとコートを着込んでおられますよ」

「そうですか」

 ハイケーン領は布を豊富に仕えることこそが富の象徴であった。それはおそらく物流に限りがあったからだ。パフスリーブや、スカートを異なる布で何層にも重ねるのだ。

 ノース領は大河からの物流が豊富であるから、布を贅沢に使うことでの差別化はあまり意味をもたないのだろう。

「どうしますか、コルセットも外して露出を増やす方もいらっしゃいますが、特に流行を作っている方々は」

「いいえ、目立つのは避けたいので丁度中間くらいでお願いできますか」

「かしこまりました」


 夕食時、裁縫師とのやりとりをトシュテンに告げた。

「それは、それは、楽しかったですかな」

 金縁を配った皿から子羊の香味焼きを切り分け口に運ぶ。

 いつもは自室にほとんど軟禁状態である。外の人間と会えたことを揶揄されているのだろう。トシュテンの口元は意地悪く歪んでいた。

「ええ、綺麗な生地や細工を拝見できたのはとても」

 生かされているだけでも万々歳なのだ、ここで自分の待遇への不満は噯にも出してはいけない。これまで、入城前にルヒトを世話役から外して欲しいと言った際と、入城後、城内を歩かせて欲しいという要望において、右頬への張り手が返答として送られた。そして、従順な時間が長ければ長いほど、褒美に自由の範囲が増えていく。トシュテンの愛読書に『獣の調教法』が含まれているのだと、トシュテンの護衛が噂話をしていた。それを漏れ聞いて苦笑したことがある。

あの日を境に反抗に諦めがついたのだと思わせたいところだった。不自然でない程度に。

「それは大変良かった、何か不具合はありませんか」

 まだ完全に傀儡になるには早い、どこからどこまでが求めて良く、また悪いのか探っていていい段階だろう。

「あの、舞踏会にルヒトを同席させるのなら彼にも衣装を仕立てませんと。私が少し恥ずかしくて」

 困り眉で俯きもじもじとして見せる。客観性や公での悪目立ちを避けていると思われてはいけない。あくまでも、年頃の乙女が利己的に髪飾りを選ぶように、従者の格好を気にしていると思われなければ。

「ああ、私としたことが、気が回りませんでした。どうぞどうぞ、お造りなさい」

「ありがとうございます」

 胸に手を当てて、ふんにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべた。


「笑顔は不自然でなかったかしら」

 沐浴中にいつも尋ねる。ルヒトはその日も頷いてくれた。


「アンナマリア様、届きました。今日はやることが多いですよ」

 身支度を整えていると、遮るようにルヒトが入室した。彼の瞳には年相応な輝きがあった。

「何事ですか」

「衣装です、舞踏会までそう日にちが無いので出来上がってすぐ持ってきてくれたのです。どうしますか、急なので明日にでもずらせますが」

 おそらく、少し見せてもらったのだろう、浮き足立つ彼の様子に冷たくなれなかった。

「今日にしましょう」

 衣装の出来だけでない、日がな一日窓の外を眺めているだけの私を知っているから、座っているだけの、その辛さを理解しているから、私の分まで喜んでくれている。

 馬鹿な人、私は貴方を脅している女なのよ。青年のくせに少年みたいに笑うと、愚かな兄の影が重なった。


「月白色は期日までにご用意が難しかったので、純白の生地に青い刺繍をさせていただきました。刺繍が反射して少し青白く見えるはずです」

 確かに、真っ白いドレスが青みかかって映る。

 腰や腕は体のラインが露わになる。それに鎖骨から肩口は完全に外気に触れる。ハイケーンの肌を隠す服装に慣れていると恥ずかしさがあった。

 鈕を裁縫師の女たちが全てはめ終える。

 彼女たちが壁になっていてルヒトからは私が見えていなかった。支度が済み蜘蛛の子が散るように彼女たちが離れる。

 私が振り向くと彼の吐息が聞こえた。

「どうかしら」

 目線を上げると、奇妙な表情を浮かべる彼がいた。

「ルヒト」

 名を呼ぶと、ようやく口を閉じたが、再び開いた口からは言葉は紡がれない。

「あまりにも美しい」

 裁縫師が発し、鏡まで導いた。生地を織る段階から光の加減でようやく見える程度の模様が織り込まれている。その上から刺繍がされているが、決してそれらは諍うことなく、月の光の儚さを良く表現していた。

「こんな方に身につけて頂けるなら、作った甲斐があったというものです」

 裁縫師が調整をする指先が震えていた。

 窺えば、控えている女の中に涙を流している者までいる。

 貴重な客観的評価だ。やはり私の外観は他とは違うのだろう。


 元の服に着替える。私を見てから腑抜けてしまったルヒトの試着を、今度は私が見る番である。

「貴方の場合、自分で着付けなくてはいけないんですよ」

 椅子に座り後ろから口を出す。

「首が詰まって、少し苦しいです」

「そういうものです」

 裁縫師にあしらわれながら、着付けが進められる。

 男性の衣装は女性のものに比べて随分、体のラインが隠される。

 あくまでも従者の装いであるから、華やかさはないが。

「汚してはいけないと、念入りに身を清めてから来たのです」

 この国の奴隷制が理解できないと思うときはこういうときだ。身ぎれいにすることを許されていないだけで、整った格好をしてしまえば、同じ人間でしかない。裏を返せば、我らも汚れた服を与えられれば彼らと見分けがつかないであろう。その中でもルヒトの外見は整っている、良く見なければ気がつけないが。

「堂々としていなさい」

 椅子から腰を上げ、化粧棚にあった整髪剤を手に取った。

 声に誘われて裾から私に目線を上げた彼の額に掌を沿わせた。目に掛かるほどの前髪を後ろに撫で付ける。

 彼が私に触れるのは日常だが、私が彼に直に触れることはこれまで無い。怯む気配が指をくすぐった。

「背が高いわね、屈みなさい」

 横に膨らみをもたせて前髪を流す。

「清潔感が出るわ、当日は私の使っている浴槽と石鹸を使いなさい」

 腰を伸ばした彼は周りも気がつくほど、違っていた。

 手を汚した時に拭うのは彼の仕事だ、癖になっていて、手を差し出すと空かさず布を探して、彼は私の手を拭った。

 手がさっぱりしたので、遠目に見るために数歩後ろに下がる。

「悪くないわ、そうでしょう」

 裁縫師たちにも同意を求めると、彼らも同意した。

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