第24話 ぼくらのなつやすみ2
まだまだ続く夏休みの過去編(次あたり別の視点挟みますが)何せ夏休みは長いんだ!!!
P.S.私も夏休みに入った。痔の治療に勤しみたいと思います。
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騎士学舎は習熟度別で指導者が変わる。だから修練自体は年齢ごちゃまぜだ。そして半年毎に年齢別の試験が行われ、習熟度別にクラスが割り振られる。グレイは入舎の時から一番上のクラスに割り振られていた。もちろん自分は一番下。座学は得意で、年齢別に行われる座学の試験では一番だったけど。座学ができたところで、上の組に行けるわけもなかった。何せ騎士は筆でなく剣で戦う。
レイクヤード領に向かう前、一夜グレイ領の邸宅に泊まった。グレイの優秀さがどう作られたのか、思い知らされた。
家のいたるところに、敵の侵入に備えた隠し通路や仕掛けがあり、そこが日頃から遊び場になっていた。座って本を読むのが娯楽の自分とは大違いだ。そして、屋敷の内外問わず、武芸の訓練場があり、領地の兵士達が入れ替わり立ち代わり訓練に勤しんでいた。聞けば、そこもグレイ家の子供達にとって、そこもただの遊び場であり、手の空いた騎士と模造剣を交えていたというのだ。最初から優秀な騎士になれっこないとはわかっていた。しかし、同い年でこうも実力が違うのだと思うと胃がシクシクした。
悔しがるなんて、不相応だ。文官にならないと明確に示して弟の邪魔にならなければ、自分なんて、それでいいのだ。
「クラークくんは、生まれた家を覚えているかな」
ディミトリアス殿だけが、自分の乗馬訓練に付き合ってくれている。
レイクヤード公やオズワルド殿、グレイは男衆と狩にでてしまった。
「いえ、物心つく前だったので。断片的にしか。両親の顔も思い出せません」
「そうか、私もだ。養子を選ぶ時、あえて幼い子供をあてがうそうだね。綺麗事がその理由として並べられているが、正直なところ、本当の親をはっきりと覚えていると、色々やりづらいのだろう」
ディミトリアス殿も養子とはいえ、グレイ家の人間なのだ。体の一部のように馬を従わせている。
「座学では主席だそうだね」
「でも」
それでは意味がないのだと言おうとした。
「王子の親衛隊の話が持ち上がっているらしい。護衛とは別に、王子が好きに動かせる隊を組織するようだ、王子と歳の近い者だけで。まあ、おままごとの範疇だけれども」
遮るようにディミトリアスは告げた。
「僕は今、エドが一人前になるまで父上の手伝いをしていて、騎士団長候補の手伝いとなると中々に面白い仕事が回ってくる」
木陰を選ぶように、ディミトリアス殿は馬を進めていた。乗ることに精一杯で、他のことに気を配れない自分を気遣ってくれている。涼しい土地とは言え、日光に晒され続けては、ばててしまう。体力のない自分は尚のこと。
「武芸の主席と座学の主席、騎士学舎からそれぞれ選ばれて親衛隊に引き抜かれる。親衛隊の取りまとめとして。そして、ゆくゆくは、側近になる人間としてな」
蝉の声、ザクザクと馬が草を踏む音、夏の音達がディミトリアス殿の穏やかな声と小気味よく混じり合う。
「歳が近い者、まあ、上下二歳の幅と考えて。その中で座学の主席は五人。この五人の中で武芸が一番上手ければ君がその側近に選ばれる可能性は十分にあるわけだ」
グレイ家特有の鋭さはない、笑むと細糸のようになる優しい目に親近感を覚えた。
「側近に選ばれれば、生活の拠点は王子のお側、つまりはツインズ城だ。城内に居室が与えられる。君は、家を出ることができるわけだ」
彼は続けた。
「その下準備を僕は今請け負っててね。居室について側近は二人一部屋にするか、個室をそれぞれに与えるか、決めかねているんだよ」
あはは、と快活な笑い声を漏らしながら、手綱を引き、僕の方へ向き直った。
「君が誠心誠意努力して、側近の座を射止めると約束してくれるなら、日当たりのいい一人部屋を少し無理してもぎ取ってこようと考えているんだ」
蔵に肘をつくように前かがみになった。馬に慣れているから、気を抜いた姿勢も取ることができるのだろう。肩から力の抜けた様子で彼は尋ねてきた。
「君は、どうしたい」
一人で落ち着ける部屋がもらえるのは、喉から手が出るほどの望みだった。クラークの屋敷でも一人部屋だけれど、折に触れて家族に会わなければいけないことに苦痛を感じてしまう。知り合いと顔を合わせなくて良い部屋が手に入る。
でも、でも。
「そんな短期間で、強くなれるとは、とても思えません」
手綱を握る手に、夏の暑さを関係のない汗が滲んだ。
「答えは急がなくていい。明日、僕らがここを離れるまでに教えてくれるね」
言葉を返す前に、ディミトリアスは背を向け、馬の腹を蹴った。追いかけようとも咄嗟には態勢を立て直せない。木漏れ日の中を駆け抜ける青年の背中を眺めるしかできなかった。
晩餐、大人達は酒瓶を次々に空にして上機嫌も上機嫌だった。食事が終わっても席をたつ気配はない。雰囲気に合わせて笑ってはいるが、正直なんの話をしているかすら、あまり分からなかった。
でも、中座は無礼に当たると教えられている。
「父上、沢に蛍を見に行ってもいいですか」
姿勢を正しているのにも疲れ、うつむいた時、無粋な高い声が響いた。
「疲れました」
そんなことを言い出したら叱られるのではと身構えた。
「確かに、子どもを酒の席に長居させるのも良くないか」
オズワルド殿はあっけなく同意した。
「沢はキッチンの裏から行くとすぐですよ、案内しましょう」
夫人が立ち上がろうとしたのを、グレイは勢いよく立ち上がり遮った。
「昼間、狩の帰りに男衆が場所を教えてくれたので、その必要はありません」
「ですが子どもだけで向かわせるのも。ねぇ、あなた」
「ふむ、一人は心配だが、二人なら問題ないのではないか、熊も沢ほどここから近ければ寄らないしな。豹も狼も山に入らなければ掠ることもない。エドマンはレオナルドと一緒に行きなさい。見るだけ、決して沢に入ってはいけない、夜の水は呪いがかけられた様にうねる」
グレイは俺の顔を見て逡巡を見せたが、了承をした。驚くのはこっちである。
「でも、万が一のために帯刀してもいいでしょう」
末っ子というものを初めて目の当たりにした瞬間だった。いつものふてぶてしさを、瞬く間に消し、黒いつぶらな瞳をきゅるんとオズワルド殿に向けたのだった。
まんまと予備の剣を借りて、二人沢に繰り出すことになった。
「やっぱ、模造剣とは違うよな、本物の重さだ」
無意味に刀を抜いて、振り回す後ろ。剣帯を元の位置にずり上げた。これが緩くなくなるまで、いくら体を鍛えたら良いのだろう。
足元が暗くて、草に足を取られながら付いていく。
「比べられるほど、どちらも持ったことない」
言ったものの腰に下げているだけで、その重さが尋常でないのはわかる。
「お前も抜いて持ってみればいいじゃん」
「でも、これは万が一のためだろ、危ないし」
「あーーー」
唸りに近い、嫌な声をグレイは叫ぶ様に出した。
「あのさぁ、こんなこと言うの自分でもどうかとは思うけど。何に監視されて生きてんの。見ててイライラする」
剣を収めてグレイは眼前に詰め寄った。
「あと、お前の顔やべぇよ」
何を言われているのか、本当に分からなかった。
「なんで、ずっと泣きそうな顔してんの色も死人みてぇ、誰もいないとこでも言えない目線感じてるせいじゃないのか」
十数年生きていて、初めて指摘された。顔色が変だと今まで誰も言ってくれたことはなかった。
「なんで、なんでだろう。いつもみたいに、いつも通りに普通にしてるだけだけど」
反射的に、頰を触って確かめる。
「やりたいようにやれよ」
意味を測りかね首を傾ける。
「いつもみたいにして、そんな感じなんだろ。てことは、そのまま変わらなかったら、ずっと死人みたいな顔ってことじゃん。その調子で生きてたらそのまま、お前死ぬんじゃねぇの」
「そんなわけ……そんなひどいかな」
「ああ」
ふいっ、とグレイは背を向けまた沢への道を歩き出した。
深いため息が自分の口から吹き出た。
「君のお父様にもお兄様にもこんなに気を使っていただいたのに、無駄にしてしまいそうで、申し訳ないな。人の好意さえ無駄にするなんて情けない」
自嘲を滲ませて笑う。顔を触っていて初めて知った。笑っているつもりなのに、頰の肉が動いていない。
「別に、父上たちは好きでやってるんだし、気にしなくていいだろ、それよりお前自身だよ」
「全部ライナスのためなんだ。俺はあいつの代わりだから。なのに、こんなになってたら、むしろあいつの迷惑になりかねない」
言葉を紡ぎながら、またベルトをずり上げる。細い腰に、大きすぎる剣帯。グレイは口角を歪めて腕を組んだ。小さいオズワルド殿みたいだった。自分の話をしているはずなのに、他人事を話しているかのような気分になる。
「弟君のことは知らねえけど、お前の気持ちというか、どこ行ったんだよ」
問いかけられて、ふと気がつく。そんなこと考えたことなかった。いつからだろう。
「なんでだろ、わかんないかもしれない」
「なんだよそれ、お前がわかんなかったら、誰もわかんねぇぞ」
母上のご懐妊を知った時からだ。母上が具合悪そうな中、祝賀会が開かれた日、今みたいに奈落の底に落ちたように、そう、世界の色が変わったのだ。あの日から、世界の色は全て腐った。
ならいっそのことさ、グレイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
気がつけば、グレイの方が横に並んでいた。屋敷を出てしばらくは、背中しか見えなかったのに。横顔が俺の目いっぱいに写っていた。
「じゃあ、弟のためって思うのの逆を思い浮かべてみれば、んでどっちがいいかもう一回考えたらいい。今の話聞いてると、選ぶ余地なく弟のために生きてるだろ、本当に弟のための生き方になってるかは分かんねぇけど」
グレイに腕を取られ立ち止まらされる。そして、俺の手の中にあった灯りを奪い取った。そして、蓋をずらし、息を吹き込む。
「ふっ」
短いその音を境に、あたりが一変、闇に包まれた。
真っ暗な中に、ふわっと光の点が浮かんだ。
それが消えると、違う場所で発光が始まる。一匹、一匹を追っていたが、ふと気がつけばその光は無数で。自分たちを星の海に投げ込んだ様に蛍に囲まれたいた。
「俺、今まで大人が綺麗って言うもの、何が良いのか分かんなかったんだ」
グレイの姿は見えない。声だけが鼓膜に届く。蛍の光と静かな声、少し疲れた蝉時雨。
きっと横に並んでいる。
「俺も初めてだ、ものを綺麗だと思えたのは」
自分も声だけを届かせる。軽快な笑い声が帰って来た。
「ここは綺麗なもんがいっぱいあんな」
リア様にお会いして、今まで誰かの代わりでしかなかった自分の人生で、初めて自分が主体になれた。自分の役割を感じ、自分が何かを生んでいるという感覚を得られたのは、あのお方にお会いしたからだ。でもそれは。
あの夏、グレイ一家の力添えで弾みがついたからだ。素直に思う。リア様が全てを変えてくださったけれど、グレイ一家が自分の鬱屈とした様に気がついてくれなかったらリア様に出会うことがなかったのである。あの時、グレイ一家に見つからなかったら、今でも青い顔で俯き生きている自分が容易に想像できた。
オズワルドさんが甘いのではなく、グレイの人心掌握が凄まじいだけwww




