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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第二章
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第23話 ぼくらのなつやすみ

 ぼくらのなつやすみ。主人公は「ボクくん」ではない。クラークの過去編です。しばらくクラーク編は過去編になります。小学生なのに「リンゲツ」と発するボクくんには幼心に衝撃を受けました。

 

 この夏はクラークにいったいどんな思い出を残してくれるんだろう…

「なあ、お前なんで下向いてんの」

 ガタガタと揺れる馬車の中。汗と木の混ざった鬱屈とした匂い。

「別に」

「別にって、なんだよ」

 向かいに座る奴は急にムッとし、脚面を蹴り上げた。派手な音が馬車内に響く。

「やめろよ」

 イラつきが声に滲む。

「んだよ、声が小ちぇから聞こえねぇ」

 わざとらしく声を張り上げる彼に顔をしかめた。

「……」

 視線を馬車の外に向け、黙り込む。

「無視すんなよ」

 まだ足が飛んできて、今度は俺の足に当たった。

 がすがすと足があたり、四回目、ついに堪忍袋の緒が切れた。拳を振り上げ殴りかかった。

 予想に反し、彼は涼しい顔で拳を避けた。スパッと手首が掴まれる。手首を掴む人肌の暖かさが蒸し暑い馬車の中では不快だ。

「うわっ」

 随分と身軽に、体が入れ替えられマウントを取られた。手首をとっていない方の手が振りかぶられる。ヒュン、と風を切る音が振りかぶる時点で聞こえた。まずい、顔を庇う。

「なんだ、もう喧嘩か」

 馬車のドアが開かれ、オズワルド殿がカッカッと笑っていた。高地特有の冴えた空気が馬車の中の濁ったものをかき消した。

「エド、レオナルド、着いたぞ」

 エドマン・グレイが父親のオズワルド・グレイ殿に首根っこを掴まれ、釣り上げられる。


「なんだ、もう悪さをして」

 前方で馬を引いている彼の兄にグレイは駆け寄った。小突かれているのに、嫌がる素ぶりがない。声が聞こえる程度の距離を俺は一人、荷物を両手で抱きかかえ着いていく。

「俺も馬に乗りたかった」

 兄にねだる声が漏れ聞こえる。

「でもクラーク君は乗馬に慣れていないのだろう。馬車に一人というのも可哀想な話だしなあ」

「ディミトリアス兄さんばっかずるい」

 悪びれることなく兄に体当たりをする彼に臍を噛む思いだった。


 ずるい、なんて言葉。使ったことがない。僕は所詮、お父様のご好意で養ってもらっている分際だから、もしそんな言葉が頭に浮かんだとしても、使っちゃいけない。

 また、イライラが腹の底から湧いてくる。

 散々だ。もちろんクラークの家にもいたくないけれど。なんだってコイツと夏を一緒に過ごさなくてはいけないのか。一周回って悲しくなりながら、白く美しく大きな屋敷へと歩みを進めた。


 エントランスには下男下女が並び道を作っている。その終わりには身綺麗な印象の小柄な男性と、控えめな印象を与える背の高い女性が立っていた。

 男性の服装に目を惹かれた。装飾が決して多い訳ではない。それなのに、ボタンや生地の質が細部まで拘られている。

「よくきたグレイ」

「レイクヤード」

 頭首同士で抱擁が交わされる。

「君が、器が大きいと噂の、ディミトリアスだね」

「なんです、その噂。父上の酔言をまに受けんでください」

 それぞれが挨拶を交わし始める。

「君がクラーク公のご子息だね」

 レイクヤード公が頭に手を乗せてしみじみと呟く。

「はじめまして、これから一ヶ月お世話になります。受け入れてくださり感謝申し上げます」

 道中緊張しながら頭の中で何度も練習したセリフを噛まずに言えた。少し誇らしげに思いながら今度は夫人に挨拶をしようと、体を向ける。

「どうしたエド。作法がわからんか」

 親愛の念を込めて、友好的な女性の手に男性はキスをする。それなのに、グレイは顔をしかめてあらぬ方を見ていた。

「俺、今日疲れた」

 急に何を言い出すのか、思わずギョッとする。結局、グレイはふてくされたように兄の元に行ってしまった。

 なんだ、変なヤツ。そう思いつつ、自分はしっかりレイクヤード夫人の手にキスをする。グレイよりしっかりと挨拶ができたことに、少しだけ、誇らしさを感じた。


「「うっわぁ!」」

 移動で腹が減っているだろうから、着替えをしたら遅めの昼食にしようとレイクヤード公はおっしゃられた。正装に着替えて、グレイ一家と案内に従う。

 食堂の窓から表に出るように言われ、外に出る。

 一面に広がる湖畔。真っ青なそこは風で小さく細波を起こす。そして、水面を滑った風はその奥に広がる深い緑を大きく揺らした。

 鮮やかな色は今まで見たことがあるものから、かけ離れて美しかった。

 グレイと一緒になって感嘆を発してしまう。

 庭には、弾けるほど白いテーブルクロスがかけられた食台が置かれ、豪勢な料理が並べられていた。

「天気もいいことですし、今日は外での方が気持ちいいかと思って」

 レイクヤード夫人が微笑みながら、席を勧めた。

 それぞれ椅子の前に向かう。子供は湖が見たいだろうと、大人たちが気を使ってくれた。子供扱いは少し恥ずかしかったが、内心飛び上がるくらい嬉しかった。

 主であるレイクヤード公が腰を下ろし、それを待って皆席に着く。下男たちが椅子を押した。

「前菜は鯉の酢洗いと夏野菜のサラダ、スープは冬瓜を使って爽やかに。魚は鮎、肉は夫が昨日仕留めてきた鹿を。食後の甘味にはこのあたりで取れたフルーツを用意しました」

 夫人の紹介だけでもよだれが溢れそうになる。

「湖が目を引くから、魚ばかりだと思われるが、水が綺麗だから、野菜も美味けりゃ、その水で育った草を食う肉もいい」

 レイクヤード公は目を細めた。ああ、と腑に落ちる。この人はこの領地を心から愛しているのだと。そして、ここでの暮らしを楽しんでいる。

 目の前に並べられた料理は、夏の色をして、いつもより鮮やかに思えた。キラキラとひかる葉野菜、赤いラディッシュ。それに冷水で身がしまった鯉の食感。初めて、食事にこんなに心を動かされた。

 スープは冷やされていて、とろみがつけられていた。鳥の出汁だろうか優しい味と柔らかくにられた冬瓜が口の中で溶けて行った。

 自分ばっかりこんなに喜んでいるのかと思えば、客人は皆言葉が少なくなる程には夢中になっていた。

「いやぁ、いい土地だ」

 オズワルド殿がしみじみとこぼした。

「まだまだ、これだけでないですよ」

 公は含んだ笑いをこぼした。

「鮎の塩焼きと焼き青獅子唐です」

 下女の給仕した皿にゴキュっと喉がなる。鼻腔を香ばしい香りがくすぐったからだ。骨には少々苦労したが、ほろほろと崩れる身からは旨味が滲む。少し肝の苦味がするのも、いつもなら苦手なのに旨味と混ざると不思議と口に運ぶ手が早くなる。

「魚、初めて食べた」

 言葉をこぼしたグレイに、思わず、口が開いた。

「僕も」

 言ってからお互いハッとしたが、顔をしかめる前にレイクヤード公は静かに教えてくれた。

「これは淡水の魚だけれど、海の魚は生で食べれるものが多い上に、大きくて色鮮やかなものもある。種類ももっと豊富だ」

「うわぁ、夢みてぇ」

 グレイの言うことに、全く同意だった。

「海、見てみたい」

「立派な騎士になったら、各地に巡察に出る任が順繰りに与えられる。希望が通れば海を見にいけるかもな」

 オズワルド殿が豪快に笑った。

「その頃には戦も終わっているだろうしな、案外夢物語で終わらないんじゃないか」

 ディミトリアス兄上も朗らかに笑った。


 ついに運ばれてきたメインディッシュは鹿肉のステーキとグリルされた根菜だった。

 やはり、男は肉である、と思ったら、レイクヤード夫人もワクワクとフォークとナイフを握っている。

 ノコギリのようなナイフで肉を切る。中は赤いまま。

「んー」

 塩と胡椒だけのシンプルさが、肉の味がダイレクトに味あわせてくれる。

 独特な舌触りは不思議とクセになる。肉汁の深さは魚とはまた違う。香りが鼻に口腔から鼻に届くようだった。


 膨らんだ腹をさすりる。

 目の前、キラキラと盛られた宝石のような果物をつまみながら団欒の時間になる。

「それで、いつまでここにいるつもりだ」

 大人たちはまだ日が高いのにもう酒を傾けている。クラークの家では両親共にだらしない姿を見せたがらないので、子供の前で酒を飲むことはない。よく笑うようになった大人たちは、なんだか楽しそうで、こっちまで非日常な感覚になる。

「馬が休まったら、帰らなくちゃなあ。ふた晩ここで過ごしたら、私とディミトリアスは失礼するよ」

 オズワルド殿が器用に眉を持ち上げた。

「馬なら貸し出せるぞ、急かすわけではないし、いくらでもいてくれて構わないが」

「嬉しい申し出だが、それはできない。うちの馬は速く走り、体を強くさせるため、特別な餌を食べさせて環境にもとことんこだわっているんだ。連れて帰らねば」

「そうか、まあ存分に羽を伸ばしてくれ」

 レイクヤード公が杯を掲げると、夫人、オズワルド殿、デミィトリア兄上が応じるように杯を持ち上げた。

 楽しむことを躊躇しない大人たちに、いつの間にか、ここに来ることへの緊張が溶けていた。

 ダンカンさんの声で「父親が驚かない程度にほんの少し、車窓から身を乗り出した」とナレーションが入って、走行中なのに腰まで身を乗り出しすぎるボクくんが私は大好きです(関係ない


 この話を夏のうちにかけて嬉しいです。引きこもりだから、小説の中で夏を満喫してやる!!(夏なのはクラークの過去編だけなので、他パートは季節違います

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