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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第二章
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第18話 砂漠の雨

アド・リティームにて。

手先が器用な脳筋は舌が肥えております。


 ケリング師が訴訟業務の一環で、でアド・リティームの外に出ている。当事者の代わりに動くのが弁護人や、調査人であることから師の外泊自体は珍しいことではない。

  

 ただ、今までは一人で留守を守っていた。


 食事の時間、食卓を二人で囲むことになった。

 証拠が届いたあの日から、会話は極端に減っていた。もともと和気藹々とした間柄ではないが。二人、黙々と食事を口に詰め込む。外の雨も合間って、お互いの咀嚼音だけが際立った。

 ここのところの、この気まずさに加え二人きりの留守番は、少し師を恨みたくなる。

 リアは料理の腕が確実に上がっている。羊肉のスパイス煮込みをアエーシで掬った。アエーシはこの辺りで食べられている窯で焼く薄べったいパンのことだ。私が焼いた肉は臭くて硬いのに、なんで彼の焼いた肉は歯がスッと通って旨味が噛むたび広がるのか。悔しい。元来の負けず嫌いがひょっこり顔を出す。

 私が食事を作るとき、アエーシは出来合いのものを買ってくる。アエーシ用の窯はどの家庭にもあるし、この事務所にも元々備え付けられている。けれど、買った方が早くて味も安定しているから。買って済ませてしまうのだ。

 今食べているこれは、リアの手作りである。近所の腰を悪くしたお婆さんにお使いを頼まれたとかで、すっかり仲良くなって、いつの間にか、生地の練り方と焼き方を習っていた。もちろん、一つ食べ終わると、次に手を伸ばしたくなるような美味しいアエーシ。

 まあるいそれを割って、袋になっているところに割いた肉、と細切りにした野菜を挟んで噛む。

 栄養が摂取できれば上々と思っている私の料理とは雲泥の差だ。

 

 先に食事を終えた彼は、食後の茶を入れるために席を立った。

「妹は助からなかったようだ」

 湯呑みを置き、世間話でも始めるように告げる。だから、危うく聞き逃しそうになった。

「助からなかったって」

「殺されはしないだろうが、敵の城に囚われた。城に入られては現状、救出はできない。加えて、グレイは意識不明の重体らしい」

「そうですか」

 彼がらしくもなく感情を見せない。私は言葉を無くすばかりである。

「戦は失うばかりだな」

 窓の外を眺めて苦々しく呟く彼は、いつもよりとても小さく見える。

「父上は何のためにこの戦を始めたのであろう。私は戦場を駆けることばかりに夢中で、きちんとそこに向き合ってこなかった」

 彼はきちんとこの戦の始まりを知っている。なぜハイケーンはノースと剣を交えているのか。事情聴取できちんと口にしていた。教育の一環として、教え込まれたのだろう。暗唱したように滑らかな口調で私に告げた。私はそれを書類に直し訴状として提出してある。

「ここで下働きのようなことをしていては、王になったという自覚も芽生えぬしのう」

 陶器の器をぐるぐると回し、底に沈む茶葉を揺らがせる彼。

 私たちの手元に今ある茶は、茶葉を煮出し、スパイスと砂糖を加えた上に、キャメルミルクをたっぷりと注いだものだ。砂漠の中にあるこの街で昔から飲まれていた。ここに来た時は顔をしかめながら舌を伸ばしていたのに、気づけば、彼は自分から作り手に取るようになった。最初のうちはツインズ城で食べていたものを再現しようとしていたのに、今ではここの辺りの料理を作る。


誰よりも民を思い、戦場で力を発揮できるこの男から、この街は剣を取り上げた。


「民の姿も見えず、兵がどこで何をしているかも把握せず。ましてはその両方が既に亡くなっているやもしれぬが、私はそれを知る手段を持たない」

 クラークとグレイから届く手紙が街の外と繋がる全てであった。現状を教えるはずの城は今や敵の手に落ちている。下手に外部と連絡を取ろうとしてリアがここにいると知られてはならなかった。

「ここの暮らしは、穏やかで、近所と仲良くなるたびに居心地の良さが増す」

 薄汚れた袖で口を拭い、席を立った。

「これで良いわけがない」

 その口調には、この街から身動きの取れない自分への怒りで満ちていた。


 私の日々の仕事には郵便物の仕分けも含まれる。ケリング師への手紙のうち訴訟機関と顧客からのものを選り分け、開封し、内容で優先順位をつけ、師に渡す。

 郵便物を仕分けていると、訴訟機関が発行している封筒が二つ。自分とリアに宛ててそれぞれ入っていた。

 やっときた。

 作業を中断して、ペーパーナイフを手に取り自分宛の分を、手早く開封する。

 内容に目を通す。

「やっぱり」

 階段を駆け上がり、ノックもせずに戸を勢い任せに押した。

「リア、第一審の日取りが……」

 はっと息を飲む。

 腕をクロスさせて胴から上衣を抜く、腹斜筋にばってんのような割れ目、筋肉でくびれた腰と、六つに分かれた腹筋。太い腕と、厚い胸。

 この前は背中しか見ていなかったから。

「ごっ、ごめんなさい」

 封筒で顔を覆いながら、下を向いた。

「何を謝る。私の筋肉は美しいのだ。目が離せなくなって当然」

「いえ、あの、間に合ってます」

 豪快な笑い声が、事務所に響く。やめてほしい、笑ってないで早く服を着て。

「して、如何した」

 新しい衣に腕を入れた彼が、尋ねる。

そろりと服を着終えている確認してから、手紙を手渡す。

「第一審の日程が決まったの。今までノースからの返答待ちだったのですが、使者がノース氏の代理として訴訟に参加すると」

 訴訟自体は領地を法人化して提起しているので、リアがこの街にいることは伏せてある。

地理的に、よりアド・リティームに近いハイケーンでさえ、訴訟について深く知らなかったのだ。そのまた向こうにいるノースは、いたずらの類とでも思ったのか今まで、取り持とうとしなかった。アド・リティームにノース側が出頭をしなければ、自動的に訴えた者、つまり「原告」のハイケーン領が勝訴する、という最終通知になってようやく応じて来た。

「ついにきたか」

 リアは顔をしかめた。不戦勝になった方が早く事が進む。それを彼は期待していた。だけれども。

「私、思ったのです」

 リアのしかめ面を覗き込む。

「きちんと、あなたとあなたの民の正しさを、神の前で証明すべきです。確かに不戦勝は楽やもしれません。でも戦場にいたあなたならわかるはず。戦に負けた国が、涙を飲んで勝国に従うのは、力で叶わない事を示されたからでしょう。応援要請をされる国には神の力は直接及びません。不戦勝であったと知って果たして要請に応じるでしょうか、義があるのだと法廷で証明されたと知るから、神がそう示したと知るからこそ要請に応じるのです」

不戦勝では得られないものが、法廷では得られる。私はそう考えていた。

「それはそうだが」

 渋る彼に私は続ける。

「そして、それができるのは、あなた一人です。ノースが荒らした民を知り、非道で行き過ぎた戦争行為をその目で見て、そして何よりも民への気持ちが誰よりも強いあなただからこそ、ハイケーンの義を証明できるのです」

 彼は気が短い、しかしそれは民や国を馬鹿にされることに対してだ。心のそこから民のために怒れる統治者は彼の他にいるだろうか。

「法廷は戦場です、論理と証拠を武器に相手を倒すのです。ハイケーン領を守る気持ちが強いあなたは法廷でも軍神になれるでしょ」

 グッと、リアの拳が握られた。そこにあるのは、怒りではない、希望。

「この街にいるから、できるのだな」

「ええ」


歯を見せて笑うリアを見て思う。やはり彼は太陽なのだ。俯き、暗い顔をするのではなく、明るく輝くのが本当の姿だった。

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