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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第二章
14/41

第13話 湖の館

新章突入!!

美人の登場です。大人の女です。未亡人です。


就活終わったので、更新ペースを少しあげたいと思います(できるかな?)

 レイクヤード領は大きな湖を擁した、緑の豊かな土地である。

 亡き夫が残したこの領地は、この国で最も美しく穏やかだった。

まだ夜が明けきらない早い時間、私は屋根裏部屋の出窓から館の裏にある湖を眺めるのが好きだ。霧を薄くまとい、凍える様子も見せず、こちらを見返してくる。その堂々たる様が、その懐の深さが。


 夫が四年前、病気で急死してから家督は夫の甥に継がれることに決まった。しかし、その甥はまだ、六歳で右も左もわからない幼児だ。彼が領主として立ち回れる様になるまで、中継ぎとして私−ソフィア・レイクヤード−が家のことを取り仕切っていた。

 もとより、戦争で領地のことを肩代わりすることが多かった私には、中継ぎといえどもこの忙しさは好ましかった。貴族の妻たちが裏で私をあまり良くない風に言っているのは知っていたが、男の仕事は面白かった。


 まだ家の中は暗い、手持ち燭台に火を点け、ずり落ちたショールを肩にかける。

 さて、今日は領地の北にある、水車小屋を直させる手筈を整えなければならなかった。子供と老人と怪我人ばかりが残されて、人員が不足している。水車小屋の持ち主の農夫も老人で、助けを請われたのだ。

 国王ほど大きな領主になれば、こうはいかないが、中小の領地の長は直接、民の声を聞き、手を差し伸べることができる。頭を悩ませるのは確かだが、やりがいはひとしおだ。

 とは言っても、ツインズ城の舞踏会や、貴族の奥方同士のお茶会ももちろん楽しいけれど。


自室に戻る前に、台所の様子を見ようと大階段を降りていると、玄関ホールがけたたましい音を反響させた。

戸を誰かが叩いている。しかも、尋常でない強さで。

まだ、人が訪ねてくる時間ではない。

「ユリア、ユリア、早く此方に来て」

一番親しい下女の名を呼びながら、ホールに足を下ろす。

騒ぎを聞きつけたのだろう、ユリア以外にも数人が駆け寄って来た。

「男衆も呼んでちょうだい、あと、寝巻きのままだから、何か羽織るものを」

「なんでしょうか」

 ユリアは不安そうに戸を見遣る。

「国からの伝令が、あるいは、敵国の侵略か」

 武器になるような農具を抱えた男衆が2人やってくる。

「夫人」

ユリアが手にする羽織りに腕を通す。

「開けてちょうだい」

私の声で、男衆が重たい扉を開けた。

そこには赤黒い影。

「レイクヤード……夫人」

人だと分かるまで時間が要った。2人の青年が折り重なっている。

自分の名を呼んだ青年が膝をつくと、もう一人がまるで死体のように転がった。

その泥に塗れた顔を見て息を飲んだ。どうして。体がひとりでに駆け出し、服が汚れることも忘れて膝をつく。膝に抱きかかえた頭は記憶より随分重たくなっていた。

「エド」

苦しそうに眉根を寄せる彼の頬を両手で抱える。約束したのに。無事に帰ると。

相当高い熱が出ている。触れた指先が汗に濡れた。

「早く、治療を」

もしやと思い、声の主へ顔を上げる。

「もしや、クラーク様なのですか」

「治療を、早く」

「クラーク様」

体が大きく傾いだ。危ない、腕を伸ばすが間に合わない。

ガシャンと派手な音とともに、クラークまでもが地に倒れた。倒れてなお、グレイに治療を受けさせるように譫言を繰り返している。

「夫人、どうすれば」

「この方達は、お二人ともこの国を支えている重鎮のご子息。何としても助けなければなりません。いいですね」

 下仕え全員がきちんと頷いたのを見てから、自分も気を引き締めて優先事項を決める。

「お二人を南のテラスにつながっているお部屋にお運びして。ユリア、あなたはお医者様を。馬を使っていいわ、下女が森を歩いている時に獣の罠にかかったことにしてちょうだい。本当のことは誰にも知られないように」

 指示に従って、それぞれが散っていく中、額をこすった。冷静に判断をする自分の裏に、ひどく動揺する自分がいる。いつかこの様な日が来ると覚悟していたのに、夫のことでこの様なことには慣れているはずなのに。

「夫人」

 下女の一人が水で絞った布巾を手に駆け寄ってくる。

「手と顔を拭いましょう、血が」

 言われて先ほどグレイに触れたことに気がつく。

「いえ、できる限り二人の応急処置をします。お医者様が来るのを待って、手遅れになるのは嫌です。汚れを落とすのはその後でいいわ」

 テラスがある客室は二つある。

「グレイ様はどこか傷を負っているはずです。クラーク様も無傷ではないでしょう。手ぬぐいとお湯を持ってきて」

 下女に告げ、自分はグレイの鎧に手をかける。紐を解く指が震えていた。

 後ろで呆然としていた下女を叱る。

「クラーク様の鎧をお外しして、怪我をなさってないか調べてちょうだい」

 鎧を外すと、不衛生な赤黒い布が数カ所に巻かれている。解き目が見当たらないので、ハサミで切って裂くように取り払う。


 傷が現れた。深い、深い傷が。

 

 応急処置の止血帯だったのだ。手に触れれば濡れている。絞らずとも血が滴るほどに。

 自分が知っている「ケガ」を遥かに超えていた。

 あるはずの皮膚がえぐれ、黒ずんだ肉が顔を覗かせる。泥汚れと合間って、傷の大きさまでは確認ができない。

「お湯です」

 差し出された手ぬぐいを受け取り、泥を拭う。皮膚がようやく綺麗に見えればその傷の深さが露わになる。

「この人はまだ子供なのに」

 呟くと、視界に靄がかかった。はたはたと、涙が落ちる。拭いながら、手ぬぐいを絞った。

「夫人、代わります」

 下女の一人が、言う。

「いいえ、結構です」

 どれくらい放置したかはわからないが、止血帯がわりの布の下にはどれも致命傷に思える傷が潜んでいた。それぞれを綺麗に洗い、血が止まりきっていないものはきつく止血し直す。

 彼の傷全てにそれが終わった頃、医者が到着した。


 クラークはグレイに比べ、軽症で、気を失った理由は深刻な睡眠不足と脱水症状だとされた。

 問題は。

「感染症を起こしてますな」

 洗面器で手を漱ぐ。

「助かりますか」

「今の時点では何とも」

 眉根に皺を寄せて、苦しそうに呼吸をするグレイに涙がこみ上げそうになる。指を噛んで、気をそらし、息を吐いた。

「若いから、まだもっていると言う程度です。あまり期待はしないほうがいい」

 彼が助からない可能性がある、その気持ちの用意をさせるための言葉に喉が詰まった。

「私も戦場からの戻りです。彼らは青春を知らない。戦は奪うばかりですな」

 医者が、杖を手に取った。

 この国に残っている男たちには、日に日に体の欠けているものが増えている。

「グレイ公とクラーク公のご子息でしたら、力の限り協力はさせていただきます」

 医師の言葉に、顔を険しくした。

「ツインズのお城で起きたこと、ご存知ですか。くれぐれも、お二人のお子様が生きていると言うことは、内密にお願いします」

医師に釘を刺せば、彼もまた顔を険しくして頷いた。

「心得ております」


 隣の部屋から、陶器が割れる音が聞こえた。諌める下女の騒ぎ声も。


 医師と顔を見合わせ、隣の部屋に走った。

「クラーク様、いけません」

「クレア、クレアを探しに行く」

 男衆が抑えようにも簡単に捻りあげてしまうので、手が付けられない。

「クラーク様、私を覚えていらっしゃいますか」

 腕が当たるかもしれない恐怖を押し殺し、眼前に迫る。怯んだ彼の頰をすくい上げるように手で包み覗き込んだ。

「私です。レイクヤードです。この部屋で、この館でグレイ様と一緒にあなたは一夏をお過ごしになったでしょう」

「レイクヤード夫人……」

「そうです。思い出しましたか」

「レイクヤード夫人……」

 彼が下唇をきつく噛んだのを見て察する。

「皆さん、二人きりにしてください」

 

「守れなかった」

 人がいなくなった途端、ぐしゃっと、クラークの顔が歪んだ。

「守れなかったんです」

 膝から崩れ落ちる彼を、私の力では支えきれなくて、一緒に崩れ落ちた。


 体ばっかり大きくなって。

 ため息をつきながら必死に嗚咽を堪える青年の頭を撫でる。

 幼い頃より親から引き離されて戦場に出て、心が大人になるために必要な段階を踏まずに、何を守れると言うのか。それなのに、戦場はこの子たちに、国を守れ、民を守れ、家族を守れと焚きつける。

「アンナマリア様も、敵の手に」

 も、ということはクラークの心を抉っているのはそれ以外ということだろう。

「グレイは生き延びろと言ったけれど、俺は今生きていてはいけないんです」

 ぼたぼたと涙が落ちるのを、誰なら止めることができるのだろうか。


「背が伸びましたね、あの頃は私とあまり変わらなかったのに」

 落ち着いたクラークはベッドに戻る気配もないので、テラスのテーブルに食事を用意させて、彼の向かいに腰を下ろす。

 先ほどのらしくない取り乱しが、よっぽど恥ずかしかったようだ。目を合わせてくれない。構わず、クラークに語りかけ続けた。しばらく話しかけていると、彼も口を開いた。

「お世話になったのは六年も前ですから」

 すんっと鼻を鳴らしながら、彼は髪を整える。

「どんな任についていたか、女が首をつっこむべきでないことはわかっています。でも、もし話したかったら、いくらでもお聞きしますからね」

「ありがとうございます、でも、もう平気です」

 重荷を少しも分けることなく、立ち直ったことになっている目の前の子供に一抹の不安を覚える。初陣を済ませても、戦場で経験を積んでも、それは大人になったということではない。

「グレイと二人で就いていた、隣国での任に失敗したのです」

 不自然な笑みに違和感を覚えた。

「お願いがあります」

彼はこんな時でさえ、礼儀正しく頭を下げる。

「グレイが動けるようになるまで、ここでやつを匿っていただけませんか」

もっと自分のことで、いっぱいいっぱいでいいのに。切なくなる。

「もちろんです」

二つ返事で返した。

「あなたを頼ればいいと言い出したのは、グレイなんです。あんなにボロボロなのに、どこまでも冷静で」

 グレイが寝ている部屋を眺めながら、クラークは零した。

「武人の家系はノースの手に落ちているかもしれないが、ここは事務官の家系だし、夫人は旦那様が亡くなっているから、武人を隠しているとは思われないだろうと」

 話の雲行きが怪しくなって、マナーに反することを承知の上で遮った。

「あなたも、ここを止まり木になさるのでしょう」

 クラークの作り笑顔に亀裂が走った。

 風が頰を撫で、彼のブロンドの髪がその表情を隠す。

「クラーク様」

 横髪を、掻き揚げたクラークは、真っ直ぐ私の目を見ていた。

「私は、一度父に国の現状を聞き、その後、指揮官の所に戻ろうと考えています。私の家も文官ですから、父は無事のはずですし」

悲しかった。彼もここに隠れていなければならないほどに疲弊しているのに。無理に飛び立とうとする。

「わかりました、ただ、重度の過労と睡眠不足のようですから、二日間はここできっちり休んでください。馬も、必要な物も揃えます」

 こんな時、男だったらと思う。政、戦に口を出せる立場があれば。男の仕事を肩代わりできても、国のことにまでは関わってはいけない。山ほどの言いたいことを飲み込んで、偽善の言葉が自分の口から発せられる。

 でも、クラークの瞳はそんなものでは救えないほど、閉ざした光を宿していた。私ではもう、救えないのだ。


 二日後、朝食をとらせてから、クラークを送り出した。最後まで、何を見て、何を失ったのかを語ることなく。いつもの柔和で紳士的な彼だけを周りに見せて去って行った。

今までの登場人物はみんなティーンとか二十歳そこそこが多かったので、第2章では大人をたくさん出したいと思います。

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