第11話 罰せられない罪
前回に引き続き、アド・リティームのターン!
リア様のキレるポイントは「国」「民」が不遜に扱われた時に限ります。
武人の朝は早い。
たとえ、王子といえども、武人であったなら其の辺りは等しく仕込まれる。騎士学校の教官は身分ではなく、私を見た。そして、指導の手を抜かなかった。だからこそ、私は戦場で死なず、部下を導くことができる。
あのように、私を扱ったのは教官、そして我が妹だけであった。
妹は、この世で初めて私を不遜に扱った存在だ。それまでは、過剰なまでに慇懃な態度しか知らなかった。妹がたどたどしい言葉で「やめて」と私を拒否した時、私が彼女に尽くすことは決まった。両親でさえ、私を拒否したことなかったのだ。
「あー、ありがとうございます」
不遜な声を発するこの女も、妹に近いものを感じる。
妹に不遜に扱われるたび、私の機嫌は良くなった。ここにきてからは、この女の心中にある不快感が顔に出るたびに、私は少し嬉しくなる。
城なら、私を不遜に扱うたびに周りの者が妹を咎めるが、咎める者がここにはいない。それが、最近の機嫌の良さの所以にあたる。
「このように重たいのだな、書物というものは」
ジョセフが、よろめきながら抱えていた書物を勝手に取り上げ抱える。助けはいらないと言われたが、半ば無理やり行先を聞き出し荷物持ちになった。
「リアも、教育を受けているのではないですか。書物に親しんでいるでしょう」
肩をほぐしながら、彼女は歩き出した。彼女はいつも肩や腰を痛そうにしている。
「騎士学舎の座学はもっと薄い書籍で学ぶからな。それに妹と違って私は書物が嫌いであったから、剣ばかりで」
「まあ、私でも法学書の分厚さには呆れます」
行き先は判例図書館のようだった。
まるで自宅かのように彼女は図書館に入った。ジョセフはいくつもある書棚を迷わずに進んでいき、私の抱える本をスムーズに戻していく。相当に入り浸っているのがよくわかる。
後ろをついて行きながら、手元の書物を見る。皮でできた分厚い表紙。何枚もあるページ。金属で補強がされた背表紙。彼女は華奢な肩で、これを山のように抱え運び、そして、ひたすらに読み進めるのだ。
王子をこき使いながら、図書の返却をしていく。婚姻に関する法の棚で見知った男と行き違った。
「ジョセフ」
わざとらしい慇懃な礼に、目礼を返す。
「ユアン」
私の後ろに立つ、リアを舐めるように見て、その後、私の手にある図書を撫でた。
「図書の返却なんて、司書に任せればいいんだ、俺たちの知識はもっと崇高だろ時間を有効に使いたまえ」
ユアンは人を見下すが如く、話す時に顎を上げるくせがある。
「馬鹿ね、図書学と法学の違いなんて、どの書籍で勉強したかくらいの差よ。図書の分類について学んだか、法について学んだか、知識に崇高もクソも無いわ」
「卑しい言葉だな、法服に相応わしくない」
リアが拳を握るのを察する。
私は、頰を噛んで微笑んだ。これは、まずい。連れてくるのは失敗だったか。このくらいの嫌味、日常茶飯事なのに。この王子は軽蔑に敏感すぎる。
「どうした、いつもの威勢は。月のモノで調子が出ないのか」
完全に背中に殺気が当たり始めた。お願い、ユアンその汚い口を今すぐ閉じて、あなたのために。
「これだから、女はロイヤーには向かない。この仕事は男の公平性が必要なんだ」
「貴様、恥ずかしくはないのか」
後ろの狂犬を抑えることができなかった。ごめんなさい、とユアンに心の中で謝った。育ちがいいのに、すぐ噛み付くの。
「貴方こそ、どこの誰です。この図書館に野良犬は入れないはずだが、つまみ出させようか」
あー、こんなことになるんだったら、きちんとした礼装を常に着せておくんだった。家事をやらせているからという理由で、リアには汚れてもいい服ばかり渡してあった。今、身につけているのも王子らしからぬ、煤けた衣だ。
「ふっ」
リアが鼻で笑い、私の前に出た。
庇われて気がつく、この人背が大きい。
政治家の素質にはいかにスピーチがうまいかがあるというのをいつか、読んだ気がした。
「その言葉、よく覚えておこう。私は、東南の領主ウィリアム・ハイケーンが長子。リア・ハイケーンだ。ゆくゆく国を治めるものに野良犬との評価は、いやはや珍しい」
流石は王族。よく通る声、滑らかな響き。
図書館なのに、声が大きい。バチバチと神威がリアを焼き始めた。
「その無礼、国に戻り次第、生家焼き討ちで償っていただこう」
腹から出る太い声。本より重たいものを持ったことのないユアンに比べ、圧倒的な物理的な大きさと厚み。後光のように放たれる神威。育ちの圧倒的な格差が滲ませる風格。その全てはもはや神々しくもあり。向かいで、見下ろされ威圧を受けたユアンの腰が抜けた。書棚に手をついて倒れこむ。
リアが笑みをたたえながら、深く息を吸った。そして。
「私の視界から今すぐ立ち去れば、許さぬこともない。さっさと消えろ」
トドメの一喝、その瞬間に一層激しく神威が弾け、ユアンは立たない腰で這うように逃げていった。
「今日は人を殴ろうとしたわけでないのに、なぜ神威が襲ったのだ」
神は心が狭いのう、と眉を垂れさせるリア。
「脅迫の罪に当たるからですよ、もう」
「ふーむ、人を怖がらせる行為はきちんと項目が設けられて罰せられるのだな。よくできている」
図書を借りなければならなかったのだが、後回しにして、足早に司書室に向かう。必死さで気がつかなかったが、知らず識らずのうちに彼の手を引いていた。
「あら、ジョセフ」
扉を開けると、馴染みの顔が三つこちらを振り返る。今日は特に仲のいい女子達だけ。彼女たちは後ろに突っ立っているリアを興味津々に見つめた。
「図書、また返却してくれたの」
「でも助かるわ、他の利用者はみんな雑なんだもの」
「後ろの殿方はどなた」
勝手な囀りに苦笑を返す。
「あのくらい、なんでもないわ。それより、お勝手を貸してくれない。彼、少し神威に焼かれてしまったの。手当てをしたいのだけれど」
六つの瞳が大きく開かれる。
「え、怪我。大丈夫」
「もちろん、好きに使って」
「私、治療箱、持ってくるね」
三人が蜂の巣を突いたように、立ち上がった。
「上着、脱いでくださりますか」
「これくらいなんでもない」
簡易的な台所にある甕の横に椅子を置く。服が一部焦げていて、その隙間から覗く肌は、間違いなく怪我と呼ぶものだ。それなのに、彼は痛がる素振りすら見せない。
「後ろから、血が滲んでるのを見て、私はなんでもないと思いません」
彼を座らせて、万歳させた。衣を引っ張ると、渋々、脱いでくれる。もう、ややこじゃないんだから。
隆起のある肉体が外気に触れた。思わず息を飲む。「なんでもない」という彼の言葉の意味を知った。本当に、彼にとってはなんでもないのだ。
神威による火傷がなんでもないくらい。彼の肌はすでに引き攣りが覆っていた。まず目につくのは、あの日、神に焼かれた傷。しかし、それよりも大きく、戦場で得たのだろう傷の数々があった。
息を殺し、手ぬぐいを濡らす。
血が出ている部分を綺麗に拭い、油薬を塗っていく。指に触れる筋肉の硬さは自分の体とは異質で。私の指が細いせいで、なおのこと違いを意識させられる。
「なあジョセフ」
彼の声に応じて背が動くものだから、思わず指を引っ込めてしまう。
「神は、お前に向けられた蔑みは罰さぬのか」
純粋な問いが純粋な声で。
「私には、よほど、罪に思える」
私は、再び彼の背に指を当てながら、薄く笑った。
「神は罪人のその心までは縛れないのですよ、地位のないものの何にもならない言葉まで縛っては、私たちはもはや何でもなくなってしまうでしょう」
納得がいかない風の彼に、私の笑みが深くなる。
「神は人に迷うことを許しているのですよ、言葉が私を本当に折るまで、神は目をつぶっているのです」
そういうと、怒りで結ばれていた拳が解かれた。
よく絞った手ぬぐいで、背を覆う。
「とりあえず、今日は事務所に帰りましょう。帰ったら、手ぬぐいを二回は取り替えてくださいね。火傷はよく冷やさないと」
「手間を取らせた」
「いいえ、今日はあなたにハラハラしていたせいで、自分が傷つけられていることを、ちっとも不快に思わなかったんです」
苦笑すると、彼も笑った。その顔は他の表情に比べ、とても幼かった。
治療のシーンは、こっちに背を向けて座るゴリラを思い浮かべてください。
ほら、ゴリラって気性荒いけど時たま凄い優しさを見せてくるじゃないですか。そう、ゴリラです(絶世の美女、アンナマリア様の兄なので顔は非常に整っています。




