19.譲れない想い
翌朝。
黒羽家には、いつもと変わらない穏やかな朝が訪れていた。
「皆様、おはようございます」
凛の明るい声がリビングに響く。
「おはよう」
五人はほぼ同時に返事をした。
その声が重なり、思わず全員が顔を見合わせる。
「……」
「……」
一瞬だけ流れる沈黙。
「ふっ」
紫音が吹き出した。
「息ぴったりやん、俺ら」
「笑い事じゃない」
玖音が静かにコーヒーを口へ運ぶ。
しかし、その視線は自然と凛へ向いていた。
昨日、空中庭園で気づいた。
自分は凛が好きだと。
そして、それは兄弟全員同じだった。
***
朝食を終え、凛が食器を片付けようとすると、
「凛」
太音が優しく声をかけた。
「午後、少し時間ある?」
「はい。買い出しまででしたら大丈夫ですが……」
「じゃあ、トレーニングルームを案内したいんだ」
「黒羽家にはそんなお部屋もあるのですね」
凛は目を輝かせた。
「ぜひ拝見したいです」
その瞬間だった。
「悪い」
玖音が口を開く。
「午後は俺が凛に頼みたいことがある」
「え?」
「新しい研究で使う薬草を選んでほしい」
「凛なら、いい意見をくれそうだから」
「そうなのですか?」
凛は嬉しそうに微笑んだ。
「私でよろしければ」
すると、
「ちょっと待ち!」
紫音が勢いよく立ち上がる。
「俺も今日、新曲のジャケット写真を選ぶ予定なんや!」
「凛に見てもらいたい!」
「……」
奏音も静かに顔を上げた。
「午後、作曲室へ来てほしい」
「新しい曲を聴いてほしい」
玲音も負けじと口を開く。
「……ゲーム」
「新作、最初に遊んでほしい」
「え……?」
凛は困ったように五人を見渡した。
「皆様、同じ時間ですか?」
「……」
兄弟たちは言葉を失う。
見事に予定が重なっていた。
***
「じゃあ、じゃんけん?」
紫音が笑う。
「却下」
玖音が即答した。
「凛に決めてもらえばいい」
太音が穏やかに言う。
「それが一番公平だ」
「私がですか?」
突然話を振られた凛は、目を丸くする。
「そんな、大切なことを私が決めるなんて……」
困ったように視線を泳がせた、その時。
リビングへマリが入ってきた。
「朝から何をそんなに盛り上がっているの?」
紫音が苦笑する。
「母さん聞いてや」
「全員、凛を誘っとる」
マリは一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑った。
「まあ」
「仲がいいこと」
「……いや」
太音が苦笑する。
「そういう問題じゃないんだけど」
マリは五人を見渡し、すべてを察したように優しく微笑んだ。
「焦らなくても大丈夫よ」
「凛さんは黒羽家で暮らしているんですもの」
「これから先、一緒に過ごす時間はいくらでもあるわ」
その言葉に、兄弟たちは顔を見合わせた。
確かに、その通りだった。
競い合う必要はない。
けれど――
誰よりも近くにいたい。
その気持ちだけは、抑えられなかった。
***
その日の午後。
結局、凛は全員の予定に少しずつ付き合うことになった。
太音とはトレーニングルーム。
玖音とは薬草選び。
紫音とはジャケット写真の相談。
奏音とは新曲鑑賞。
玲音とはゲームの試遊。
忙しくも楽しい時間。
「今日はとても充実した一日でした」
夕暮れのリビングで、凛は幸せそうに笑った。
「皆様と過ごす時間は、本当に楽しいです」
その何気ない一言が、五人の胸を熱くする。
(もっと一緒にいたい)
誰もが、同じ願いを抱いていた。
そして、その願いはもう、兄弟だからと諦められるほど小さなものではない。
けれど――。
誰か一人が想いを伝えれば、この関係は大きく変わる。
だからこそ、誰も踏み出せない。
それでも恋は、待ってはくれなかった。
五人の恋は、静かに同じゴールを目指して動き始める。
その最初の一歩を踏み出すのは、いったい誰なのか。
まだ何も知らない凛は、今日も変わらない笑顔を浮かべていた。




