15.世界が探し始めた少女
世界的アパレルブランドの新作発表パーティーは、大きな拍手に包まれながら幕を閉じた。
しかし――。
本当の騒ぎは、そのあとに始まった。
***
会場の外。
報道陣が一斉にスマートフォンやノートパソコンを開き、速報記事を書き始める。
「急げ!」
「トップで配信だ!」
「写真を世界中へ送れ!」
「黒羽家五兄弟が同じ女性をエスコート!」
「記事タイトルは『謎の少女』でいく!」
世界各国のニュースサイトへ、次々と速報が掲載されていく。
『世界的人気五兄弟が見つめた一人の少女』
『黒羽家五兄弟、初めて同じ女性をエスコート』
『彼女はいったい何者なのか』
ほんの数十分で、その話題は世界中へ広がった。
***
一方、その頃。
凛は何も知らずにマリとともに控室へ戻っていた。
「お疲れさま、凛さん」
「ありがとうございました」
マリは優しく微笑む。
「今日は本当に素敵だったわ」
「いえ……私は何も」
「そんなことはないわ」
マリは凛の肩へそっと手を添えた。
「あなたが歩いただけで、会場中の空気が変わったもの」
凛は困ったように笑う。
「皆様がお写真をたくさん撮ってくださっていて……少し驚きました」
「きっとドレスが素敵だったからですね」
その天然な返事に、マリは思わず笑ってしまう。
(この子、本当に分かっていないのね)
会場が注目した理由を。
五兄弟がどんな眼差しで凛を見つめていたのかを。
本人だけが、何も知らなかった。
***
同じ頃。
五兄弟は控室でテレビを見ていた。
「……もう出てる」
玖音がスマートフォンを見せる。
画面には世界各国の記事が並んでいた。
『Mystery Girl』
『Who Is She?』
『The Woman Chosen by the Kuroba Brothers』
「早っ!」
紫音が思わず声を上げる。
「まだパーティー終わって一時間も経ってへんやん!」
太音は苦笑した。
「さすが世界配信だな」
奏音も静かに画面を見る。
「……もうトレンド」
玲音もスマートフォンを確認し、小さく目を見開く。
「……一位」
世界共通のトレンドランキング。
そこには大きく表示されていた。
『#MysteryGirl』
『#黒羽家五兄弟』
『#WhoIsShe』
数千万件もの投稿が、今も増え続けている。
「これは……まずいな」
玖音が静かに呟いた。
「凛が困る」
その一言で、全員の表情が変わる。
太音が真っ先に口を開いた。
「絶対に守ろう」
「うん」
「もちろんや」
「……守る」
「……当たり前」
五人の返事は、一つだった。
凛を守る。
それだけは誰にも譲れない。
***
一方、世界では――。
世界中のSNSでは、凛の話題でもちきりだった。
『あの子は誰?』
『女優?』
『モデル?』
『王族?』
『黒羽家の婚約者?』
『いや、情報が全く出てこない』
『調べても何も分からない』
『本当に一般人なの?』
誰も答えを知らない。
分かっていることは、一つだけ。
世界中のスターから愛され、憧れられてきた黒羽家の五兄弟が、たった一人の少女だけを特別な存在として見つめていたこと。
その事実だけで、世界中の人々の興味は尽きなかった。
***
その日の夜、黒羽家では――。
凛はいつも通りエプロン姿に着替え、夕食の後片付けをしていた。
「今日は皆様にも喜んでいただけて、本当によかったです」
鼻歌交じりに食器を洗う。
世界中で自分が話題になっていることなど、夢にも思っていない。
その姿を少し離れた場所から見つめる五兄弟。
太音が小さく笑う。
「……何も知らないんだな」
「その方が凛さんらしい」
玖音も穏やかに微笑む。
紫音は苦笑しながら肩をすくめた。
「世界中が探しとる本人は、晩ごはんのお皿洗っとるし」
奏音も静かに笑う。
「……かわいい」
玲音は照れくさそうに目を逸らした。
「……だから放っておけない」
その何気ない日常が、五人にとっては何よりも大切だった。
しかし――。
世界はもう、天咲凛という少女を放ってはおかなかった。
パーティーで撮影された一枚の写真は、わずか数時間で世界中へ拡散される。
『五人の世界的スターが見つめる少女』
その一枚は、数億人の目に触れ、瞬く間に世界中のメディアを駆け巡っていく。
「あの少女は誰だ」
「黒羽家との関係は?」
「一般人なのか?」
「必ず見つけ出せ」
世界中が、まだ名前も知らない一人の少女を探し始めていた。
もちろん、その頃も――。
当の本人は、キッチンで食器を洗いながら小さく鼻歌を歌っている。
「今日は皆様が喜んでくださって、本当によかったです」
穏やかな笑顔。
変わらない日常。
その姿を見つめる五兄弟は、静かに視線を交わした。
「守ろう」
太音の短い一言に、
「うん」
玖音が頷く。
「もちろんや」
紫音が笑みを浮かべ、
「……絶対に」
奏音が静かに続ける。
玲音も小さく頷いた。
「……守る」
まだ何も知らない少女の日常は、今日を境に少しずつ変わり始める。
けれど――。
彼女へたどり着く前に、立ちはだかる者たちがいる。
世界が誇る天才五兄弟。
彼らはもう、誰にも凛を傷つけさせるつもりはなかった。
この日を境に、天咲凛の運命は静かに、そして確実に動き始めるのだった。




