13.世界が振り向いた日
黒羽家で働き始めて十五日目。
朝。
朝食を終えた頃、マリが優雅にティーカップを置いた。
「凛さん」
「はい」
「三日後、私が手がけるアパレルブランドの新作発表パーティーがあります」
凛は姿勢を正す。
「はい」
「ぜひ、一緒に来てくださらない?」
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
「わ、私がですか?」
「ええ」
マリは穏やかに微笑んだ。
「ブランドのコンセプトは『本当の美しさ』」
「私は、凛さんにそのドレスを着ていただきたいの」
凛は慌てて首を横に振る。
「と、とんでもありません!」
「私は世話係ですし、そのような場所には……」
「だからこそよ」
マリは優しく言った。
「飾り立てた美しさではなく、人を想う心から生まれる美しさ」
「私は、それを表現できる人に着ていただきたいの」
その言葉に、凛は返事ができなかった。
すると。
「俺、賛成!」
紫音が真っ先に立ち上がる。
「絶対似合う!」
「世界中がびっくりするで!」
太音も笑う。
「俺も見てみたいな」
奏音は静かに頷いた。
「……凛さんなら」
玖音も腕を組みながら小さく笑う。
「反対する理由がない」
玲音も照れくさそうに視線を逸らしたまま呟く。
「……たぶん、きれい」
五人そろって背中を押され、凛は困ったように笑う。
「皆様まで……」
マリは立ち上がると、凛の手を優しく包んだ。
「大丈夫」
「あなたは、そのままで十分美しいわ」
その一言に、凛は思わず息をのむ。
祖母以外に、そんな言葉をかけられたことは一度もなかった。
「……よろしくお願いいたします」
小さく頭を下げる。
マリは嬉しそうに微笑んだ。
「では決まりね」
「最高の一着を用意しましょう」
***
パーティー当日。
専属スタッフたちが凛の髪を整え、淡いメイクを施していく。
マリ自ら選んだ一着のドレスを身にまとった凛は、鏡の前で息をのんだ。
「……これが、私?」
淡い水色のドレスは、凛の透明感をより一層引き立てていた。
飾りすぎない上品なデザイン。
歩くたびに光を受けて揺れる繊細な生地。
まるで女神のようだった。
マリは満足そうに微笑む。
「やっぱり……思った通り」
「とても素敵よ」
その頃。
先に会場へ到着していた五兄弟は、マリと凛の到着を待っていた。
扉が開く。
凛が姿を現した、その瞬間――
会場中が静まり返った。
「……誰?」
「あの子、モデル?」
「今回のメインモデルじゃないの?」
「見たことない……」
「新人?」
「あの透明感……ドレスが負けていない」
「なんて綺麗なんだ……」
ざわめきが広がる。
スポットライトを浴びているわけでもない。
それでも、自然と誰もが凛へ視線を奪われていた。
当の本人は、その理由が分からず、小さく首をかしげながらマリの後ろを歩いている。
「……皆様、どうかなさいましたか?」
不思議そうに呟くその姿さえ、会場中の視線を引きつけていた。
五兄弟も言葉を失う。
「……」
最初に我に返ったのは太音だった。
「迎えに行く」
そう一歩踏み出した瞬間、
「ちょっと待って」
玖音が腕をつかむ。
「最初は俺」
「いやいや、俺やろ!」
紫音も割って入る。
奏音は静かに凛を見つめながら一歩前へ。
玲音も珍しく足を止めなかった。
「……今日は」
小さく呟く。
「譲らない」
五人の視線がぶつかる。
「じゃんけん?」
「そんな時間ないやろ!」
「公平に決めよう」
「……」
その様子を見たマリは、くすりと笑った。
(ふふっ)
(みんな、本当に分かりやすい子たち)
そして凛だけが、兄弟たちがなぜ真剣な表情になっているのか、まったく理解できていなかった。
その次の瞬間――
「俺がエスコートする」
太音が真っ先にそう告げた。
「いや、最初に名乗ったのは俺や」
紫音が負けじと前へ出る。
「順番で決めるべきだね」
玖音も譲らない。
「……僕も」
奏音が静かに一歩踏み出し、
「……今日は譲らない」
玲音も小さく呟く。
五人の視線が再び火花を散らした。
凛だけが、状況を理解できず小さく首をかしげる。
「……どうかなさいましたか?」
きょとんとした表情で首をかしげるその姿に、会場中が思わず笑いに包まれた。
黒羽家へ来て十五日目。
五兄弟による、前代未聞の"エスコート争奪戦"が幕を開けようとしていた。




