零れた命
見渡す限りの草原。アビスと森を出てから30分程歩いたがどこまでも続く草原しか見えない。
魔物の数も森と比べて急激に減った。これは食料を確保するのも一苦労かもしれない。森で少し食料を調達してから集落を探した方がいいかもしれないな。
森を出たくて必死だったのに逆に戻ることになるとは皮肉なものだな。まぁ食料を確保したらまたすぐに出てこよう。
「なぁアビス。このままだと今夜の飯すら危ういと思わないか?」
「クゥゥ」
アビスは状況をわかっているようで力なく鳴く。
「そこでだ。一度森に戻って食料を集めてからまた出てこないか?」
するとアビスは森の方に走っていき、早くしろと言わんばかりに振り向いてくる。
「わかったわかった。急ごう」
この一か月アビスと行動していてわかったことがある。アビスは結構好戦的だ。
俺が狩りに出ようとすると率先してついてくるし、魔法の練習で魔物と戦っていると半分以上は倒してしまう。まぁ狼だから戦うのが好きなのだろう。近接戦は俺よりも強いし、おそらくいつかは魔法も使いそうな気がする。
アビスと楽しく狩りをして一時間ほど。一角兎3羽とグレイボア1頭、調子にのって取りすぎてしまったかもしれない。まぁアビスとなら食べきれるだろうが。
獲物を取れたのでよさそうなキャンプ地を探す。開けているところは見張りやすいが敵からも気づかれやすいしもう少し遮蔽物のあるところがいいな。
「バウッ」
しばらく歩いているとアビスが突然吠えて走り始めた。どうしたのかと着いていくと、遠くの方に集落のようなものが見える。村だろうか。
「もしかして人がいるかも。行こう!」
やっと人の気配を感じる物を見つけた嬉しさで急ぎ足になってしまう。近づくとわかるがかなり貧相な村のようだ。柵も高さ50㎝ぐらいのべニア板のようなものを立てかけてあるだけ。家屋の木材もずいぶん痛んでいそうだ。
村の入り口らしきとこには木の棒を持った男が立っている。
「お前たちこの村に何か用か?」
男が話しかけてくる。敵意や警戒心は感じられない。
「少し旅をしていて。野営する場所を探してるんです」
「そうか。こんなとこに旅人が来るなんて珍しいな。何もないが休んで行ってくれ」
「ありがとうございます」
門番の男はドルワンと名乗り、村の案内をしてくれるようだ。
「まぁ見ての通りなにもない村だよ。明日を生きるので精一杯な状況なんだ」
村人は100人にも満たないぐらいだろうか。家はところどころ穴が空いており玄関の戸がないとこもある。畑はほとんど枯れており、家畜などがいる様子もない。村人たちはよそ者に戸惑っているのか近づいては来ない。
「ここが俺んちだ。ぼろいがまぁ入ってくれ」
「お邪魔します」
「おい帰ったぞ。客だ客」
「あら、珍しい。なにもなくて済まないねぇ」
ドルワンさんの奥さんのミアさん。ドルワンさんより少し年上に見える。
「おやそれは魔物かい?よく懐いてるみたいだね」
「はい。アビスっていいます。種族はわからないですけど狼だと思います」
「アビスか、お利口な子だね。ところであんた名前は?」
「あ、俺は神代蓮って言います」
「そうかいそうかい。ゆっくりしていってね」
「兄ちゃん寝る場所探してたならここに泊っていくか?」
「そんな、申し訳ないですよ。俺金持ってないですし」
「旅人から金なんか取んねぇよ」
「そうよ。遠慮せず泊っていきな」
「ではお言葉に甘えて。お金の代わりに良ければこれ俺らが捕まえたので」
「これは一角兎とグレイボアかい?こんないいもの申し訳ないねぇ」
「ぜひ受け取ってください。せめてもの気持ちなんで」
「そうかい?じゃあ今夜はごちそうだね」
「こりゃぁ夕飯が楽しみだな。兄ちゃん飯まで村を回ってはどうだ?みんな少し警戒してるようだが」
「そうします」
肉をミアさんにあげてドルワンさんに連れられて再び村を回る。途中ドルワンさんが村人たちに紹介してくれてみんな近づいてきてくれる。ただ魔物のアビスにはまだ少し警戒してるようだ。まぁこんな貧相な村だと魔物はかなりの脅威だろうしな。大人しいとはいえ狼の魔物だからな怖がるのも無理はない。
「ねぇねぇお兄ちゃんこの子なーに?」
5,6歳ぐらいの女の子が袖を引っ張って聞いてくる。この子とはアビスのことだろう。
「この子はアビスっていってお兄ちゃんの仲間なんだ。噛んだりしなから仲良くしてあげて」
「うん!よろしくねアビスちゃん」
「ワフッ!」
アビスが女の子の頬を舐める。やっと構えてもらえてたのが嬉しいみたいだな。
「ちょ、くすぐったいよー」
女の子は笑いながら受け入れる。女の子がアビスとじゃれていると何人かの子供が近づいてきた。みんなアビスと楽しそうに遊んでくれる。一人の男の子がアビスの背中に乗ろうとする。
「こらこらアビスもまだ子供だから重いだろうし乗るのはやめてあげて」
「はーい。ごめんなさい」
聞き分けのいい子だ。アビスも嫌がっている様子はないし大丈夫だろう。
そうしてアビスと子供たちを眺めているとドルワンさんがご飯ができたと呼びに来てくれた。アビスを呼んで子供たちにお別れを言ってドルワンさんの家に戻る。食卓にはすでに料理が並んでいた。グレイボアの肉と少量の野菜を炒めたものと、一角兎の肉を煮込んだスープ。
「肉は久々だ。兄ちゃんに感謝だな」
「いえいえそんな」
食事中二人はこの村のことについて教えてくれた。
ここはルーパン子爵領のコアン村。レグナス王国の辺境の村で滅多に人は来ない。商人も来ないから自給自足の生活をするしかない。たまに森からあふれてきた魔物と戦ったりしてもしていて、村を囲う柵は壊されて簡素なものになっているらしい。こんな辺境にいても将来はないからと子供たちは成長したら別の村に送り出したりもしている。
せめて少しでも何か役に立ちたいのでしばらく滞在して手伝いをさせてらうことにした。俺が村の仕事を手伝ってる間アビスには子供たちの相手をしてもらおう。
ー翌日
さっそくドルワンさんの願いで畑を耕すことになった。ここは土が乾きやすいらしく水やりをしてもすぐ枯れてしまうらしい。土魔法のクイックマッドを応用して畑の土を水分を含んだもの変えて、樽にウォータで水を貯めておく。土もいつかは魔力が切れて元の乾いた土に戻ってしまうだろうけど、水を大量に置いておけばしばらくは耐えれるだろう。
「兄ちゃん魔法使えるんだな」
「まぁ簡単なものなら」
「これで作物も育つだろうし助かるよ」
他の畑も同様に土を変えて水を蓄えておく。ここに滞在している間はなるべく水を貯めておくようにしよう。
午後からは村の男性を何人か連れて狩りに出る。できるだけみんなにたくさん食べてもらいたい。アビスとドルワンさん、それと他の村人を10人ほど連れてアビスの鼻を頼りに草原を歩く。さすがにこの人数で森に入るのは危険なので付近の草原で探すしかない。
幸いここは森に近く、一角兎が数羽いるようなので捕るものには困らなさそうだ。村人に簡単な罠や捕まえ方を教える。
一角兎は人から離れる習性があるので全員で取り囲むように追い込めば捕まえられる。こうして一角兎を5羽捕まえたのでみんなには先に村に戻ってもらう。
俺はアビスと一緒に森に入って大きめの魔物を狩ってくる。一角兎だけでは全員の腹は満たせないだろう。森に入ってすぐグレイボアと一角兎がいたので捕まえる。
しばらく狩って大量に捕まえられたから村に戻ることにした。村に戻るとみんなが出迎えてくれた。森に入ったことで心配をかけたようだ。手に入れた肉を譲って今日は村人みんなで宴会になった。ついでに取ってきた木の実でジュースを作って子供にあげたり、村の人たちに獲物の捌き方を教えたりと楽しい宴会だった。
それからも畑仕事や家屋の修繕をしたり、狩りについて行ったりと手伝いをしながら過ごしていた。狩りをするたびに獲物を持ち帰るのが大変なので何か楽に運べる手段はないかと思い魔法書を見ていたらよさそうなのを見つけたので時々練習している。
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ストレージ
空間系統初級魔法
魔力によって亜空間を形成し、非生物を一時的に保管する
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生物は入れられないらしいがトドメをさして素材となった魔物なら入れられるかもしれない。
ただこの魔法、初級のわりに難しすぎる。もう三日も練習しているのに全くできる気配がない。
まぁ亜空間を作るなんて0から100を作るようなものだし一朝一夕にはいかないだろう。
とりあえず今までの魔法のように魔力に形をつけてそれを認識できるようにする。それができたらそこに別の空間という効果を付与する。順序を建ててやっていけば大丈夫だろう。
さらに二日が経った。な、なんとかストレージを使えるようになったと思う。これで狩りの荷物運びがかなり楽になる。
今日も午前は手伝いをして午後は狩りに行く。いざストレージの実践だ。
捕まえた一角兎をストレージで作った箱の中に入れてみる。そして閉じる。き、消えた。もう一度ストレージを出して中を確認する。そこにはたしかに一角兎が入っている。
で、できた~成功だ。成功した喜びでいつもより多く狩る。ストレージのおかげでこれだけあっても運べる。
村に戻ったらストレージから肉を出して村人に配る。そしてドルワンさんの家に帰ると食事が用意されていた。今夜もミアさんの手料理をいただく。夕食を食べ終えるとドルワンさんはでかけるようだ。
「あんた今から仕事かい?」
「あぁ今日は夜の見張りでな」
「俺も手伝いましょうか?」
「なに、大丈夫だ。兄ちゃんはゆっくり寝ててくれ」
そう言ってドルワンさんはいつもの木の棒を持って出かけて行った。俺はいつものように樽に水を貯めてから眠りについた。
ー翌朝
やけに騒がしいような気がした。起きると家にはミアさんもドルワンさんもいない。気になって家を出ると村の入口の方に人が集まっていた。
「どうかしたんですか?」
「実は夜の見張りをしてたドルワンがいなくなってな」
村人の一人が教えてくれる。
「これから何人かで探しに行くとこだ」
「俺も同行していいですか?」
「それは助かる。では行こう」
俺はアビスを連れて捜索に加わる。
しばらく歩くとアビスが何かを嗅ぎつけたようで走り出した。全員で追っていくと森の手間でアビスが止まっていた。村人たちは誰も口を開かなかった。視線の先には......血まみれのドルワンさんが倒れていた。
「ドルワン・・・」
誰かが言った。
魔物に襲われたのだろう。辺りの草には血が飛び散り、いつもドルワンさんが持っている木の棒が折れている。上半身には上から下にえぐられたような傷がある。昨日の夜まであんなに元気だったのになんで・・・。
「子供らには知られないようにしよう」
「あぁすぐ埋めてやろう」
「ミアのおばちゃんに伝えるのは苦しいな」
村人たちは淡々と話し始める。こんな状況でなぜそんなに冷静でいられるんだ。
「なんで、なんでみなさんはそんなに落ち着いていられるんですか」
「兄ちゃんからしたらショックが大きいかもだけど、俺たちにとっては普通なんだ。こんな場所にある村だから明日を安全に生きられる保証もないからな。もちろん死んでしまったのは悲しいがな」
そうか。この人たちにとって人の死は身近なことなのか。いや、この人たちだけじゃなくもしかしたらこの世界の人にとって死は仕方のないことなのか。俺が昨日ついて行ってればこうはならなかったかもしれない。これが辺境として見捨てられた村の運命なのか。こんなの...受け入れられるわけない。
村人たちがドルワンさんを埋葬するのを俺は黙って見ていることしかできなかった。
遺品を持って村に帰ると、村の入り口ではミアさんが待っていた。村人がドルワンさんのことを伝えると悲しそうな表情をしながら一言「・・・そうかい」とだけ言って受け入れてる様子だった。その手は微かに震えてるようにも見えた。それでも堪えているようのか。最愛の夫が亡くなった時でさえ涙を流さないのは間違っているだろう。
その日の夕食もミアさんはいつもと変わらず接してくれる。それが耐え難い。
ー翌日
俺は村を出ることにした。
「これ今まで皆さんと狩った魔物の魔石です。お世話になったお礼に受け取ってください」
「こんなにたくさん。悪いね」
「お兄ちゃん、アビスちゃんまたね」
「うん。またね」
アビスと最初に仲良くなってくれた女の子。最後まで元気なこの子はドルワンさんのことを知らないのだろうか。軽く頭を撫でて村を後にする。
「お世話になりました」
村人に聞いたところ西を目指していけば街があるらしいのでとりあえずそこを目指す。
隣を歩くアビスが心配そうにこちらを見てくる。その赤い瞳から視線を逸らすように空を見上げる。
人の死が普通、か。......やっぱここは異世界なんだな。




