掌の命
グランドベアとの戦いに何とか勝って手当をしていたところに現れた謎の黒い魔物。
前身は黒い毛で覆われて瞳は赤く輝いている。牙のようなものも見える。狼か?
そして、かなり小さい。子供だろうか。付近に親らしき気配はない。今なら倒せるかもしれない。ウィンドカッター数発ぐらいなら出せるだろうしこれでなんとか倒せるといいが。
そう思っていると黒い魔物はその場に倒れこんだ。
よく見るとこいつ足に怪我しているな。相当な深手のようだしこれなら追ってこれないだろう。
今のうちに逃げるか。
黒い魔物を背にしてその場を離れる。これでいいんだ。子供だろうが魔物は魔物。さすがに手にかけるのは忍びないから自然に委ねよう。すまない。どうか安らかに、、、。
ん、少し眠ってしまっていたか。たしか足に深手を負ってしまって回復が間にあっていなかったところ、魔力の反応を感じてそこに向かっているときに人間に出くわしたような。
人間の目の前で気を失ってしまうとは不覚。しかしなぜだろう先ほどより足の痛みは感じない。魔力はまだ回復してないから自然治癒は発動してないはず。
これは、、、。誰かに手当されている?いったい誰が。
「目が覚めたみたいだな」
声のした方に目を向けるとそこには。人間!?こいつはさっきの。こいつが手当したのか?なんのために。普通人間は魔物に畏怖して倒そうとする。それなのにこいつは手当して話しかけてくるだと。何を企んでいるのか知らないが早くこの場から離れなければ。まだ痛むが歩けないことはない。
「おいまだ動かない方がいい。傷が開くぞ」
余計なお世話だ。くそ、人間に情けをかけられるとは。
「まぁどこかに行くのも自由だがせめて体力回復してから行けよ」
人間はそう言いながら生肉を差し出してきた。食料まで与えるのかこいつ。本当に何を企んでいるんだ、怪しいな。毒でも入れているのか?人間程度の毒では死なないとはいえ迂闊に食べるのは避けた方がいいな。
「ま、食べたくなったら食べな」
そして人間は少し離れた木に背もたれて眠ってしまった。こいつ魔物の前で寝るなんてどういう神経をしているんだ。どうやら本当に眠っているようだし一旦休んでからこの場を離れるとしよう。
再び目を覚ました時人間は料理をしているようだった。
「起きたか?肉全く食べてないみたいだったから、勿体ないし調理したからよかったら食えよ」
こいつどこまで私の世話をするつもりなんだ。肉なんてそのまま置いておけばいいものを。腐らせることに抵抗を感じてわざわざ調理したのか。
多分この肉はこいつが取ってきたものだろうし命を無駄にはしないやつなのかもしれない。命を無駄にしないからこそ私を生かした意味がわからない。
「警戒してるみたいだな。まぁ当然か。怪しいよな」
わかっているなら放置してどこかに行ってほしいものだ。
「正直最初は見殺しにしようと思った」
やはり私を助けたのには何か企みがあるのか?見殺しにしようとした相手を助ける理由なんてないだろう。
「けどな一人ぼっちのお前と自分を重ねてしまってな。ほっとけなくなったんだ」
私を自分と重ねた?魔物と人間に重ねられる部分なんてないだろう。
「俺もな、少し前に目が覚めたらこの森にいたんだ」
目が覚めたらここにいた?こいつは同族に捨てられでもしたのだろうか。
「信じられないかもだけど俺は別の世界からここに来たんだ」
別の世界?つまりこいつは異世界人なのか。異世界人で目が覚めたらこの森にいた、か。少し酷な話にも思える。
「それでしばらく一人でいたんだがこの間鬼人族と出会ってな。数日だけ一緒にいたけどその時間が楽しくて。それを思うとなんか一人のお前をほっとけなくて」
鬼人族と交流があるのか。まぁ異世界人なら鬼人族に対して敵意はないだろうし交流するのはわからなくもない。
「まぁただのおせっかいだけどせめて傷が治るまでは面倒を見させてくれ」
この人間、、、もしかしたら純粋な善意で私を助けたのかもしれない。そうだな、傷が治るまでは世話になるとしよう。
「ガウッ」
「!?納得してくれたのか?よかった。じゃあしっかり食って早く回復してくれよな」
そういうことなら遠慮なくいただくとしよう。
それから数日人間は毎食私に食事を与えてくれる。しかも私が噛み切りやすいように小さく加工して。
この人間はつくづく相手を思いやる心があるな。
人間が食糧を与えてくれるのと私の体質で魔力はすぐ回復した。そのおかげで自然治癒も発動して傷は回復した。これで自由に動けるようになった。
こいつが私を気にかける理由も私がここにいる理由もなくなった。
「もう傷治ったみただな。早いな。じゃあ、好きに行くといい」
そうだな、互いの目的は果たした。これでこの人間とも別れだな。しかしなぜだろう、最初はあんなに警戒していたのに今では別れを惜しんでしまう自分もいる。助けられた恩もあるしもう少しこの人間と行動を共にしよう。
「ウゥン?」
「おまえ、どこにも行かないのか?まさかついてきてくれるのか?」
「ワフッ!」
「そうか。ありがとう。仲間ができて嬉しいよ」
仲間、か。助けられた命せめてこの人のために使おう。
「じゃあ何か呼び名がいるな。お前名前はあるか?」
首を横に振って否定する。私の名前は種族名ぐらい。個体名はないのだ。
「じゃあ俺がつけもいいか?」
首を縦に振って肯定しよう。ありがたい申し出だ。
「そうだな、、、。深淵のように黒い毛並みに一際輝く赤い瞳。アビスなんてどうだ?」
アビス。いい響きだ。
「ワフッ!」
「気に入ってくれたか。俺は蓮。これからよろしくなアビス」
アビスを仲間にしてから一週間ほど経った。出会った時より一回りほど大きくなったような気がする。
それにアビスは幼いながらも戦闘経験は豊富なようで、俺が見つける前に敵を見つけて知らせてくれる。戦う時も俊敏性を生かして敵をかく乱して確実に急所を狙って攻撃をしている。
さすがは森の魔物だな。
アビスのおかげで戦闘は最低限に抑えて安全なルートを進めている。
しかし今は森のどの辺なんだろう。この森に来て一か月ほど経つだろうが依然として景色に変化はない。アビスに人間がいるところに行きたいと言ったところ先導してくれているのでおそらく人間の集落に近づいてはいるのだろう。
アビスが安全な道を選んでくれるおかげで体力・魔力ともに余裕があるから道中で新しい魔法の修業もできた。
今日はその成果を試してみたのでちょうどよさそうな魔物と戦ってみようと思う。
アビスが手ごろな魔物を見つけてくれる。あれは猿型の魔物。たしかブラッドモンキーだっけな。赤茶色の毛並みで好戦的な魔物。ただ知能はそこまで高くなく、獲物を見つけ瞬間集団で襲い掛かってくるらしい。
「よしアビス、まず俺が視界を奪うからその隙に背後から攻撃を仕掛けてくれ。合図したら範囲攻撃をするから離れるように」
「ガウッ」
「じゃあいくぞ。水魔法 《 ミスト 》」
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ミスト
水系統初級魔法
空気中の水蒸気増やして冷やすことで地表付近に水滴を浮かばせ、霧を発生させる
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魔法を唱えると俺を中心として猿たちを包み込むようにあたりに白い霧が充満する。霧はあっという間に広がり猿たちに反応する猶予を与えない。一瞬で霧に包まれた猿たちは戸惑っているようだ。
そして背後からはアビスの奇襲。猿の死角から急速に迫り猿の喉元に向かって噛みつく。噛みちぎったそれを吐き捨て次の猿に向かっていく。
俺も行こう。クレイヴからもらった短刀を抜いて炎を纏わせる。
”炎魔法 フレイムエッジ”
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フレイムエッジ
炎系統初級魔法
武器へ魔力を流し込み、刃を周囲に高熱の炎を固定・循環させることで切断力と熱量を付与する
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銀色の刀身が炎の鮮やかな赤に照らされる。熱を帯びた刀は刀身自体が徐々に赤く光る。
スキル無詠唱があるので詠唱破棄で魔法を発動する。
普段はなんかかっこいいから詠唱しているが、今は奇襲なのでなるべく音を出さないように無詠唱で発動する。
炎を纏った刀の攻撃を猿たちは枝で防ごうとするが、一瞬で炭となりそのまま枝ごと猿を焼き切る。
半分ほど倒しただろうか。頃合いなので範囲魔法を試そう。
「アビス退け!」
俺の合図でアビスは即座に霧から出て後退する。
「風魔法 《 ウィンドカッター 》 乱」
グランドベアに傷をつけるために乱射したウィンドカッター。あれをさらに範囲を広げて行うことで範囲攻撃とする。詠唱を開始すると俺の周りには風の刃が無数に出現する。ヒューと風を切る音を鳴らしながら猿に向かって飛んでいく。
あの戦いは確かにしんどかった。けど学ぶこともあった。しかしまだまだだな。何体か仕留め損ねた。
「アビスそっちは任せた」
アビスのほうに逃げた二体は任せよう。俺は反対側に逃げる一体を倒そう。
「炎魔法 《 フレイムスラッシュ 》」
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フレイムスラッシュ
炎系統初級魔法
武器に纏わせた炎を斬撃と共に射出する
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炎を纏った刀の柄を両手で握り、頭上に振り上げる。そのまま猿に向けて振り下ろすと刀の軌跡に沿うように刀に纏っていた炎が飛んでいく。飛ばされた炎の斬撃は逃げる猿の背中を上から下に切りつける。切られた猿の体はそのまま炎に覆われて燃え尽きる。
よし、これで討伐完了だな。魔石は回収して死体はせめて火葬しよう。
範囲攻撃にはまだまだ改善の余地があったがアビスとの連携はばっちりだっただろう。
今夜は初連携が上手くいった祝いに少し贅沢をしよう。一角兎を丸焼きにして香草で香りをつける。付け合わせに山菜とキノコ、ソースはニーナが教えてくれた木の実のソース。うん、なかなかうまくできただろう。
「じゃあ食べようか」
「ワフッ!」
アビスも美味しそうに食べてくれて嬉しい。今日の戦闘はうまくいったが、またグランドベアのような強敵に出くわしたら今はまだ苦戦するだろう。せめてあのレベルは倒せるようになったほうがいいな。
修業と移動の日々を続けること一か月が経っただろうか。アビスも中型犬ぐらいの大きさになった。成長が早いな。
俺もいくつか中級魔法を習得したしグランドベアにリベンジをしてから一気に森を出よう。
アビスの案内でグランドベアがいる場所まで移動する。熊の索敵範囲外から索敵を行って確認する。見つけた個体は前回と同じぐらいの3mほどの巨体だが、以前のような恐怖は感じない。今ならいけるだろう。
「まず俺一人でやってみるからアビスは見ててくれ」
「クゥン」
「心配しなくても簡単には負けないよ。まぁもし危なくなったら助けてくれ」
「ワフッ!」
さてどう攻めるか。前回は毒を使ったがよく考えれば自分も毒を吸う可能性があったしな。とりあえず足止めは必須。投てき対策もある。よし、やるか。
ゆっくり歩きながら熊に近づく。一歩一歩前回の戦闘を思い出しながら踏み出す。ここまでくればあいつの索敵範囲内だろう。こっちを見つけたようだな。さぁ来い。
「グオォォォ」
グランドベアはまっすぐこちらに突進してくる。熊が通り過ぎた後に遅れるように木々が激しく揺れる。地鳴りが徐々に大きくなる。熊は数秒で目の前までやってきたが、俺はその懐に潜るように飛び出しフリーズの魔法を使って地面に氷を張ってスライディングで突進を回避する。そしてすぐさま振り返ってあいつが振り向く前に動きを止めるために魔法を発動する。
「植物魔法《 ソーンヴァイン 》」
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ソーンヴァイン
植物系統初級魔法
植物へ魔力を流し込み、急速成長させた蔓に硬質の棘を形成する
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地面から生えた蔓は前と違い棘がある。生えた蔓は棘が毛皮に食い込んで熊の足に絡まる。前回より抜け出しにくいはずだ。まぁこれは一瞬の足止めだろう。
やはり熊は足に絡まった蔓を引きちぎってそれをこちらに向かって投げてくる。しかしずっと投てきには警戒していたので問題ない。
「風魔法《 エアリアルフィールド 》」
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エアリアルフィールド
風系統中級魔法
周囲の空気流を操作し、自身の周りに対流させ、風の壁を生成する
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俺の周りに風が集まる。それは俺を中心にして渦巻いていき、風の囲いができあがる。あいつの投げた蔓は風の壁に当たり四方八方に軌道を逸らし飛んでいく。
これであいつの投てきは俺に届かない。投てきが意味ないとわかればあいつはまた突進してくるだろう。けどそうすれば俺の勝ちだ。
熊はまた一直線にこちらに向かって突進してくる。しかしその足元にはすでに魔法を発動させている。
「土魔法《 クイックマッド 》」
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クイックマッド
土系統初級魔法
地中の土砂へ水分を浸透・攪拌させ、地盤を泥状へ変質させる
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熊の足が地面に沈む。抜け出そうと必死に前に進もうとするがその巨体はビクとも動かない。泥沼を熊の足を膝上ぐらいまで飲み込む。熊は泥沼を殴るようにして暴れている。どんなに暴れようと抜け出せないだろう。体を動かせない熊に向かって俺は右手を掲げて魔法を唱える。
「雷魔法《 スパーク 》」
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スパーク
雷系統初級魔法
魔力によって対象間に電位差を発生させ、瞬間的な放電現象を引き起こすことで電撃を生む
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目に見えない速さの閃光が熊の頭に向かって飛んでいく。閃光はバチンッと熊の頭にあたる弾けた。次の瞬間熊は泥沼を叩いていた腕を力なく垂れ下げ動かなくなった。どんな生物であれ脳に直接電気が流れれば動きが止まる。
「グアッ」
さぁここからだ。
「炎魔法《 フレイムランス 》」
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フレイムランス
炎系統中級魔法
高密度の炎を槍状に圧縮・射出する
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俺の頭上に炎が渦巻きながら集まる。それはやがて槍のような形を成す。炎の槍ができあがると熊に向かって飛んでいく。痺れて身動きの取れない熊の胴体に直撃する。槍が当たったところの毛皮は燃えて薄くなり、その周囲の毛先は微かに燃えているようだった。中級の炎魔法でもあいつの毛皮を焼く程度か。けどこれで皮膚に近づいた。
「風魔法《 エアリアルブレイク 》」
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エアリアルブレイク
風系統中級魔法
多重圧縮した空気層を高速回転させながら射出し、接触時に内部圧力を崩壊させることで衝撃崩壊を引き起こす
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ブオーっとけたたましい音を立てながら風は集まる。周囲の風を取り込むように小さな球体にまとまったそれを熊の胴体に向けて投げる。先ほどフレイムランスが直撃したところに当たった風の球は熊の体に吸い込まれるように消えた。
この魔法は何かにぶつかれば破裂して無数の刃となる。内側から刻まれろ。
「グ、ォ…?」
ーバキッ、ブチッ、ゴギャッ
肉が裂け、骨が砕ける鈍い音。熊の口から大量の血が噴き出した。エアリアルブレイクによって内側から臓器を引き裂いている。
「ーーグオォォ!」
断末魔を響かせた直後、その巨体は力を失ったように泥沼に崩れ落ちた。泥が飛び散る。
勝てた。今度は完全な勝利だろ。
アビスが嬉しそうに飛びついてくる。そのアビスの頭を優しく撫でる。
「ありがとなアビス、見守っててくれて」
今度こそ完全に自分の力で倒した。けど、それはこいつの習性を知っていたからだ。未知の魔物と出くわした時でも勝てるように力はつけないとな。
あ、そうだ。こいつの魔石も回収しとこう。それと毛皮も売れるかもしれないし剥いで、死体はしっかり火葬しておこう。
グランドベアとの戦いから1週間後。俺とアビスは順調に森を進んでいた。
最初の場所に比べると木々の色が鮮やかになり日光も差すようになってきた。もう少しで森を出られるかもしれない。
グランドベアと戦ってからは狩り以外での戦闘はしていない。魔石も十分に集められたし森を出ることを優先したい。
今日は何時間歩いただろう。早朝に出発して途中で昼飯を食べて。そう考えながら歩いていると突然前方から眩しい光が!
「なんだ急に」
俺が目を眩ませているとアビスが嬉しそうに飛び跳ねながら吠える。
「ワフッ!ワフッ!」
アビスを目で追っていると......。木々が途切れ、眩しいほどの日差し、見渡す限りの草原。
「ついに・・・森を抜けた」




