二人の冒険者
俺は試験会場に続く廊下にある椅子に腰をかけて待機する。
試験は原則として見学禁止のため無事に合格を祈って待つことしかできない。
武術系の試験場からキンキンと金属がぶつかり合う音がたまに聞こえてくる。
この中に悠真のやつは含まれるのだろうか。
ギリギリまで特訓をしたんだ。大丈夫だろう。
一週間前までは剣を握るのもぎこちなかったのに、今では双剣を振れるほどにまでなっている。
人は思いの強さだけでここまで変われるものなんだな。
俺は知っている。お前がこの一週間努力し続けたことを。
特訓中何度地に伏せても起き上がり向かってくるその姿勢には、わずかながら気圧された。
大丈夫だ。全力を尽くせ悠真。
どれくらい待っていただろう。気が付けば試験場の方から音は聞こえなくなった。
終わった、のか。
廊下の奥から続々と人影が現れる。終わったみたいだな。
悠真は…まだ見当たらないな。
歩いてくる人々の表情が暗く、一瞬不安がよぎる。
俺は無意識に人の波をかき分けるように試験場の方へと歩き出していた。
少し進むと悠真らしき人影が見えた。相手もこちらを見つけたようで駆け足でやってくる。
「どうだった?」
「受かった!これで冒険者だ」
「おー!!ナイス。よくやったな」
嬉しさのあまり目尻が少し熱くなってしまう。
受かってよかった。
「それで、さっそく依頼を受けるのか?」
「そのつもり。とりあえず早く登録証をもらおう」
悠真の登録証の交付や注意事項の説明などが済むまで俺は静かに後ろで待っていた。
登録証を受け取って、これで正式に冒険者だな。
でもこれはまだ始まりに過ぎない。
期限まで1か月と少し。死ぬ気で頑張らないと。
「さてと、どの依頼にしようかな」
「Eランクの依頼はたくさん受けるのが正解みたいなところあるしな」
「うーん。あ、ここら辺のやつ依頼先が一つの地域に固まってるしやりやすそう」
「そうか、この街の知識あるしそういうことわかるのか」
「よしさっそく行こう」
ワクワクした様子で依頼を受注しに行く悠真はまさに初心者といった感じだ。
俺も最初の頃は周りからはあのように見えていたのだろうか。
受注した依頼は本当に簡単なものばかりで、荷物運びや迷子のペット探し・倉庫の整理などだ。
これは悠真の依頼だから俺は見守るだけにしていたが、さすが働いていただけあって手際は悪くない。
「とりあえず受けた依頼は次で最後か?」
「うん。時間的にもこれで終わりだな」
「最後の依頼はなんなんだ」
「えっと、買い出しだってさ」
「じゃあ早いとこ終わらせて飯でも行こうぜ」
買い出し品は主に食材で、夕飯の材料といったところだろうか。
なるべく安い物を買おうとあちこちの店を回る悠真に付いていく。
やっぱEランク依頼は街の知識がある方が有利だな。
「買い出しはこれで全部ですか?」
「ええ、そうね。助かったわ。ありがとう冒険者さん」
無事に最後の依頼も終わってギルドに戻って報告を済ませる。
Eランクなので大した報酬にはならないが、悠真はやりきったという顔をしている。
さて、今日は悠真が冒険者になった祝いだしたくさん飲むか。
それから数日はEランクの依頼を淡々とこなして活動に慣れていった。
「そろそろ慣れてきただろうし明日からちょくちょくDランク依頼に手を出そうと思う」
「Dランクか」
「そこで必要な知識としてこの本を読んどいてくれ」
「初級薬草学?」
「冒険者としては薬草毒草の見分け方や使い方を知っておいて損はない」
「なるほど」
「明日は実際に薬草採取の依頼でも受けながら勉強会とするからそのつもりでな」
「わかった。じゃあまた明日」
Dランク依頼は今までと違い街の外での活動も含まれるから最低限の知識は身につけさせておかないと。
薬草のことをある程度覚えたら、次はいよいよ討伐依頼か。
EランクやD⁻ランク程度なら楽に倒せるほどの実力はあるだろうが、実際やってみないとわからないからな。
「薬草採取の依頼も受けられたし、いざ薬草探しに出発だ」
「おー。一応本読んだけど見分け方難しいな」
「まぁな。ちなみにアビスは匂いで見分けるぞ」
「ワフッ」
「まじ、すご」
「とりあえず薬草のある地帯まではアビスの案内で行って、実物見ながら学ぼう」
アビスが先導して歩きながら薬草が生えている場所まで移動する。
街の周囲には生息していないようなので少し離れた場所までの移動なので、道中も薬草について色々教えてあげた。
俺にこの知識を教えてくれたニーナには改めて感謝だな。
しばらく移動するとちらほら薬草が生えていたので実際に見せながら説明をした。
特に毒草については念入りに教えておこう。
使い方次第では盾にも矛にもなる危険な代物だしな。
さすがに全ての薬草について覚えるのは厳しいようだから特に重要な薬草と毒草について重点的に教えてから、依頼分を一人で探して採取してきてもらった。
本と見比べながら探したりしていたのでそこそこな時間がかかったが仕方ないだろう。
街に戻るにしてもまだ時間に余裕あるしどうしようか。
「悠真、まだ時間あるし少し特訓していくか?」
「特訓?」
「あぁ、簡単な手合わせでもどうだ?」
「うーん。そうだな、やるか」
「よし、じゃあかかってこい」
即座に悠真は距離を取って腰に交差させるように差していた剣を鞘から抜く。
姿勢を低くしながら右から回り込むように走ってきて横から払うように切りかかってくるのを、刀を抜いて防ぐ。
そのまま右足で蹴りを入れようとすると悠真は後ろに飛んで躱す。
そして今度は上体を上げたまま正面から走って来る。
それを迎え撃とうと構えると急に視界から姿が消えた。
否、実際には上体を下げ姿勢を低くすることで消えたように見えた。
戦闘中では一瞬の戸惑いが大きな隙となる。
俺の隙を見逃さなかった悠真は地面に手を付いて体を捻るように回し蹴りを入れてくる。
ギリギリで防げたが、勢い余って後ろに押されてしまう。
ならば今度はこちらから仕掛けよう。
一気に距離を詰めて上段から切りつける。
それを悠真は双剣を交差させることで防いだ。
刀にさらに力を籠めると悠真は一歩後ろに押される。
次の瞬間、瞬時に身を屈めて悠真の視界から消える。
そのまま足払いをして地面に倒す。
「一本だな」
「まさか同じ手を使ってくるとはな」
「仕返しだよ」
「参った参った。完敗だ」
「前に比べたらめっちゃ動き良くなったな」
「蓮とアビスのおかげだよ」
「ワフッワフッ」
「一つ思ったんだけど、身体強化って全身にしかかけれないの?」
「どういうこと?」
「例えば足だけとかにかけられるなら一点に集中する分より強力な強化になるんじゃないかって。そうすればさらにスピードも上がって敵が反応する前に攻撃を仕掛けられる」
「考えたこともなかったな。試す価値はありそうだ。付き合ってくれるか?」
「もちろん」
それから何度も手合わせを繰り返したり、アビスと走り込みをさせたりと特訓をしていたら気が付いたら夕方になっていた。
「そろそろ戻って依頼完了の報告しないとな」
「戻るか~」
最初の手合わせで蹴りを受けた時、今までとは比べ物にならない程の衝撃を感じた。
仕留められると確信して無意識に力を集中させたんだろう。
もしかしたら悠真は実戦でこそ成長の幅が大きいのかもしれないな。
何度か薬草採取の依頼を繰り返すうちに悠真もだいぶ薬草を覚えてきた。
もう一人でやらせても問題ないだろう。
俺が見てなくても大丈夫そうなときには俺も自分の依頼を受けたりして数日過ごした。
そろそろ討伐依頼にも手を出してみるか。
「今日はこれとこれを受注してきな」
「スライム狩りと一角兎狩り?」
「そろそろ実際に魔物と戦ってみよう」
言われた通り依頼を受けてきた悠真の表情はどこか硬いような気がする。緊張しているんだろう。
「とりあえず近くの森に行こう」
手合わせをした感じは問題ない。ただ、魔物とはいえ生き物を殺せるかどうか。
森についてすぐ俺とアビスで索敵を行う。
いきなり鉢合わせて戦わせるのはさすがに酷だろうからな。
近くにスライムらしき魔物の気配がある。まずはこいつからだな。
「近くにスライムがいるしとりあえずそっちから行こう」
「わかった」
移動すると緑色のスライムが数体群れていた。
「あれはグラススライムだな」
「あれを倒すんだな…」
「あぁ、だけど別に無理にやらなくてもいい」
「え?」
「魔物とはいえ生き物だ。殺すことに抵抗があってもおかしくない。とりあえず俺が一体狩るから見ててくれ」
「わかった」
短刀を抜いてゆっくりとスライムの方へと歩いていく。
スライムもこちらに気づいたようで跳ねながら向かってくる。
「無理に殺す必要はない。ただ、こいつらはこっちが何もしなくても殺そうとしてくるがな」
急にスピードをあげて突進してくるスライムを短刀で一刀両断にする。
「双方生きるための手段として殺すしかないんだ」
「…わかった。やってみる」
悠真は静かに剣を抜いてスライムの前に立つ。
2体同時に跳ねながら突進してくるのを悠真は双剣で同時に切りつけた。
「なんか、吹っ切れた気がする」
「それはよかった」
「この調子で依頼を終わらせる」
「あ、魔石はちゃんと回収しろよ」
魔石の取り出し方や死骸の処理の仕方などを教えて、残りの依頼分は後ろから見守っておく。
やはり実力的にはなんの問題もなかったな。
それからは依頼の魔物を狩ったり、途中襲い掛かってきた魔物を撃退したりと戦闘が多めの一日だった。
アビスも久々に戦闘ができて楽しそうだったし、悠真も魔物を倒せるようになってよかった。
主にDランクの依頼を受けつつ、たまに手合わせしたり森に特訓しに行く日々が続いて、悠真が冒険者の資格を取ってから1か月と少しが経った。
そろそろランクアップ試験を受けても大丈夫だろう。
「悠真、そろそろランクアップしないか?実力的には問題ないだろうし、ランク上げてCランク依頼も受けれるようになった方がいい」
「そうだな、いきなりだけど今日受けてみるか」
「さすがにこれは俺たちも手伝うわけにいかないしここで待ってるよ」
「わかった。じゃあ行ってくる」
「頑張れよ」
悠真が受注したランクアップ試験用の依頼内容は一角兎の角10本とレッドフェザーの卵1個。
俺の時と違って薬草系の依頼はないんだな。
大丈夫だろうとは思うがやはり心配だ。こっそりでも見に行こうか。いやさすがにだめだよな。
じっとしていられないな。そうだ、ちょうど訓練場が空いてるらしいから久々に魔法の練習でもするか。
ギルドの訓練場は試験場として使われるが、今日は志願者がいないから使う予定もないらしい。
なにかちょうどよさそうな魔法はないだろうか…。
お、これいいかもな。
ーーーー
エアステップ
風系統初級魔法
空気中に圧縮した風を留めることで一時的な足場を形成する
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これから悠真と連携していくことも考えると、この魔法は覚えておいて損はないだろう。
空気の圧縮は今までの魔法と同じような原理でできるが、それをその場にとどめておくとなると簡単にはいかなそうだな。
足場としての強度を考えて力を籠めるとその場に留めることができず射出してしまう。
逆に留めようと力を抑えると強度がなく足場にすることができない。
今更ながら魔法をその場に留めるのって難しいな。
一旦別の魔法にしようか…いや、悠真だって今頑張ってるんだから俺も頑張ろう。
一度しっかり考えよう。
まず風を圧縮する。これは形を付けるイメージでできている。
次にその場に固定する。これが難題だ。
そもそも物体を空中に留めておくことなんてできない。
ならゆっくり落下するように工夫するか?いや、それも違うな。結局は落ちているし意味がない。
なにかないだろうか、物体を空中に留める技術は。
留める…つまり落ちも上がりもしない。
上下から射出する力を出して相殺させることでその場に留まらせるとかはどうだろう。
たしかヘリコプターとかでホバリングっていう技術があったな。
あれは上がる力と下がる力がちょうど釣り合うことでその場で止まる仕組みだったはず。
ならば足場にも上下から同じ圧力をかけることでその場に止めることができるかもしれない。
やってみよう。
「風魔法《 エアステップ 》」
固定自体はできている。乗ってみよう。
一歩足を踏み出し透明な風の足場に乗せて体重をかけてみる。
落ちたり壊れたりする様子はない。……完全に乗っても問題ない。
せ、成功だ!よし、上手くいった。
魔法を習得した頃にはすっかり夕方になっていた。
訓練場の入り口の方を見るとアビスと横には悠真が立っていた。
「悠真戻ってたのか」
「ああ、さっきな」
「どうだった?」
「無事に上がれたよ」
「おぉ!おめでとう」
「そっちも何か魔法を覚えたみたいだな」
「待っている間妙にソワソワして落ち着かなくてな。無事に上がれてよかったよ」
「これでCランクの依頼にも挑戦できるようになったから一気に稼げそうだ」
「期限まで2週間ぐらいしかないし明日からじゃんじゃん稼がないとな」
DランクになったことでCランク依頼も受けられるようになったので翌日からさっそく挑戦させた。
そして数をこなして慣れてきた頃合いには俺たちは依頼に付いていくのをやめて一人で済ませるようにさせた。
たまには一人でやらせないと本当の意味で強くはなれないからな。
油断と甘えは禁物だ。
受けるCランクの依頼は基本的に単体の魔物討伐や街道での護衛など、無理をしない範囲のものに制限している。
Cランク依頼にもなると今まで以上に稼ぎが良くなるので特訓の時間も少し増やせている。
前に手合わせした時よりも身体強化の使い方が上手くなってさらにスピードが上がっていると思う。
より強い魔物と戦うことで成長しているのだろう。
次のランクアップ試験に向けての準備も順調だ。
いよいよ今日が期限当日。
悠真は朝一から依頼を受けに行ったので俺達はナーグさんの店の前で待つことにした。
昼過ぎに遠くの方から金袋を持った悠真が歩いてくるのが見えた。
どうやら間に合ったようだな。
「悠真、貯まったのか」
「うん。なんとか」
「一人でよくやったな。よし、行ってこい」
店の扉を開けて悠真を入れてあげる。俺達もその後に続いて店に入るとナーグさんが待ち構えていた。
「来たか佐倉」
「はい、ナーグさん」
「約束の物は?」
「これです。どうぞ」
悠真は大切に抱えていた金袋を手渡す。
「確認するぞ」
ナーグさんは中から銀貨を取り出して数え始める。
5枚の束が8個。40枚だ。
「確かに銀貨40枚だ」
「これで、俺は蓮と行ってもいいでしょうか」
「……ああ、なんの文句もねえな」
その時初めてナーグさんが笑った顔を見た気がする。
「ハッハッハッ。まさか本当に集めちまうとはな。正直無理難題をふっかけたつもりだったが、お前の覚悟よくわかった。これからも頑張れよ」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる悠真の肩をナーグさんはポンと軽く叩く。
「佐倉、お前その腰のもんは?」
「俺双剣使いとして戦うことにしたんですよ」
「ちっと見せてみな」
悠真から渡された双剣をナーグさんはじっくりと見てから口を開いた。
「よくこんなので戦ってたな。お前もこの店にいたんだから良し悪しぐらいはわかるだろ」
「たしかに質は悪いですけど、お金を返せるまでの一時しのぎとして使うつもりだったので」
「ったく。ちょっと待っとけ」
そう言ってナーグさんは店の奥の方へと消えていった。
しばらくして戻ってくると、手には2本の剣を持っていた。
「良い物ってわけじゃねぇがさっきのよりはましだろう。俺からの祝いだ持っていきな」
「いいんですか、ありがとうございます」
「気にすんな」
そしてナーグさんは俺のほうに顔を向けた。
「お前さん佐倉の友達だったよな。こいつのことよろしく頼むぞ」
「はい!」
俺と悠真は軽く頭を下げて店を出ていった。
悠真の顔はすっきりしたような晴れやかな表情だった。
「よかったな」
「ああ、これで一緒に行ける。これからどうするんだ」
「とりあえずもう2週間ぐらいはこの街にいようかと思う」
「すぐには出発しないんだな」
「せっかくだから悠真がCランクに上がるのを待ってから次の街に行こうかと思ってな」
「そういえば2週間もしないうちに試験受けられるのか」
「今の悠真ならCランクの実力も十分にあるし大丈夫だろ」
「それまでに次の目的地も決めないとだな」
「それなら俺ちょっと考えてることがあるんだけど、次はなーー」
ー2週間後
悠真も無事にCランクに昇格し、ついに出発の時。
「無事にCランクになれたし、行くか」
「あぁ、目指すはバルグリム山脈にあるドワーフの国、ガルドヘイム!」
この世界に来て約7か月。
横にはこれまで長い旅路を共にしたアビスと、やっと会えた元の世界の友人。
悠真の存在は今までの不安を払拭し、今後の希望になった。
まだいるかもしれない知人を求めて、いざ出発だ。




