決意と贈り物
Cランクに上がった翌日の昼前。
昨日の戦闘は本当に大変だった。魔樹の森を出てから一番の苦戦だっただろう。
戦いにくさはグランドベア並みだったな。
そういえば昨日の件をギルドに伝えとかないと。
「アビス、ギルドに行ってくるから少し留守番しといてくれるか?」
「ワフッ」
昼前のギルドにはそこそこ人が集まっていた。
そしてなにやら視線が刺さる。俺なにかしたっけな。
「おい、あいつがーー」
「昨日Cランクになったらしいぞーー」
「まじか。じゃあーー」
ヒソヒソと何か話しているのが聞こえてくる。
俺のことだろうか。陰で言われるのはあまり気分が良くないな。
「神代様、今お時間よろしいでしょうか?」
見たことない人だな。180cmぐらいはありそうだ。高い。
ここの制服だし職員なんだろう。
「はい、大丈夫です」
「昨日の件でギルド長がお話を伺いたいとのことなのでこちらにお越しください」
「え、ギルド長?わ、わかりました」
見知らぬ男性の職員に連れられてギルドの2階へと連れていかれる。
ギルド2階の奥の部屋。扉にギルド長室と書かれている。
ーコンコン
「ギルド長、神代様をお連れしました」
「入れ」
男性が扉を開けてくれる。部屋に入ると正面の机に男が座っていた。
「お前が神代か。よく来た。まぁ座ってくれ」
そう言いながら男は立ち上がり、机の前にある接待用の席に移動する。
立ち上がった男の身長は俺と同じで170cm前半ぐらいだが、体つきがいい。
しっかりトレーニングをしている人の体つきだ。
「俺はガルクス支部のギルド長のグラハムだ」
「私は副ギルド長のカインと申します」
「神代蓮です」
なにやら厳格な空気が部屋の中に流れているような気がする。
「さっそくだが昨日活性化したアースボアを単独撃破したってのはお前で間違いないか?」
「はい。そうです。でもなぜそれを?」
「昨日、神代様がランクアップを終えられて出ていかれた後に他の冒険者の方からご報告がございました。森で活性化したアースボアを人間の冒険者が倒した、と」
「あぁ、あの時の獣人の人たちですか」
「最近魔物の活性化が増えてるのは知ってるか?」
「聞いたことはあります」
「現在ギルドで原因を調査中なのですが、今のところ何もわかっておりません」
「だから直接戦ったお前に話を聞こうと思ってな。なんか気づいたことはあったか?」
「俺も昨日初めてアースボアを見たので明確な違いは判らないんですが、明らかに異様に感じたのは魔力ですかね」
「魔力ですか?」
「はい。あいつの体からは魔力が溢れていました。収まりきらなかった魔力が漏れ出ているって感じでしたね」
「するとなんだ?そいつは魔法を使ったりはしたのか?」
「魔法は使ってないと思いますが、咆哮の風圧に魔力が乗ってそれで攻撃はされました」
「それが魔法ではないという確証は?」
「確証はないですけど、見た感じ溢れ出た魔力が自然にって感じでした」
「なるほどな。それでよく生きて帰ってきたな」
「ほんとギリギリでした。初級の魔法は全く効かないですし」
「そこをもう少し詳しく教えてもらってもいいでしょうか」
「え、あ、あいつから溢れ出た魔力はかなりの密度だったので自然とそれが鎧になってました。なので初級や攻撃力の低い中級魔法は逸れされるか、かき消されるかって感じでした」
「それはかなり厄介ですね」
「低ランクの冒険者では勝ち目がねぇってことか」
「たぶんそうですね。物理攻撃は試してないのでわからないですが」
「こいつはBランク以上の案件になりそうだな。お前も今後は出くわしたら逃げるんだぞ」
「そうします」
「聞きてぇ話は聞けたし、呼びつけてすまなかったな」
「いえ、大丈夫です。失礼します」
「神代様、特別報酬がございますので受付にてお受け取りください」
「わかりました。ありがとうございます」
ーガチャ
ギルドでもあまり情報がないのか。二人の反応を見るに魔法が効かないというのは初耳なようだったし、まだまだ情報が足りなさそうだな。
そういえば特別報酬ってなんだろう。とりあえず1階に行ってみよう。
「蓮くん!ギルド長たちとの話は終わった?」
「はい、終わりました」
「じゃあ特別報酬を渡すからこっちおいで」
リーシャさんに連れられて受付に向かう。そこで金の入った袋が手渡された。
「これってなんの特別報酬なんですか?」
「えっとね、まずはギルド規定 十一条 第五項 他登録冒険者への救援活動を行った場合、臨時報酬を支払う場合があるに従ってのやつだね。昨日他の冒険者が蓮くんに助けられたって報告に来たからだね」
「なるほど。そういえばそんなことも書いてありましたね」
「あと試験の依頼に活性化した魔物が出たお詫びとそれを討伐してくれた謝礼って言ってたよ」
「そんなの別にいいんですけどね」
「よくないよ!あんなにボロボロになるほど危険だったんだから。私本当に心配したんだよ」
「心配かけてすみません。でももうほんと元気なりましたから」
「本当に無事でよかったよ。とにかく、それほど危険なことだったからこれは受け取っていいんだよ」
「わかりました。もらっておきます」
ざっと銀貨50枚ぐらいだろうか。ちょっと多すぎる気もするが、まぁありがたく貰っておこう。
「それでさ蓮くん、その、明日の夜って空いてるかな?」
「たぶんなにもないはずですよ」
「ならお祝いしよ?昨日できなかったから」
「いいんですか?ありがとうございます」
「じゃあ明日の夜に噴水前で待ち合わせね」
「はい。楽しみにしておきます。じゃあこれありがとうございました」
「うん。またね」
ちゃんと祝ってくれるなんてやっぱリーシャさんは優しいな。
助けられてばっかりだし何かお礼しないとな。あと、あのことも伝えないと。
依頼を見ようと掲示板に向かっていたら、昨日の獣人3人組に出会った。
「あ、あなたは昨日の」
「お連れの人も無事だったんですねよかったです」
「昨日は本当にありがとうございました。俺、ライガっていいます」
「俺はレクトです」
「僕はログです。危ないとこを助けていただいたそうで、ありがとうございました」
「いえいえお気になさらず。無事でなによりです」
「ところで昨日一緒にいた従魔は今日はいないんですか?」
「あぁ、今日は留守番してもらってます。アビスがどうかしましたか?」
「いえ、いないなって思っただけです」
「そうですか。では俺は失礼します」
「昨日は本当にありがとうございました」
三人は改めて深々と礼をしていった。
しっかりとした人たちだな。
さて、今日はどんな依頼があるかな。
北の森での魔物の素材採取か。
昨日はあまりアビスを戦わせてあげられなかったからちょうどいいかもな。
早速受注してアビスを迎えに行こう。
「すみません、これ受けます」
「モスウルフの牙の採取ですね。かしこまりました」
受注後アビスを連れて街を出て北の森へと向かった。
「あそこだなアビス」
「ワフッ」
「回収するのは牙だからそこを傷つけないように倒してくれ」
「ワフッ!」
苔むした石に擬態しているらしいが俺らの索敵なら問題なく見つけられるだろう。
ただ、昨日みたいに活性化した魔物がいる可能性もあるから注意していこう。
森を歩いているとすぐにそれらしき魔物を見つけた。
「あれっぽいな。3体しかいないのか。アビスやるか?」
「ワフッ!」
すごくやりたがっているな。じゃあまかせよう。
「よしじゃあまかせた」
「(闇魔法《 ナイトクローク 》)」
アビスは気配を消して近づく。約15mの距離。
影に魔力が集まっている。
「(闇魔法《 シャドウバインド 》)」
3本の黒い触手が伸びてそのままモスウルフの体に突き刺さった。
そんな使い方もあったのか。
完全な奇襲にモスウルフたちは反応できず一撃で倒された。
すごいな。
それに今アビスは気配を消したまま攻撃したよな。つまり2つの魔法を同時に使ったということか?さすがとしか言いようがないが。昨日までは1つずつだったのに。急な成長だな。
「ワフッワフッ」
「よくやったなアビス。すごいぞ」
頭を撫でてやれば喜ぶ。いつも通りのアビスだ。まぁ元々成長は早かったし今さら気にしてもか。
「よしじゃあ牙と魔石を回収して次に行こう」
「ワフッ!」
その後も夢中で狩っていたら30体以上は倒していた。
昼もとっくに過ぎていて、時間を忘れるほど夢中でやってしまっていた。
結局ここには活性化した魔物はいなかったな。
そろそろ戻るか。
「そろそろ帰ろうかアビス」
「ワフッ」
ギルドに30体分の牙を納品したらさすがに少し驚かれたが、全部受け取ってもらえた。
報酬ももらって魔石も売れたからかなりの儲けになったな。
明日は夜から約束があるし日中は軽めの依頼だけにしておこうかな。
「アビスご飯食べに行くか」
「ワフッワフッ」
さて何を食べようかな。いつもの屋台でもいいし、たまにはどこかお店に入ってもいいし。
そうだ、この前リーシャさんに連れて行ってもらったお店にしよう。
あれ以来行ってなかったからな。
確か道は…ここを曲がってしばらくしたら。
あった、木漏れ日亭。営業しているようだ。よかった。
ーガランッ
「いらっしゃい。おや、前リーシャちゃんと来てくれた子だね。ほらここ座りな」
「はい、ありがとうございます」
まさか一か月以上前に来た客を覚えているなんて。
「今日は何にするよ」
「じゃあ香草ローストとクリーム煮、あとは黒パンをお願いします」
「あいよ。その子も同じでいいかい?」
「はい大丈夫です」
やっぱりここはなんか落ち着くお店だな。うるさすぎず、客の話し声も心地いいぐらいだ。
アビスも落ち着くのかすごくまったりしている。
まずい、少し眠くなってきた。
「お待たせ。ローストとクリーム煮、黒パンね」
「ありがとうございます。じゃあいただきます」
まずは鶏肉の香草ローストから。
ナイフを入れた瞬間、パリッと焼けた皮が小気味いい音を立てた。
切り分けた肉からは透明な肉汁が溢れ、香草の香りがふわりと立ち上る。
一口食べる。
口に入れた瞬間感じる香ばしさ。そして噛むほどに濃厚な肉の旨味が口に広がる。
野性味はあるが臭みはなく、香草のさわやかな風味が後味を引き締めていた。
皮の香ばしさと中の柔らかい肉、その対比が絶妙だ。
次は魚と木の実のクリーム煮をいただこう。
とろりとした白いクリームに、大ぶりの魚と木の実が入っている。
口に入れた瞬間、優しい甘味と濃厚なコクが広がった。
魚はほろりと崩れるほど柔らかく、淡白な味わいにクリームの旨味がよく絡んでいる。
そこに木の実の香ばしさと食感が加わることで単調にならない。
飲み込んだ後にもほんのり甘い余韻が残り、体の芯から温まるようだ。
そこに合わせるのは黒麦パン。
表面は少し硬いが、割ると中から湯気とともに麦の香ばしい香りが漂ってくる。
一口噛めばパンの甘味が口いっぱいに広がる。
さらにクリーム煮に浸せば、パンはスープを吸ってしっとりとして麦の風味をクリームの甘味が混ざりあう。
やはりここの料理はどれも優しくて美味しい。あっという間になくなってしまう。
「ごちそうさまです。美味しかったです」
「それはどうもね。また待ってるよ」
一礼して店を出る。
アビスも満足した顔をしている。たまにはお店で食べるようにしてあげようかな。
さてと、明日も朝から依頼頑張るか。
ー翌日
今日は夜からリーシャさんと約束があるし、その前に買い物もしたから昼過ぎには終わる依頼にしておきたいな。Dランクぐらいのがちょうどいいか。
あまり疲れなさそうなのは…薬草採取だな。
これなら昼には終わりそうだ。
「アビス今日は薬草採取にするしあまりおもしろくないかもしれないけどいいか?」
「ワフッ」
じゃあ薬草採取系の依頼をいくつか受けて行こう。
ちょうどこの前見つけた群生地に行けば足りそうだな。
傷薬用と痺れ薬用と、あとは毒草か。
この毒草にも助けられたな。もう使いたくはないけど…。
さて、薬草採取はこのぐらいでいいか。早く街に戻って買い物を済ませないと。
どこで買い物しようか。ここら辺にはめぼしい店はないしな。
西区の方に行ってみるか。
ギルドから噴水を挟んで真反対にある西区。商人や役人の居住区があり、少しお高めの店も多い。
こっちにはあまり来たことがなかったけど、なにか良いものが見つかるといいな。
石造りの建物も多くていかにも高級って感じだな。
婦人服に雑貨、酒、アクセサリー。なんでもありすぎて逆に迷うな。
服はセンスないし選べないな。雑貨とかも趣味が合わなければいらないだけだし、酒が好きってイメージもない。
これはかなり迷うな。
「アビスは何がいいと思う?」
「ウゥン?」
「そりゃわからないよな」
「ワフッワフッ」
アビスがこっちに来いという感じで歩き始めた。
何か見つけたのだろうか。
しばらく歩くとアビスは一軒の店の前で止まった。
立ち止まった先にあった店は…白に近い灰色の石造りで、二階建て。入り口には青い鉱石を模した紋章が掲げられている。『蒼晶堂』
ショーウィンドウには淡く青白い光を放つ魔石や、小さな火を灯したまま燃え続けるランプなど、色々な魔道具が並べられている。
扉を開けるとチリンと鈴の鳴る音がする。
店内は明るく清潔感がある。中にも多くの魔道具が並べられている。
ランプや調理器具、食器に武器なんかもあるな。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなお品物をお探しでしょうか」
「お世話になっている女性に感謝の品として贈り物をしたいのですが」
「それならばこちらはいかがでしょうか」
店員が案内したのは調理器具のコーナーだ。
「例えばこちらの商品は炎の魔法が刻印されておりまして、魔力を込めることで瞬時に火をつけることができます。さらに小型のもののございますので屋外で使う際にも便利です」
まず店員が紹介してきたのはコンロのようなものだった。家庭用から持ち運び用まで様々な大きさのものがある。
「これは風の魔法が刻印されており、中に食材を入れて魔力を込めることで瞬時に均等に刻むというすばらしい調理器具になっております」
次に店員が見せてきたのは一見ただの箱のようにも見えるが、性能で言うとチョッパーのようなものか。
時短にもなっていいが大きすぎるな。
てか、そもそも普段料理はするのだろうか。ギルドの寮ってことは食事つきの可能性だってあるしな。
「調理器具以外に女性に人気のものってありますか?」
「こちらのコーナーの商品は女性のお客様からも人気となっております」
アクセサリーや衣類などの身に着けるものか。
たしかに女性人気は高いだろうが、センスが問われるな。
それに衣服はサイズが合わなければ意味がないし、アクセサリーは重いような気がする。
ん?これはなんだろう。ただの石のようだが。
「これはんですか?」
「そちらは魔法石でございます。お好きな魔法石を選んでいただいてネックレスやブレスレット等のアクセサリーに付けるのです。魔法石の色によって効果も異なっております」
おもしろいな。赤の魔法石は体を温めてくれる効果で青はその逆か。
「緑はどんな効果なんですか?」
「そちらは身に着けている物の疲労を軽減させる効果がございます。魔力に反応して微弱な回復魔法が発動して疲労回復に繋がるというわけです」
普段働きづめのリーシャさんにはちょうどいいかもしれない。
「これにします」
「ありがとうございます。形式はどのようになさいますか?」
「そうですね…ブレスレットでお願いします」
「かしこまりました。仕上げまで10分程お待ちください」
そして出来上がった商品を受け取って店を後にした。
魔道具というのは本当に色々なものがあるんだな。見ているだけでもおもしろかった。
さて、プレゼントも買えたことだし夜まで時間あるから一休みしとくか。
リーシャさんとの約束の時間。少し早めに着いたので待っていたら遠くからリーシャさんらしき女性が小走りでやってくる。
「ごめん待たせちゃったかな」
「いえ、さっき着いたとこなので大丈夫ですよ」
「よかった。今日の服…どう、かな?」
淡い桜色のブラウス、生成り色のロングスカート、髪飾りに小さな花。
「とても似合ってます」
「ふふ、ありがとう」
ほんのり笑ったその表情は普段の大人っぽさとは違い、どこか幼さもあるような優しいものだった。
「じゃあ行こっか」
「はい」
リーシャさんに連れられて店まで歩いていく。
道中は今日の依頼のことを話したり、二人の周りをくるくる回るアビスに笑ったりしていた。
店は西区の外れ、北区との境の近くにある小さめのレストランのようだった。
石造りの外観に店前には花が植えられている。窓からは店内の温かみのある光が漏れている。
高級レストランというよりは街のレストランといった感じだ。
入り口の前には立て看板があり、控えめに『銀梟』と書かれている。
「ここはねギルドの職人にも人気で何かお祝い事とかがあるときに来るんだよ」
「そうなんですね。そんなところに連れてきてくれるなんてありがとうございます」
「予約してあるから入ろっか」
カランッと音を鳴らしながらドアを開け中に入ると、木製の温かみある床に白い壁、暖色の明かりに安らぐような音楽。
落ち着いた雰囲気のお店だ。客層も大人からファミリーまで幅広い。
ウエイターらしき店員に案内されて席に着く。料理は事前に決めていたそうで出てくるのを待つだけだ。
「本日はご来店いただき誠にありがとうございます。まずこちらは燻製魚と木の実のサラダ、キノコと根菜のスープになります」
まずはサラダから。
葉野菜の上に薄く切られた燻製魚が並び、その上には細かく砕かれた木の実が散らされている。
一口食べる。
最初に感じたのは燻製特有の香りだった。香ばしく、それでいてどこか落ち着くような匂いが鼻を抜ける。
魚の旨味と葉野菜の瑞々しさが合わさり、後から木の実の食感が追いかけてくる。
「おいしいですね」
「そうでしょう?ここの燻製魚は癖が無くて食べやすいの」
魚の燻製は初めて食べたが、なかなか上手いものだな。
次はスープ。
木製のスプーンですくうと、とろりとしたクリーム色のスープがゆっくり流れ落ちる。
一口飲んだ瞬間、きのこの濃厚な香りが口いっぱいに広がった。
優しい味なのに不思議と存在感がある。
根菜の甘味も溶け込んでいて、飲み込むと優しい味わいが喉を通っていく。
「なんかほっとする味ですね」
「優しさのある味付けよね。口に残らないからこの後の料理の邪魔をしないし」
サラダとスープ、どちらも特別な食材を使っているというわけでもないのに今まで食べたことのないような味わいを感じる。
ゆっくり味わいながら食べ進める。
アビスもほとんど同じものを出してもらって美味しそうに食べている。口の周りがスープで汚れているのはご愛嬌だな。
サラダとスープを食べ終わったところで次の料理が出てくる。
「お待たせいたしました鹿肉の赤ワイン煮込みになります。お料理とご一緒にこちらの蜂蜜果実酒もどうぞ」
運ばれてきた瞬間、思わず目を奪われた。
深い赤色のソースの中に大きな鹿肉が沈んでいる。
ナイフを入れると驚くほど簡単に切れた。
一口。
柔らかい。いや、柔らかいというより崩れる。
噛んだ瞬間に肉の繊維がほどけ、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。
赤ワインの香りと肉の旨味が合わさり、後味にはほんのり果実の甘味も感じる。
「うまい……」
思わず声が漏れる。
「気に入ってもらえた?」
「はい。今まで鹿肉は燻製にすることがほとんどだったので新鮮でおいしいです」
今まで食べたものはもっと硬くて野性味が強かった。
同じ鹿でもこんなに違うものなのか。
肉を食べつつ一口酒を飲んでみる。
口に入れた瞬間、最初に感じるのは蜂蜜の優しい甘味。
その後から果実の爽やかな香りが広がる。
お酒独特の刺激は弱く、とても飲みやすい。
「これ本当にお酒ですか?」
「ふふ、ジュースみたいで飲みやすいでしょ」
甘いのに後味はすっきりしている。
鹿肉とも意外によく合った。
あっという間に食べ終えてしまい店を出て噴水広場まで歩く。
「どれもすごくおいしかったです」
「ワフッワフッ!」
「喜んでもらえてよかった」
「リーシャさんまだ時間ありますか?よかったら少しお話していきませんか」
「ええ、いいわよ」
噴水の縁に並んで腰かける。アビスも横に来て頭を俺の足に乗せて寝転んでいる。
「今日は本当にありがとうございました」
「いいの。ランクアップ本当におめでとう」
「ありがとうございます。正直結構危なかったです」
「活性化したアースボアの単独撃破なんてすごすぎるよ。でも、あんまり危ないことはしないでほしいな」
そう言ったリーシャさんの表情はどこか暗く寂しげなものだった。
「心配かけてすみません」
「ううん。無事でよかった」
「そうだ、これ受け取ってください。今までの感謝の気持ちです」
ポケットから小さな箱を取り出して手渡す。
「私に?なんだろ、開けてみてもいい?」
「もちろんです」
リーシャさんは丁寧に箱を開けて中に入っていたもの取り出した。
「これは…ブレスレット?」
「そうです。リーシャさんの疲れが少しでも癒されるといいなと思って」
「嬉しい!ありがとう」
先ほどまでの暗い表情はどこかへ消えて明るい笑顔だ。感謝の気持ちのつもりだったが、心配かけたお詫びのようにもなってしまったな。
「それと、リーシャさんに伝えないといけないことがあるんです」
「え、な、なに?」
「実は俺…次の街に行こうかなって思ってるんです」
「え、」
時間が止まった。そう錯覚してしまうほど辺りが静かだ。リーシャさんの笑顔も固まった。
噴水の音だけが鮮明に聞こえてくる。
俺はただ、次の言葉を待つ。




