90.ドラヴァスの目論見
砦――。及び、付近の村。
砂漠に乾いた風が吹く。熱い日差しが射し込む。冬は逆に寒い風が支配するらしい。
「よぉ、待ってたぞ。諸君。」
待っていたのはドラヴァスだった。
「ここでの修行は誰でもできるものだ。誰であっても意味のある修行となる。言いたいことが分かるか? 最強の一人ボーニーさんも元主忍のフェルナも、そこそこの実力者らしいマユダも参加だからな!」
「うちは遠慮しとこうかな……。」フェルナが苦い顔を浮かべる。
「遠慮はするな! 参加だ!」強制参加らしい。
私達は砦へと入った。剥き出しとなる冷たい石の床や壁を踏みしめていく。
「今日から、ここで長いこと修行する。"神の矢"は俺が直々に扱っておこう。」
カナリンの隠れ家から盗まれたそれを今はフェルナが直接持っていた。私達は彼に預けることにした。
「この神の矢は砦の倉庫に大切に保管する。倉庫は『東倉庫』と『西倉庫』があるんだが、間違えた方を無理やりこじ開けると爆発する仕組みになってる。間違っても開けるなよ!」
何それ、怖っ! 盗もうとする人に対しての過剰暴力じゃないっ!?
「ちなみに正解した方をこじ開けると空高くに花火が上がるようになってる。神の矢がおいてあるしな。で、もし花火が上がったら教えてくれ。盗っ人が来たってことだからな!」
私達は頷いた。
◆
修行開始の日。
「じゃあまず説明からしよう。悪魔の力も二つの超常も、能力を利用した複雑な戦いも《応用》というもの。だがしかし! 基礎が崩れていると応用は成立しない! 逆に基礎がしっかりすれば応用的な力が安定する。」
なるほど……。ん? 当たり前のようなことしか言ってないような……。
「しってるか? 人間は鍛えると強くなるんだ!」
いや、知ってるよ。当然すぎることを、力強く言っても困る!
「修行ってもんは必ず行き止まることがあるが、諦めず基礎的な鍛錬をすれば、その努力は必ず実を結び、突然力を発揮するようになる。」
彼は屈伸したり腕を伸ばしたりし始めた。
「基礎七割、応用三割がベストと言われている。お前らは超常という応用をやった。ここからは基礎を徹底してやるぞ。」
彼の説明が終わった。
「ということで、修行開始だな。まずは階段ダッシュ五周からだ。最初は何段飛ばしでもいいから」
【自分自身!】
とりあえず、変身すれば能力は向上する。後はひたすら階段を上って階段を下りた。
「次は、一段も飛ばすことなく階段ダッシュ!」
右足を出して、左足を出すと一段進める。次も同じように足を出して進む。これを五周した。
キツイ……。
「少しクールタイムだ。いいか。今は軽くやって、休んで、軽くやって、を繰り返すだけでいいんだ。そこから徐々に負荷を強めればいい。大事なのは続けることだ。まっ、乳酸活用能力を高めたいなら別だがな。」
この修行はインターバルトレーニングというらしい。
「よしっ。次は腕立て行くぞ!」
腕立て、腹筋、背筋、スクワット――一分間全力でやって、一分間休憩を繰り返す。回数の目標は自分のできる最大値。詳しく決まっている訳ではない。
キツすぎる……。
「じゃあ、次は柔軟やるぞ!」
これは本当に楽だ。この時間がとても愛しい。
「痛たたたたたたたた!」ハロミトが叫んでいる。
「はい、二人一組お互い目の前に座って足を開き、引っ張って倒れさせる。」
フェルナを前に引っ張る。
「痛たたた!」
そんなに足を開けていないし、前に倒れはするけど頭が床にはついていない。
逆に、引っ張られる。
全然まだ足広げられるし、床にも頭がつく。
ハロミトの悲鳴がうるさかった。
ひとまずその日の修行が終わった。
「とりあえず目標の数値はない。ただし、前の自分の全力の数値に打ち勝っていけ。」
非常に疲労感がたまった。
――――――。
砦の近くにある村にお邪魔した。
「鍛えることは大事だ。だが、多くの人はそれだけに気を取られすぎてしまう。実は、休むことは同じぐらい大事なんだ。しっかり食べて、ちゃんと休む! これが鍛えるポイントだ!」
ツヤツヤの卵の上にぷりんとした揚げた豚肉が乗っているドンブリ。
「美味しい!」
箸が進む。
胃袋はそんなに大きくないので、適量でご馳走様をする。隣を見ると、皿にがめつくハロミトの姿があった。
「マ~ジで美味いっす!」
「それね!」
風呂に浸かる。一日の疲れが取れていく。
はぁ~。
「今めっちゃおっさんの声しなかった?」
「やばいわ。疲れすぎて変な声でちゃったわ。おっさん女子化ってこういう風になってくのかな?」
「多分、そんなことないと思う。」
桃太郎、チェイスの試練と続いてきて、ここで久々の銭湯。もう開放感が半端ない。
ひとまず私はこの時間を寛いだ。
――――――。
「温泉と言ったら、卓球すよ。お嬢様もやりましょう!」
いきなりピンポン対決が始まった。
思いっきり返されるボール……返せない。
なら、こっちは回転をかけて送る。
「くっ。やるっすね!」
「そっちこそ!」
そこにマユダが「僕もやりたい!」とラケットを持ってきた。さらにフェルナも参加する。
私とマユダペア対ハロミトとフェルナペア。
一進一退の熱い戦いが始まった。
私とマユダの勝利で終わった。ドヤッ!
「ねぇねぇ、もうちょっとやりたい!」
そういうマユダに私は「明日にしない?」と聞くと、「うーん。今やりたいなー」と言ったので、今度は私とマユダで対決することにした。
審判はカナリン。パルパルの応援を聴きながらラケットを振った。
卓球をやっているとそこにドラヴァスがやってきた。
「すまんな。一つ頼み事を聞いてくれ。」
私達はラケットを置いて、彼の話に耳を傾けた。
「俺は貴様らに言った神の矢の保管場所についてなんだが……あれは嘘だ。」
ん? どういうこと?
「『東の倉庫』も『西の倉庫』も間違いで爆発する。実は『北の倉庫』があるんだが、そこに神の矢を隠した。北側から花火が上がったら教えてくれ。他のみんなには伝えておく。誰にも言うなよ。もしもの時を見越して話題にも出すなよ。」
彼はそう言うと、「楽しいところを邪魔したな」と言って、その場を去っていった。
◆
ただ、ひたすらに己を超えるためのトレーニングを行う。
一分間の全力腕立て伏せ。
一分間の休憩。
一分間の全力腹筋。
一分間の休憩。
一分間の全力背筋。
たったこれだけでも疲れる。桃太郎やチェイスと違って単調なトレーニングかつゴールが不明瞭。そのせいで隣にいるハロミトの心は折れかけている。
私は何とか食らいついていけている。しかし、ハロミトみたいになるのは時間の問題だ。
一週間が経った――。
そこに特別ゲストが三人呼ばれた。一週間修行に参加するらしい。
一人目は筋肉アドバイザーを自称する人だった。
「筋肉アドバイザーのムトーです。筋肉を喜ばそう!」
もうカリッジギルドに帰って下さい。
「少年。俺には分かるぞ。君はまだまだやれる。頑張る気持ちが揺らいできたら、重いリフトバンドをつけて、過負荷だ。成長した気になれる! 努力のアドバンテージが保てる!」
ハロミトは腕に重いリストバンドを付けた。なんか彼のテンションが上がっていた。
もう一人の助っ人は……
「ったく。呼ばれてきてりゃあ、腑抜けてんなぁ。てめぇ、ヴァリアントに選ばれてんだから、それなりの姿を見せろや!」
リュウジャスだ。
彼がいるお陰で、私もやらなきゃなと思える。
遅れてアナココがやってきた。
「なんか勝手に連れてこられたんだけど……。」
「てめぇがいると指揮が上がんだわ。」
「いや……なんで?」
「てめぇも修行に参加だからな。いい機会だな。腑抜けた心を鍛いなおせ!」
「嘘だろっ。おいっ!」
アナココが私達と一緒に修行することになった。
「さぁ、スクワットを始めるぞ!」
泣き言を言いながらも必死に頑張るアナココ。ちょっと気の毒だけど、その姿を見たら、アナココがこんなに必死でやってるんだから、私達も頑張らなきゃなと思えてくる。
他にも始まる基礎的トレーニング。
新鮮な気持ちで一週間を乗り越えることができた。
呼ばれた三人は帰って、また私達だけの修行だ。だけど、今なら乗り越えられるような気がする。
◆
手押し車――。一人が足を持って一人が手だけで歩くというトレーニング。
ドラヴァスから貰った滑らない手袋が砂まみれだ。
私達は屋上で修行をしていた。
そして――
「今日で修行は終わりだ!」
唐突に修行の終わりが宣言された。
「俺の修行はいつでもどこでもできるものが多い。絶えず行うことが最も大事なんだ。三日坊主で終わらないようにな!」
彼の笑顔が光る。
ただ、空が曇天のせいで笑顔の輝きはそこまで光らなかった。
◆◆
〇主忍修行③――ドラヴァス
……基礎的体力向上、兼、持久力向上、兼、精神力向上、他。
◆◆
「さて……。ここからは重い話をする。よく聞け。」
唐突な暗いトーンに重い圧力がかかる。
その圧だけで息が苦しいような気がしてくる。
「今朝『北側の倉庫』が荒らされた。こうなることを見越して"神の矢"はこの砦の下で保管してたから問題はなかったが……。それは俺がカマをかけたから良かっただけのことだよなぁ。」
つまり、ドラヴァスは私達を試すために矢の保管場所の嘘をついていたってことか……。
けど、私達は南側の倉庫にあるって聞いていて、北側なんて一言も聞いていない。
「最初に西と東の倉庫のどちらかにあるって言って、ある三人には実際は北が正解、一方の三人には実際は南が正解と伝えた。」
だから、私とマユダ、カナリン、ついでにパルパルにのみ南と伝えてきたのか。つまり、残る三人は……
「主忍同士で情報は共有してる。大切だからなぁ、報連相。で、アンチギルドが"神の矢"を狙ってるって聞いてんだけどなぁ。」
そこに立つ三人に視線が集まる。
「ハロミト。フェルナ。ボーニー。こん中にいるんだろ? アンチギルドの内通者。」
疑いの目が向けられていく。
本当に裏切り者はいたんだ。目を逸らしてきたけど、もうそういう訳にはいかなそうだった。




