88、 これからも、
場所はどこでもいいんだ。
一緒にいられれば、
ただ、それだけで
GWの午後は、どこか世界がゆるんでいるみたい。
駅前の人通りも、いつもより少しだけのんびりしている。
朱海さんが、朝イチのバイトを休めなかったので、迎えにきた。
この間…あんな事があった場所だけど。
私が逃げないで、ちゃんと話していればよかったんだ。
入口がよく見渡せる場所で待つ。
「…来てくれるよね」
スマホの画面を見ながらつぶやく。
既読はついたけど……
ちゃんと仲直りしたはずなのに。
「もう大丈夫」って思えたのに、
それでも少し不安になる。
だから、おでこに手を当てる。
朱海さん触れられたおでこ。
……あ、なんか、ほっぺたが緩んできちゃった。
「たかこちゃん、おでこ痛いの?」
不意に呼ばれて、顔を上げた。
朱海さんが、いた。
目の前に。
少し息を切らして、でもいつもの優しい顔で、
まっすぐこっちを見ている。
「ごめんね、遅れて」
「ううん、今来たとこ」
ありきたりのやりとりなのに、胸の奥がふわってなる。
少しの沈黙も、心地いい。
「どこ行く?」
朱海さんが聞く。
「えっと、あのね…」
用意していた言葉が、うまく出てこない。
代わりに違う言葉がこぼれた。
「一緒にいられれば、どこでもいい」
「え…」
わかりやすく、朱海さんの耳が赤くなった。
それを見て私も、恥ずかしくなって、
「じゃあさ、今日は、どこいくか相談する日、っていうのどう?」
「いいね!」
並んで歩き出す。
特別な場所じゃなくていいって言ったのに、気づけば少しだけ遠回りをしていた。
人の少ない道。
街を照らしてる光が、やさしく感じる。
「さっきのさ」
朱海さんが口を開く。
「一緒にいられればいい、ってやつ」
「……うん」
「俺も」
その一言が、思っていたよりもまっすぐで。
胸の奥の方を、ぎゅっと掴まれるみたいになる。
「でもさ」
少しだけ間を置いて、続ける。
「僕は、ちゃんと場所も時間も作りたいって思ってる」
「場所?」
「うん。たかこちゃんと過ごす時間、なんとなくじゃなくて、大事にしたいから」
足が、少しだけゆっくりになる。
「この前みたいに、すれ違ったまま終わるの、嫌だし」
その言葉に、思わず立ち止まった。
同じことを、考えてたんだ。
「……私も、嫌」
小さな声。でもちゃんと届いたみたいで、
朱海さんも足を止めて、こっちを見る。
「じゃあさ」
少しだけ照れた顔で、でも逃げずに言ってくれるんだね。
「ちゃんと決めよっか」
「うん」
「会う日とか、連絡のこととか、あと……」
一瞬迷うように言葉を切ってから、続ける。
「不安になったら、ちゃんと伝えること」
その言葉に、目の奥が熱くなる。
「逃げずにね」
そう言って、朱海さんが少しだけ笑う。
さっきまであった不安が、嘘みたいに軽くなっていく。
風がやさしく吹いて、髪が揺れた。
その流れで、ほんの少しだけ距離が近づく。
触れそうで、触れない影。
でも今は、それが心地いい。
「ねえ」
「ん?」
「さっきの…もう一回言っていい?」
「なに?」
少しだけ息を吸って、
「一緒にいられれば、どこでもいいってやつ」
「……うん」
「ほんとにそう思ってる」
今度は、ちゃんと目を見て言えた。
朱海さんは一瞬驚いた顔をして、
それからふっと優しく笑う。
「じゃあさ」
少しだけ手を伸ばして、でも最後の一歩はためらって、止まる。
「今日は、もう少し一緒にいようか」
その手を見て、
私は自分から、そっと指先を重ねた。
「うん」
ぎこちないけど、ちゃんと繋いだ手。
遠回りした道が、少しだけ特別に変わっていく。
さっきまでの不安も、迷いも、
全部まとめて、
「これから」に変わっていくみたいに。




