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碧い航海日誌   作者: 松本朱海|徒然なるままに
それからの話

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85/93

85、 女の子の秘密

私達が産まれる前に書かれた物語。

そこには、確かに生きている二人がいた。

偶然?

……運命、かな。

ベッドに突っ伏して、ぐしゃぐしゃのシーツに顔を埋めたまま、泣き疲れた目をこすった。

部屋にいると、さっきの光景が何度も浮かんでくる。


朱海さんが、女の人を抱きしめてた。


あんなに近くで、

――あんなふうに、抱き寄せてた。


……あんなふうに、私にもしてほしかった。


「たーこ、入るわよ」


ノックをもそこそこに、ママが入ってきた。

私の顔を見るなり、苦笑いして隣に座る。


「なんで泣いてるの?」

「なんでもない……!」

「なんでもなくて泣く年じゃないでしょ」


優しい母の一撃。


「朱海くんが、リビングで待ってるわよ。ずっと、動かないでさ。

バイト先のマネージャーも。なんか映画みたいな説明してたけど」


「……」


ベッドに座って、俯く。

どうしていいか、わかんないよ。


「ねえ、ママの秘密、知りたくない?」

「……今?」

「そう、今」


……はぁ。


「いいよ、聞く」

「ありがと。ママね、学生の頃、お友達と小説書いてたの」

「え、小説?」


なんで今なのか。


「興味ない」

「……でね、題名は"碧い航海日誌"」


聞いてなくても話すんだ。

別に今じゃなくても……。


「やさしくて、不器用な男の子と、真っすぐで意地っ張りな女の子の話」

「……」

「その二人は、喧嘩したり、誤解したり。でも、ちゃんと、二人で前を向いて歩いていくの」


ママは学生の頃、文芸部で小説を書いていた、らしい。

ナイーブな男の子と、無邪気な女の子の恋物語。

題名は「碧い航海日誌」


「…最後は?」


一応聞いてみる。


「もちろん、ハッピーエンドよ。二人は気持ちを確かめあって、本当の恋人になるの」


ハッピーエンド。

素敵な響き。

でも、所詮、空想、小説の世界でしょ。


「でね、男の子はね、"朱海"っていうの」

「……なに、それ」

「あ、聞いてた?」

「女の子は?」


「たかこ」


――その名前を聞いた瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


せっかく止まりかけた涙が、あふれ出す。


「わたしと同じ名前……」


なんで……?

ただの偶然だよね、って言い聞かせても、涙が止まらない


「お腹の子が女の子ってわかったときにね、絶対『たかこ』って付けたいって、思ったの。

小説みたいに、幸せな子に育って欲しいって思ったのよ」


あ、じゃあ、『朱海さん』は?


「文芸部で、その小説を一緒に書いていた同級生が、産まれた息子に『朱海』って名前を付けた」


ママ、それって…。


「だから、二人がこうしている事は、運命だとママは思っているの。

小説は、二人が付き合ってハッピーエンドだけど、現実はもっと続くのよね」


何も言えない私を、ママは優しくなでてくれた。


「小説の中では、まっすぐな気持ちを、ちゃんと伝えてた。でも、現実は物語より複雑よ」


そうだよね、複雑にしたのは私……。


「今の彼がリビングで、どんな顔して座ってるのか、見てきなさい。小説よりずっと必死よ」


私は――私はどうかな?


あの時逃げてしまった。何も見ずに。

逃げたままじゃ、終わりたくない。

ちゃんと、あの人の目を見て、確かめたい。


――ちゃんと信じてる? 信じられる?


小説は終わっているけど、私たちは、まだ、続いてる。


信じる強さを、ください。

何にかわからないけど、願っていた。





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