84、 優先順位
「車の中で話そうか。急いでるだろ?」
マネージャーには何度か会っているはずだ。
面接の時とそれから――。
「改めて、保科修といいます。今日はありがとう。助かったよ。
バイトの松本朱海くんだよね?面接と、その後も何度か会ってる」
やっぱり。
「急いでるのに悪かったね。予定があった?」
手短かに、たかこちゃんの事を話す。
「おっと、それは……急がないとだね」
「いえ、こんな状況で……すみません」
あくまで気にするなという空気だけど。
――玲子は本当に大丈夫なんだろうか。
「貧血がひどくてね、倒れて額を切った。7針縫ったけど、傷は深くない。
念のため、総合病院へ転院することになってる」
……そうか。
やけに体が冷たかったのは、そのせいらしい。
お腹の子も大丈夫だと言っていた。
「だから、気になる事は、すぐにやっておかないとね」
……俺のことか?
「で、今、朱海くんが心配なのは、どっちかな?」
玲子の状態は、もちろん気になる。
あのまま――最悪のことだって、頭をよぎる。
でも。
今はとにかくたかこちゃんが……。
「合格。そうじゃなきゃね。じゃあ、急ごうか」
車が走り出す。
しばらく、二人とも口を開かなかった。
街の灯りが、フロントガラスに流れていく。
信号で止まるたびに、赤い光が車内を染めて、すぐに消える。
――妙に、静かだ。
さっきまでの出来事が、現実感を失っていく。
玲子が倒れたことも、血の気の引いた顔も、修さんの落ち着いた声も。
全部、どこか遠くの出来事みたいで。
「……怖いか?」
不意に、修さんが言った。
「え?」
「こういうの、慣れてないだろ。人が倒れるとか、怪我するとかさ」
少しだけ考えてから、答える。
「……はい」
正直に言うと、修さんは小さく笑った。
「そうだよな。俺もそうだ」
ハンドルに添えられた手が、わずかに動く。
「でもさ、そういう時、どうするかで――色々、見えるよな」
……さっきの質問。
どっちが心配か、って。
何も言えないまま前を見ていると、
「まあ、固くならずに。本当に助かったよ。そこにいてくれてさ」
軽く、そう付け加えた。
評価でも、説教でもない。
ただ、俺にはできない、言い方。
車の中で聞いた話。
修さんと玲子は、俺と別れてわりとすぐに付き合い始めたらしい。
半年ほど前にプロポーズして、入籍。
ほどなく妊娠。
「まあ、色々思うところはあるかもしれないけどね。玲子を幸せにできるのは……まあ、俺だからさ」
大人、なんだな。
僕はまだ、子供だ。
何の責任もとれないくらいに。
たかこちゃんの家に着くと、なぜか修さんも車を降りた。
「ほら、大人から説明しないとね」
チャイムを鳴らす。
扉が開いて、たかこちゃんのお母さんが顔を出した。
「……こんばんは」
状況が飲み込めていない顔だ。
全部、ちゃんと伝える。
逃げない。
――絶対。




