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碧い航海日誌   作者: 松本朱海|徒然なるままに
それからの話

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83/93

83、 誤解

バイト終わりの館内は、少し静かだった。

さっきまで人であふれていたロビーも、今は次の回を待つ客がまばらにいるだけだ。


今日はたかこちゃんが楽しみにしていた、アニメの新作公開日。

進学してから慣れない実習や課題で忙しそうにしている彼女を、どうしても喜ばせたかった。


入口の方を見ながら、自然と口元が緩む。

たかこちゃん、きっと少し早めに来て、チョロチョロしてるんだろうな。


「もう着くよ」

メッセージが来た。


ポケットの中のチケットを確認する。

まだ早いから、一緒に軽く何か食べてから…そう思った時。


「……朱海」


聞き慣れた声に体が固まる。

振り向こうとしたら、突然、後ろから抱きつかれていた。


「ねえ…ちょっと、ロータリーまで送ってくれない?」


声が低い。

いつもと様子が違う。


「無理。離して」


ふりほどこうとした瞬間。

ぐらり、と。

玲子の体が傾いた。


「おい…!」


「修さんがね、持ってるの……」


「玲子…!」


反射的に手を伸ばして抱きとめる。

細い体が、そのまま倒れこんできた。

玲子の体は昔より小さくなったような気がした。


——その時。


視界の端に見えた。

たかこちゃん。

入口のところで、立ち止まっている。


「たかこちゃん!」


何か言うより早く、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

短く、悲痛のような声を漏らすと、走り去ってしまった。


「待って!たかこちゃん!」


追いかけようとする足を、玲子の重さが止める。


「……修さん……」


譫言のように繰り返す声。


くそ……。


「救急車、呼ぶ?」


「いい…ロータリー…」


ロータリーはすぐそこだ。


「ちょっと我慢しろ」


玲子を抱いて外へ出る。

こんなに軽かったか?


ロータリーに出ると、一台車が止まっていた。


「玲子!」


運転席から降りてきた男、「修さん」がすぐに駆け寄る。


「どうしたんだ、急に…!」

「ごめん、ちょっと…」


玲子はそのまま修さんにもたれた。


「すぐ行こう。朱海くんは後ろで支えてやって」

「救急車呼びますか?」

「いや、このまま行く方が早いだろう」


迷う暇はなかった。

この人、僕の事を知っている…?


言われるまま後部座席に座る。

もたれかかった玲子の体が、ひどく冷たい。

普通、あったかいもんだろう。


思ったより早く病院に着く。

「修さん」は玲子を抱いて、中へと急ぐ。


「車、頼む」


車を駐車場に移動させて、病院へ入る。

どうなるのだろうか……。


玲子がもたれていた、僕の上着には、少し血の跡がついていた。


「たかこちゃん…」


ふと頭をよぎる。


僕は少し震える指で、たかこちゃんに電話をかける。

何十回とコールしたが、空しく発信音が耳に響いた。

メッセージを送ろうとしたけど、何て送ればいいのか…。


「ごめん、今病院。帰ったら話がしたい」


それだけ送って待合室に入った。


暖かい待合室の中は、女の人ばかりだった。

大きなお腹を手でさすりながら座る人。


そうか、ここは…。


なんとなく状況を理解した。

若い男が珍しいのか、見られているような気がする。

言い訳をしたいが、話せる相手もいない。

一度車に戻ろうと思った時、やっと修さんが出てきた。


「入院になったよ」

「そうですか。玲子は?」

「処置が終わったから大丈夫。でもしばらくは安静かな」

「…よかった。じゃあ俺はこれで」

「送るよ 朱海くん」


違和感。

僕はこの人に会ったことがある?


名刺を取り出して、渡される。

…統括マネージャー?


「いえ、急いで行きたい所があるので」

「…そうか、じゃあ、車で話そうか」


僕は「修さん」を思い出すべく、車で送ってもらうことにした。



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