83、 誤解
バイト終わりの館内は、少し静かだった。
さっきまで人であふれていたロビーも、今は次の回を待つ客がまばらにいるだけだ。
今日はたかこちゃんが楽しみにしていた、アニメの新作公開日。
進学してから慣れない実習や課題で忙しそうにしている彼女を、どうしても喜ばせたかった。
入口の方を見ながら、自然と口元が緩む。
たかこちゃん、きっと少し早めに来て、チョロチョロしてるんだろうな。
「もう着くよ」
メッセージが来た。
ポケットの中のチケットを確認する。
まだ早いから、一緒に軽く何か食べてから…そう思った時。
「……朱海」
聞き慣れた声に体が固まる。
振り向こうとしたら、突然、後ろから抱きつかれていた。
「ねえ…ちょっと、ロータリーまで送ってくれない?」
声が低い。
いつもと様子が違う。
「無理。離して」
ふりほどこうとした瞬間。
ぐらり、と。
玲子の体が傾いた。
「おい…!」
「修さんがね、持ってるの……」
「玲子…!」
反射的に手を伸ばして抱きとめる。
細い体が、そのまま倒れこんできた。
玲子の体は昔より小さくなったような気がした。
——その時。
視界の端に見えた。
たかこちゃん。
入口のところで、立ち止まっている。
「たかこちゃん!」
何か言うより早く、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
短く、悲痛のような声を漏らすと、走り去ってしまった。
「待って!たかこちゃん!」
追いかけようとする足を、玲子の重さが止める。
「……修さん……」
譫言のように繰り返す声。
くそ……。
「救急車、呼ぶ?」
「いい…ロータリー…」
ロータリーはすぐそこだ。
「ちょっと我慢しろ」
玲子を抱いて外へ出る。
こんなに軽かったか?
ロータリーに出ると、一台車が止まっていた。
「玲子!」
運転席から降りてきた男、「修さん」がすぐに駆け寄る。
「どうしたんだ、急に…!」
「ごめん、ちょっと…」
玲子はそのまま修さんにもたれた。
「すぐ行こう。朱海くんは後ろで支えてやって」
「救急車呼びますか?」
「いや、このまま行く方が早いだろう」
迷う暇はなかった。
この人、僕の事を知っている…?
言われるまま後部座席に座る。
もたれかかった玲子の体が、ひどく冷たい。
普通、あったかいもんだろう。
思ったより早く病院に着く。
「修さん」は玲子を抱いて、中へと急ぐ。
「車、頼む」
車を駐車場に移動させて、病院へ入る。
どうなるのだろうか……。
玲子がもたれていた、僕の上着には、少し血の跡がついていた。
「たかこちゃん…」
ふと頭をよぎる。
僕は少し震える指で、たかこちゃんに電話をかける。
何十回とコールしたが、空しく発信音が耳に響いた。
メッセージを送ろうとしたけど、何て送ればいいのか…。
「ごめん、今病院。帰ったら話がしたい」
それだけ送って待合室に入った。
暖かい待合室の中は、女の人ばかりだった。
大きなお腹を手でさすりながら座る人。
そうか、ここは…。
なんとなく状況を理解した。
若い男が珍しいのか、見られているような気がする。
言い訳をしたいが、話せる相手もいない。
一度車に戻ろうと思った時、やっと修さんが出てきた。
「入院になったよ」
「そうですか。玲子は?」
「処置が終わったから大丈夫。でもしばらくは安静かな」
「…よかった。じゃあ俺はこれで」
「送るよ 朱海くん」
違和感。
僕はこの人に会ったことがある?
名刺を取り出して、渡される。
…統括マネージャー?
「いえ、急いで行きたい所があるので」
「…そうか、じゃあ、車で話そうか」
僕は「修さん」を思い出すべく、車で送ってもらうことにした。




