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碧い航海日誌   作者: 松本朱海|徒然なるままに
続きの話

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82/93

82、 卒業公演

三月の風はまだ少し冷たいけれど、差し込む日差しには確かな春の気配が混じっていた。


「朱海、準備できた? 行くわよ」


母さんの声に、クローゼットから出したばかりのジャケットを羽織った。

今日は特別な日。

たかこちゃんから、ダンス公演の招待状をもらったのだ。

ちゃんと招待されるのは、初めて。

純粋に嬉しい。


たかこちゃんは、春から看護学校に進学する。

これからは実習や勉強で、今までのようには踊れなくなるかもしれない。

そんな彼女にとって、今日は一つの大きな「区切り」となるステージだった。


家の前には、すでにしんちゃんママが運転するワゴンが停まっていた。


「みーくん、お待たせ! 今日は特等席で見なきゃね」


助手席のたかこちゃんママが、悪戯っぽく笑いながら振り返る。

母さん、たかこちゃんママ、そしてしんちゃんママ。

この三人は仲が良く、気が合うらしい。

とはいえ、僕とたかこちゃんとの色々を共有するのはやめて欲しい。


「七曲も踊るんでしょ? たーこ、体力持つかな」


後部座席で母さんが心配そうに言う。


「あの子、隣町のコンテストで優勝したチームの練習も並行してたから、相当気合入ってるわよ。

バトルにも出るって言ってたし」


たかこちゃんママが誇らしげに話すのを聞きながら、車窓を見つめた。

僕にとってたかこちゃんは、危なっかしくて、でも誰よりも眩しい存在だった。


午後、会場のホールに重低音が響き渡った。


何十曲ものプログラムが続く大規模な公演。

その中で、たかこちゃんは次々と姿を変えて現れた。


洋楽では弾けるような笑顔を見せ、二曲目はしなやかな手足を生かした大人びた表情を見せる。

そして後半、一番楽しみにしていたダンスバトルのセクション。


ステージ中央で、たかこちゃんが即興のビートに合わせて身体を鋭く弾ませた。

挑発的に笑い、音を支配するように身体を操るその姿は、

普段僕の前で見せる甘えたような表情とは正反対の、「表現者」としての顔だった。


「なんか……いいな」


踊ってるだけじゃない、舞台で演じている、そんな感じ。

隣でママたちがハンカチを握りしめ、身を乗り出して見守っている。

そしてハイライトは、優勝チームによるパフォーマンス。

一糸乱れぬフォーメーションで、

これまで積み上げてきた時間の全てをぶつけるように舞った。


最後の曲が終わった瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

ライトの下で肩を上下させて息をつく彼女の目は、

達成感でキラキラと輝いていた。


終演後、楽屋口で合流したたかこちゃんは、

ラメの残るメイクのまま、大きなスポーツバッグを抱えて現れた。


「朱海さん!……と、ママたちも! 本当に見に来てくれてありがとう!」


やり遂げた者の清々しい笑顔。

帰りはたかこちゃんも一緒に、五人で車に乗り込んだ。


「たーこ、最高だったわよ!」

「看護学校行っても絶対続けなさいよ!」


車内はママたちの絶賛の嵐だ。

たかこちゃんは照れくさそうに笑いながら、後部座席のぼくの隣に座った。


「朱海さん……どうだった?」


小さな声で、彼女が聞いてくる。

僕はママたちにバレないよう、座席の影で彼女の柔らかい手をそっと握った。


「一番、輝いてた。これからもずっと見てたいって思った」


たかこちゃんは一瞬驚いたような顔をして、それから僕の肩に小さく頭を乗せた。


「……うん。大変だと思うけど、私、頑張って続けるね」


街の灯りがやわらかく揺れている。

つないだ手は、まだステージの熱を残したままだった。



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