80、 くじゃく
電車に揺られながら、窓の外をぼんやり眺めていた。
街の景色が少しずつ変わってく。
高いビルが減って、代わりに緑が増えていく。
その移り変わりが、今日の行き先を少しずつ実感させた。
「楽しみ?」
隣に座る朱海さんが、ふっと笑いながら聞いてくる。
「うん、すごく」
そう答えると、軽く肩が触れて、それだけなのに特別みたいで。
電車を降りて、少し歩く。
ゆるやかな坂道が続いていて、思ったより息が上がっちゃう。
「大丈夫?」
「うん……ちょっとだけ、きついかも」
そう言うと、朱海さんは少しだけ前に出て、振り返った。
「じゃあ、ゆっくり行こうか」
朱海さんが自然に手を取る。
「ありがとう」
しばらくそのままで。
「もう大丈夫だよ?」
「うん」
でも手は離れない。
その声がやさしくて、坂道なのに不思議と軽くなる。
途中、小さな売店を見つけた。
「ココア、飲む?」
「うん、飲みたい」
紙コップに入ったココアは、甘い香りがした。
両手で包むと
「熱い……」
カップを見て困っていると、朱海さんが手を出す。
「貸して」
一口飲んで、そのまま返す。
「なにしてるの?」
「冷ました」
「……口で?」
「そう」
「なにそれ」
「坂の上で飲むココアって、なんかいいね」
そう言うと、朱海さんが少し笑った。
「たかこちゃん、顔ゆるんでるよ」
「えー、だっておいしいんだもん」
一口飲むと、甘さがやさしく広がる。
そのあとに、ほっとするようなぬくもり。
坂の途中で、ふたり並んでココアを飲む時間。
それだけなのに、なんだか特別で、忘れたくないなって思った。
動物園に入ると、まず目に入ったのは、広い敷地と、思っていたより近くにいる動物たちだった。
「あ、見て」
朱海さんが指さした先に、鮮やかな色の羽。
「孔雀だ……」
しかも、檻の中じゃなくて、普通に歩いてる。
「ほんとに放し飼いなんだね」
近づいても逃げる様子はなくて、ゆっくりと優雅に歩く。
その姿が綺麗で、思わず見とれてしまう。
「近いね」
「うん……なんか、美しいね」
「へぇ、どっちが綺麗?」
「そりゃぁ、決まってるじゃない」
動物を見るドキドキとは、少し違う感覚。
隣にいる朱海さんの存在が、やけに近く感じる。
「手、冷えてる」
突然、そう言われて、はっとした。
「あ、手袋、忘れた」
朱海さんは何も言わずに、コートのポケットに手を入れる。
少し歩いてから、わたしも、そっと手を入れた。
中で、触れる指があったかい。
それだけで、胸の奥も熱くなる。
「知ってたなら言ってよ」
「言ったら怒るでしょ」
小さくそう言うと、朱海さんはそれ以上何も言わずに、ぎゅっと手を握った。
そのまま、動物園を歩く。
サルが騒いでいたり、キリンがのんびりご飯を食べていたり。
どれも楽しいのに、それ以上に、指のぬくもりのほうが気になってしまう。
「ねえ」
「ん?」
「また来ようね」
ふと口にした言葉。
でも、本当にそう思った。
「いいよ。次はもっとゆっくり昇ろうね」
その返事がうれしくて、思わず笑ってしまう。
帰り道、さっきの坂を今度は下る。
少しだけ夕方の空になっていて、空気がやわらかくなっていた。
「ねえ、さっきのココア」
「うん?」
「また飲みたいな」
そう言うと、朱海さんは少しだけ考えてから、笑った。
「じゃあ今度も、寒い日に来ようか」
「うん」
その約束が、なんだかすごく大事なものに思えた。
手をつないだまま、ゆっくり坂を下る。
今日のことを、きっと何度も思い出すんだろうなって思いながら。
ずっとずっと、覚えていられたらいい。




