68、 夏休み
夏休み、受験生と大学生には、それぞれの忙しさがある
それでも一緒に過ごす時間は、きっと夏を特別な思い出にしてくれるはず
そんな、ふたりの何気ない夏の一日
気がつくと、七月も終わりに近づいていた。
坂の上で、たかこちゃんが言う。
「もう夏休みだね」
でも、子供の頃みたいに、ただ嬉しいだけの夏休みではない。
たかこちゃんは受験生。
勉強も、バイトもある。
「忙しそうだね」
「うん」
少し笑う。
「でもさ」
「うん?」
「夏休みって、やっぱりちょっと嬉しい」
分かる気がする。
空が高くて、夕方の匂いが違って、なんとなく特別な時間が流れる。
数日後。
駅前のカフェ。
テーブルの上には参考書とノート。
「ここ分かんない」
たかこちゃんが、ペンで問題を指す。
「どれ?」
「これ」
僕は少し考えて、ノートに式を書く。
「こうじゃない?」
「ほんとだ」
たかこちゃんが笑う。
「朱海さん、先生みたい」
「委員長の次は家庭教師?」
「時給高そう」
そんなことを言いながら、また勉強。
でも。
三十分後。
「……」
たかこちゃんの手が止まる。
「疲れた?」
「ちょっと」
僕は外を見る。
「休憩する?」
「する」
二人で外に出る。
夏の空気だ。
アスファルトが熱い。
「夏だね」
「うん」
自販機でジュースを買う。
炭酸の音が涼しい。
「しゅわしゅわ」
たかこちゃんが嬉しそうに言う。
「子供みたい」
「いいの」
木陰を探すと、セミの声。
ものすごく鳴いてる。
たかこちゃんが話す。
「夏休みってさ」
声が聞こえない。
「え?」
もう一度言うけど、また聞こえない。
たかこちゃんが笑う。
「セミの勝ち。…ねえ朱海さん、なんかしたいよね」
「例えば?」
「海とか」
「この前行った」
「じゃあ」
少し考える。
「花火」
「この前見た」
「じゃあさ」
少し笑う。
「かき氷」
それはまだだ。
「いいね」
「でしょ」
少しの沈黙。
それから、たかこちゃんが言う。
「でも」
「うん?」
「今年の夏は、勉強かな」
そう言って、空を見る。
受験生の夏。
きっと大事な時間。
「終わったら」
僕は言う。
「いっぱい遊ぼう」
「ほんと?」
「うん」
「約束?」
「約束」
たかこちゃんは、少し笑った。
「じゃあ頑張る」
図書館に場所を変えて、続きの勉強。
僕は相変わらず、学園祭の準備で書類作成。
企画書、予算書。
学園祭前に歴代の委員長が叫んでた理由が良く分かる。
夕方の帰り道、急な雨。
「降ってきた!」
二人で屋根のある店の前に避難。
しばらくそのままで、動けない。
雨はどんどん強くなる。
「すごいね」
「夏の雨」
濡れないように、少し近づく。
「止むまで、待とうか」
夕立のあと、夏の空は、まだ高くて青い。
きっと、この夏は忙しい。
でも。
それでもきっと、
思い出になる夏になる気がした。




