66、 図書館で
何も起こらない静かな時間も、ふたりにとっては大切な思い出
言葉を交わさなくても伝わること
同じ時間を過ごすだけで満たされること
そんな六月の、穏やかな一日
学園祭の準備も、少しずつ落ち着いてきた。
委員長になってから、ずっと忙しかったけど、最近はやっと、前みたいに会えるようになった。
ちょっと、一安心。
たかこちゃんも忙しい。
受験勉強に、ダンスに、バイト。
それでも、なんとかうまくやっているみたいだった。
六月。
雨の日が増えてきた頃。
最近増えたのが、図書館で過ごす一日。
この日も、同じ机に並んで座っていた。
僕は学園祭の書類作成。
たかこちゃんは試験勉強。
ノートを広げて、ペンを持つ。
……五分後。
たかこちゃんがノートを、そっとこちらに押してきた。
そこに書いてある。
「この問題、わかる?」
僕は少し笑って、ペンを取る。
図書館だから、声は出さない。
ノートに答えを書いて、返す。
すると今度は。
「ありがと」
その下に。
「委員長って、まだ忙しい?」
僕も書く。
「少しだけ」
たかこちゃんが、また書く。
「大変そう」
僕は少し考えて。
「慣れた」
そこから、なぜか雑談が始まった。
筆談で。
気がつくと、三十分。
僕は小さく書いた。
「勉強は?」
たかこちゃんが、少し笑った顔で書く。
「これから」
頭を使うと、疲れる。
スポーツより、疲れるかもしれない。
しばらくして。
たかこちゃんが、こくん、と頭を揺らした。
うとうとしている。
僕は少し迷ってから、着ていたシャツを脱いだ。
そっと、肩にかける。
図書館は冷房が強い。
それから、しばらくして。
たかこちゃんが目を覚ました。
「……」
きょろきょろして、それから小さく言う。
「これ…」
僕は指を立てる。
「静かに」
小声。
たかこちゃんは、シャツを少し握って言った。
「朱海さんのにおいだぁ」
「……ねぼけてる?」
「図書館」
そう言うと、たかこちゃんは慌てて口を押さえた。
夕方。
図書館を出て、いつもの坂を上る。
空は、きれいな夕焼けだった。
オレンジ色。
二人とも、しばらく黙って歩く。
坂の上で、足を止めた。
「今日」
たかこちゃんが言う。
「楽しかった」
「なにもしてないよ」
「うん」
「それでいいの?」
僕は、少し笑った。
「いいの」
「そっか」
少し考えて、なんとなく思って言った。
「いつかさ」
「うん?」
「富士山、行こうか」
たかこちゃんは少し驚いて、それから笑った。
「いいね」
静かな六月の夕方。
その約束は、
なんだか、ずっと先まで続く気がした。




