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碧い航海日誌   作者: 松本朱海|徒然なるままに
続きの話

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57/59

57、 やきもち

初詣での出来事。

わかっていても、言うよ。

ちゃんと。

初めての、恋人になってからの初詣。

待ち合わせは、家の近所の坂の上。


「初富士だね!」


朝の空気は澄んでいて、遠くに白く富士山が見える。

たかこちゃんはそれだけで嬉しそうだった。

両手をコートのポケットに入れたまま、ぴょん、と小さく跳ねる。


「今年、いいことありそう」

「もう十分あるでしょ」

「なにそれ」


笑う横顔。

去年までは、隣にいなかった距離。


それから電車に乗って、大きな神社のある駅へ向かう。

そこからは人の波。

改札を出た瞬間だった。


「痛っ」


小さな声。

振り向くと、たかこちゃんが少し眉をしかめている。


「どうした?」

「……なんでもない。」


でも明らかに足をかばっている。

人に踏まれたんだ、と気づいたとき。


「あら、みーくんじゃない?」


聞き慣れた声。

顔を上げると、4年生の藤原さん。

隣には背の高い男性。


「久しぶり。元気?」

「藤原さん。久しぶり」


自然に出る距離感。

委員会でずっと一緒だったから、苗字にさん付けがいちばんしっくりくる。


「初詣?」

「そう」


視線がたかこちゃんに向く。


「彼女?」

「うん」


即答。

藤原さんは「そっか」と笑って、隣の男性の腕に軽く触れた。


「じゃ、またね。」


それだけ。


歩き出してから気づく。

たかこちゃんの手が、さっきより少し強い。


「足、大丈夫?」

「うん」


短い。

さっきまで初富士ではしゃいでいたのに、静かだ。

神社までの道は混んでいる。

白い息がすぐ消える。


「……やきもち?」

「違う。」


間髪入れず。


「そっか」


そう言っても、手は離さない。

少し歩いて、人の少ない端に寄る。


「踏まれたんでしょ」


目が、揺れる。


「見てたの?」

「見てない。でも、わかるよ」


たかこちゃんは、言える子じゃない。

痛くても、気まずくても、飲み込む。


「なんで言わないの」

「……だって」


そこで黙る。

しばらくして、小さく続ける。


「なんか、やだった」

「うん」

「綺麗だったし」

「うん」

「みーくん、って自然だったし」


正直だな、と思う。

責めるわけじゃない。

ただ、自分の中の違和感を、そのまま出してくる。


「私の知らない時間、あるんだなって。」


あるよ、と心の中で答える。

でも、それは怖がらせたい意味じゃない。


「あるよ。知らない時間は」


たかこちゃんが一瞬固まる。


「でも、今一緒に初詣来てるのは、誰?」


少し考えてから。


「……私」

「うん」


それだけでいい。


「藤原さんは委員会の先輩。大事な人ではあるけど、今じゃない。」


一歩近づく。

寒いから、不自然じゃない距離。


「今、大事なのは、たかこちゃん」


抱きしめるというより、肩を包むみたいに。


「安心して」


耳元で、静かに。


「ちゃんと、隣にいるよ」


たかこちゃんが、小さく息を吐く。


「……言わなくてもわかるもん」

「でも、言うよ」


そういうのは、ちゃんと。


参拝を終えて帰る頃には、手の力はもう柔らかい。


朝見た富士山はここからは見えないけれど、

坂の上で見たあの景色を、きっと来年も一緒に見るんだろうな。

自然にそう思えることが、今年一番の、いい事。

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